第百二十五話 講和?
遅くなった
「アルムス殿。講和の件ですが……」
「カルロ殿のところにも来ましたか」
俺がそう言うとカルロは頷いた。
この戦争の主導権を握っているのは俺だが、一応の盟主はカルロだ。
この戦争の目的はカルロ王子をカルロ王にするための戦なのだから。
故に俺とカルロの二人に同じ内容の書が届けられるのはおかしなことではない。
というか、俺の方に来るのがおかしいな。
「そのことについて、今から話し合いたいのですが宜しいですか?」
俺の問いにカルロは頷いて答える。
「構いません。急ぐことではありませんが、遅らせて良いことでもありませんから」
大きな天幕の中、七人の人物が集結していた。
ロサイス王の国からは、俺とライモンドとバルトロ。
ドモルガル王の国からはカルロ・ドモルガル、トニーノ将軍、豪族のレティス・ブラウス。
エクウス王の国からはムツィオ。
レザドからの援軍であるアレクシオスたちは、建前上は俺が雇った傭兵扱いだから会議には参加しない。
まず最初に口を開いたのはムツィオである。
「我々エクウス族はアルムス王からの恩を返すためにここまでやって来た。故に利権は要求しない。だが……」
ムツィオは声を荒げる。
「我が国での反乱にロゼルが加担していたのは明白!! ロゼルには賠償をして貰わなければ、俺はあの世で父上と兄上、死んだ戦友に顔見せ出来ない!!」
ムツィオは拳を強く机に叩きつける。
怒り心頭、という様子だ。
「問題は証拠だな……例の呪術師は未だ白状してないんだろう?」
「……あの呪術師の呪いを解ける呪術師が我が国には居なくてな」
ロゼルの呪術師には情報漏洩防止の呪いが掛かっている。
奴らが情報を話そうとすると、心臓が爆発するのだ。
この呪いを解かない限り、下手は打てない。
「実は彼女をこちらに移送するように指示を出している。三日後には到着するはずだ。その時は……」
「ユリアに解呪して貰えるように頼んでみよう」
俺がそう言うとムツィオは静かに礼を言った。
アデルニア半島でユリア以上の呪術師は存在しない。
ユリアでダメなら、誰でも不可能だろう。
「エクウス王の国への謝罪と賠償請求。ドモルガル王の国からはアルド王子の引き渡し。ロサイス王の国からは賠償。三年間以上の停戦条約。この辺が落としどころでしょうか?」
ライモンドが具体的な講和案を提示する。
前者二つは必須、後者は出来れば、と言ったところか。
ロゼルが我が国に金を払ってくれるかどうかは怪しい。
未だ国力は遥かにロゼルの方が上なのだから。
俺もカルロもライモンドの発現に賛同を示す。
しかしバルトロだけが違った。
「うーん、何故か講和を受ける流れになっていますが……受け入れる必要ありますか? このまま追撃しましょうよ。講和の話し合いをする時間が勿体無い」
確かにそういう考えも十分あるな。
本音を言えば、もう戦争はしたくない。
ハラハラするし、金も掛かる。
これ以上戦争を継続すれば国内の産業に深刻なダメージが加わる。
しかしロゼルを叩けるのは今しかない。
「しかしバルトロ将軍、敗北したらどうするおつもりで? ここは手打ちにした方が……」
「戦う前から敗北とは、随分と臆病なことを言いなさいますなあ、ライモンド様は。臆病風に吹かれましたか?」
「っ!! 私はもしものことをだな……」
ライモンドとバルトロが激しく睨みあう。
この二人が喧嘩するのを見るのは初めてだな。
少し新鮮だ。
「そもそもあなたは一度敗北したでしょう?」
「過去のことです。先の戦いでは勝った。次も勝ちますよ。敵の士気が大きく衰えているのです。この機を逃すわけにはいかない。我が国とロゼルの国力差は十倍以上です。今、叩かなければ」
「だからこそでしょう。もしロゼルが本気になり、こちらを全力で叩きに来たらどうしますか? 泥沼化します。兵たちは故郷に帰りたがり、使い物に成らなくなる。敵が講和を申し込んでいる今が戦争の止め時です。これを逃せば次は無い」
うーん、どっちも言ってることは正しいな。
判断が付かない。
出来ればロゼルを弱らせたい、という思いは俺も同じ。
だがリスクを背負うのも……
ハイリスク・ハイリターンかローリスク・ローリターンか。
どちらを選ぶべきか。
「トニーノ将軍、バルトロ殿はああ言っているが……勝てるかな?」
カルロはトニーノに尋ねた。
トニーノは大きく頷いた。
「勝てるかと。追撃するだけですし。今がチャンスですよ」
つまり将軍二名は勝てると。
次は……
自然の全員の視線がレティス・ブラウスに集まる。
ブラウス家当主の意見はどうなのか? と。
「我々としてはロサイス王の国に割譲する領土の代替地が欲しいので……出来ればロゼルから領土を割譲したいですね」
主戦派:講和派=3:1
主戦派の方が優勢だな。
「カルロ殿はどう思われますか?」
俺の問いにカルロは苦笑いを浮かべながら答える。
「うーむ……私としては王位継承さえ出来れば問題ないと思っています。我が国は戦乱でボロボロ、早急に立て直しが必要です。これ以上戦争を長引かせるわけには……しかし今後ロゼルがさらに強大化することを考えると、今のうちに力を削ぎ落とすという選択肢も……」
決められないか。
俺も決められないけど。
「アルムス様、カルロ様!! ご英断を!! 今こそロゼルを叩きのめす時です!!」
「今、優先すべきは平和です!! これ以上の戦争続行は士気の低下と国土の荒廃を招きます!!」
バルトロとライモンドが俺たちに決断を迫る。
二人から鬼気迫るものを感じる。
決断を出すならば早いに越した方が良い。
しかし……
俺の貧弱な脳味噌ではどちらが正しいか分からんぞ!!
いっそのこと、「賽は投げられた」と言いながら賽子でも振ろうかと本気で悩み始めた頃……
「王様!! イアル殿から鷹便が!!」
「鷹便!! 早く持って来い!!」
よし、ベストタイミングだ!!
俺は衛兵から手紙を受け取り、封を壊して中を開く。
……
……
……
思わず笑みが浮かんだ。
他の六人が不思議そうに俺を見つめる。
俺は手紙を丁寧に折りたたんでから、六人に告げた。
「ギルベッド王の国とファルダーム王の国がロゼルに攻め込んだ」
イアルの役目はゾルディアス王の国をベルベディル王の国に焚きつけることだった。
それは成功して、両国は戦争状態にある。
この時点でイアルの役割は終わった。
しかしこのまま遊ばせておくのは勿体ない。
そこでギルベッド王とファルダーム王の元にイアルを派遣させたのだ。
勝算はあった。
両国は共にロゼルに辛酸を舐めさせられていた。
復讐のチャンスは今しかない。だから間違いなく、話に乗ってくると。
「おお!! 流石アルムス殿!!」
カルロが俺に尊敬の眼差しを向ける。
やめてくれ、照れるじゃないか。
逆にトニーノとレティスはカルロに呆れの眼差しを向けていた。
ドモルガル王の国抜きでこんなに重要な外交が展開されて居たのだ。
カルロは怒るべきだ。せめて苦情や皮肉の一つや二つ、言う必要がある。
まあ、こちらには「成功するか分からなかったから、ぬか喜びさせたくなかったんだ」という言い訳がある。
俺がドモルガル王の国を抜きにしたのは、ドモルガル王の国を属国化する予定だからだ。
体の良い緩衝地帯と成ってもらう。
最終的には外交自主権を奪ってしまいたい。
その布石として、ドモルガル王の国を蚊帳の外に置いた。
ギルベッドとファルダームに、ロサイス王の国の重要性とドモルガル王の国の失墜を見せつけるために。
性格が悪い?
それは政治家に対する最上の褒め言葉だ。
実はゲルマニス地方の諸部族とガリア北東部の諸部族にも、ロゼル敗北の情報を流している。
こちらはエインズとアブラアム経由だ。
キリシア人は世界中の国々や部族と交易を行っている。
その交易網を使えば、これくらいのことは簡単に出来る。
特にアブラアムは多いに張り切ってくれた。
今度曾孫の顔を見せてやると伝えたのが良かったかもしれない。
ガリア北東部の部族はロゼルから独立したがってるし、ゲルマニス人は虎視眈々とガリアの土地を狙っている。
彼らはロゼルが窮地と分かれば確実に動くだろう。
「さて、俺はこのままロゼルを追撃して追い詰めるべきだと思う。カルロ殿は?」
「私も同様です。今こそ、アデルニア人の力を結集する時でしょう!! 奴らを半島から追い出しましょう!」
……いや、流石にそれは無理だと思う。
斯くして、連合軍は講和の使者を追い返してロゼル軍への追撃を開始。
時を同じくしてギルベッド王の国とファルダーム王の国がロゼル王国へと流れ込んだ。
時を同じくして、ガリア北東部の諸部族とゲルマニス人たちが不穏な動きを見せ始める。
ロゼル王は慌ててクリュウ将軍に帰還を命じる。
クリュウ将軍は強行軍でロゼル王国へと帰還。
それを連合軍が激しく追撃する。
この追撃でロゼル軍はさらに兵力を消耗。
ロゼル王国へと帰還出来た兵は一万を満たなかったという。
次回はもう少し早く投下出来ると思います




