第百二十四話 決戦Ⅲ
すみません
凄く遅くなりました
低く、唸るような音を立ててマーリンの矢が迫る。
俺は剣で矢を弾き飛ばす。
強い衝撃が俺の右手を襲い、手が一瞬痺れる。
「竜弓か……」
「そう。よく分かったわね。というか、あなたの後ろに居る人も同じ竜弓を持ってるんだから、別に不思議でもないかしら?」
その問いに返答するように、矢が俺のすぐ側を通過する。
グラムが放った矢だ。
矢は唸りを上げてマーリンに真っ直ぐ飛び……
「良い腕してるじゃない」
マーリンは矢を手で掴み取る。
そしてニヤリと笑って見せる。
(おかしいな……)
マーリンの腕は女の細い腕だ。
一応戦場に出ているだけあって、それなりに筋肉が付いているがそれでも竜弓を引けるほどでは無い。
竜弓は元々筋肉質のグラムが、大王の加護の補正を受けて初めて引けるほどの強弓だ。
何か、カラクリがある。
もしかしたら……
「その降霊術。死んだ人間の加護まで得られるのか?」
「へえ、鋭いね」
マーリンは矢をダーツのように投げ返す。
その矢は真っ直ぐ俺の眉間に向かい、俺の剣に弾かれて落ちた。
俺と同等か、それ以上の身体能力……
クリュウとマーリン。
この二人を相手にするのは骨が折れるぞ……
俺の頬をマーリンの矢が掠める。
矢が俺の頬の肉を切り裂き、血が飛び散る。
強まった雨があっという間に血を洗い流す。
すでに顔を流れているのが血か、雨粒か判別がつかない。
形勢はロゼル側に大きく傾いていた。
ロンはアリスを引き留めるのに精一杯。
グラムとムツィオの矢はクリュウとマーリンの動きを阻害するのに精一杯。
俺はクリュウとマーリンの猛攻を受けきるのに精一杯。
「全く、良い勘してるね。紙一重のところを避けるなんて」
「あんたの腕が悪いんだろう」
俺がそう言うと、マーリンは不機嫌そうに顔を顰める。
矢筒から矢を取り出し、構える。
「死ねええ!!」
クリュウが大剣を振り被り、真っ直ぐ下ろすのと同時にマーリンは矢を放つ。
俺はクリュウの大剣を受け止めながら強引に体を捻じり、矢を紙一重で躱す。
脇腹を矢が掠め、遅れて痛みが走る。
「また外したな。早く俺を仕留めないと不味いぞ」
俺は二人を挑発する。
中央での戦いは俺たちが不利に傾いている。
だが両右翼では俺たちが圧倒的に有利なはず。
あと少しで包囲が完成する。
そうすれば俺たちの勝利。
何もこの場でこの二人を討ち取る必要性は無い。
勝負に負けても戦争で勝てれば良い。
(それにしても……どこから呪力を調達してるんだ? それに傷口再生のカラクリは……)
マーリンという女は転生者か、もしくは転移者だ。
先程日本語を話したことからそれは分かる。
日本語を話した理由は不明だが……おそらく呪術の発動に必要だったんだろう。
いつだったかユリアが、呪術は内言語で唱えないと良い効果が現れないと言っていた。
確かグリフォン様は転移者は少なからず加護を持つと言っていた。
つまりマーリンも何等かの加護を持っている。
現在行使している降霊術は呪術だから……肉体再生の方が加護と考えるのが自然。
呪術は元々幻覚や痛みの緩和、ちょっとした火花程度しか出来ない。肉体再生は技術的に不可能だ。
ゾンビの加護と言えば良いのだろうか?
どうすれば死ぬんだ。
ゾンビは頭を打ち抜けば死ぬけど、マーリンは死ぬだろうか?
試す余裕は無いが……
もう一つ疑問なのは、降霊術を維持している呪力だ。
ユリアも少しなら降霊術が扱えると言っていたが、相当難しいらしい。
巨大な儀式場を用意し、生贄と呪力石で呪力を補いながら、何時間も呪文を唱えてようやく出来る。
それが降霊術だと。
ユリアにそこまで言わせた降霊術をこの女は少しの呪文で完成させた。
呪術は儀式を省略すれば省略するほど、負担が大きくなる。
それを長時間維持しているのだ。
ユリア以上の呪力を持っている……というのは考え辛い。
というか、考えたくない。
ユリアは一流の呪術師たちに、「同じ人間とは思えない」と言わせるほどの呪力を持っているのだ。
それ以上の呪力を持っているとしたら、それは人間じゃなくて神か精霊だ。
だから何等かの手段で呪力を確保している……はず。
だけどどこに呪力を隠し持っているのか……
「ぼーっとしてる暇があるなんて、随分と余裕ね!!」
そう言いながらマーリンが一気に距離を詰めてくる。
弓は背中に仕舞い込まれていて、両手には剣を持っていた。
一気に勝負を付けに来たか……
「クリュウ!! あんたはもう邪魔。どいてなさい」
「で、でも……」
「兵の指揮に戻れ!!!」
マーリンとクリュウがガリア語で何等かのやり取りをする。
クリュウは迷ったような表情を浮かべて、その場を立ち去る。
「そろそろ死んで貰う」
そう言うマーリンの心臓をグラムの弓が射貫いた。
マーリンの体に大きな穴が開く。
だが……
「その程度じゃ死なないけど」
みるみるうちに傷が再生する。
「化け物め!!」
グラムが怒鳴り声を上げた。
「グラム、ムツィオ!! 頭を狙え!!」
俺は二人に指示を出す。
多分、正解なはず。
俺はマーリンに向き直って、ニヤリと笑いかける。
「ゾンビの弱点は頭。定番だよな」
「頭ねえ……ふふ、それで死ぬと思う?」
ニヤッと笑う。
ハッタリ……だと信じたい。
「まあ、死ぬのはあなただけどね!!」
マーリンの剣と俺の剣が交錯する。
手が痺れる……
クリュウ以上に速くて重い、そして……技術も上!!
「この野郎。努力せずに他人から貰った力で……」
「他人じゃなくて、死んだ夫から貰った力よ。愛の結晶。大体、あなたの腕力だってクソ妖精から貰った力でしょ。御相子よ」
おっしゃる通りだな。
努力して得た力も他人から得た力も、どちらも同じ力だ。
「普通、技量に体が付いていけなくて負けるのが定番だろう? 漫画だと」
「じゃあ加護無し、呪術無しで勝負する? 多分私が勝つわ。言っておくけどね、五百年間嗜み続けていれば、それなりの技術は身に付くの」
「年の功ってことか。クソ婆。死ねよ」
「死ぬのはあなたよ。クソガキ」
鉄と鉄がぶつかり合う金属音を、雨音がかき消す。
戦況は五分五分。
クリュウが抜けた分だけ、俺が優勢か……
この女を生かしておくのは危険だ。
殺せるのは今がチャンス。今を逃したら殺せない。
俺は体中を走る痛みに耐えながら、力を振り絞る。
今、今だけで良いから力が欲しい。
俺とマーリンの間に横たわる力の壁を打ち破る力が欲しい。
「はあああああ!!!」
「っつ!!」
俺の剣がマーリンの剣を強く打つ。
マーリンの体が大きく後ろに仰け反る。
「死ね!」
俺が剣を振るうと、マーリンは体を大きく反らした。
剣がマーリンの服を切り裂き、鮮血が飛び散る。
「な、何故急に力が……新たな加護を得た? ま、まさかそんなわけ……」
マーリンが慌てた声を出す。
俺は自分の両手を強く握りしめる。
衰えかけていた握力が戻っている。
よく分からないが……
妖精に感謝……
いや、ここへ来て俺の眷属が増えただけか。
追い詰められる俺を見て、兵士たちが俺の勝利を願ってくれたのだろう。
勝ってくれ! という強い思いを感じる。
「ねえ、こいつの加護は何? 今増えたの?」
「教えるわけないだろ。馬鹿か」
「あんたに聞いてない!!」
よく分からんが、隙だらけだな。
俺はマーリンに肉薄して、剣を振るう。
剣と剣が激しくぶつかる。
一瞬の鍔迫り合い。
勝したのは俺。
「死ね!」
俺の剣がマーリンの右手を切り裂いた。
マーリンの右手が宙を舞い、鮮血が噴き出る。
「っく!!」
すぐにマーリンの右手に光の粒子のようなモノが集まり始める。
再生が始まる。
だがこのチャンスを逃すわけにはいかない!!
「っく、早く教えなさい。こいつの加護は何? 渋ってんじゃないわよ!!」
マーリンは左手で俺の剣を受けながら、誰かと会話をし始める。
頭がおかしくなったのか?
「え!? ……それはエツェルと同じ……へえ……」
マーリンは再生した右手に予備の剣を持ち、俺の猛攻を防ぐ。
攻めきれなかったか……
「一つ、忠告するわ。その加護に頼り過ぎるのはやめなさい。『ロサイス王』と『アルムス』の区別がつかなくなるわよ?」
「それはどうも。安心してくれ。副作用については自覚がある。だがな、俺はもう止まれないんだよ」
ここまで屍の橋を築いて血の川を渡ってきた。
もう引き返せない。
渡り切るしかない。
「さあ、決着をつけよう」
「……いや、それは止しておくわ。今のあなたには勝てなさそう」
マーリンはそう言って踵を返す。それを見たアリスもマーリンに続く。
それと同時に銅鑼が成る。
ロゼル王国の銅鑼の音だ。
音を聞いたロゼル兵たちは一斉に逃亡を開始した。
これは……
「アルムス様。お疲れ様でした。どうやら両翼が側面攻撃に移ったみたいです」
バルトロがそう報告してくれた。
つまり……俺たちの勝ちか!
「すぐに追撃を始めましょう!」
「ああ……全軍!! 突撃開始!! ガリア人を生かして返すな!!」
この戦いに於けるロゼル軍の死者は四千。負傷者は八千。
捕虜の数は一万。
合計一万二千の兵を失うことに成る。
一方、連合軍の死者は千。負傷者は四千。
連合軍の大勝利である。
「痛い!!」
「動かないでアルムス。傷の手当が出来ないから」
「もう少し沁みない傷薬は無いの?」
「無い」
ユリアの無慈悲な声が俺を絶望に叩きつける。
「こら! 逃げない!! テトラ、捕まえて」
「了解」
「おい、放してくれ。痛い、痛い!!」
俺は心の底から悲鳴を上げる。
ユリアの傷薬が容赦なく俺の傷に突き刺さる。
「死ぬ!! 死ぬ!!」
「楽しそうですね」
バルトロは酒を飲みながらやってきた。
ムカつく笑みを浮かべている。
「良かったですね。大きな傷が無くて」
「まあな。全部掠り傷で済んだ……痛い!! 痛いから!!」
「動かないで!!」
俺は半泣きで治療を受ける。
沁みない傷薬を作ってくれ……
「ではこのまま報告に入りますね。我々の損害は死者約千人、負傷者は約四千です。敵の損害は不明ですが、死体の数は八千ほど確認しました。未だに敵の方が数が多い……というのが俺の予測です。ただ敵は敗北で士気を大きく落としています。おそらく、次は無いかと」
要するに最終決戦で勝てた……と判断して良いか。
完全勝利とはいかないが、喜んでおこう。
「捕虜ですが一万人将を二名、千人将を五人捕縛しました。こちらの方が大戦果ですね」
「クリュウとマーリンは?」
「確認出来ていません。おそらく、逃げられたかと……」
途中からクリュウは俺との戦いから離脱した。
あの時、マーリンは包囲されかけていたことに気付いたんだろう。
だからクリュウを離脱させて、俺と一人で戦った。
俺は時間稼ぎをしていたつもりが、されていたというわけだ。
とはいえ、あのままクリュウとも戦っていたら高確率で俺は討ち取られていた。
致し方が無いと言えば仕方が無い。
「ああ、それと例の金髪少女。捕縛しましたよ。アリスとか言いましたっけ?」
「それは本当か? よく捕まえられたな」
「アルド王子を庇って捕まったらしいです。捕まった後は大人しくしてますよ。会いに行きますか?」
うーん、会って話してみたい気持ちはある。
というか出来れば勧誘したい。
あれだけの強さを持った人間を殺すのは惜しい。
どうにか出来ないかな……
アルド王子への強い忠義を持っているみたいだし、アルド王子を人質に取れば従ってくれるかな?
「まあ良い。後で会いに行くよ。それと象牙は回収したよな?」
「ええ、バッチリですよ。全て掻き集めました。ドモルガルとエクウスには適当に誤魔化しておきました。……あれ、本当に金になるんですか?」
「成るよ、多分だけどね。キリシア商人が飛びつくはず」
これで財政の足しになれば良いんだけどな……
「アルムス王様!!」
天幕の向こうから声が聞こえた。
ライモンドの声だ。
「入ってきていいぞ」
「失礼します」
ライモンドは真っ直ぐ俺のところに来る。
手には筒を持っていた。
「それは?」
「ロゼル軍から使者が来まして……」
俺はライモンドから筒を受け取る。
紐を解き、筒の中から手紙を取りだした。
封を割り、広げる。
……
……
ふむ……
「何て書いてありますか?」
「講和をしたい。とのことだ」
最近、更新速度が落ちていますが、原因は二つあります。
一つはリアルの事情が緊迫してきているからです。
多分、来年度までは落ち着きません。
二つ目は、そろそろ話しが折り返し地点になっていて、重要なところだからです。
書いたり、書き直したりを繰り返しています。
一週間以内の更新を心がけます。




