第百二十二話 決戦Ⅰ
気付いたら二週間……
呪術戦はコンピューターのハッキングみたいな物だと思ってください。
「高所は敵に取られたか……」
「まあ、敵さんは待ち構える側ですからねえ」
俺は丘の上に布陣するロゼル軍を睨む。
丘といっても、そこまで高低差があるわけでも無い。
それでも戦争では高所を取った方が有利だ。
重力を味方につけて、勢いよく戦える。
「敵兵力の詳細が分かりました。アルムスさん」
ルルが俺に紙を手渡しながら説明してくれる。
「敵総兵力は三万二千です。どうやら先の戦いで我が軍に敗北した残敗兵と合流して、少し増えたみたいです。歩兵が三万、騎兵が二千。歩兵三万のうち七千が奴隷兵のようです。戦象は六十頭確認しています」
やっぱり敵兵力が多いな。
ガリア人はアデルニア人よりも体格が良いから、戦闘能力が高い。
どうしても歩兵同士の戦いでは不利になる。
こちらの兵力は歩兵一万三千と騎兵四千五百。
歩兵戦力は敵の二分の一で、騎兵戦力は敵の二倍。
せめて象が居なければもっと楽なんだが……
「王よ。次こそは勝って見せます。前回は敵に貫かれましたが、今度は包み込んで押し潰して見せますよ」
「頼りにしているぞ。バルトロ。俺はクリュウを押さえている間、何の指示も出せないからな」
ロゼル軍、連合軍はまず使者のやり取りを始めた。
内容は両者とも、降伏勧告である。
当然、両者とも受け入れるはずが無く交渉は決裂。
両者は強固な陣を敷き、睨みあったまま一歩も動かず三日間が経った。
両者とも隙を探り合っているのだ。
そうこうしているうちに、雨が降り始めた。
アデルニア半島では夏に雨が降るのは珍しい。
降り注ぐ雨粒が兵士たちの肌を濡らした。
普通、悪天候の時は戦をしない。
雨の日に野球などの屋外スポーツ試合を行わないのと同じだ。
悪天候の日はその分コンディションが悪くなるため、避けるのが普通だ。
だがクリュウは違った。
「さて、戦を始めるぞ。兵士たちへ、肌に油を塗りこむように伝えろ」
「動き出したか……」
監視を続けていた呪術師から報告が入った。
クリュウ将軍が戦支度を始めているらしい。
雨の日だからと言って油断しなくて良かった。
しかし……
「雨降ってるのに戦をしようってのはどういうことだ? 雨が好きなのか?」
コンディションが悪くなるのはお互いさまなので、雨の日に戦をするのが兵法誤りというわけでも無い。
だが被害が増大するのもお互いさまなので、普通は避けるのだが……
「王様。敵が動き始めたみたいですね」
「みたいだな。ところでお前はクリュウ将軍がわざわざ雨の日に兵を動かした理由、分かるか?」
俺が聞くと、バルトロは静かに頷いた。
やはり理由があるのか……
「王はどうしてだと思います?」
「雨好きだからか? さっぱり分からん。教えてくれ」
俺は素直にバルトロに尋ねる。
バルトロはニヤリと笑って、地面を指さした。
俺はバルトロの指さす地面を見る。
雨の所為で地面が塗れ、ぬかるんでしまっている。
足が地面にのめり込んで、少し歩き辛い。
サンダルが泥に塗れてしまい、とても不快だ。
ん? 足がのめり込む……
そういうことか。
「騎兵対策か?」
「そうです。人よりも体重が重い馬は人以上に足を取られます。つまりそれだけ機動力が落ちるわけです。ロゼル軍は馬以上に足が取られそうな象が居ますが……そもそも象は元から移動速度が遅い。それに象はロゼル軍の決戦兵器ではありますが、主力ではありません。クリュウ将軍は主力の歩兵を生かすために雨の日を選んだのでしょうね」
なるほどね……
いろいろ考えているんだな。名将というのは。
俺も見習わないと。
「僕はもう一つ、理由があると思いますね」
振り向くと、アレクシオスが爽やかな笑顔を浮かべていた。イケメンフェイスだ。
しかし、臣下と王の会話に割り込むとかお前、失礼な奴だな。
俺じゃなかったら殺されても文句は言えないぞ?
一言断れよ。
という思いは通じないのか、アレクシオスはこちらに歩み寄ってくる。
「アレクシオス殿も予想通りか?」
「まあ、六割方雨の日だと思ってましたよ」
こいつは態度に少し問題があるが、やはり名将だな。
どうにか囲いたいが……何を欲しがるか分からないからな。
そんな俺の思惑をしているとバルトロはアレクシオスに尋ねる。
「もう一つの理由とは?」
「爆槍です。あれは雷のような音と白い煙、炎が出てくると聞きました。今は雨。炎によって爆槍を封じられるのでは? とクリュウ将軍が考えても不思議ではないかと」
爆槍の雷管はテトラの発火魔術なので、雨は関係ない。
火薬は木製の筒に入っていて濡れない。
天候に左右される兵器など作らない。
が、クリュウ将軍は爆槍の構造など知らないのだから、そういう考えに至る可能性は十分にあるな。
「もっとも、期待している程度だと思います。流石にクリュウ将軍が憶測だけでこんなリスクの高いことをするわけないですから」
「いや、面白い意見だったよ。さて、俺たちも早く準備を済ませてしまおう」
この戦争、雨が降っているからといって負けるわけには行かないからな。
連合軍は中央を少し厚く、左翼右翼を薄く延ばす陣形を組んだ。
中央を厚くしたのはクリュウ将軍の中央突破を防ぐためであり、左翼右翼を薄く伸ばしたのは受け止めたクリュウ将軍を包囲するためだ。
主力はエクウス騎兵であり、両翼に同数づつ配する。
包囲を狙っているのは明らかだった。
一方ロゼル軍はその布陣に挑戦する形で、中央を分厚くして両翼を後退させた陣形……所謂魚鱗の陣形を組む。
決戦兵器である戦象は右翼左翼に十頭づつ、中央に四十頭。
これをスクリーン状に展開する。
両翼の象は感覚を広く取り、その隙間を身軽な軽歩兵と騎兵が埋めていた。
両軍はまず、慣例通り投槍と投石、弓矢による攻撃から始まった。
どちらも万を超す大兵団。
天から降る雨にも負けない勢いで、死が兵士たちに降り注ぐ。
兵士たちは盾を掲げて、その身を守る。
ほとんどの投擲物は盾で防げるため、目立った損害は出ない。
しかし矢と投槍が突き刺さり、重くなった盾はもう使えない。
盾を失った兵士たちは後ろに後退した。
投擲による攻撃が終わると、両軍は一斉に動き始める。
両翼では連合軍の騎兵と、ロゼル軍の戦象と騎兵、軽歩兵が動き始める。
中央ではロゼル軍が捨て駒の奴隷部隊を突撃させて、それを連合軍の重装歩兵が迎え撃つ。
麻薬と呪術で感覚を狂わせた奴隷部隊だ。
奴隷部隊と連合軍の重装歩兵が激しくぶつかる。
やはり正面からの戦いでは重装歩兵に軍配があがり、奴隷部隊は押し返されて徐々に兵力を失っていく。
それでも……
「シネ! シネ! シネ!!」
「ひ、ははははは!!!」
狂った奴隷たちは目を血走らせながら、重装歩兵の槍の林に突撃する。
その目に死への恐怖は見られない。
例え怪我を負っても引かない奴隷兵たちに、連合軍はたじろぐ。
「何なんだ、こいつらは……」
「気味が悪い……」
明らかに異様な敵歩兵に、連合軍の重装歩兵たちは飲まれていく。
奴隷兵たちの数が三分の一を切ろうとしているのに、彼らの歩みは止まらない。
重装歩兵たちが恐怖を感じ始めた時だった。
奴隷兵たちの動きに乱れが生じ始めた。
「っち! 小娘め……小癪な妨害を……」
麻里は舌打ちする。
麻里を含む呪術師部隊は遠隔地から奴隷兵たちの精神状態を操作していた。
しかしここに来て、急に繋がりが重くなったのだ。
明らかに敵の妨害工作だった。
(確か、ユリアとかいう呪術師がいるんだっけか……なかなか優秀みたいね)
「もっと集中しなさい!! あなたたちは私の弟子。ド田舎の呪術師に負けるほど、無能ではないはず!! B班、C班、D班はそのまま呪術を続けなさい。A班は私ととも敵への攻撃を始めるわ!!」
「っく……これは想像以上だね」
ユリアは敵の繋がりの強さにたじろいでいた。
自分なら繋がりを断つくらいなら容易。
心の奥底でそう考えていただけあって、ユリアはショックを受けた。
まだまだ修行が足りない。
「大丈夫、ユリア。あくまで妨害が出来れば十分だよ。あとは前線のアルムスがいるから」
テトラがユリアを励ます。
テトラも呪術師として、攻撃に参加していた。
テトラの魔術は未だ宴会芸レベルであり、戦闘よりも裏方の方が活躍できる。
「そうね。戦争はチーム戦なんだし……みんな!! 頑張ろう!!」
「「おおー!!」」
呪術師たちは手を上げて、声を張り上げる。
その声は前線の男たちに負けず劣らず大きい。
ここは前線と同様に激戦地なのだ。
「ユリア様!! 敵から反撃が来ました!!」
「やっぱりね。ルル!! 対応して!!」
「了解しました。クソ婆に目に物見せてやりますよ!!」
ルルは薄い胸を張り上げて、敵からの挑戦を受ける。
しかし敵からの攻撃は激しく、ばたばたとルルを含む呪術師が呪いにやられて倒れていく。
「うう……頭がズキズキする。ユリア様、あと五分も持ちそうに無いです……」
「が、頑張って。男共が敵を討つまで、あとちょっとだから……」
ユリアも頭痛で苦しそうにしながら、呪術師たちに笑いかける。
ユリアもそうだが、ここにいる呪術師の多くは夫がいる。
彼女たちの夫は今、前線で狂兵と命のやり取りをしているのだ。
彼女たちが今ここで倒れるわけにはいかない。
どれほどの時間が経っただろうか。
ユリアたちの頭痛が頂点に達した頃、偵察任務についていたソヨンが叫んだ。
「敵に動きあり! 中央の象兵が動きます!!」
それと同時にユリアたちの頭痛がすっと収まった。
それは敵の呪術師が奴隷兵の精神に干渉するのをやめたということを意味した。
「なん、とか、耐えきった!!」
呪術師たちは一斉に泥の中に倒れた。
「憶するな!! 所詮敵は人だ!! 心臓を狙って即死させろ!!」
俺は声を張り上げて、兵士たちを鼓舞した。
『大王の加護』のおかげで兵士たちの精神状態はある程度分かる。
彼らは恐怖しているのだ。
人は未知の物や理解できない物に恐怖を示す。
彼らにとって、死を恐れない狂兵は未知の物だ。
「はああああ!!!」
俺は敵兵の首を次々に切り裂いていく。
首が宙を舞う。
こいつら笑いながら死んでるよ……
気持ちが悪いな、本当に。
「お、王よ!! ま、前に出すぎでは?」
兵士の一人が驚いた表情を浮かべて、忠言する。
俺はそれに笑って答える。
「違うな。お前たちが後ろにいるのだ。全軍!! 俺に続け!! 俺は軍神の子!! この程度で憶するな!!!!」
俺の軍神の子という噂が聞いているのか、はたまた加護の影響か、兵士たちの士気が見違えるように上がっていく。
「この程度!! 憶するな!!」
「王様に続け!!!」
「神は我らと共にあり!!」
兵士たちも負けじと、槍を振るう。
少し押されかけていた前線が持ち直し始める。
「流石リーダー!!」
「まあ、俺だけの成果じゃないけどね」
目に見えて敵兵士の動きが鈍ってきた。
今では死ぬ瞬間、少し躊躇を見せている。
人間らしい感情が戻ってきているのだ。
ユリアたち妨害がある程度の成果を上げている証拠であった。
どれだけの兵士を斬っただろうか。
伝令の兵士が馬を走らせてやってきた。
「どうした?」
「ロゼル軍の象部隊に動きが有ります!! 敵本隊の突撃に備えて欲しい、とのことです!!」
ついにクリュウが動くか……
そろそろリアルな事情が落ち着いてきたので、もう少し更新速度が上がる……と思います。たぶん。
次回は両翼の騎兵と象さんの戦いを描写します。




