第百二十一話 夜中
「どういう作戦で行くつもり? クリュウ将軍」
「正面突撃。分断ですな」
クリュウは麻里の質問に答える。
麻里は肩を竦めた。
「あなたは相変わらずね。まあ、ロサイス軍も噂じゃ包囲戦術以外はやらないそうだし。慣れない
戦術で挑むよりは良いのかしら。でも敵は必ず対策を打ってくるわよ。同じ失敗を犯してくれるほど無能でもないでしょう」
麻里は戦象を眺める。
戦象は本国から追加で送られた分も含めた六十頭。
この一戦で勝てばドモルガル王の国はロゼル王国の傀儡となり、ロサイス王の国は国力を大きく落とす。
ロゼル王国がアデルニア半島を支配するためには絶対にこの一戦で勝たなくてはならない。
「敵の戦術は分かっている。包囲戦術だろう? 騎兵は象で防ぐ。問題は爆槍という兵器だな。だがそれについても対応策は考えてある」
「そう。なら良いけど」
敵がその気ならこちらも……
クリュウは笑みを浮かべた。
そして麻里を見上げる。
「マルーン殿。アリス殿を貸してもらえるように、ドモルガル王に頼んで頂けるか?」
「別に良いわ。あいつ、チョロイからね」
麻里は不敵に笑う。
純情な少年の心を弄ぶ悪女だ。
魔女の二つ名は伊達ではない。
「さて、ロサイス王の軍が来るまで兵たちを休ませようか」
「アルムス……」
「ん? テトラか。どうした」
夜、テトラは俺の陣幕を訪れた。
テトラは普段、他の呪術師と同じ場所で寝泊まりしている。
戦場という特異な状況下なので、女性は女性同士固まって居た方が安全なのだ。
「ん……」
テトラは俺に抱き付いて、手を背中に回してきた。
潤んだ瞳で俺を見上げる。
俺はテトラの唇に自分の唇を押し付けた。
「急にどうした?」
「最近、してないでしょ」
テトラは俺の下半身に白い手を這わせて来る。
俺の下半身のそれがビクリと動く。
「悪い娘だな。本当はお前がしたいんだろう? 欲しいなら……言わなきゃいけないことがあるよな?」
俺が意地悪く言うと、テトラは顔を赤らめて、口ごもりながらも言葉を紡ぐ。
「……はい。悪い娘です。だからアルムスの―」
「ねえ、テトラ。抜け駆けする女って最低だなって思うんだけどどう思う?」
「最近、してないでしょ」の辺りから陣幕に入ってきたユリアがテトラの背後で睨みながら言った。
テトラは振り返り、ユリアの姿を確認して再び俺の顔を上気した顔で見上げる。
「ください。アルムスの……」
「人の話を聞きなさい!!」
ユリアはテトラの体を掴み、強引に引き離す。
テトラは唇を尖らせて抗議する。
「今良いところ」
「五月蠅い!! ここに来る前に、お互いする時は声を掛け合おうって言ったでしょ!!」
「緊急を要する事情があった」
「へえ、どういう事情?」
テトラは堂々と胸を張りながら、ユリアの瞳を真っ直ぐ見つめて告げる。
「アルムスが男色に溺れる夢を見た。これは急がなくてはと思い……」
「よくもまあ、下手くそな言い訳を堂々と言えるわね」
ユリアが呆れたとでも言うようにため息をつく。
俺が男色に溺れるってどんな夢だよ。
……相手が誰なのか気になるな。
ロン、ロズワード、グラムの三人かな。
それともバルトロかムツィオ……
もしかしてアレクシオスだったりするのだろうか?
と、そこまで考えて俺は変な思考を振り払う。
「まあ、良いわ」
ユリアはそう言って、つかつかと俺の方に近づいてくる。
そして俺の頬を両手で包み込み、唇を押し付けて来た。
ユリアの舌が俺の口内に入りこむ。
お互いの舌が複雑に絡み合い、唾液が交じり合う。
「テトラと私、どっちが上手?」
「ユリアかな?」
「ほらね。だから私のモノ!!」
ユリアは俺にギュッと抱き付いてきた。
俺はユリアの首筋に舌を這わせる。
ユリアの指先がゆっくりと俺の胸板に振れながら、徐々に下に降りてくる。
「ふふ、こんなに―ひゃん!!」
テトラに胸を鷲掴みにされて、ユリアが声を上げた。
ムニムニとユリアの豊かな胸が変形して、ユリアの唇から悩ましい声を漏れる。
「や、やめなさい!!」
「じゃあ離れて。アルムスは私のモノ」
テトラはユリアの胸を揉み、耳を甘噛みしながらユリアを引き剥がそうとする。
ユリアは負けじとテトラに伸し掛かり、テトラのお椀型の胸を掴んで揉む。
テトラの唇から喘ぎ声が漏れる。
「ん、く、放しなさい。テトラ。私はアルムスの正妻です。最初は私に権利があるの!」
「っつ、ん、あ、わ、私はアルムスと一番最初に結婚した女。一番は私。永遠の負け犬はどいて」
両者一歩も譲らない、熱い戦いだ。
素晴らしい光景だな。
暫く放って置こう。どっちが勝つか……
二人は敷物の上で取っ組み合いの喧嘩を続ける。
二人とも汗だくで、顔が上気している。
顔が赤い理由は、運動したからというだけではあるまい。
着衣が乱れて、凄くエロい感じになっている。
胸の谷間やチラチラ見え隠れする下半身のそれよりも、剥き出しになった肩や太腿に視線が行く俺も業が深い。
「アルムスは、私のモノ!」
「違う。私の!!」
さて、俺も我慢が出来ないしそろそろ止めに入ろうか。
「今のは聞き捨てならないなあ」
俺は二人の上に覆い被さり、二人の胸を同時に掴む。
喘ぎ声が重なる。
「俺がどちらのモノか? という言い争いをしているがそれは正しくない。正しくは、二人は俺のモノだ。分かったな?」
「は、はい」
「……はい」
二人は顔を赤らめる。
俺は二人の唇を軽く啄んでから、ニヤッと笑う。
「今夜は徹底的に教え直して上げよう」
「いやー、凄いですね。王よ!! これなら次の王子・王女が産まれるのも早そうです。ロサイス王家は安泰だ!!」
陣幕を出てきた俺をバルトロが拍手しながら迎えた。
盗み聞きしてたのか。趣味の悪い奴め。
「ところで奥方は?」
「テトラは足がガクガクで動けない。ユリアは気絶」
「秘訣を教えて頂けますか? 王よ」
「大切なのは緩急さ」
俺はそう言いながら床に座りこむ。
流石の俺も少し疲れた。
バルトロも俺の横に座り、コップを突き出してくる。
中にはワインが並々と入っていた。
「戦争前夜はやめてくださいね。あのお二方は魔女マーリンに対抗出来る貴重な戦力ですから」
「分かってるよ。俺だってクリュウ将軍と戦わなきゃいけないんだし」
ここまで無茶が出来るのは今日だけだ。
後は戦争が終わってからだな。
俺、帰ったら……いや、やめよう。
「それにしても声が凄い漏れてましたよ。見張りの兵士共が前屈みになってました」
「あいつら、声が大きいからな」
「王も酷いとは思いますが。『静かにしろ。外にお前の声が漏れてるぞ!』」
バルトロは俺の声真似をして見せる。
俺は苦笑して、ワインに口を付けた。
「そう言えば兵士が居ないな」
「俺が一時解散させておきました。溜まってる兵士にはきついでしょうからね。俺が責任持って守っていたので、誰にも覗かれてはいませんよ!」
「どこぞの誰かに盗み聞きされたけどな」
「良いじゃないですか。家臣として心配なのですよ」
バルトロはおどけて見せた。
お互い、ワインを飲みながら星空を見上げる。
この世界は月がデカい……というか近いため、夜空が明るい。
それでも日本の空よりは暗いので、星が綺麗に写る。
沈黙がその場を支配する。
「なあ、バルトロ」
「何でしょう?」
「お前、俺とロサイス家。どちらを優先する?」
バルトロの目がすっと細くなる。
酒を地面に置き、俺の目を真っ直ぐ見つめる。
「それはどういう意味でしょうか?」
「そのままさ。バルトロ・ポンペイウスという男は、アルムス・アス・ロサイスに仕えている? それともアルムスに仕えている?」
「私が仕えているのはアルムス・アス・ロサイスです。ですが、ライモンド・ロサイスが今日から王に成ると言えば、私は反対するでしょうね」
「そうか……」
俺は最後のワインを飲み干す。
そしてバルトロに向き直る。
「この戦争が終わったら……」
「やめてください! 王よ。俺には妻が……」
「今、真面目な話をしているからそういう冗談は止せ!!」
アホかお前は。
バルトロは笑いながら、ワインを俺のコップに継ぎ足す。
「すみません。で、何でしょう? もしかして……アンクス王子様を王太子に立太子したいと?」
バルトロの目が鋭くなる。
俺は首を横に振った。
「国を真っ二つに割くような馬鹿な真似はしない。アンクスも可愛いが……そんなことをすればアンクス自身が不幸になる。テトラは……少し不満かもしれないが承服してくれるさ。元々その覚悟だったと思うしね」
「では、何の話ですか?」
「王太子はユリアの子だよ。ロサイス家はこれからも尊重する。が、そろそろどちらが優位か決める頃合いだと思わないか? 我が国は一枚岩に成らなくてはならない」
「なるほど……そう言うことですか」
バルトロはひざまづいて、頭を垂れた。
「王よ。あなたがユリア様を正妻として、その子を王太子にする御積もりで居る間、私はあなたの剣であり続けましょう」
「ありがとう。バルトロ・ポンペイウス。貴殿の忠誠は忘れない」
俺たちは笑い合い、再び星を見上げる。
キラリと夜空に何かが光る。
流れ星か……
違う!!!
俺はとっさに剣を引き抜いて、俺とバルトロの眉間を目掛けて飛んできた物体を切り落とす。
俺はバルトロに目配せする。
バルトロは剣を抜き、俺と背中を合わせた。
「お前が見張りの兵士を外した所為じゃね?」
「……アルムス王が戦場でギシアンやってるからですよ」
俺たちは暗闇を見つめる。
何の気配も感じない。
だが確実に何かが居る。居るはずだ。
ズッ
砂利が擦れる音を俺の耳が捕える。
間髪置かず、何かが俺の首筋目掛けて飛んでくる。
俺は剣でそれを弾き、掴む。
人の体温を感じる。
人の腕だ。
俺は思いっきり腕を引っ張るが……
「!!!!」
抜けた?
俺の握った掌からブラブラと腕が揺れる。
「蜘蛛は抜けても生えてくるんですよ」
女の声だ。
俺は目を凝らして、その女を確認する。
黒い装束を着ているため、顔も髪色も分からない。
盛り上がった胸部から、ようやく女だと分かる。
「化け物め」
バルトロは俺の手の中の左腕と、女の剥き出しの左腕を見比べる。
女の左腕が袖に包まれて居ないところから、今さっき生えたんだろう。
「よく言われます。ですが、人は化け物には敵いません」
その瞬間、悪寒が走った。
俺は慌ててバルトロの頭を掴み、頭を下げる。
俺とバルトロの頭の上を何かが掠める。
「私の糸を避けますか。良い勘をしていますね!!」
女は一気に距離を詰めて来た。
女の手の中にはナイフが握られている。
月明かりに照らされたナイフが光る。
「暗殺者とは、ロゼルは卑怯な手を使う!!」
俺の剣と女のナイフが衝突する。
俺のドラゴン・ダマスカス製の剣はナイフを果物にように切り裂くが、女は次々と袖からナイフを滑り落とすように取り出してくるのでキリが無い。
「あぶねえ!!」
俺は直感でジャンプする。
俺の足を何かが掠め、靴の先が切断される。
「何か、加護をお持ちのようですね」
「お前もな」
「まさか、私は加護なんて神聖なモノは持ってません。私の力はもっともっと汚いものですよ」
剣とナイフが何度も交錯する。
五分ほど戦い続けただろうか。
「何か物音が聞こえたぞ!!」
「王様の陣幕だ!!」
「急げ!!」
兵士たちが気付いてくれたようだ。
「あなたでは無く奥方を狙った方が良かったかもしれません。欲を掻き過ぎました。退散しましょう」
「待て!!」
俺は慌てて追おうとする。
だがすぐに気づいた。
俺の目の前に大量の糸が張り巡らされていることに。
俺は糸を指で触れる。
血が滲み出てきた。
これは厳しいな。
取り敢えず、見張りを強化しないとな。
それとテトラとユリアとは毎晩一緒に寝よう。
次回は戦争です




