第百二十話 対策
最近、忙しくてね……
これからも遅くなるかもしれません
兵の再編成には二日掛かった。
まあ、指揮系統が複雑な連合軍をまとめ上げたことを考えると、決して時間が掛かり過ぎたというほどでもない。
しかし敵に二日の猶予を与えてしまったのも事実である。
「で、クリュウ将軍はどうしている?」
「偵察部隊からの報告によると、ここから一日ほどの距離がある都市に篭っているようです」
都市に篭っているのか……
籠城戦をやられたら不味いぞ。
今の季節は七月。
あと三か月もすれば秋になり、冬営の準備をしなければならなくなる。
冬営とは食糧が比較的豊富で過ごしやすい場所に陣地を張り、冬をやり過ごすことを言う。
古代世界に於いて、冬季の軍事行動は非常に危険だ。
寒い冬の気候はそれだけで兵士の体力を削る。
基本的に、『冬季の軍事行動で得られるメリット<それによって発生するリスク』であるためほとんどの軍隊は冬営する。
通称自然休戦と言われている。
つまり後三、四か月が経過したらさらに三、四か月は身動きが取れなくなってしまうのだ。
自作農が兵士の主力である我が国にとってこれは大きな打撃だ。
ロゼルは産業の多くを狩猟採集や遊牧を占めるからいいかもしれないが……
「いえ、その可能性は薄いかと」
俺の呟きを拾ったバルトロが、首を横に振った。
「どうして?」
「簡単です。三万という大軍をこんなところで遊ばせていられるほど、ロゼルの国境は暇ではないはずです。ロゼルには敵が多いですからね。ギルベッド、ファルダーム、北アデルニア半島のアデルニア人、ガリア東北部、そしてゲルマニス人……」
「なるほどな……」
大国というのも大変だな。
国境線が広すぎるというのも考え物だ。
「つまりクリュウ将軍を短期決戦を狙ってくると?」
「おそらく」
つまり会戦か。
総数はこちらの方が依然として少ないんだよな……
騎兵の数は優っているから、包囲殲滅戦が通じればいいんだけど。
クリュウ将軍は突撃分断戦を得意とするからな。
「問題は毛むくじゃらの生き物とかいう奴だろ。絵とか、無いのか?」
「あります。絵が上手い奴に描かせておきました。今、持ってこさせます」
バルトロは伝令の兵士を呼び、その絵を持ってこさせた。
中々上手な絵だ。
その絵を俺や豪族やムツィオ、ユリア、テトラ、ロン達、アレクシオス、メリアが覗き込む。
これって……
「マンモスじゃん」
「象ですね」
「象さんですね」
俺とアレクシオスとメリアの声が重なった。
アレクシオスが少し意外そうに聞いてくる。
「象を知っているのですか? ロサイス王様」
「ん、まあな。聞いたことが有る。ポフェニアにも居るのか?」
「はい。こんな毛むくじゃらではないですけどね。マルミミゾウという種類の象が居ますね。工事とか、戦争とかに使います」
ふむ……
それにしてもマンモスか。
確か、マンモスという名前はタタール語で大地に住む者、だっけかな?
じゃあアデルニア人が呼ぶには相応しくないな。
「まあ、良い。ケナガゾウと呼ぶことにしよう。……アレクシオス。象の対策や用法を教えてくれ」
アレクシオスは軽く頷いてから、説明を始める。
「象は二種類の使い方があります。一つは突撃させて、敵の陣形も乱す。象は非常に巨大ですから、見慣れない者からすると非常に恐ろしい。それにあの巨体でかなりの速度が出ますしね。踏みつぶされたら一貫の終わりです。表皮は分厚いので、そう簡単に死にません。純粋に破壊力という意味では、騎兵突撃以上に恐ろしいものです」
それについてはバルトロが痛いほど分かっている。
それで二つ目の用法は?
「二つ目は盾として使う方法です。象は少々特殊な臭いがするんですが……馬はその臭いを嫌うんですよ。象を側面に配置することで、騎兵の側面攻撃を防ぐという手があります。……おそらく、クリュウ将軍はこの手を使うかと。同じ手を何度も繰り返すような人とは思えませんし」
「そうだな……」
クリュウという将軍は非常に優秀だ。
最初はただ正面突破が得意なだけの猛将というイメージだったのだが……
王都攻略戦の跡地を見て、考え直した。
あれはバルトロやアレクシオスと同じくらいの智将だ。
「しかし馬が嫌がるとなると厄介だぞ。側面に回り込めないんじゃな……」
ムツィオが顔を顰めた。
重装歩兵で受け止めて、騎兵の側面及び背面攻撃で包囲、殲滅する。
これがロサイス王の国とエクウス族の基本戦術になっている。
だが象が居るとこれが実行できない。
「このまま挑んでも側面攻撃を象で防がれて、長く伸びきった陣形を食い破られる危険性があります」
「つまりまずは象を何とかしなければ成らないということか」
象ってどうやったら倒せるんだったけか。
確かスキピオは重装歩兵の間を広く開けて、象をやり過ごしてから槍投げで刺殺したんだよな。
あとディアドコイ戦争で鎖を使って戦象を足止めしたディアドコイが居たような気がする。
しかし敵は突撃じゃなくて、移動防壁として用いる可能性の方が高いからな……
となると……
「ロズワード。うちの騎兵は爆槍は大丈夫だったよな?」
「はい。ちゃんと驚かないように訓練させています」
よし。ならば問題なし。
後は……
「敵の奴隷部隊はどうする?」
「それに関しては私が何とかするよ」
ユリアが声を上げた。
「敵は呪術で恐怖を無くしているんでしょ? じゃあ私が解呪を試みてみる。完全には無理だけど、ある程度効果はあると思うよ」
「全呪術師で敵の呪術師……世界最古の婆に対抗する」
テトラ……いくらなんでも婆呼ばわりは失礼だろ。
見た目は若いんだし。
兎に角、奴隷部隊の対応は決まったな。
「後はクリュウ将軍のおかしな突撃力をどうやって削ぐかですねえ」
バルトロは酒を飲みながら呟く。
お前は会議の時くらい酒をやめろ。
「クリュウ将軍ってのは加護を持ってるんだよな? 身体能力系の」
「そうだよ。さっき、千里眼と看破で覗いた。狂闘の加護と魅了の加護だってさ。厄介だよ。兵士まで強くなるんだもん」
うーん、どうするか……
「アルムス様ってさ、強いよね」
どうしたルル。急に俺を持ち上げて。
「いつだか、熊を槍投げで殺してましたよね」
ソヨンも頷く。
確か、難民が来て間もないころだったかな?
そんなこともあったなあ……
……
「つまり俺が止めろと?」
「クリュウ将軍を止められるのは王しか居ないかと……」
全員の視線が俺に集中する。
分かったよ。俺がクリュウ将軍と戦えば良いんだろ。どうせ指揮はバルトロが採るんだから、俺が前線に出ても問題ないしね。
俺、そんなに戦闘経験無いんだけどな……
いつも一方的だったし。
でもその点はクリュウ将軍も同じか。
俺らみたいな加護持ちがごろごろ落ちているわけないからな。
「でも俺だけだと自信無いぞ?」
「俺を忘れないでください!」
「僕も支援します。大丈夫です。一緒に射貫くようなミスはしません」
ロンとグラムが立ち上がる。
そうか。この二人は俺の大王の加護の影響下にあるから、俺ほどでは無いにしても強いんだよな。
「俺も支援しよう。親友に死なれると困る」
ムツィオもニヤッと笑う。
こいつも加護持ちだったな。
風を操って無双していた。
俺がクリュウを受け止めて、ロンがすぐ近くで支援。
後方からムツィオとグラムが矢で支援……
うん。悪くない布陣じゃないか。
これで確実に止められる。
「近衛兵を中心とする、精鋭を前線に配置しましょう。それでクリュウ将軍を受け止めながら少しづつ後退して……」
バルトロは拳を掌で包み込んで見せる。
言わずとも分かる。
包囲殲滅だ。
「じゃあ各自、準備に取り掛かってくれ。テトラ、爆槍の点検を忘れずに」
「了解した。アルムス」
有力者たちはそれぞれの陣幕に戻っていく。
この戦争、いい加減終わらせないと後々響く。
おそらく明日か明後日が決戦になるな……
「クリュウ将軍。あんたは負けた経験が無いみたいだが、生憎俺も負けた経験は無いんだよ。俺は軍神の息子ということになっている。負けると後に響く……絶対に勝たせて貰うぞ!!」
決戦は近い。




