第百十九話 合流
リアルの都合で更新が遅れました
その報告がクリュウに届いたのは深夜のことだった。
「あのクソガキが!!!!」
カイラス敗北の報を聞いたクリュウは顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
クリュウが振り下ろした拳により、机に亀裂が走る。
怯える部下を見て、クリュウは冷静になった。
(報告によればロサイス軍は歩兵九千と騎兵四千五百。これにカルロ派の四千が集結して、歩兵一万三千と騎兵四千五百になる。合計、一万七千五百。一方、我々は歩兵二万八千と騎兵二千。合計三万。数では優っているか……)
そしてクリュウは敵の立て籠もる城壁に視線を向ける。
あと三日で陥落させられる。
だが三日もあれば敵がやってくるだろう。
そうなればロゼル軍は挟み撃ちされてしまう。
選択肢は二つ。
一つは一度撤退して、体勢を整える。
この作戦のデメリットは敵の合流を許すことになること。敵兵力がロゼルと同等になってしまう。
もう一つはいくらか兵を残して城攻めを続けさせながら、クリュウがロサイス王と決戦をする。二正面作戦。
この作戦のデメリットは兵を分散させてしまうこと。
立て籠もっている兵の数が一万であることを考えると、やはり最低でも一万程度は残さなくてはならない。
これでもやはり兵力がロゼルと同等の敵と戦うことになる。
どちらをとっても面倒なのは変わらない。
「背後に敵の存在が居るということを考えると、前者の方が良いか……」
最善ではないが、次善の案ではある。
そうと決まれば話は早い。
「撤退の準備をさせろ」
「はあ、眠い……」
アリスは眠い目を擦りながら、屋根の上を歩いていた。
彼女は毎晩、ドモルガル王の国の王都に侵入して暗殺を繰り返していた。
元々は百人隊長クラスをターゲットにしていたが、最近は平兵士を殺している。
警備が厳しくなっているからだ。
今のところ、敵は暗殺者であるアリスが毎晩城壁の外側から来ているとは気付いて居ない。
常識的に考えて、高い城壁を梯子も無しに登れる人間が居るとは考えられ無いからだろう。
敵は内部に裏切り者が居ると思っていて、警戒の眼を内部に向けている。
故に城壁を超えて入りこむ難易度は初日と変わらない。
アリスが殺せる兵士の数は一日に三人程度。
兵士たちの緊張が緩んだ一瞬の隙を狙う必要があるため、一人殺すのにも時間が掛かる。
一度切りの暗殺であるなら、派手に動いても問題ないが……
この暗殺は敵を精神的に追い詰めるためにやっているのだ。
だから何度も繰り返す必要があり、アリスという暗殺者が外側から来ていると気付かれるわけにはいかないのだ。
「これ意味あるのかな?」
アリスは夜空に輝く月を見ながら呟く。
当初の計画ではアリスが見張りの兵士を殺して、その隙に夜襲で城壁を落とすというものだった。
提案はアルド・ドモルガルだ。
だがこれはクリュウに却下されてしまった。
曰く、成功する見込みが薄いと。
そんな賭けに出るより、地味な暗殺を続けた方が余程効果が見込める。
とクリュウは語った。
その後、気分を害したアルドにアリスが殴られたのは言うまでも無い。
「まあ、良いか。私は私の仕事を全うする」
アリスは遥か前方の兵士に狙いを定める。
兵士は口に手のひらを当てて、大きく欠伸をする。
アリスは一瞬で距離を詰めた。
「え!?」
「おやすみなさい」
一人、哀れな兵士が死んだ。
「アリス!! ようやく帰って来たか!! 遅いぞ!」
アルド・ドモルガルは機嫌が悪そうに怒鳴った。
ここのところ、アルドは常に機嫌が悪い。
アルドの提案がクリュウによって尽く却下されているからである。
自分はドモルガル王で、この中で一番偉い。
なのに何故蔑ろにされなければならない。
とアルドは思っているのである。
しかし今日は一段と機嫌が悪そうな顔をしていた。
「どうかされたのですか?」
「クリュウの奴が撤退すると言いだしたんだ!! このままでは敵の合流を許すことになる!!」
「はあ……」
アリスは兵法が分からないので、どうしてアルドが怒っているのかイマイチ理解が出来なかった。
だがクリュウの案をアルドが否定している、という構図から考えてクリュウの撤退するという判断は正解なのだろう。
「ああ!! ムカつく!! このままでは王座が遠のいてしまうではないか!!」
アルドの拳がアリスの顔面に向かう。
アリスはそれを冷めた目で見つめる。
アリスの動体視力ではアルドの拳は止まって見える。
だがアリスは絶対に避けようとしない。避けるという選択肢が無いからである。
「アルド様。準備は出来ましたか?」
アルドの拳が止まる。
アルドは慌ててドアを開けた。
「これはマーリン殿!! はい。準備は出来ています」
アルドは笑顔で麻里に駆け寄る。
その表情は綻んでいて、頬が赤く染まっている。
観察力の良いものは、アルドが麻里に恋していると思うだろう。
だがアリスにはそうは見えない。
普段からアルドと共にいるアリスには分かるのだ。
アルドの瞳が虚ろになっていることに。
数百年生きた魔女からすれば、呪術師の護衛すら一人もいない若造を術に嵌めるのはどうということはないのだろう。
(まあ、私には関係ないか)
アルドから麻里を殺すように命じられればアリスは麻里を一瞬で殺すだろう。
だがそんな命令は受け取っていない。
アリスは良くも悪くも受動的で、自分の意思というものが無いのだ。
「カルロ様!! 大変です!!」
「どうした? そんな血相を変えて?」
ノックもせずに入りこんできた兵士に向かってカルロは視線を向ける。
カルロはバルトロやトニーノ、ルネと共に今後の戦略を練っていたのだ。
「ロゼル軍が消えました!! それとアルムス王から鷹便で親書が!」
伝令はカルロにアルムスからの親書を手渡す。
カルロは封を破り、手紙を取りだして目を通した。
「なんて書かれていますか?」
バルトロは身を乗り出す。
カルロはニヤリと笑って答えた。
「もうすぐこちらに到着するそうだ」
「本当ですか!! つまり籠城は終わり……」
ルネは椅子に凭れ掛かった。
文官であるルネには籠城戦は大きな負担だったのだろう。
「問題は俺の首だね。明日、ちゃんと繋がっているかどうか……」
「ようやくここまで来たか」
俺の目の前にそびえ立つのはドモルガル王の国の王都。
所々、亀裂が走っていたり、崩れているところが戦闘の激しさを物語っている。
「アルムス王、御助力感謝致します」
カルロ・ドモルガルが俺の前に一歩進み出て、軽く頭を下げる。
両者の力関係を表していた。
この世界では国同士は決して対等ではない。
小国の王はどうしても大国の王に下手に出る必要があるのだ。
「気にしないで欲しい。カルロ殿。盟友同士、助け合いましょう」
お友達料として、領土は貰うけどね。
俺とカルロの挨拶が終わると、バルトロが前に進み出て来た。
バルトロは俺の前に跪いて、頭を深く下げた。
「王よ。今回の敗北、敵の戦力を見誤った私の責任です。どのような罰も覚悟しております」
「そうか……」
俺は息を深く吸い、声を低くする。
「バルトロ・ポンペイウス。先の敗戦は貴殿に大きな責任がある。故にその責任を背負って貰う」
「はい。分かっております」
「お前には私の補佐を任せる。責任を持って次の戦で勝て」
「?」
意外そうな表情を浮かべるバルトロ。
もう少し、何かあると思ったんだろうな。
「勝敗は兵家の常だ。負ける度に裁いていたら、我が国から将が居なくなる。……軍規違反や命令違反、謀反を起こしたのであれば容赦なく裁く。だが敗北は問わない。責任はあるが、罪は無いからな」
というか、バルトロに任せたのは俺だし。
バルトロに罪があるのであれば、俺にも罪があることになってしまうじゃないか。
俺は笑みを浮かべた。
「殺されると思ったか?」
「いえ、そこまでは……ただ領地の減封は覚悟していました」
いや、俺の味方であるお前の領地削って俺に何の得があるんだよ。
まあ、それだけ責任を感じているのであれば問題ないか。
「バルトロ。次の戦で屈辱を晴らせ。すぐに兵の再編成に取り掛かれ!!」
「はい!!」
さて、次はクリュウ将軍か。
今度はこちらの方が数は少ないが、爆槍は十分にある。
毛むくじゃらの化け物とやらが何なのか分からんが……
初見殺しは初見殺しで対応させて貰うぞ。




