第百十七話 籠城戦Ⅲ
昨日は投稿するのを忘れてました
「トニーノ将軍! 東側の城壁の一部が破壊されました!!」
「北側から兵を百動かせ!! 敵兵を食い止めろ。工兵を出して至急、城壁を修復させろ!!」
「南壁から増援の要請が!!」
「西門から三百の増援を出せ!!」
敵の第一陣の増援が到着してから二週間が経過した。
敵の増援は第二陣までが到着していて、敵の総数は三万まで膨れ上がっている。
外部で諜報活動を続けている呪術師によると、あと三日ほどで敵の第三陣が到着して四万に、その数日後には第四陣が到着して五万に成る。
ロゼル王国が四万の兵を四部隊に分けて戦場に送っているのは、大軍を一度に用意でき無いからだ。
纏まった数を集めてから次々と送り込むという方法を取っているのだ。
ロゼル王国は国土が広く、防衛線も長い。また北アデルニア半島に住む百万人のアデルニア人を支配している。
よって気軽に大軍を動かすことが出来ないのだ。大国の弱点と言える。
「敵兵の数が集まる前に討って出た方が良かったかね?」
バルトロは指示を出しながらもため息交じりに呟く。
しかし同時にその考えを振り払う。
討って出たところで勝てる保証はない。
士気が著しく低下してしまっているからだ。
象の攻略法は考えたが、それを実行に移すには勇気が居る。今の連合軍にはそれが無い。
会戦をしたところで、前と同様に敗北する可能性が高い。
この戦争で勝つ唯一の方法は救援に来たロサイス軍と、ロゼル軍を挟み撃ちにすることだ。
軍神の息子と頼りになる爆槍。
この二つが有れば連合軍の士気は盛り返す。
バルトロはそう見積もっていた。
「さて、過ぎたことじゃなくて今の状況を打開しよう。次は西壁に向かうぞ!!」
バルトロが率いているのはアルヴァ騎兵だ。
アルヴァ騎兵の機動力で城内を走り回り、劣勢に周っている敵に矢を放つ。
それを繰り返しているのだ。
籠城戦でも騎兵の機動力は役立つ。
「破城槌が来たぞ!!」
「火矢を放て!!」
百人隊長たちの怒号が戦場を震わせる。
籠城戦でもっとも脅威となる兵器は破城槌だ。
城壁は非常に強固であるため、ちょっとやそっとの攻撃では破壊出来ない。
投石機で放たれた石が何度も都合よく同じ場所に衝突したり、衝突した場所が老朽化して脆くなっていた場合は別だが……
しかし城門は別だ。
城門は城壁よりもずっと脆い。破城槌で突かれれば、簡単に破れてしまう。
よって破城槌で城門を攻撃される前に破城槌を破壊する必要がある。
破城槌は人が城門まで持ってこなければならない兵器なので、破壊はそこまで難しくない。
ロゼル軍の破城槌は木製で、槌の先端部分には金属が取り付けられている。
それが車輪付きの屋根に吊り下がっている。
人の力に円運動を加えることで、破壊力が増す。
もっとも物理法則を知っているからこのような形に成ったのではない。所謂経験則という物だ。
火矢が雨のように破城槌に降りかかる。
しかし破城槌に矢が刺さると、火は一瞬で消えてしまう。
破城槌の屋根は出来るだけ湿らせて、火避けの呪術や強化の結界を張っておくのが基本だ。
「油だ!! 油をぶっかけろ!」
兵士たちは壺ごと油を破城槌に向けて落とす。
いくつかが虚しく地面で割れたが、三壺の油が破城槌の屋根を汚す。
「火矢を放て!!」
再び火矢が破城槌を襲う。
流石に油に引火した火はそう簡単に消えたりしない。今度ばかりは呪術や小細工は通じない。
あっという間に木製の破城槌は炎上する。
破城槌を運んでいたロゼル軍の兵士たちは大慌てで屋根の下から逃げ出す。
そんな彼らへ連合軍の矢が突き刺さる。
これで東西南北の壁のすべてで破壊された破城槌の総数は五つ目になった。
破城槌の攻撃が失敗して日が暮れたこともあり、この日ロゼル軍はすぐに退却した。
「はあ、今日も無事に乗り切った。これも諸君の奮闘のおかげだ。乾杯!!」
「「乾杯!!」」
カルロが酒の入った盃を掲げると、兵士たちも盃を掲げて一気に飲み干した。
夜の襲撃も予想されるので、酒は一杯だけ。
しかし兵士たちにとって、この緊張感で張りつめた戦場での唯一の癒しだった。
兵士たちは無理に笑っているが、その表情には疲労が見える。
特に深刻なのは百人隊長だ。
無理はない。
百人隊長だけを狙った暗殺が度々発生しているのだ。トニーノやバルトロは犯人の特定に急いでいるが、全く分かっていない。
士気に関わるため、情報統制をしているが噂という形で確実に広まっていた。
「しかしいつまでも籠ってやられるばかりというのは気分が悪いな」
トニーノがぼそりと呟いた。
籠城戦は指揮官も兵士も士気が沈みがちになる。
ずっと受け身で居続けるからだ。
防衛側の方が地形のアドバンテージを得ることが出来るが、先手を常に奪われるづけることにもなる。
守りに入り過ぎるのも問題と言える。
「だよなあ。俺も同じことを考えていた。そこでだが……こういう嫌がらせはどうだろう?」
バルトロはニヤニヤと笑いながら、トニーノの肩を抱く。
トニーノはアルコール臭の漂うバルトロの口臭に眉を顰めながら、その嫌がらせの中身を聞く。
「……少し危険ですが、やる価値はありそうですね」
「だろ? お前さんたちの騎兵も貸してくれよ」
その夜のこと、ロゼル軍のガリア兵たちは夜通し騒いでいた。
略奪した宝石や亜麻の美しい布などを自慢し合い、奪った酒や食べ物を口に運ぶ。
ガリアは寒く、土地も痩せている。
それに比べて南アデルニア半島は暖かく、土地も肥えていて、貨幣経済もガリアよりは発達している。
ガリア人たちからすると、アデルニア半島は都会なのだ。
……キリシア人やポフェニア人、ペルシス人などが聞いたら鼻で笑うだろうが。
「王都にはどんな宝があるんだろうな!!」
「そりゃあ金銀財宝がごっそりあるに決まってる。王様の御膝元だぜ? 蓄えているに決まってる!!」
兵士たちは酔っ払いながら、取らぬ狸の皮算用を始める。
ロゼル軍の軍規は非常に緩い。
実際、見張り以外の兵士が真夜中に宴会しているのだから。
アデルニア半島の軍隊で、真夜中に兵士が勝手に宴会などするようなものならば死刑である。
もっとも、軍規を厳しくしたところでガリア兵は逃げ出してしまう。
土地という持ち運べない資産を持ち、協力し合いながら農業をする。典型的な農耕民族であるアデルニア人と、生活の糧の半分以上が狩猟採集であるガリア人との民族性の違いである。
「いやー、楽しみだねえ。俺は美女が欲しい。ああ、早く犯したい!!」
「俺は十歳くらいの男が良いなあ」
男たちがそんな話をしていると、突然周囲が騒がしくなる。
「敵襲!! 敵襲!!」
見張りの兵士たちが大慌てで叫ぶ声が聞こえる。
流石のガリア兵たちも、大慌てで軍装を整えて敵襲を受けた場所に向かう。
「敵はどこだ!!」
ガリア人の兵士が見張りの兵士に詰め寄る。
天幕が燃え上がり、矢で命を落とした兵士の死体が転がっていることから敵襲を受けたのは間違いない。
しかし敵はどこにも居ない。
「それがもう撤退してしまって……」
「撤退?」
「敵は馬に乗ってたんだ。それで掘りの外側から火矢を射かけてきたんだ」
見張りの兵士の話によると、敵は馬に乗って矢を射かけた後にあっという間に撤退してしまったらしい。
突然の攻撃により全く反撃が出来ず、反撃の準備が整った時には撤退されてしまって居たのだという。
「はあ? じゃあ俺たちがここへ来たのは無駄骨じゃねえか!!」
ガリア兵は怒りを露わにした。
「昨夜の夜襲、全く対応が出来ませんでしたなあ」
カイラスはクリュウに言う。その表情には嘲りが浮かんでいる。
暗にクリュウを攻めているのだ。
「見張りを増やすつもりだ。それに被害は大したことは無い」
真夜中なので、敵も狙って矢を射ていたわけでは無い。
敵が居そうな所を適当に射て、危なくなったら帰る。それが敵の戦法。
当然、矢はそう滅多に当たらない。
死んだ者は運が悪かっただけだ。
混乱は大きかったが、死者は三十人。うち七人はパニックに陥り、頭をぶつけたのが原因の死だ。
「街が落ちればすべて終わる。あれは悔し紛れの攻撃だ、気にする必要は無い」
「しかし中々落ちませんなあ。クリュウ将軍。どうされますか?」
カイラスはニヤニヤと笑いながら、クリュウに言った、
クリュウはカイラスの顔を一瞥してから、すぐに視線を城壁に移す。
「想定済みだ。元々、一か月ほどで落ちるとは思っていない」
攻城戦は非常に時間が掛かる。
場合によっては数年単位の時間を要することもあるのだ。
流石にそこまで掛かれば問題だが、数か月ほどならば十分想定範囲内と言える。
「しかしアルムス王の援軍がもうすぐ到着するという情報を聞きましたが」
「そうだな。後二週間ほどで到着するそうだ」
「あと一週間で落とせますかな?」
そう言うカイラスの表情に不安は無い。
例えアルムス王の援軍が到着しても、苦戦する程度で勝てると思っているからだろう。
いや、もしかしたら負けて欲しいと思っているかもしれない。
そうすれば大将軍の座が一つ空くのだから……
「問題ないと言っている。あと一週間で落ちる」
クリュウは自信有り気に断言した。
カイラスは一瞬顔を曇らせて黙ったが、再びクリュウに提案する。
「私としては羽虫の掃除をすべきかと思います」
羽虫とは、カルロ派として各地に散っている豪族たちだ。
レティス・ブラウスを中心とする彼らは、各地でアルド派の豪族たちと小競り合いを繰り返していた。
彼らは数が少ないため、下手にロゼル軍と相対すれば全滅は、免れない。
十分に無視出来るほどの戦力だ。
彼らに兵を割くくらいならば、攻城戦に戦力をつぎ込んで戦争を早期に終わらせた方が遥かに良い。
戦力の分散は下策である。
それに地の利は敵にあるのだ。
下手に動けば、負わなくてもよい損害を被る危険性があっら。
「無駄だ。羽虫はそう簡単に捕まらない。追いかけるだけ無駄だ。どうせ、こちらを眺めるだけで何も出来ない連中。放って置け」
しかし尚もカイラスは食い下がる。
「しかし彼らを放って置けば安心して攻城戦に力を注げないのでは?」
「その通りです。クリュウ将軍。私もカイラス殿の意見に賛成です」
カイラスに賛同を示したのだ、第二陣の増援を率いて来た男だ。
彼はカイラスと同じ派閥で、クリュウと敵対している。
二人が考えていることはこうだ。
『このまま攻城戦が終われば手柄はクリュウ将軍の物になり、戦争は終わってしまう。何か、戦争が終わる前に武功を立てなければ』
厄介なことは二人に賛同する下士官も多いことだ。
当然だ。手柄は彼らの出世にも深く関わっているのだから。
「はあ……」
クリュウは思わずため息をついた。
はっきりいて無駄な戦闘だ。しかし政治的には無駄ではない。
クリュウ一人が手柄を取り過ぎれば、敵を作り過ぎることに成る。
(どうせこいつらが居ても居なくても大勢に影響はないか)
クリュウはそう思い、二人に言った。
「分かった。お二人には羽虫どもの掃討をお願いいたしましょう。ただし、第四陣が到着してからが条件だ」
それから五日後、第四陣が無事に到着した。
斯くして、約二万の軍隊がカルロ派を駆り出すために本軍から離脱した。
「さあ、掘れ!!」
「「掘れ!」」
「掘りあてるのは!!」
「「我らの出世!!」」
音痴な歌を歌いながら、ガリア兵たちは鍬で土を掘る。
彼らが居るのは地下深い坑道。
クリュウがひそかに掘らせていたのだ。
彼らの役割は城壁の真下まで掘り進め、木製の杭に火を放つこと。
土台を崩され、さらに杭まで燃えれば如何に強固な城壁とはいえ崩れる。
いや、強固であればあるほど崩れる。強固であるということは、重いということなのだから。
「ん? 明るくなったぞ」
掘り進めるうちに、地面の間から光が漏れ始めた。
その光を見た途端、隊長は顔色を変えた。
「総員!! 戦闘準……」
隊長が言い終わるよりも先に、鍬と剣を持ったアデルニア兵たちが姿を現せた。
アデルニア人の隊長が叫ぶ。
「確保しろ!!」
斯くしてロゼル王国の掘った坑道は、連合軍側の対抗坑道により敗れた。
さらに捕虜からの情報で、もう一本の坑道の位置を特定。
合計二本、全ての坑道を潰すことに成功した。
「東と西の坑道が発見され、埋められてしまったようです。……惜しいですな。あと少しだった」
クリュウの副官が悔しそうに顔を歪める。
しかしすぐににんまりと笑う。
「まあ、計画のうちですがな」
「ああ。東と西は偽装。本命は北と南の坑道だ」
クリュウは元々東西南北四本の坑道を掘っていた。
東と西の坑道担当者には、坑道は東と西の二本しかないと伝えた。
そして発見されやすいように掘っていた。
昼夜問わず、地面を掘りつづけていたのだ。当然、振動や音で敵に見つかる。いや、見つけさせる。
逆に北と南の坑道の担当者には、坑道はお前たちの掘っている坑道しか無いと伝えた。
そして本命の北と南は戦闘中のみ掘らせていた。
人の足跡や投石機の石が城壁にぶつかる音で、坑道を掘る振動を誤魔化したのだ。
作業の効率は遅いが、確実な仕事だ。
東か西。どちらかの坑道が見つかれば両方が潰される。
だが同時に敵は油断する。全ての坑道を潰せたと、安堵して油断してしまう。
それが狙いだ。
「本命が城壁の真下まで行くのにあと三日ほどか。想像以上に掛かったが……もうこの戦争も終わる」
クリュウはそう呟いた。
ようやくロゼル王国に帰れるのだ。
クリュウは戦争は好きだが、偶には平和を欲する時もあるのだ。
特に今回の戦争はカイラスに疲れさせられたのだから。
「御取込み中、失礼します!! 緊急の報告です!!」
「早く入れ」
クリュウがそう答えると、伝令の兵士は真っ青な顔で言った。
「カイラス将軍率いる二万が大敗!! カイラス将軍は行方不明です!!」
「あのクソガキが!!!!!!!」




