第百十六話 籠城戦Ⅱ
「俺、攻城戦苦手なんだよなあ……」
クリュウ将軍は苦笑いしながらも、攻城戦の準備を始めた。
兵士たちに命じて、攻城兵器を造らせる。
材料である木材、つまり木はどこにでも生えているので困らない。
「攻城兵器、持って来れば良かったかな?」
「持って来てたら間に合わなかったでしょ」
麻里はクリュウに言う。
ガリア人は森林での狩猟採集を営む種族。故に森の中での移動や戦闘は得意だ。
しかし森の木を使う工作となると、あまり得意とは言えない。
手先が不器用で、長時間の作業には根を上げてしまう民族なのだ。
こういう地味な作業はアデルニア人の専売特許である。
「しかし中々強固な城だな。まともに攻めれば損害が大きすぎる」
「じゃあ兵糧攻めにする?」
「出来ればな。しかしアルムス王はそれを許してくれるほど甘い王か?」
すでに外交工作でエクウス族、エビル王の国、ベルベディル王の国の三か国がロサイス王の国に軍を進めている。
これら三つの軍を撃破して、友軍を救出する……
難しいが不可能ではない。
「しかし正面から正直に攻めても被害は増えるだけ……やはり兵糧攻めか。救出に来た軍と挟み打ちになるリスクも考慮せねばな」
クリュウは思案を巡らせる。
軍事に関しては麻里はお門違いなので、あまり口は出さない。
「敵は準備期間があまり無かった。それに我々が略奪を繰り返しながら進軍したことで、多くの周辺住民は城壁の内側に避難している。二つを考慮に入れると兵糧の量は多く見積もって四か月から六か月分……。よし、兵糧攻めが一番だな。まずは……」
クリュウはまず本国に早馬を飛ばして、大規模な援軍を要請する。
クリュウが連れてきたのは精鋭一万。しかし城攻めでは練度よりも数が物を言う。
一万の兵で攻城するのは得策ではない。
そして援軍を待つ間に攻城戦の準備を進める。
「攻城兵器の製造はそのまま。手先が不器用な連中は土木作業だ。土を掘れ!!」
クリュウの支持で城壁を囲うように二重の掘りが作られる。
内側の掘りは敵を完全に閉じ込めて置くため。
外側の掘りは救援に来たアルムス王に挟み撃ちにされた時のことを備えての掘り。
もっとも、ガリア人には大した技術は無い。
掘りと言っても馬が飛び越せない程度に掘って、拒馬を設ける程度だが。
しかしこれがあるのと無いのでは大きく違う。
完全に閉じ込められていることを敵に見せつけることで、敵に精神的圧力を加えるのだ。
それに柵と掘りで敵の夜襲を予防出来、兵士たちを休ませることも出来る。
「でも結構手馴れてない? 普通のガリア人なら投げ出してる工事だよ?」
「そりゃあ、何年もガリアの東北部で攻城戦を繰り返したからな。俺たちの技術力が低いとはいえ、そこそこの物は造れるさ」
クリュウは苦笑いをして答えた。
「で、攻撃はしないの?」
「いや、攻城壁が出来次第掘りの作成と同時平行で攻撃を仕掛ける。敵を疲れさせる必要があるからな」
いつまでも土木事業をしているわけにはいかないというわけだ。
「じゃあ当分は攻撃には移らない?」
「そうなるな」
「じゃあ……暇つぶしに狩りにでも行かない?」
「よし、五匹目!」
麻里は仕留めたウサギを回収しに向かう。
馬の腹を軽く蹴ってウサギの元に駆け寄り、下馬してウサギを拾い上げる。
矢はウサギの頭を一撃で射貫いていた。
即死だ。
「いいね。一瞬で死ねて……さて、クリュウはどんな感じかな?」
麻里はニヤニヤ笑いながらクリュウに問いかける。
クリュウは降参とでも言うように両手を上に上げる。
「俺には弓矢の才能は無い。剣が有ればクマでも竜でも仕留めてこれるが……しかし、バルーン殿は相変わらずの腕前だな」
「まあね」
麻里はそう言いながら馬の上で弓を構えて、一気に駆けだした。
そして空に狙いを付けて、矢弦を引き絞り矢を放つ。
しばらくしてから大きな鳥が草原に落ちた。
「今日一番かな。そろそろ帰ろうか」
「そうだな。マドリード殿には何時間戦っても敵わなそうだ」
クリュウは肩を竦めた。
「しかし本当に凄い。それは平たい顔族から?」
「そう。あの連中からすればこれくらいは普通。ほら、敵にアルヴァ騎兵が居たでしょ? 彼らも騎射が上手い。平たい顔族の子孫だからね。まあ、私は元々弓道部だったのがあるけど……」
「弓道部?」
「そう。まあ、遊びよ。それで基礎はある程度身についてた。だからそんなに難しくは無かった。それだけ」
麻里はそう言って黙ってしまう。
(話題選びに失敗したな……)
クリュウは若干後悔しながら、本陣に戻った。
「うわああああ!!!!!」
「おおおおおおおおお!!!!」
真夜中。
敵兵士の大声が響き渡り、風を切るような音を立てながら火矢が降り注ぐ。
火矢はまるで流れ星のように美しく燃えながら、城壁を飛び越して民家の屋根に突き刺さる。
ドモルガル王の国の家々は石造だが、重量の関係で屋根などは木製だ。
火が付いたら当然燃える。
アデルニア半島の夏は乾燥しているので、火災が発生する確率が上がる。
よって住民総出で火の消火活動に勤しんでいた。
「しっかし毎夜毎夜、よく飽きない」
「あんたらも俺らにやったじゃないか」
「その節はどうも」
トニーノとバルトロが軽口を叩き合いながら敵を眺める。
城壁を上がったり、城門を破壊しようとする敵は見られない。
真夜中にそんなことをすれば、同士討ちに合い被害が増すだけだからだ。
火矢を射るだけならば安全なので、敵は毎夜火矢を射てきている。
どこにそんな油があるのか……と思うが、おそらく農村から略奪したオリーブオイルだろう。
アデルニア半島はオリーブと葡萄の生産が盛んだ。
当初は敵の夜襲を恐れ、睡眠不足で悩んでいた兵士だが今はもう慣れたのか落ち着いて行動している。二週間も同じことが続けば自然と慣れる。
昼担当の兵士たちは民家を借りてすやすやと寝ている。
「しかし敵さんはなかなか本気で攻撃してきませんねえ」
「大方、援軍待ちなんだろ。数は俺たちの方が多いんだし」
若干、籠城している側である連合軍の方が数では優っている。
もっとも、包囲されている段階で下手に討って出れば大損害は免れない。
それに士気も回復しきっているとは言えない。
例の大きな毛むくじゃら……捕虜の証言によると象と呼ばれる生き物を見ただけで震えあがってしまう兵士まで居るのだ。
敵もそれを分かっているのか、わざわざ象に鳴き声を立てさせる。
あの独特な鳴き声は確かに連合軍の士気を落としていた。
「まあ良いじゃねえか。準備も進められるしな」
攻城側にも準備があるように、籠城側にも準備がある。
例えば矢や武器の製造。
矢は消耗品だし、武器も破損などすることが当然ある。
すぐに補給できるように、鍛冶師を動員して大量生産中だ。
他にも城壁が崩された時、すぐに修復出来るように石材や木材を予め用意したり、城壁の上から落とす小石などを集めたり、義勇兵に訓練を施したりと様々な準備を進めていた。
「でも一つ気がかりなことがある。敵の援軍が遅い」
「理由は不明なままですね」
バルトロとトニーノは城壁の外側に呪術師を配置して、敵から情報収集をしていた。
その情報により、敵の軍勢四万が援軍としてこちらに向かってきている。そして第一陣はあと二週間後に到着する……ということが分かっている。
籠城戦が始まってからすでに二週間。
つまりロゼルから到着するまで四週間も掛かるというのだ。
「おかしくないか? 確かに距離が離れているの事実だが……クリュウ将軍はあっという間にここまで来たじゃないか。クリュウ将軍ほどの男ならば、攻城戦を予想してドモルガルに来る前から兵を準備していてもおかしくない。それなのに……」
「もしかしたら政治上の事情かもしれませんね。こういう不可解なことは大概政治関係です。……それを考えるとバルトロ殿は羨ましい」
バルトロは酒を口に含み、一口飲んでから答える。
「うちの王様は戦争に関しては全面的に任してくれるからな。今も解任の指令とか来ないし。軍人としてはやり易い。……まあ丸投げと言えば丸投げだけど」
アルムスは自分の軍才の無さを自覚している。
精々並より少し上程度だと。
故にバルトロなどの優秀な武将に戦争などは丸投げしている。
いや、戦争だけではない。
アルムスは出自の関係上豪族と縁が少ない。
だから豪族たちへの調整はライモンドに全面的に任せている。
餅は餅屋ということだ。
「まあ、流石に今回は不味いかもしれないけどな。俺、大口叩いて負けたわけだし。……覚悟はしておくさ。出来れば寛大な処置をして欲しいけど。さて、敵の攻撃も和らいできたみたいだし……そろそろ寝る」
「分かりました。私は暫く起きています」
バルトロはその場から離れた。
そして星を見て呟く。
「生きて帰らねえとな。最低でも娘の結婚式は見ないと……いや、見たくないな」
バルトロは一人娘の結婚を平然と祝福した先王の偉大さを思い知った。
「カイラス殿。少々遅くありませんかな?」
「ふむ。確かに時間が掛かったのは認めよう。しかし援軍として来た私にその態度はどうかと思うぞ。クリュウ殿。それに予め遅れると伝えてあった」
カイラス・アル・ロゼル。
現ロゼル王の従兄弟に当たる人物だ。
どのような人物か、答えるならば……血筋は良いが能力は平凡。
というところか。
平凡な能力というのは、ごく普通に軍を動かせて、無難な統治が出来る人間という意味である。
つまり余程のことを仕出かさない限りは普通に出世出来る。
彼の問題点は能力ではない。
その気質にある。
傲慢で他人と強調出来ない。そして油断する。見栄っ張りで、派手好き。
これで無能ならば容赦無く切り捨てられるし、有能ならば我慢できる。
だが彼は平凡な人間なのだ。
非常に面倒な立ち位置の男だ。
「どうして遅れたか、述べて貰おう」
「まるで私に問題があるかのような良い方だ。ご存じの通り、我が国はギルベッド、ファルダーム、北東部ガリアにゲルマニスと複数の強敵に囲まれている。気軽に軍を動かせるはずがなかろう」
「しかし軍を集結させてからここまで来るのに、通常以上の時間が掛かっているのではないか?」
クリュウは苦言を呈すると、カイラスは飄々と答える。
「仕方があるまい。住民の抵抗が激しかったのだ」
「意味の無い略奪をすればそうなる」
略奪には利点が多くある。
兵糧を確保できるし、娼婦を用意する手間も省ける。何より兵士の士気を保てる。
しかし激しい抵抗も覚悟しなければならない。
故にクリュウは通り道の村や街の略奪はするが、わざわざ寄り道してまで略奪はしない。
兵糧を現地調達することで行軍速度を速めるという利点が失われてしまうからだ。
目的は戦争の勝利ではあり、略奪は手段の一つである。
「意味があるかどうかは現場指揮官である私の判断だが……クリュウ殿。あなたは私の略奪が無意味であったと立証出来るのかな?」
「……もう良い。次はこのようなことが無いように」
クリュウはため息をつく。
どうせ責任を追及しても、カイラスを処刑することは出来ない。
ロゼル王は身内に甘いのだ。
クリュウがカイラスを殺せばクリュウの命が危ない。
立ち去るカイラスにクリュウは言葉を投げかける。
「本作戦の司令官は私だ。ゆめゆめお忘れなきように」




