第百十五話 籠城戦Ⅰ
時は一か月ほど遡る。
ロゼル王国に大敗したバルトロ及びトニーノ(オマケにカルロとルネ)はドモルガル王の国の宮殿で会議を開いていた。
「じゃかじゃん!! ロゼル軍に負けちゃった、どうしよう!! 対策会議、始まり始まり!!」
一応、この中では一番偉いカルロ・ドモルガルがそう宣言した。
カルロ以外のメンバーは表情が暗い。
大敗した後なので、当然である。
テンションが高いカルロがおかしい。
「さて……我々が採れる手は現状一つしかない。籠城だ」
バルトロは開幕からそう切り出した。
カルロがバルトロに問う。
「でも数は変わらないだろ? 反撃出来ないのか、バルトロ殿」
「無理ですね。士気が目に見えて落ちてしまっている」
バルトロの代わりにトニーノがカルロの問いに答えた。
士気が極端に低下している今、会戦に望んだら負ける確率が高い。故にバルトロもトニーノも籠城を選択した。
籠城戦ならば、士気が低くとも負けることは無いからだ。
「問題は食糧です。ルネ殿、王都に蓄えられていた食糧の量は?」
「一先ず、二か月分と言うところでした。今は周辺の村々や商人から徴発しています。王都にあった金貨などは手を付けられていなかったので、幸いです。ロゼルが来るまでには五か月分は用意出来るかと」
ルネ・ブラウスが答えた。
ルネは戦闘では役に立たないが、食糧などの管理に関しては中々の手腕を見せる。
現在では連合軍の武器・兵糧を管理する職に就いていた。
「酒も買い集めてくれ」
「……あなたの御趣味のために大事な軍資金を使うわけにはいきません」
「違う!! まあ、俺が飲みたいのは本当だけどさ……士気を上げるために必要なんだよ」
戦場で兵士たちの唯一と言って良い楽しみが食事だ。
籠城戦では食糧は節約しなければならないが……その代わりに酒などの嗜好品を時折配給して、兵士たちの士気を上げなくてはならない。
そうでもしなければ城は持たない。
「出来れば燻製肉なんかもあると嬉しいね」
「はあ……余裕があったら買い集めておきましょう」
ルネは羊皮紙を取り出して、メモを取る。
「一つ、聞いても良いか?」
「何でしょうか?」
「食糧の消費は少ない方が良いのだろう? 住民は追い出してしまった方が良いんじゃないか? 彼らも戦闘には巻き込まれたく無いだろ」
カルロがトニーノとバルトロに聞く。
籠城戦の特殊性は背後に民間人が居ることだ。
「彼らにも生活があり、家が有ります。追い出しても行く先などありません」
トニーノが答える。
都市部に住んでいる人間は商業や手工業などで生活の糧を得ている者たちだ。
外に追い出したら生活する術が無くなる。
籠城戦中でも兵士相手に物を売ることは出来るので、外に出るよりはマシだ。
「それに、民間人を抱え込むのは必ずしも悪いことじゃありませんよ。住民に後方支援を頼めますからね」
例えば住民に怪我人を看護させるとか。
その分、兵士の手が空くので有利になる。
「それに籠城戦ほど素人が参加しやすい戦闘もありませんよ。何しろ上から石を投げるだけでも人が殺せますからね」
石を投げる程度ならば女子供でも出来る。
「逆に言うと、籠城戦が成功するか否かは王都の住民の協力次第です。カルロ様、よろしくお願いします」
「任された!!」
カルロは胸を張った。
基本、平民の多くは王など意識しない。
村から外に出ることも滅多にないので、彼らからすれば一番偉いのはその土地の豪族。
その豪族よりも偉い存在など、想像出来ない。
だがここは王都である。
王の御膝元である王都はよくも悪くも王の影響を大きく受ける。
先代ドモルガル王は特に大きな失政も無かったので、住民からは快く思われていた。
その長男であるカルロの印象も悪くない。
ちなみにアルド・ドモルガルの印象はあまり良くない。
アデルニア人は肉親殺しを嫌うからだ。
もっともアルドの場合は王都を支配していた時間そのものが短いので、住民からの印象は「良く思われていない」止まりだ。
「まあガリア人は略奪を全く躊躇していないようなので、協力を得るのは容易いと思いますけどね」
バルトロが肩を竦めた。
アデルニア人の豪族や王は(出来るだけ)略奪はさせない。
それは同じ言葉・文化・血を共有する仲間同士だからであり、後で支配する上でしこりとして残るからだ。
だがガリア人はお構いなしだ。
ガリア人はそもそもアデルニア人とは別の言葉を話し、別の文化を持つ外国人。
故に略奪など気にも止めない。
それにガリア人は農業よりも、狩猟や牧畜を生活の糧とする民族だ。
彼らにとって戦争は奪うために行うモノで、略奪は勝者の権利である。
また、軍を率いている人間の性質も影響している。
今回、ロゼル軍の最高司令官はクリュウ将軍である。その輔佐がマーリンだ。
アデルニア人の軍隊の司令官は豪族という、政治家と軍人を足して二で割ったような存在だ。
だが最高司令官であるクリュウ将軍は違う。
彼は生粋の軍人であり、政治家ではない。
だから後の統治など少しも考えない。
また、輔佐をしているマーリンだが彼女はそもそも呪術師である。軍事も政治も門違い。
それに彼女は元々平たい顔族の族長、エツェル大王の性奴隷にして妻である。
『敵対した奴は皆殺し』『俺のモノは俺のモノ。お前のモノは俺のモノ』『女を見たら奪え。犯せ。人妻は略奪するモノ』が基本の平たい顔族の元でこの世界の『常識』を学んだマーリンが、略奪・強姦の禁止を言い渡すわけが無い。
支配されたら不幸になることが分かり切っているのに、両手を上げて降伏する者は少ない。
地の利と人の和は連合軍にあった。
もっとも、カルロやトニーノ、ルネは複雑そうな表情を浮かべている。
今も自国の民が殺されているのだから、素直に喜べない。
「後は呪術師を伏しておかねばな……」
「そっちの人選は宜しく。ドモルガル王の国の呪術師の方が潜伏し易いだろ」
籠城戦では敵に周囲を囲まれるので、外からの情報が入って来ない。
しかしあらかじめ呪術師を周辺の村に伏しておけば、梟便を使用して情報のやり取りが可能だ。
もっとも、敵もそれは警戒するのでそう容易くはいかないが。
「申し訳ありません!! 入室して宜しいでしょうか!!」
「構わん。入れ」
カルロがそう答えると、ドアが開き大柄な男性が入室した。
カルロ派の有力豪族の一人で、現在は兵の指揮を臨時で任されている男だ。
「周辺の村々の住民が中に入れて欲しいと……」
「ふむ、なるほど……」
カルロはトニーノとバルトロに目配せする。
トニーノとバルトロは静かに軽く頷いた。
「入れてやれ」
「はい!」
豪族は嬉しそうに返事をして、駆けていく。
これで周辺の村の住民が殺されることは無くなった。
「ルネ。兵糧は多めに確保しておけよ」
「……分かってます」
ルネはため息をついた。
しかし見捨てるわけにもいかないので、致し方が無い。
「後はレティス殿とロサイス王の援軍次第か……」
トニーノは呟いた。
すでにロサイス王からは出来るだけ早く駆けつけるという文を貰っている。
しかしエクウス族、ベルベディル、エビルの三国を屈服させた後なので最低でも一か月先だと思われる。
ルネの兄である、レティス・ブラウスは地方のアルド派を抑えるために奔走している。
一時はカルロ派に寝返った彼らだが、今は再びアルド派……というよりもロゼル派に傾いていた。
もっともガリア人の力を借りるアルド・ドモルガルに反感を持ち、カルロ派のままでいる豪族も居たのだが。
地方のアルド派の調略と征伐にも最低で一か月は掛かる見込みだ。
つまり最低で一か月は持たせなければならない。
「まあ、一か月は確実に持つでしょ。それ以上は本当に怪しいですけどね」
バルトロは肩を竦めた。
実はバルトロは長期間の籠城は未経験だ。
テリア要塞の戦いは所詮三日間で、兵数もお互い多く無かった。
しかし今回は万同士の、数か月の籠城戦。
未知数なところがある。
「しかし勝たなければ成らない。ロゼルがここを落としたら、南アデルニア半島にガリア人の一大拠点が出来ることになる……」
それはガリア人のアデルニア半島支配の加速を意味し、将来的にはアデルニア人がガリア人の奴隷になる未来を招く要因になる。
確実にここで食い止めなければならない。
「しかし、ロゼルとの講和で領土をある程度持ってかれるのは覚悟した方が良さそうだな。ロサイスにも割譲しなければならなくなるし……はあ、どうして俺の代で……」
カルロはぶつぶつ文句を言った。
カルロは歴代のドモルガル王の中でもっとも苦労する王となるだろう。
「後はファルダームとギルベッドの両国に親書を出しますか。我が国が落ちれば、両国へ掛かるロゼルの圧力が増大するのは目に見えていますしね。援軍は期待できなくとも、ロゼルの国境を脅かすくらいは出来るでしょう」
トニーノがそう締めくくって、その日の会議は終了した。
この戦争に於いて、もっとも重要な戦場は籠城戦である。
エビルやベルベディル、エクウスには敗北しても領土の割譲で済む。
しかし籠城戦での連合軍の敗北は、ドモルガル王の国の消滅とロサイス王の国の属国化を意味した。
他の戦場で勝利を上げたとしても、この籠城戦で敗れれば全てが終わる。
逆にこの籠城戦で勝利すれば、他の戦場で負けていたとしても巻き返しが利く。
まさに籠城戦はこの包囲戦のカギを握る戦いなのだ。
ドモルガル王の国とロサイス王の国の……いや、アデルニア半島の運命を賭けた一戦が始まろうとしていた。




