第百十四話 対エビル戦
一日だけベルベディル王の国の首都に滞在して兵を休ませた後、連合軍はエビル王の国に向かった。
ベルベディル王はとても悔しそうな表情を浮かべていた。
まあ、戦争に勝敗は付き物だ。我々ロサイス軍も敗北したわけだし。
問題は負けたら最後の戦をしないことである。
……現在、俺たちは負けたら終わりの戦争をしているわけだけどね。
レザドとゲヘナの歩兵はベルベディル王の監視のために残った。
俺はレザドのゲルマニス騎兵とアレクシオス、メリアの二人を大金で雇い、五百の優秀な騎兵と優秀な参謀を手に入れた。
金で容易く集められるのは傭兵の良いところだと思う。
まあ取り扱い注意ではあるけど。
撤退する時、俺は降伏させた自治都市や豪族たちに親書を送った。
他の都市や豪族が妙な気を起こさないように監視せよ。という内容だ。
未然に報告してくれれば、褒美を出すと伝えた。
これで疑心暗鬼に陥ってくれれば良いんだが……
まあ反乱など起こしようがないけどな。頼みのベルベディル王は武装解除してしまうわけだし。
「ロサイス王様! 前方にライモンド様率いるロサイス軍千とエクウス王様の率いるエクウス騎兵四千が!!」
「そうか。すぐに合流しよう。あちらに伝えてくれ」
偵察の騎兵が一キロほど先の友軍を発見した。
鷹便で連絡を取り合っていたため、そろそろ合流出来ることは分かっていた。
……しかし、エビル王からの妨害が絶対来ると思ってたんだけどな。
どうなってるんだ?
まあ、今まで戦ってたライモンドの方が詳しいか。
後で聞けば良い。
その日は日も暮れていたので、両軍は合流した後に陣を張った。
「王よ!! よくご無事で!!」
「ああ、ライモンドもよく戦ってくれた。……一先ず聞きたい。エビル王はどうしてるんだ?」
一応、鷹便と早馬からの情報から少しは分かっている。
ライモンドとエビル王軍は小競り合いを繰り返していた。
当然、数が少ないロサイス軍側が不利で少しづつ押し込まれる形になっていたらしい。
それでも焦土戦術を続けながら少しづつ後退することで、エビル軍を何とか押しとどめていた。
情勢が変わったのはエクウス族の援軍が駆けつけたからだ。
俺のところでは無く、ライモンドのところへ行くというのはいい判断だった。流石ムツィオだ。
エビル軍はエクウス騎兵がこちらに向かっているという情報を聞くやいち早く撤退して、本国に戻った。
残念ながら追撃は出来なかったらしい。
まあ千で三千を追撃したら、返り討ちに合う可能性が高いしな。
ここまでは良いんだ。
問題は俺たちの合流を許したことだ。
合流したことで俺たちの兵力は歩兵約七千と騎兵約四千五百。合わせて一万一千五百という大兵力となっている。
とてもじゃないがエビル王が勝てる兵力ではない。
普通ならば確固撃破を狙うところじゃないか?
それをしなかった理由……いや、出来なかった理由が知りたい。
「私も詳しくは分かりません……しかし敵兵はどうやら西へ向かったようです」
「西か……ということはゾルディアス軍か?」
しかしイアルの話ではゾルディアス軍が動くのは俺たちがエビル王に勝った後だったはずだ。
どういうことだ?
「順当に考えると……クラウディウス殿が動かした、ということに成りますな」
「あいつか……しかしあいつとは連絡が付かないからな」
ゾルディアス王の国からロサイス王の国へ向かうにはエビル王の国を通過する必要がある。
まさか現在ロサイス王の国と戦争中のエビル王が「どうぞお通り下さい」と御親切なことをしてくれるわけない。
よって早馬での通過は不可能。
梟便か鷹便になる。
しかし長期間の動物への魂乗せは呪術師への大きな負担になる。
それに野生の獣に襲われる危険性がある。だから滅多に出せない。
それに鷹や梟は動物だから当然肉を食わなければならない。だから途中で狩りをしなくてはいけない。
鷹便や梟便は隠密性と速度では最速だが、ある程度の距離に成ると不便になる。
そもそも呪術師は貴重なので、そう簡単には出さない。
よってイアルとはどうしても必要な連絡以外はしないことにしていた。
「まあ、良いか。どちらにせよ悪いことではないんだからな。明日は真っ直ぐ進軍しよう。ベルベディル王の国は特殊な統治法をした所為で全て直轄地にしなきゃいけないからな。エビル王の国の領地を刈り取って、恩賞用の土地を用意しないと」
豪族たちにはいろいろと負担を掛けた。
これを機にぶっ潰す……なんてしようとしたら俺に従ってくれる豪族は居なくなる。
飴と鞭は大切だ。
「なあ、我が親友よ。俺から一つ、聞いて良いか?」
「何だ?」
「そこの二人の男女は誰だ? 見たところ、アデルニア人でもキリシア人でもないよな?」
ムツィオは豪族たちに混ざって立っていたアレクシオスとメリアを指さして聞く。
俺は二人を手招きした。
「この二人はレザドの将軍と呪術師だ。今回、レザドの騎兵を率いて貰う。男性の方はアレクシオス、女性の方はメリアと言う」
「ご紹介に預かりました。アレクシオスです。ポフェニア出身です。姓はありません」
「同じく、メリアです。ポフェニア出身です。私も姓はありません」
ムツィオが眉を上げた。
どうやらポフェニアという単語と姓が無いというのに興味を抱いたらしい。
「ポフェニアというのは……確か南の大陸の国だっけ? 姓が無いってのはどういうことだ。ポフェニアの風習か?」
「いえ、違います。前は有ったんですが……家は捨てたので」
ムツィオは少し気になっているようだが、これ以上の詮索をやめた。
失礼に当たると考えたのだろう。そもそも二人の実家の話など聞いても何の得にはならない。
「あなたはレザド代表。そういう認識で構いませんか?」
「いえ、僕と騎兵五百はただの傭兵です。今回はアルムス王様に雇われた。それだけです」
そう言うことだ。
もしレザドが本当にこの戦争に深入りしたければ、もっと大軍を連れてくるし、議員の一人や二人を派遣する。
レザドはこれ以上この戦争に関わりたくないのだ。
しかし、恩は売りたい。だから騎兵とアレクシオスを貸してきた。
いざという時は、「傭兵だから我が国は関係ない」と言い張れるからだ。
逆に役に立てば「我が国が傭兵を貸してやったから勝ったのだ」と言える。
流石キリシア人と言うべきか。
舵取りが上手い。
「一先ず、お互い自己紹介が終わったんだ。軍議に入ろうじゃないか」
俺は豪族やムツィオ、アレクシオスたちを見回してからそう言った。
「大勝利だな」
「まあ、これだけ騎兵がいれば勝つのは容易ですよ」
翌日、俺たちはエビル王の国へ侵攻。
撃退に出てきた豪族と交戦して、大勝利を納めた。
彼らは俺たちと同様に千の兵で焦土戦術を行おうとしていた。
しかしこちらには四千五百の優秀な騎兵がいる。
敵の撤退よりもこちらの騎兵の方が早い。
しかも数も優っているのだから、包囲、側面攻撃とやり放題。
特に語ることも無く、勝ったのだ。戦闘というより蹂躙と言った方が正しいほどだった。
今回迎撃に出てきた豪族たちは五名。
家族も含めて全て捕えてロサイス王の国へ移送した。
豪族の配下の家臣たちは許した。彼らを処刑すると、統治が覚束なくなる。
地位を約束すれば特に抵抗も無く従った。
まあそれでも忠誠心溢れる奴は居たのだが……そう言うのは捕縛してロサイス王の国へ移送した。
殺しはしない。殺すと降伏してくれなくなる。
内側から出てきた裏切り者は殺すが、外側の元からの敵は出来るだけ殺さない。
それが俺の方針だ。
前者は許しても再び裏切るが、後者は降伏すればよく働く。功績を上げて待遇を上げようとするからだ。
まあ、状況と場合によるけどな。
すでに俺の配下の豪族たちが、土地の配分について俺にゴマすりをしてきた。
良い傾向だ。そのまま頑張ってくれ。
ゴマをするということは、俺に従っているということだからな。
「しかし、エビル王の国には騎兵が居ないのか?」
ムツィオが不思議そうな表情を浮かべた。
どうやら碌に騎兵が出てこなかったらしい。
ムツィオにとって戦争の主力は騎兵だから、なおさら不思議なのだろう。
「エビル王の国は山が多いからな。我が国との国境近くは平原が多いけど。騎兵の運用は不便なんだろう」
それに加えて、そもそも騎兵は高価だ。
我が国も俺が組織するまで碌な騎兵は存在しなかった。そんなもんだ。
というか、エクウス騎兵やゲルマニス騎兵を抜けば我が軍の騎兵は三百程度だから人のことを言えない。
「独力で騎兵の価値に気付き、騎兵を組織する。流石ロサイス王様です。我が国の元老院どもに髪の毛を煎じて飲ませたいですね」
アレクシオスが俺を賛辞してきた。
髪の毛の煎じて飲ませるといのは慣用句だ。爪の垢を煎じて飲ませると同様の意味である。
しかし、禿が治りそうな慣用句だな。考えた奴はきっと禿なんだろう。
「これからは騎兵が戦争の主役に成るんだろうな。重装歩兵は廃れる。……今のうちに新しい陣形でも考えて置いた方が良いかもな」
今よりももう少し柔軟性のある陣形が良い。
騎兵に側面を回りこまれたら終わりな陣形は危なっかしい。まあ、この戦争が終わってからだけど。
「ロサイス王様!! エビル王様から使者が!!」
「ようやく来たか」
さて、降伏を許すか許さないかは条件次第だな。
「初めまして、ロサイス王様。私は副王を務めさせて頂いている、グナエウス・ドミティウス・エビルと申します」
「初めまして。アルムス・アス・ロサイスだ。グナエウス殿とお呼びして良いだろうか?」
「はい、構いません」
グナエウスは初老の男だった。
顔には何本もの皺が走っている。
しかしその瞳には強い意思が感じられる。服の上からでも、がっしりとした筋肉が動いているのがよく分かる。
まだまだ現役の武人と言ったところか。
確か俺の記憶が正しければ先代国王の腹違いの弟だった。
今日までエビル王を輔佐してきたのだろう。
俺にとってのライモンドだな。
「それで、今回は何の御用ですかな? 私は今、忙しいのですが」
「ははは、ロサイス王様は人が悪い。我が国と貴国の平和条約の締結について、お話しに来ました」
グナエウスはその強い瞳で俺を見つめながら、条件を提示する。
「我が国は現在、貴国に負けている。しかし我々の王都は強固だ。立て籠ればそう簡単に落ちない。貴国が今一番欲しいのは時間のはずです。ここは両者軍を引き、痛み分けということで……」
「面白い冗談だな。話はそれで終わりか?」
ふざけた話だ。
そんな条件、飲めるわけないだろうが。俺にもプライドがあるし、何より豪族たちへの土地を確保しなければならない。
「それに時間が惜しいのは貴国も同じはずだ」
「ほう? それはどういう理由で?」
俺は少し笑みを浮かべて見せる。
「ゾルディアス王が攻め込んで来るのだろう? 知っているぞ」
「はは、何を……我が国とゾルディアス王の国は友好国。そのような事実は有りませぬ」
俺は真っ直ぐグナエウスの瞳を見つめる。
グナエウスも俺の眼を見つめ返してくる。
折れたのはグナエウスの方だった。
「誤魔化せませんか。はい、そうですゾルディアス王の軍が国境付近に集結していましてね。我々としてはそちらに兵を集中させたいのです」
半分賭けだったけどな。
ゾルディアス王が我が国を支持して、我が国の勝利後に軍を動かすという話はイアルに教えてもらっていた。
しかしその後、イアルからは何一つ連絡は無かったからな。
「背後を突かれ、国土を荒らされた。私としては無かったことにする、などという処分は出来ない」
「分かっております。それでロサイス王様はどのような条件を?」
俺はライモンドたちとあらかじめ話してあった条件を提示した。
1 エビル王はロサイス王が実行支配した土地の支配権を認める。
2 エビル王は金貨千枚の賠償金を支払う。そのうち五百は即時支払う。
3 両国ともに五年間の休戦協定を結ぶ。
4 エビル王の後継者である王太子をロサイス王の国へ留学させる。
「はははは、御冗談を!!」
「まだ笑える余裕があるとはな。流石、武人だ。もう一戦、やりましょうか?」
俺とグナエウスは暫く睨みあう。
話し合いの結果、以上の条約が結ばれた。
1 エビル王はロサイス王が実効支配した土地の支配権を認める。
2 エビル王は金貨百枚を即時支払う。
3 両国ともに五年の休戦協定を結ぶ。
4 エビル王の後継者である王太子を三年間、ロサイス王の国で留学させる。
無難な結果に終わった。
特に賠償金は有ってないような金額だ。
まあ、休戦協定も結べたし人質も手に入った。
これで良し、としようか。
さて、エビル王の国は屈服した。後は……ロゼル一国だ!!
「おう、グナエウス!! どうだった?」
「どうにか誤魔化せましたよ」
「そうか。これで王都目前まで迫ったゾルディアス軍を追い返せるな」
アルムスはゾルディアス軍がエビル王の国の国境近くに集結していると予想した。
しかし現実は違った。
ゾルディアス軍がエビル軍に大勝して、深くまで進攻していた。これが正しい。
グナエウスの役割はその事実を気取られないように、出来るだけ有利な条約を結ぶことだった。
「しかしゾルディアス軍が攻めてきているだろう……そう言われた時には肝が冷えました。まあ、どうにか誤魔化しましたけど。まだまだ若い王で良かった。……成長すれば厄介な敵に成るでしょうが」
「ははは、もう二度とあんなのを敵に回すか!! これからはロサイス王の国には平身低頭で接する。……まあベルベディルようなことに成らなかったんだ。良かったではないか。……さて、ロサイスの若造は退けた。今度はゾルディアスの若造だ。グナエウス、お前に四千の兵を与える。撃破して来い!」
「はは!! 必ずや!!」
ようやくロゼルとの戦いに入れます
次回はバルトロ視点




