第百十二話 隻眼と鷹Ⅳ
王都を囲んでから三日が経過した。
すでに戦争が始まってから三週間が経過している。
バルトロは一か月は確実に持たせられると言っていた。つまりタイムリミットはあと一週間。
バルトロの頑張り次第ではあと二週間ほどか……
「不味いな」
俺は頭を掻きむしる。
バルトロが敗北すれば、ロゼル軍が我が国に流れ込んでくる。そうなれば敗北は必須だ。
薄情と貶すべきか、先見の明があると褒めるべきか分からないがベルベディル王と主従同盟を結んでいた豪族や諸都市は、ベルベディル軍の惨敗を聞きつけて大多数が俺に帰順を示している。
後はベルベディル王が降伏するだけなのだ。
しかしベルベディル王は未だ諦めていない。エビル王が今だ我が国に侵攻しているからだ。
エビル王が我が国を破る可能性がある以上、ベルベディル王は諦めない。
早くベルベディル王とエビル王を屈服させて、バルトロの救援に行かなければならないのに……
「ロサイス王様」
「何だ?」
「バルトロ様から文が……」
「貸せ!!」
俺は早馬で駆けて来た兵士の手紙を毟り取る。
はやる気持ちを押さえながら、乱雑に手紙を広げる。
『ロサイス王様へ。
この手紙をあなた様が読んだ時、私はもうこの世に居ないでしょう』
「何!!!」
『というのは冗談です』
イラッ
俺は思わず手紙を地面に叩きつけて踏みつぶす。
そして慌てて拾い上げ、土を払ってから読み直す。
『現在の状況を簡潔に説明致します。現状、我が軍は持ち堪えています。幸い井戸は王都の中にあり、食糧も豊富に存在します。収穫期だったのが良かったようです。節約すれば五か月は持たせることが可能です』
どうやら籠城で一番危惧しなければ成らない食糧は足りているらしい。
安心だ。
食糧さえ足りて居れば、大都市の城壁は一年以上は持つ。場合によっては五年という長期間攻城戦が行われた例もあるのだ。
バルトロの場合は籠城の準備をする時間が足りて居なかった所為で食糧は五か月分しか無いようだが……
『しかしロゼルが増援を本国に呼びました。間諜から得た情報ですが、ロゼルは四万の軍勢を本国から呼び寄せたようです。詳しくは分かりませんが……どうやら四部隊に分けているらしく、第一陣が到着するのは一週間後のようです』
四万か……
我が国では逆立ちしても無理そうな兵力だな。羨ましい限りだ。
しかし終結には時間が掛かるみたいだな。
四部隊……ということは安直に考えて一万づつか?
となると一か月後に集結して、合計五万に成るということかな?
『先ほど兵糧ならば五か月は持つとご報告致しました。兵糧ならば、です。我が軍は士気の低下が激しい。皆、よく分からない毛むくじゃらに恐怖を抱いているようです。また敵には相当優れた暗殺者が居るらしく、我が軍の百人隊長がすでに八人、殺されています。
それも士気の低下の一因です。
あと一週間は間違いなく持ちます、いえ持たせて見せます。しかし敵の増援の第一陣が到着すれば……分かりません。あと二、三週間後がタイムリミット。とお考え下さい。
出来るだけ早い増援を。それとギルベッドとファルダームへの外交工作を進言致します。
バルトロ・ポンペイウス・メラより
追伸 敗戦の責は勝利の後、改めてお受けします』
敗戦の責ね……
俺は特に問う必要性は感じていないけどな。勝敗は時の運だろうし。
別にバルトロに非が有ったわけじゃない。まあ、助けた後に絶対指揮権を取り消して、次の戦果で敗戦の罪は取り消すとでも言っておけば良いだろ。
一度の敗戦でバルトロを失うのは馬鹿らしい。
さて、タイムリミットは二週間にまで伸びたわけだけど……
「なあ、ロン。良い案無いか?」
「無いです」
見事な即答だな。まあロンはあくまで近衛隊長だしな。仕方が無いか。
俺は視線をグラムに向ける。あ、目を逸らされた。
弓じゃ城壁は落とせないよな。
「ロズワード。お前は?」
「馬が城壁を走れれば行けます」
つまり無理だな。
俺はソヨンとルルにも聞いてみる。呪術師の視点からどうなのか。
「ええと、鷹を使って上から爆弾を落とすのは……敵に迎撃されちゃいますね」
あちらにも鷹使いは大勢いる。爆弾を持って重くなった鷹など、あっさり狩られて終了だろうな。
「ルルはどうだ?」
「えっと……バリスタで爆槍を飛ばす戦法はダメなんですか?」
「あれか。試しては居るんだけどな。まず城門が強固で数発当たった程度じゃ壊れん。それにこちらの射程ということは相手にとっても射程だからな……」
基本、上からの攻撃の方が射程も伸びるし、威力も上がる。
物理法則がある以上、どうしようもない。
呑気に狙いを定めていると、こちらのバリスタが破壊されてしまう。
「城攻めは難しいな……仕方が無い」
アレクシオスを呼ぶか。
「アレクシオス。何か案は無いか? 俺には時間が無い。出来れば素早く落としたいんだ」
俺はアレクシオスを呼び出して、意見を聞く。
アレクシオスは外国人である。しかも同盟国であるレザドの人間ではない。ポフェニア人だ。
そのポフェニア人にアデルニア人の王である俺が安易に意見を問うと、他の家臣が嫉妬する。
モテる男は辛い……という冗談ではない。
そういう不和は俺への不信を招き、最終的に国が崩壊する要因になる。
出来るだけ避けなければならないのだ。
しかし不和で崩壊する前にロゼルに崩壊させられてしまう方がどう考えても早い。
背に腹は代えられない。
「実は僕もそれを考えていて、妻に調べさせていたんですよ。メリア!」
「はい。どうぞ、ロサイス王様。私が捕虜への訊問とレザドの呪術師を使って調べた城壁の構造です。一部、私の憶測も含まれていますが……」
俺はメリアという女から紙を受け取る。この女はアレクシオスの妻らしい。
美男美女のカップルだ。
噂によればこの二人は駆け落ちしてアデルニア半島までやってきたとか。
まあ、幸せなら良いんじゃない? 駆け落ちって失敗するパターンが常々だからさ。ロミオとジュリエットとかさ。
俺はそう思いながら紙を広げる。
かなり精巧な地図だ。
これを三日で仕上げるとは……メリアはかなり優秀のようだ。
しかし見れば見るほど隙が無いな。
そしてうちの国の城壁の脆さが分かるな。
俺はメリアに地図を手渡して問う。
「で、何か策はあるのか?」
「分かって頂けたと思いますが、この城壁はとても強固な造りになっています。よって正攻法で攻めれば数年は掛かります。ベルベディル王は籠城戦に備えてかなりの食糧を溜めこんでいるようですし」
だから何が言いたいのか、はっきり言って欲しいな。
結論から話せ!!
「結論を言いますと、最短でも一年は掛かります。まあ上手く行けば三週間でしょうかね? 地面を掘って、城壁を崩します。しかし相手もそれを備えているはずなので、対抗坑道を造られてしまうでしょう」
……アレクシオスが無理と言っているのだ。
俺にも不可能だ。
しかしそうなると我が国が滅ぶ……
「講和するのが宜しいかと。幸い、ベルベディル王は臆病者です。脅せば屈するでしょう」
「しかし耐えていれば勝てるのだぞ? どうやってベルベディル王の心を折る?」
そもそもだが、長期戦にすれば勝てる奴が短期決戦で終わらせてくれるはずがない。
時間はベルベディル王の味方なのだ。
「そうでもありません。北部や中部の豪族や諸都市はロサイス王様への同盟主従を受け入れているんでしょう? つまり時間が立てば立つほどベルベディル王からは味方が居なくなります。彼も焦っているはずです。それにエビル王も一向にロサイス王の国を破る予兆が見えない。少し追い詰めれば降伏するはずです。あくまで条件次第ですけどね」
「追い詰めるというと?」
「具体的には……」
アレクシオスは意地の悪そうな表情を浮かべながら、俺に説明した。
投石機が唸りを上げて壺を空へと飛ばす。
キリシア人の造った高性能投石機は城壁を飛び越えて、城壁の内側に落下する。
「壺の中身は人間の糞尿、バラバラ死体、黒色火薬、黒色火薬と油を半々に入れたモノ……エグイなあ」
まあ糞尿と死体は攻城戦の王道だけどな。
「あとは手紙ですね。これは忘れてはいけません」
壺の中には内部の人間に当てた手紙もある。
中に入って居る手紙の種類は四つ。
一つ、捉えた捕虜の情報。
二つ、死んでいて、身元が分かる人間の情報。
三つ、バルトロが善戦していて連合軍が勝ちそうだという偽の情報。
四つ、降伏勧告。
手紙ならば軽いので、鷹を使って上空からばら撒ける。
生憎鷹使いの数はこちらの方が多い。
「しかしこれで落ちるか?」
「落ちはしません。しかし大きなプレッシャーに成るでしょう。ベルベディル王の国はキリシア人が多いですからね」
つまり手紙を読める人間が大勢居る。
きっとベルベディル王は手紙を拾うなという命令を出しては居るだろうけど……
家族の生存者の情報が書いてあるのだ。
拾わないという選択肢は無い。
「さて、一先ずエインズやゲヘナの代表と話しておくか」
一応総司令権は俺が持っている。何故ならレザドとゲヘナは我が国への援軍という形だからだ。
しかし、それでもあちらの顔を立てなければならない。
具体的な戦後処理と取り分。そしてベルベディル王を降伏させるための条文について、話合わなくては。
次回で本当に最後




