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異世界建国記  作者: 桜木桜
第四章 包囲網と蜘蛛
110/305

第百十話 隻眼と鷹Ⅱ

二話更新です

2/2

 「初めまして。ロサイス王様。私はアレクシオスと申します。見ての通り、ポフェニア人です。今回の戦争ではレザドに雇われて指揮を取らせていただいています」

 「君がアレクシオスか。君の活躍はよく聞いている」


 アレクシオスという男は数日前に敵の要塞を犠牲殆ど無しで奪い取ったらしい。

 レザドとゲヘナは大量の奴隷を手に入れて、大喜びだとか。


 「ロサイス王様、勝利のために我らは連携すべきだと思います。しかしあそこの都市が我らの合流を妨げている」


 アレクシオスは遠めに見える都市を指さして言う。 

 高い城壁と多くの人口を抱えた都市だ。


 ベルベディルでは第三の規模を誇る都市で、住民の七割がキリシア人との混血。

 ベルベディル王はこの都市には自治権を与える代わりに、税を徴収しているらしい。


 独立心の強いキリシア人を治める上ではそれが一番効率が良いのだろう。

 ベルベディル王の国にはそういう都市が多くある。


 「しかし城攻めは時間が掛かります。下手をすれば数年の歳月が掛かる。当然、我々にはそれをしている時間的猶予は無い」

 

 その通り、バルトロの救援をしなければならないからな。

 バルトロたちが飢え死ぬ前に敵の都市を落とさなければならない。


 「それで何が言いたい?」

 「王様、落とすべきは街では無く人の心です」


 アレクシオスはニヤリと笑った。

 そして説明を始める。


 「今まで我々はスムーズに進軍が出来ました。こうして合流も出来ている。どうしてか、分かりますか?」

 「ベルベディル王が軍のほとんどを撤退させて、防衛線を引き下げたからだ。最小限の兵力を残して、多くの街や村を見捨てた」


 まあ、無難な策ではあると思う。

 防衛線を前に張ればその分防衛線も広がる。


 そうなれば各個撃破されてしまう恐れがある。

 だったら最初から防衛線を下げて兵力を温存。


 王都近辺の平原で決戦、または立て籠もった方が利口だ。

 

 少なくとも国を生きながらせるためには一番確率が高い戦略だろう。

 もっとも、俺は絶対にやらないけどな。


 この作戦は多くの平民や豪族を見捨てることになる。

 そうなれば王としての支持は失われてしまう。例え国を保てても、かつての力は取り戻せない。

 

 ……まあ、ベルベディル王は俺のように挑戦的な性格じゃないからな。

 ベルベディル王も俺の考えを採用することはあるまい。

 

 これは価値観の相違であって、俺とベルベディル王のどちらかが優れているとか劣っているとかの話ではない。

 だから否定はしない。


 「お前の言いたいことは何となく分かったぞ。あの街に降伏を進めろということか」

 「その通りです」

 「しかし、あの街は百年以上もベルベディル王の国の支配下にあった。恩義も多少はあるはずだ。そう簡単に折れるか?」


 俺がそう聞くと、アレクシオスは頷く。


 「ロサイス王の国の兵器、火の秘薬を使います。あれを深夜に炸裂させてやるのです。そして毎夜、夜襲……を掛ける振りをして、大声を上げて市民の安眠を邪魔します」


 ほう……


 「三日も続ければ良いでしょう。後は降伏勧告を突きつけます。ベルベディル王の国はあの国に税収の十分の一を課していたようです。重い税というわけではありませんが、少なくない税です。他にも兵役義務などがあったとか。一部、軽くすることを約束すれば素直に城門を開くかと」


 なるほどね。悪くない案だ。

 しかし、一つだけ気になることがある。


 「良いのか? お前はレザドに雇われているんだろ。これは俺に提案することでは無く、エインズに提案すべきだ」

 「この都市をレザドに渡せばレザドの力が突出してしまいます。そうなればゲヘナやネメスが危機に陥る。それにここはベルベディル王の国の北部です。レザドには維持するには荷が重いでしょう」

 

 なるほどね。理論整然としてるな。

 

 「分かった。お前の意見を採用しよう」

 「王様! 良いんですか? こんな外国人の意見を……」


 豪族の一人が反対の声を上げた。

 他の豪族たちも面白くなさそうな顔だ。


 まあ、気持ちは分かるが……


 「しかし、時は一刻の猶予も無い。このやり方が一番早いだろう。もし失敗しても相手を疲弊させることは出来る。試してみる価値はあると思うが……諸君、これ以上に良い案はあるか?」


 俺が聞くと豪族たちは視線を逸らした。

 彼らもアレクシオスの意見を正しいと思っているのだ。彼らが反対したのは純粋にアレクシオスが外国人だからという理由だけだ。


 ……まあ、外国人に対して全く警戒を抱かないというのはそれはそれでどうなのかと思うので気にはしない。

 

 俺は自分のことは日本人だと思っているので、アデルニア人もキリシア人もポフェニア人も然して変わらんが。



 「王はどういう条件を提示するおつもりですか?」

 「そうだな……軍への兵糧の補給、暫くの駐屯、兵役の義務、外交の自由と関税を除く全面的な自治権、五十分の一税……この辺で良いだろ」

 「そんなに少なくて宜しいんですか?」


 豪族は疑問の声を上げた。

 他の豪族たちももっと税は採るべきだと声を上げる。アレクシオスも不思議そうな顔だ。


 まあまあ、俺にも考えがあるんだよ。


 「ベルベディルからロサイスに寝返るということは、ロサイスから別の国に寝返る可能性もあるということだ。その危険性を排除する。税を安くすればその可能性は低くなる」


 そもそも俺たちに納める税金以外にも、連中は別でインフラの整備やら軍隊の維持やらと金を使っているのだ。

 

 十分の一はベルベディルが搾取している税であり、実際にはもっと多くの税を平民は納めている。

 その負担は軽くはない。


 元々キリシア人は支配されることを好まない民族だ。王政を打破してしまうくらいには。

 だから税金を採られるなんて、内心では快く思ってないに決まってる。

 

 故に上納する税をずっと少なくしてしまうのだ。

 そうすれば我が国に対する敵対心は限りなくゼロになる。


 それにベルベディル王の国の中のキリシア系諸都市はこの都市だけではない。

 一度、大盤振る舞いすればスムーズに行く。


 戦争になった時に兵を出してくれれば十分だ。

 税金は搾取になるが、兵役ならば相互防衛のため。連中も納得しやすいだろ。


 本当のところは無くしてしまうのがベストだろうけど、我が国の税率は低くなることが決定されている。

 出来るだけ税収は確保したい。塵も積もれば山となるだ。

 それに他の都市との格差を用意したい。そのためには五十分の一くらいが丁度良いと思う。


 問題は豪族にやる土地が無くなることだが、ベルベディル王の国で反抗する都市や村が一つも無いというのは流石に考え辛い。その辺から分捕った土地を与えれば良い。

 何だったら直轄地を削っても良いさ。


 あと……


 「当然、あの国の支配層も温存する。その方が楽だしな」


 戦争で一番面倒なのは戦後処理だ。

 現地の政府を温存して、一任出来ればそれに越したことは無い。



 「さて、異論のある者は?」

 

 俺に異議を唱える者は一人も居なかった。








 ズドン!!! 

 ズドン!!!

 ズドン!!!


 敵軍がこの街を占拠して三日が経過した。

 

 「相変わらずデカい音立てて、叫ぶだけ。はあ……張合いがねえな」

 「そう思ってるのは俺たち兵士だけさ。……戦争に不慣れな市民たちは怯えてるよ。俺のかみさんが言ってた。毎日子供の泣き声がスゴイって」


 兵士たちは眼下で騒ぐだけの敵軍を見下ろす。


 連合軍がこの街を包囲した時、兵士たちは死を覚悟した。

 敵は大軍であり、こちらは少数。敵うはずがない。


 中央は軍備が整い次第援軍を出すとのことだが、いつになるか分からない。

 それでも何とか守りぬこうと気合いを入れていたのだ。


 しかし敵軍は何もしなかった。

 いや、正確に言えば落雷のような音と叫び声を立てつづけていた。


 兵士の叫び声はまだ良い。

 真夜中に夜襲の振りをして、敵の消耗を待つ。という作戦はとてもありふれたものだ。

 兵士たちも、この街の市民たちも覚悟していた。


 しかし落雷のような音だけはなれなかった。

 

 落雷の落ちるような音ではあるが、本質的に全く違う。腹の底を響かせるような轟音。 

 この音にすっかり市民たちは委縮してしまったのだ。


 子供や気の弱い女性などは夜も眠れず号泣する始末で、その泣き声が他の人間の神経を尖らせる。 

 この街の住民の多くがストレスを抱えているのだ。


 それに加えて連日のように空から落ちる人糞。

 ちゃんと処理はしているが、それでも臭うものは臭う。

 

 敵の司令官は相当性格が悪いのか、わざわざ食事時を狙って降らせて来るのだ。

 

 「そう言えば知ってるか? 例の矢文」

 「知ってるも何も俺も拾ったんだぞ」


 そう言って兵士は同僚に敵から撃ち込まれた矢文を見せる。 

 そこにはこう書かれていた。


 『ベルベディル王は王都に大軍を集めているが、進軍する気配は無い。臆病王は諸君らを見捨てたのだ。援軍は来ない』


 「本当なのかな?」

 「よせ……滅多なことを言うんじゃねえ。……唯でさえ低い士気が下がっちまうって上の政治家たちは箝口令を敷いてるんだぞ」

 「最初に振ったのはお前じゃねえか」


 兵士は同僚に非難の視線をぶつける。

 同僚はすまない、すまないと謝りながら星を見上げて呟く。


 「降伏出来ねえかな」

 「おい!!」

 「だってよ。俺たちはベルベディル王の臣下じゃねえぜ。確かに従ってはいるけどよお。命を賭してまで戦う必要あるのか?」


 それはこの街出身の兵士の多くが胸に抱いている感情だ。

 この街を守る兵士の七割がこの街の出身者であり、残りの三割がベルベディル王が僅かに残した防衛兵力だ。


 ベルベディル王がこの都市を時間稼ぎに使おうとしているのは明白である。

 そこまでをする義理があるのか、ということだ。


 「けどよ……相手は降伏しろとか言ってきてねえぜ。俺たちの方から頼んだとして……絶対前よりも待遇は悪くなる。お前は子供たちに負の遺産を残す気か?」

 「でもこのままじゃ死んじまうぜ? 命あっての物種じゃないか。……まあ、俺たちがどうこう出来る問題じゃないか。判断は上のお偉いさん次第だよな……」




 その日の翌日のことであった。


 ロサイス王から次の条件が出された。




 一つ、命が惜しくば武装解除して城門を開け。そうすれば兵士を含む全市民の生命は勿論、財産も保障する。


 二つ、兵を駐屯させよ。また滞在費を負担すること。兵糧や矢などの最低限の補給をすること。


 三つ、この都市はロサイス王の支配下に入る。


 四つ、兵役の義務を負う。


 五つ、外交と関税を除く全面的な自治権を認める。


 六つ、五十分の一税を支払う。



 この都市を支配する最高機関である議会では半日掛けて激しい討論が成され、ロサイス王へ条約の修正案が提案された。

 


 一つ、命が惜しくば武装解除して城門を開け。そうすれば兵士を含む全市民の生命は勿論、財産も保障する。


 二つ、兵を駐屯させよ。また滞在費を負担すること。兵糧や矢などの最低限の補給をすること。


 三つ、この都市はロサイス王と同盟(・・)を結ぶ。


 四つ、この都市が他国と戦争をする時ロサイス王がこの都市を庇護する。ロサイス王が他国と戦争をする時、この都市は兵力を供給する。


 五つ、外交と関税を除く全面的な自治権を認める。


 六つ、五十分の一税を支払う。


 七つ、今後ベルベディル軍と連合軍が戦い、この都市出身の兵士を捕虜にした時は奴隷にせず解放すること。




 「……実質、ほとんど変わってないじゃないか。全く……プライドが高すぎだろ」


 アルムスは苦笑いを浮かべて許可を出した。

 こうしてベルベディル王の国第三の人口を抱える都市は四日で陥落した。


 その後連合軍は進軍。

 降伏した都市の噂を聞きつけた多くの諸都市がロサイス王の元に膝を折った。


 斯くしてベルベディル王の予想よりも遥かに早く、連合軍は首都に迫った。


五十分の一はアルムスに納める税金です

実際に都市の住民が支払う税金とは違います


地方税と国税の違いみたいなもんです

交付金とかは無いので、都市は自分で収入を確保せねばなりません。ですので、場合によっては自治権を捨てて国に併合された方が楽……というケースもあります。

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