第百九話 隻眼と鷹Ⅰ
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「あれが敵の拠点か」
アレクシオスは山の頂上からベルベディル王の国の要塞を見下ろした。
ここはベルベディル王の国内。そして対レザドの最初の防衛ラインである。
要塞の正面にはそこそこ幅の広い川が横たわっている。要塞の側面から対岸のこちら側までの広い範囲には森が広がっている。森の中を大軍が行軍するのは不可能なので、要塞を守る兵は正面の敵だけを警戒すれば良い。
地形と要塞を組み合わせて要害だ。
「渡河しようにも、川の向こう側を敵に占領されています。我が国は幾度も渡河を試みたことが有りますが、尽く失敗しています」
お目付け役として派遣されたエインズがアレクシオスに説明した。
「なるほどな。これは厄介だ」
アレクシオスは隻眼で要塞を眺めながらそう答える。
現在、アレクシオスの率いるレザド・ゲヘナ連合の総兵数は二千。
構成は三百がゲルマニス騎兵でもう七百がガリア歩兵。千がキリシア人重装歩兵である。
共通言語はキリシア語だ。
レザドが連れてきたゲルマニス騎兵とガリア歩兵は傭兵である。
キリシア語は片言程度なら通じる。キリシア語はテチス海沿岸部の国々にとって英語のようなものだからだ。
「アレクシオス。敵の兵数を調べてきたわ」
アレクシオスに声を掛けたのはメリアだ。
産んだ子供は信頼できるキリシア人議員に預けている。
「敵兵数は現在五百。そして明日には千五百の援軍がやってきて二千になるそうよ。地形は今調べてる」
「そうか。ありがとう、メリア。愛してる。地形は念入りに調べてくれ。上流の方に渡河できるポイントが有るかもしれないからね」
アレクシオスは詳細が掛かれた資料をメリアから受け取り、目を通す。
そこには敵将の情報や、敵の具体的な兵装まで書かれていた。
「そこまで調べる必要、あるんですか?」
「調べておいて損はない。どこに敵の弱点があるか分からないからね」
エインズの質問にアレクシオスは答える。
戦争で重要なのは情報戦。それがアレクシオスの考えだ。
「敵は現状五百……今なら渡河が成功するのでは? 確固撃破しましょう」
エインズはアレクシオスに提案した。
だがアレクシオスは首を横に振る。
「いや、失敗するよ。渡河は難しいんだ。というかこちらは今到着したばかり。船も無い。川の深さは船が無くても渡ることは出来る程度だが……兵の疲弊が激しくなる」
「ですが敵兵力が我々と同数になってしまいます。そうなれば要塞の攻略は難航するのでは?」
「まあ、安心してくれ。僕に考えがある。……地形次第だけどね」
アレクシオスは肩を竦めた。
その後、約五日が経過した
「報告します! 敵軍に大きな動きはありません!」
「まあ、大方渡河するための船でも作っているのだろうな」
ベルベディル王の国の将軍はそう判断した。
約五日間、レザド・ゲヘナ連合は動いていない。いや、動けないが正確だろうか。
「まあ、船を造ったとしても渡河など出来ないだろう。こちらは船を破壊するためにバリスタも用意している。渡河に成功したとしても、どうやって要塞を攻略するのか」
この要塞は長年キリシア人の侵入を防いできた。
同数同士の戦いならば確実に守り切れる。勝つ必要は無い。ロサイス王の国が亡ぶまで耐えきればこちらの勝ちだ。
「しかも敵将は三十にも満たないガキだと聞いている。我々の勝利は揺るがない!!」
ベルベディル王の国の将軍はそう言いきった。
「将軍、真夜中に敵が渡河する可能性を考慮した方が良いのではないですか?」
「何を言っている。真夜中に大軍を渡河など危険すぎて出来るわけなかろう。少数ならば不可能ではないだろうが……まあ、一応見張って置け。松明の炎で分かるはずだ」
真夜中に松明の炎はとても目立つ。
遠方からでも十分に分かる。少数なら分からないかもしれないが、その程度の兵力ならば注意する必要はない。
贅沢を言えば梟を操れる呪術師が居ればいいのだが、生憎この要塞には居なかった。
梟使いはあまり数が多くないのだ。
「ドンッと構えていれば良い。
翌朝
「将軍!! 大変です! 敵に陣を張られました!!」
「何? そんな馬鹿な……」
信じられないと呟く将軍。
彼の瞳には確かに川の前に陣を張った敵が写っていた。
約五日前……
「まあ、簡単な話しだよ。渡河が危険なのは対岸を敵に取られているからさ。じゃあ渡河する前に拠点を造って置けば良い」
「どうやって?」
エインズの問いにアレクシオスは隻眼を輝かせて答える。
「少数の兵を真夜中に渡す。一日二十人前後。東西に広がる森の中を通る川を渡河すれば良い。つまり一日四十人だね。それを五日目までに四回繰り返す。合計百六十人」
「百六十人では確保したとしてもすぐに潰されてしまうのでは?」
対岸に拠点を築けても、維持が出来なければ何の意味も無い。
悪戯に兵を減らすだけだ。
「だから要塞を築く。まあ、要塞といっても大がかりなモノじゃないけどね。柵と掘り、そして矢塔が有れば十分だよ」
「どうやって築くんですか? そんな簡単に造らせてくれないと思いますが……」
「真夜中に一気に造る。部品はこっちで造って運べばいい。柵も筏を分解すれば簡単に出来るしね。ああ、百六十人は僕の奴隷を使うから心配しなくていいよ。工事の指揮も僕が執る」
しかしそれでも真夜中にまともな工事が出来るのかという心配がある。
だがアレクシオスは笑って答える。
「まあ、見ていたまえ。必ず成功させて見せる。あと、もう一つ作戦がある。レザドの騎兵を動かしてほしいんだ」
こうして四日目の夜。
最後の四十人とアレクシオスとメリアを乗せた船が暗闇の中、出航した。灯りは必要最小限の松明。
星と月の光だけを頼りに向こう岸に到着する。
アレクシオスたちはあらかじめ決めていた合流地点に向かった。
そこには先に渡河を成功させた百二十人がすでに集まっていた。これで百六十人。
全員、アレクシオスの奴隷である。
彼らはアレクシオスの農地で働いているが、こうして戦場に付いてきている。全員、土木技術を身に付けている優秀な奴隷だ。
「さて、今から加護を使う。このことは無暗に他人に話さないように。……まあ、君たちならば大丈夫だろうけど」
そう言ってアレクシオスはメリアに目配せする。
メリアは離魂草を噛み、魂を梟に写す。
アレクシオスは梟に話しかける。
「では君の目を借りる」
アレクシオスは眼帯を外し、『目借の加護』を発動させた。
この加護は親しい人間の視界を借りるという能力だ。これでアレクシオスの右目の視界が梟の右目と共有された。
「次に君たちに僕の目を貸す」
そういってアレクシオスは『目貸の加護』を発動させる。
これは自分の眼の視力を相手に貸し与えるという加護である。視界は共有されない。
アレクシオスが奴隷たちに貸したのは梟と共有している右目だ。
これで奴隷たちの右目は梟と同様に夜目は効くように成った。
「じゃあ、早速工事に取り掛かってくれ。出来るだけ音を立てないように」
「「「はい!!」」」
奴隷たちは小声で敬礼した。
斯くして、一晩で強固な陣地が構築された。
レザド・ゲヘナ連合軍は早朝に陣地の構築を確認するとすぐに兵士の渡河を開始。
ベルベディル軍が気付いた時にはすでに三百の兵が渡河に成功していた。
これで渡河に成功した兵は合計で四百六十となった。
ベルベディル軍将軍は大急ぎで軍を整え、出陣した。
要塞に残す兵力は必要最小限。今は全力で敵の拠点を破壊しなければならない。
「急げ!! 見たところ、敵は五百程度! 今ならば潰せる。しかも敵は背水に陣を敷いている。敵を潰すチャンスだ!!」
将軍はレザド・ゲヘナ連合に総攻撃を掛けるように命じた。
約二千の兵が五百を取り囲み、総攻撃を掛ける。
しかし四倍の兵力差にも関わらず、一向に落とせなかった。
「ええい!! 早くしろ!! 何故落とせない!!」
「申し訳ありません! 思いの他、敵の抵抗が強く……それに敵の陣地が強固で……」
ベルベディル軍が拠点を落とせなかった理由は四つある。
一つ、強固な陣地。
アレクシオスが直接指揮して作らせた陣地は非常に強固で、そう簡単に落ちない。浅いといえども、掘りと複数の柵で囲まれて居て、低いといってもちゃんとした矢塔まであるからだ。
二つ、アレクシオスの指揮能力と加護。
アレクシオスはメリアの鷹の目を借りて、戦場を頭上から俯瞰しながら指揮を執っていた。
将軍がどんなに戦力の集中させる場所を変えて、隙を突こうにもアレクシオスにすぐに対応されてしまう。
三つ、背水の陣。
アレクシオスが連れてきた奴隷兵が乗っていた筏は柵に変わっているし、追加の兵が乗ってきた筏は燃やしてしまっている。よって五百の兵は逃げ道が無い。
故に必死に戦っている。それに向こう岸から援軍が次々とやって来ているため、今踏ん張れば助かるという希望がある。
四つ、援軍の存在。
アレクシオスの元には常に対岸から疲れていない兵士が渡ってきている。その兵士を攻撃の激しいところに配置するのだ。
こうすることで時間が立てば立つほど、アレクシオスの防衛陣は強固になる。
ベルベディル軍が攻撃を取りやめたのは、太陽が頭上高く輝く頃だった。
すでにレザド・ゲヘナ連合は七割が渡河に成功している。
「仕方が無い。撤退するぞ。なに、河が無くとも要塞がある。要塞は水堀と城壁で守られている。そう簡単に落ちない。立て籠り新たな援軍を待てばいい」
将軍はそう自分に言い聞かせて、撤退を始めた。
しかし進軍を始めて数分後、要塞から煙が上がり始めた。
「どういうことだ!!」
急いで要塞に早馬を出し、同時に進軍速度を速める。
帰って来た早馬の答えはこうだった。
「大変です!! レザドの騎兵部隊が迂回して、要塞に攻撃を仕掛けています!! どうやら上流の方で渡河し、周りこんできた模様!」
「なに!! 急ぐぞ!! 全く、見張りは何をしていた!!」
「(閣下が今は正面に集中しろと……)」
「何か言ったか?」
「いえ、何も!」
将軍は進軍速度をさらに早めるが、もう遅い。
要塞にレザドとゲヘナの旗が掲げられた。
城門がゆっくりと開き、騎兵が姿を現す。
後ろからはレザド・ゲヘナの歩兵隊がベルベディル軍に向かって進軍を始めた。
「は、挟まれた……」
ベルベディル軍はすぐに降伏。
この戦争で出た死傷者は敵味方含めて二百。
こうしてアデルニア半島でのアレクシオスの初陣は鮮やかに終了した。
これはメリアがしっかりと地形を調べたが故の成果なので、良い子は真似してはいけません。
次回はアルムスが出てきます




