第百八話 エクウス戦Ⅱ
この作戦は単純明快だ。
ムツィオが適当に一騎打ちをして相手を挑発。そして陣に戻る。
陣はギリギリ、エクウス族の馬が飛び越せるだけの柵を用意して、ミスをしたように見せかける。
エクウス騎兵が侵入して来たら迅速に撤退、最後に地面にばら撒いておいた油とアルコールに火を付ける。
一瞬だけ激しく燃えるので、一時的に敵の足は止まる。
一度止めてしまえば十分だ。
後は撤退する時に魔力を流しておいた時限式の黒色火薬が爆発する。
この時限式黒色火薬は地面に埋め込まれている。つまりちょっとした地雷だ。
あらかじめ魔力を流すための起動部の一部を残して、全て地面に埋めて逃げる時にちゃちゃっと魔力を流せば良い。
踏めば爆発する地雷も作れないことは無いが、テトラ曰く術式が複雑になるらしい。つまり生産が大変。
それに今回の作戦ではこちらが踏んでしまう恐れもあるし、後で掘り返すのも面倒だ。
それに加えて時限式なら不発してもすぐに問題になるということも無い。
構造も従来の爆槍の術式を少し弄って、魔力の伝達速度を遅くするだけだ。
ちなみにこの地雷は殺傷能力という点では非常に劣る。
そりゃ地面に埋めて使うのと、直接相手にぶつけて使うのでは後者の方が殺傷能力が高いのは当然だ。
この地雷の目的は音と煙で敵兵……特に騎兵を錯乱することにある。
「さて……、敵も罠に掛かったことだしもう一回一騎打ちをしてくる」
「別にしなくても勝てると思うぞ?」
俺は前に進み出るムツィオに言う。ムツィオが今戦う必要性は無い。
「一応、一度逃げたのは事実だしな。作戦のためとは言え、あまり宜しくない。それに今回は俺の勝利と言うよりも黒色火薬の勝利じゃねえか。せめてレドゥスの首は俺が取っておかないと」
ふむ、確かにそうだな。あまり俺たちが助けすぎてしまうとこいつの面子を潰すことに成る。
「勝てる自信はあるのか?」
問題はムツィオがレドゥスに勝てるか否かだ。俺もある程度相手の技量は分かるが……こんな短い時間では計りようがない。
「勿論。あの程度、俺の敵ではない」
ムツィオがそう言って馬の腹を蹴って、駆けていく。弓を引き絞り、レドゥスの耳……から少し外れたところを矢で射貫く。随分と余裕がある。
まあ背中に矢を射れば卑怯者の誹りを受ける可能性もあるしな。どうせなら正面から戦って勝った方が見栄えが良い。
頑張れよ。
背中を見せて逃げ出すレドゥスにムツィオは言葉を投げかけた。
「おいおい、騎馬の民が背中を見せるなよ」
レドゥスがムツィオに言った言葉と同じだ。
レドゥスは立ち止り、ムツィオに向き直る。
「この卑怯者め。どんな呪術を使った!!」
「戦争に卑怯もクソも無い。それを教えてくれたのはお前じゃないか。さて、もう一度一騎打ちしようぜ」
そう言ってムツィオはレドゥスに剣を振りかざす。
激しい金属音が鳴り響く。
「おい、あの時どうして背中を射なかった!」
「馬鹿、俺が敵の背中に向けて矢を射るような卑怯者に見えるか?」
「っち……後悔させてやる、くそ野郎!!」
レドゥスは腕を振り上げて、ムツィオに剣を振り下ろす。徐々にムツィオが追い込まれていく。
「はは、馬鹿め! あの時射ていれば勝てたものを!! 地獄で後悔しろ!!」
「……程度か?」
「っつ!!」
ムツィオが振るった剣はレドゥスの剣を弾き返す。レドゥスの体が仰け反り、馬から落ちそうになる。
「この程度か。雑魚め」
ムツィオは馬の腹に蹴りを入れて、一気に距離を詰めていく。ムツィオが剣を振るうたびに、レドゥスの馬が徐々に後ろに下がる。
「加護を使うまでも無いな!!」
高い金属音が鳴り響く。折れたレドゥスの剣の刃が回転しながら宙を舞い、地面に深く突き刺さる。
呆然とした顔のレドゥスの鼻先に剣を向けて言い放つ。
「これがお前の得意の剣術か? 話にならないな」
ムツィオはレドゥスに首筋目掛けて剣を振った。
ガキン!
高い金属音が響く。
「大戦士長殿……そこをどういて貰おう」
「そういう訳にもいかない」
大戦士長はムツィオの剣を強く弾く。
ムツィオの馬がゆっくりと交代する。
「あなたは俺の祖父の友人と聞いている。数少ない大戦士長の一人であり、俺にとって必要な人材でもある。今すぐそこの簒奪者の首を刈り落とせば許してやる」
「レドゥス様は私の大切な孫であり、族長だ。そう言う訳にいかない。……平地を引っ掻くだけで生涯を終わらす連中に魂を売り渡した男の言うことを聞くわけにもいかない!!」
大戦士長は一気に距離を詰め、剣を振るう。それをムツィオが受け止める。
金属音が響き、ムツィオの馬が三歩後退する。
「相変わらず強い。年老いても強さは健在か?」
「全盛期の比べれば随分と衰えましたがね。ただムツィオ殿、あなたも強い。あなたと同じ年の頃の私とあなたが今戦えば私は負けていたでしょう。ただ……今なら私が勝つ!!」
剣と剣が激しく交錯する。少しづつ、ムツィオが押し込まれていく。
ムツィオの表情に焦りの色が見え始める。
「貰った!!」
大戦士長の剣がムツィオの首筋目掛けて振るわれる。
しかしその剣がムツィオの首を切り裂くことは無かった。
剣はあと数センチというところでピタリと止まっている。
「……これは卑怯だからあまり使いたくないんだけどな」
強風が吹き、大戦士長の馬がよろける。大戦士長は驚愕の表情でムツィオを見る。
「……風よ」
ムツィオが呟くと、ムツィオが体中に隠し持っていたナイフが宙を浮き始める。その数二十。
「言っておくとそのナイフにはトリカブトが塗ってある。……悪いな。あんたが強すぎたのが悪い」
ムツィオは一言言って、一気に距離を詰めて剣を振るう。
大戦士長はその剣を軽々と防ぐ。
二本のナイフが同時に大戦士長を襲う。
大戦士長は左手を振るい、手首に付けている鉄の腕輪で弾き落とす。
ナイフは五メートルほど吹き飛び、停止。再び大戦士長に襲い掛かる。
「っくがあ!」
三本のナイフが大戦士長の背中に突き刺さる。馬から崩れ落ちる大戦士長。
二十本のナイフが大戦士長に殺到した。
暫くの間大戦士長は呻き声を上げていたが、静かになった。
大戦士長が死に絶えたのを確認し、ムツィオはレドゥスに視線を向ける。
「っつ……」
「あとはお前だけだな」
剣を振りかざしながら、一気に距離を詰める。
レドゥスは慌てて短剣を取りだすが……遅い!
ザシュッ
レドゥスの首が跳ね飛ぶ。ムツィオは首を掴んで高々と掲げて叫ぶ。
「敵将レドゥスはこの俺、エクウス族族長ムツィオが討ち取った!! 降伏しろ!!……もう終わってるか」
ムツィオは周囲を見渡す。
すでにムツィオ配下の騎兵が地面に落ちた敵騎兵を掃討している最中だった。
ムツィオが叫んだことにより、僅かだが抵抗を続けていた騎兵が地面にへたり込む。
こうして勝敗は決した。
「どうやら勝敗は決したようだな」
「だね、リーダ―」
ロンが俺の横で頷く。
グラムは弓で援護、ロズワードは騎兵としてエクウス騎兵に交じって戦っている。
すでに勝敗は決しているので、ロン自ら前に出る必要性はあまり無い。
だからロンは俺の護衛として、俺の側で控えている。
「にしても……バルトロが居ないと俺たちの戦術は完全に爆弾頼りだな」
何だか申し訳ない気持ちになる。
「良いじゃないですか。勝てたんだし」
ニヤっと笑うロン。まあ、そうなんだけどね。
「兄さ……王様!! ガリア訛りの女を捕まえました!!」
ロズワードが叫びながらやってくる。
彼の後ろには後ろでを縛られた呪術師の女が連行されていた。
ロズワードは俺の目の前に女を引きずりだす。
「ロサイス王様、私はレドゥスに脅されていたんです。家族を人質に取られて……お願いです。助けてください」
上目使いで女は俺を見つめる。
服の隙間から胸の谷間が覗いている。
……前情報無しだと騙されたかもな。
「お前にはロゼルについて、しっかりと話してもらう」
俺がそう言うと女はすぐに表情を変えた。
そして口をほんの少し開ける。
そこへロンが短剣を突っ込んだ。
「舌を噛むのは後でも出来る。一先ず洗いざらい話してからでも遅くないぞ」
「っぐっつ……この……」
女は強く俺を睨みつけて来た。
さて、問題は『秘密を話すことで発動する心臓爆発呪い』だけど……ユリアに呪解して貰うしかないな。
「ラケーラ!!」
ムツィオは自分の婚約者に抱き付いた。
互いにキスを交わす。……お前らの後ろには兵六千が居るんだけど。見えてないの?
俺たちロサイス軍はアルヴァ山脈を越えて、エクウス族の領地に入った。別に倒す敵はすでに居ないが……威圧のためである。何しろムツィオ自身の兵は二百しか居ないわけだしね。それに俺はムツィオの頭に冠を被せなければならない。
「ムツィオ、どれくらいで全ての部族が集まる?」
「明日にも即位式はあげられる。その後は来なかった連中を掃除する。悪い羊は殺さないとな……まあ一週間後には二千の騎兵を連れてすぐに駆けつける。それまで頑張ってくれ」
そうか……
しかし一週間後か。大丈夫かな?
「王様!!」
伝令の兵士が俺に駆け寄ってくる。
「ライモンド様よりご連絡です!」
俺はライモンドからの伝令書を開ける。
・エビル王の国との戦線、変化なし。徐々に後退中。
・ベルベディル王の国との戦線、ベルベディル軍撤退。レザド・ゲヘナ連合が勝利した模様。
・次はベルベディル王の国を攻める方が良いと進言する。
以上三つのことが書かれていた。
どうやらベルベディル軍三千とレザド・ゲヘナ連合二千が戦い、ベルベディル軍は大敗したらしい。
今、追撃すれば確実に勝てるとのことだ。
……そうだな。エビル王の国との戦線が変化無しならば、今はベルベディルを攻めた方が良いかもしれない。
よし、次はベルベディルだな。
ライモンドに手紙を書くか。
「この俺、ムツィオ・エクウス・スルピキウスが族長として相応しくないと思う者は今すぐこの場から退出し、戦支度をしろ!!」
ムツィオは全氏族を集めた上でそう宣言した。いくつかの部族……レドゥスの母親の一族は来ていない。
つまりこの場にいるのはムツィオに従うと決めた一族である。だからこれはただの演出だ。
誰もその場を動かない。当然だな。
「ムツィオ殿」
俺は王冠を持ってくる。
俺は静かにムツィオの頭に乗せる。俺の方が背が高いから、乗せるのは容易だ。
「アルムス・アス・ロサイスはエクウス族並びにムツィオ・エクウス・スルピキウスが永遠の盟友であることを神に誓う」
「ムツィオ・エクウス・スルピキウスはロサイス王の国及びアルムス・アス・ロサイスが永遠の盟友であることを神に誓う」
俺とムツィオはほとんど同じセリフを、宣言する。
そして酒を盃に入れて、飲み交わした。これがエクウス族の流儀らしい。
「では、俺はそろそろ戻る。友よ、出来るだけ早くしてくれよ?」
「当然だ。俺は恩を仇で返すような人間ではない」
俺とムツィオは拳を軽くぶつけ合った。
「ユリア、アルムス勝ったって」
「本当? やった!」
ユリアとテトラは喜び合った。そして自分の子供に語り掛ける。
「……パパ勝ったって」
「やったね、フィオナ。あなたのパパは最強よ」
一頻り喜び合った後、二人の顔が少し曇る。
「……付いていきたいな」
「子供を残して?」
ユリアは苦笑いする。
そういうわけにはいかないのだ。
「うーん、悩むよね。私としてはアルムスも心配なんだけど……子供を残すのもね」
「かと言って連れていくわけにもいかない」
二人はアルムスに付いていくべきか、とても悩んでいた。取り敢えずエクウス族との戦いは見合わせたが……
「夫を待つのも妻の役目と言うけれど……」
「アルムス偶に抜けてるから……」
心配で心配で仕方がない。二人はそんな感じだ。
一応二人とも優れた呪術師なので、ついていっても足手まといになるということは無い。
むしろ二人は付いて行った方が役に立つ。ユリアは非常に優れた呪術士だし、テトラは魔術が使えるのだから。
「……アルムスさあ、戦場で性処理どうするんだろ?」
「……ユリア。子供の目の前」
テトラは自分の息子であるアンクスを抱きしめて、苦情を言う。
ユリアはフィオナを撫でながら苦笑い。
「大丈夫だって。まだ理解できる年じゃないし。それにテトラも気になるでしょ」
「……まあ、増えるのはあまり宜しくない」
増えないに越したことは無い。
「確か今回の相手はロゼルだよね。あのマーリンが居る」
「そうだね。あの世界最古の呪術師の居る……」
つまり、呪術戦ならば相手が有利ということだ。
「よし、決めた!! ドモルガル王の国に行く時だけは絶対に付いていく!! 例え反対されても!!」
「……右に同じ。やっぱり心配」
二人は堅く決意した。
少しやる気が出てきたので、ぼちぼち書き始めます
どうでも良いですが、今日は私の誕生日です




