第百五話 キリシア人
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「いやはや、よくおいで下さった。皆さん!」
アブラアムはレザド代表のエインズとネメス代表を歓迎した。
三人が居るのはゲヘナにあるアブラアムの屋敷。
レザドやネメスの人間が皮肉を込めてアブラアム宮殿と呼んでいる大邸宅だ。
とはいえ、宮殿と言われても仕方が無い規模である。
少なくともロサイス王の国の宮殿よりも巨大で、豪華絢爛だ。
「ええ、アブラアム閣下。本日はお招き下さり、ありがとうございます」
エインズはアブラアムに軽く会釈する。
続いてネメス代表も軽く会釈した。
そして三人はすぐさま会談に移る。
「さて、今回の議題は皆さんも勘づいていらっしゃると思うがロサイス王の国だ。あの王は私にとって孫に当たる。当然援軍を送るつもりだ。貴国はどうする?」
「我が国にも正式に援軍の要請が来ました。当然、支援するつもりですよ。ベルベディルは仇敵ですしね」
レザドとゲヘナには介入する大きな理由がある。
レザドからすればベルベディルを挟撃出来るチャンスでもあるのだから、参戦しない理由は無い。
ここで問題になるのはネメスの動向だ。
「生憎、我が国はロサイス王の国とはそこまで親しくない。私個人としては援軍を出しても良いと思うが、市民たちは納得しまい。故に兵糧や軍資金等の援助をしようと思っている」
つまりネメスもロサイス王の国を支援する。
そう言うことだ。
「今回の会談はこんな分かり切った話をするためではないでしょう? 早く本題に入って欲しい」
エインズがそう言うと、アブラアムは肩を竦めた。
やれやれと言いながらアブラアムは口を開く。
「今回の戦争、必ずあの国の資金は底をつく。何しろ少し前まで大事業もやっていたのだからな。故に彼らは金を借りたがるはず。……金を大量に貸し付けて、ロサイスを我々キリシアの思い通りに動く国にする」
「我々にとって不安なのはあなたが曾孫を利用して、我々を排除することです」
エインズはアブラアムを睨みながら言う。
レザドとしてはロサイス王の国を借金漬けにする方針には賛成であるが、アブラアムが信用ならないのだ。
「ははは、私の曾孫が王に成るころには私は死んでいる。違うか?」
「……その通りですな」
ネメスの代表は苦笑いする。
アブラアムには寿命というタイムリミットが存在するのだ。
「まあ良いでしょう。どちらにせよ、三国が協力しなければ成しえない大事業。信用させて頂きます」
「我々ネメスも、協力します」
「ありがたい! ふふ、商売は相手を信用しないことには始まらないからな!」
キリシア人は商売の民だ。
当然農業を営む者も大勢居るが、それは売るためである。
キリシアは小麦が育ちにくい。代わりにオリーブや葡萄が育てやすい。
農産物をペルシス等の国々に売り、代わりに小麦を買い付ける。
金儲けの臭いがすればすぐに船に乗り、帆に風をはらませて、現場に向かう。
船一杯に商品を積み、島から島へ、大陸から大陸へ海を使って移動する。
エインズも、アブラアムも、ネメス代表も商人なのだ。
そして海賊でもある。
商売が上手く行かなければ、商船は海賊船に早変わりする。
そのようにして何隻ものペルシスやポフェニアの船を沈めてきている。
それがキリシア人。
キリシア人がテチス海を支配しているのは偶然ではない。
武勇、航海術、交渉術、商売術、資金力、そして何よりその狡猾さ。
テチス海に面する国々の民族の中で、どの民族よりも秀でている。
超大国ペルシスを相手に幾度も勝利を上げてきたことがそれを証明している。
キリシア人だけは敵に回してはならない……
「ところで問題は誰が指揮を執るかだ。政治的に考えれば両国から二人づつと言いたいところだが……指揮系統を二つに分けたため負けた。などという間抜けなことはしたくない」
「それは同感です。……実は丁度良い相手が居ます」
「誰だ?」
アブラアムの問いにエインズは答える。
「アレクシオス。アレクシオス・バルカです。まあ彼はバルカと呼ぶと怒るのですが」
「……あのポフェニアの大将軍、ハルディア・バルカの息子か。確かに彼は指揮官として最適だろうな。どの国にも属していないし、実力も確かだ。確か五年ほど前の戦争だったか……」
ポフェニアとキリシアの両国の間で紛争が発生したことが有る。
戦場はアデルニア半島から少し南のトリシケリア島という島だ。
このトリシケリア島はテチス海でも有名な穀倉地帯で、キリシアも多くの小麦を輸入している。
キリシア人が輸入している小麦の約三割がトリシケリア島で収穫された小麦だ。
その時の司令官がハルディア・バルカであり、その配下として千の精鋭を率いていたのがアレクシオス・バルカだ。
当初はポフェニアが有利にことを進め、次々とキリシアの軍を追い詰めていた。
最悪、トリシケリア島からの全面撤退さえあり得る状態だった。
それほどまでにハルディア・バルカとアレクシオス・バルカは厄介な相手だったのだ。
だがどういうわけか急にその軍事行動に乱れが生じた。
早く攻めれば勝てるのに、攻めない。
撤退する必要も無いのに、撤退する。
そういう奇妙な行動をし始めたのだ。
そのおかげでキリシアが巻き返すことが出来た。
これはアブラアムたちが後で知ったことだが、ポフェニアの元老院が戦場に口を出していたのだ。
その所為で勝てる戦に勝てなかったのだ。
如何に軍人が有能であっても、それを操る政治家が無能では何の意味も成さない。
そのいい例である。
「だが信用できるか? 国を捨てた男だぞ」
「問題ありません。あの男はメリアという妻と自分だけで世界を構築しています。その世界に干渉しなければ、ちゃんとこちらに義理立てしてくれる優秀な武将です。大事なのはポフェニアの二の舞いに成らないようにすること」
エインズがそう言うと、アブラアムがニヤリと笑う。
「何、そのような愚かな真似はせんさ。勝ってくれればそれで良し」
アブラアムは大きく口を開けて大笑いした。
……その所為で顎が外れ、年を自覚する羽目に成ったことも記しておく。




