第百四話 ストライキ
今日は三話更新です
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今回、兵役に従事していた者たちの主張はこうである。
「戦争でさあ、いくら頑張っても土地と奴隷を得られるのは王と豪族だけじゃん? おかしくね。だって一番頑張ってんの俺らじゃん。嫌だ、嫌だ。戦争なんて絶対ヤダ」
なるほど……一理あるな。
「何言ってるんですか!! 一大事です!」
おい、ライモンド。怒鳴るな。
俺は王だぞ?
「多分長い間一緒に工事やってる内に連帯感が産まれたんだろうな。その上で今回の戦争。今は国家の危機だから、自分たちは絶対に必要なはず。だから普段は通らないであろう要求も確実に通る……という考えだろうな。よく考えたモノだ」
つまり彼らは戦争に行きたくないわけでは無いのだ。
戦争で儲けたいのだ。
「どうします? ロサイス王様」
「どうするも何も、鎮圧部隊を送るわけにはいかないしな。譲歩するしか無いだろ」
つまり土地と奴隷、またはそれに相当する給料を支払うしか無い。
とはいえ一度認めたらこれから永遠に認めなくてはならなくなる。
土地……という意味だけならたくさんあるが、彼らも荒地が欲しいわけではあるまい。
農地は限られている。
それに彼らは別で自分自身の土地を持っているのだ。
その土地と合わせて遥か遠くの土地を貰っても管理出来ない。
だから土地はやれない。奴隷と金は土地以上に限られるため、不可能。
そしてこれくらいは彼らだって理解しているはずだ。
つまり……
「減税ですね」
ライモンドが面倒だという表情を浮かべた。
この場合、問題になるのは収入の低下では無い。
彼ら三千人に認めるということはロサイス王の国全ての農民に認めるということであり、豪族たちの領地に住む農民にも認めるということだ。
つまり豪族の領地も直轄地も関係なしに、全ての税金を下げる必要性がある。
これは面倒という二文字で済むレベルでは無い。
何故なら豪族が国に従っているのは本領安堵のためだからだ。
豪族は自分の領地に国が関与することを極端に嫌がる。
今、この国に於いて重要な豪族八十四名中五十七名が揃っている。
すぐに賛成が採りつけられば解決するが……
「どう思う?」
取り敢えず聞いてみた。
豪族の一人が口を開く。
「……私は減税に賛成です」
意外だな……最初に賛成案が出るとは。
「我が領からは五十人以上の人夫を出しています。一度逆らうことを憶えた者は、容易に二度目を起こします。五十人の扇動者が我が領に入ればどの道譲歩せざるを得なくなる。ならば今のうちにその牙の矛先を無くしてしまう方が良い」
だがしかし、すぐに多くの豪族が反対を表明した。
「わ、私は反対です!! 我が領の財政は今でも貧窮しているのです! これ以上の減税をすれば……」
「そうです! それに豪族会議の議決が全ての豪族の領地に影響を及ぼすなど……内政干渉だ」
「だがどうする? このままでは国が亡ぶぞ」
ガヤガヤと議論を始める豪族たち。
時折怒号が飛び交う。
不味いな……もし彼らの中に「エビル王の国やベルベディル王の国に着いた方が本領安堵が期待できるのではないか」と考える者が出て来たら……
だがこれを乗り切るには減税以外の方法は無い。
ええい、こうなったら……
「私は減税以外の道は無いと思っている!」
俺は声を張り上げた。豪族たちの視線が俺に集中する。
「例え今回、認めずに何とか乗り切ったとしよう……二度目が起こるぞ?」
これは他の豪族が指摘したのと同じだ。
一度逆らうことを憶えた者は、二度目は一度目よりも軽い気持ちで反旗を翻す。
「今回はまだ良い方だ。人数はたった三千人で、要求は比較的軽い。ここで打ち止めにしなければ、後々大きな問題になる。いいか、我らに逆らっているのは兵士なんだぞ?」
この国では農民=兵士だ。
つまり彼らが反乱を起こす気になれば俺たちを殺すのは容易。このことを考えれば今回の事態が如何に恐ろしく、同時に幸運であることが分かる。
「これはロサイス王の国の存亡の問題ではない。私の、あなた方の地位を揺るがす問題だ。……キリシアの国々では昔は我が国のように王政だったそうだ。だが搾取する王や豪族に反旗を翻し、殺し、自ら政治をやるようになった」
俺は実際の歴史を元に豪族たちを脅迫する。例え我が国が滅んで、お前たちが助かっても、それは一時的な延命処置に過ぎないと。
……実はこの歴史はほんの少しだけ違う。
正確に言えば「圧政を敷く王に平民とそれを扇動した豪族が王を殺した」のだ。そして豪族は貴族となり、貴族政治を始めた。その後平民が貴族から政治を奪い取ったのだ。
いくら逆らいやすくなったとはいえ、それを取りまとめる核が無ければ王を倒すなど不可能だ。
だがアデルニアの豪族の大部分はキリシアの歴史を詳しくは知らない。
嘘も方便だ。
「減税だが……少なくとも一番税が軽い直轄地以下にしなければならないな」
「そこまで減らしたら我が領は持ちませぬ!!」
豪族が叫んだ。そうだそうだと他の豪族たちも同様に反対の声を上げる。
多くの領地を持たない豪族はそれだけ税収が少ない。
だから税を高くせざるを得ないのだ。
証拠にある程度の領地を持つ豪族は積極的に反対を示しているわけでは無さそうだ。
もっとも、賛成でもないだろうけどね。
「もっともな意見だ。諸君の収入が減ればそれだけこの国の軍事力が低下する。だから……」
仕方が無い。腹を括ろう。
人に出血を強いる前に、自分が血を流して見せるべきだ。
「紙と蒸留酒各種の製法を公開する」
議会が一瞬にして静まり返る。
豪族たちが息を飲み込む音が聞こえる気がした。
驚くのも無理は無い。紙も蒸留酒もロサイス家の富の源泉と言っても良い。
現在、大規模な工事を行えているのは紙や蒸留酒で外貨を取得しているからだ。
「お、王よ!! 正気ですか!!」
ライモンドが目を見開いて叫ぶ。
俺はライモンドをじっと見つめて答える。
「仕方が無い。領主たちには無理を言っているのだ。我々も身を切るべきだ」
俺がそう言うと、ライモンドはまだ何か言いたげだったが一先ずは下がった。
そして俺は豪族たちを見回して問う。
「まだ不服か?」
「……紙や蒸留酒の製法を教えてくださるのであれば確かに我が領地の財政も持ちます。ですが今までよりも大幅に……」
「売上税を取れば良い。大部分の平民には関係ない税だ。多少上げても問題は無い」
税金を上げれば多少は経済が冷え込むが、その冷え込み以上に経済は成長するはずだ。
今でも売上税が毎月驚異的に上昇しているのだから。
「どうだ?」
「……」
豪族たちは深く考えこんでいる様子だ。
しばらくして、強硬に反対意見を示していた豪族の一人が口を開く。
「そういうことであるならば、反対は致しません。賛成致します」
それが皮切りとなり、次々と豪族たちは賛成を表明する。
その後の決議で大幅な減税と税金の統一が決まった。
最後の豪族の一人が一礼して、議会を後にする。
今居るのは俺とライモンドだけだ。
……
ふふふ、ははは
「はははは! 上手く行ったな。ライモンド」
「ええ。まさかこんなに上手く転がるとは。あなたの演説のおかげですな」
それを言えばお前の演技も上手かったぞ。ライモンド。
噴出すところだった。
さて、解説しよう。
今回の事件、我々王家にとっては損は何一つ無い。むしろ得だけがある。
製法を豪族に公開することで供給量が増え、値が下がる?
確かに多少は下がる。だがあくまで多少だ。
そもそも紙と蒸留酒は消耗品であり、薄利多売が基本の商品。
供給量が増えたからといって値が急激に下がるということは無い。
直轄地の減税は商人からの売上税で十分以上に賄いきれると踏んでいる。
何しろキリシア人が大量に持ち込んでくれた青銅貨や銀貨・金貨が我が国でもかなり出回るようになってきているからな。
それに物納よりも貨幣で税金が取れる方がこちらとしても嬉しいし。
それでも大幅に税収が落ちるのは覚悟しなければならないが。
そして今回得た得だが……
「ついに聖域だった豪族の領地に触れることが出来た。しかも減税で一気に収入を減らせる」
一度目は難しいが二度目は簡単。
これは今まで散々言ったことだが、こいつは豪族相手でも成り立つ。
一度豪族会議の議決が豪族の領地に影響を及ぼすという前例が出来た。これは大きな収穫だ。
それに豪族連中は売上税と紙と蒸留酒で十分減税分はカバー出来ると感じたようだが……
それは思い違いだ。
そもそも商人は人口の多いところに行くのだ。
だから今まで通り直轄地に来るのは変わらない。まあ多少なりとも豪族の領地へ赴く商人の数も増えるだろうけど、売上税が期待出来るほどでは無い。
この辺が経済音痴の豪族にはイマイチ理解出来ていないようだ。
要するに、今回の件で豪族の勢力を大幅に落とすことが出来たというわけだ。
しかしどうしてここまで上手く行ったのか。
正直、終わった……
と思ったのも事実なのだ。
結果的に良い方へ転がったけど、会議が揉めに揉めて戦争どころで無くなっていた可能性も十分にあるのだ。
「どうやら最近、連中はキリシア文化に嵌まっているみたいですよ? キリシア人教師奴隷を購入して子供にキリシア語を習わせているようです。あと美術品の収取にも熱心だとか。その関係で貨幣が欲しかったのでは?」
「なるほどな。物納の小麦を売って貨幣を得るよりも、紙と蒸留酒売った方が遥かに良いもんな」
つまり商売熱心のキリシア人のおかげ。
ナイスだ、キリシア人。
まあ、でも……
「予想以上に平民の反発が早かったな」
「……キリシア人でしょうね。貨幣経済と共にあれこれ吹き込んでいるんでしょう」
覚悟していたことなんだが……
想定以上に早いと慌てるな。貨幣経済の広がりも想定以上に早いんだけどね。
「さて、俺は労役拒否を起こした連中のところに行ってくる。早速説き伏せてくるよ」
「私もお供します。王よ」
俺が現場に赴くと、人夫たちは俺を取り囲み口ぐちに工事の辛さや生活の大変さを訴えた。
俺は聖徳太子では無いので一人一人に答えられないし、聞き取れない。
一先ず人夫たちの気が済むまで喋らせる。
人夫たちが一頻り不満を言い切ったと俺が判断したところで、俺は口を開いた。
「君たちの不満はよく分かった!!」
出来るだけ大きな声で、全ての者に聞こえるように。
そして人夫たちの顔を見回す。目をしっかりと合わせる。
「私としては君たちに土地をやっても良いと思っている。だが遥か遠方の土地を貰っても致し方が有るまい? 奴隷や塩・貨幣は有限で、全ての者に行き渡らせるものほどない」
兵士たちの顔に不満の色が見え隠れし始める。だが俺は止めない。
「だが君たちに報いてやりたいという気持ちもまた事実。だから……減税という形で私の感謝を示そうと思う」
その他にも労役や兵役時には、必ず国が食糧を出す。
臨時課税の取りやめ。
王族、豪族、平民の刑事上の刑罰の平等。
王や豪族による不当な財産の接収の禁止。
etc……
平民が不満に思っていること、不満に思っているであろうことの改善を約束する。
徐々に平民たちの顔に驚きと喜びの色が浮かび上がり始める。
想像以上の成果だったのだろう。
狙い通りだ。どうせ譲歩するなら中途半端に小出しにするより、開き直って大幅に譲歩した方が印象が良いはずだ。
最後に俺は大声を上げて締めくくる。
「私は君たちの守護者でありたいと思う。王として、君たちを守りたい。だから君たちも私を、この国を守ってくれないだろうか? 王として君たちにお願いしたい!」
今度は逆にこちらから要求する。
場を沈黙が支配する。
沈黙を打ち破ったのは平民の一人だ。
「国王万歳!」
一人が叫んだのを聞いて、周囲の平民たちも叫ぶ。
「「国王万歳!!」」
万歳の波は徐々に、徐々に広がり、いつしか大気を震わすほどの唱和になる。
「「「国王万歳!!!」」」
……
ちょっと想像以上だったけど、大成功ということで良かったのかな?
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統帥大権、元老院での拒否権、緊急時の皇帝独裁権、最高司祭権……
ロマーノ皇帝には様々な権限がある。
これらの権限はどこから来るのか? 皇帝が現人神であるからか? 神帝の血を引いているからか? ゼノピアが、ヘーノーが、アルネが、マレスが、与えたモノだからか?
否
皇帝の絶対的権限はたった一つの義務が根源である。
それは護民義務。
皇帝は市民の生命、食、水、自由、財産を守る時、その絶対的権限の行使が許されるのである。
そして我らロマーノ市民の権利は、納税と兵役の義務、皇帝への絶対的忠誠が根源である。
皇帝と市民。
双方が義務を守り続ける限り、帝国は不滅であると私は考える。
帝歴五百三十五年発行
『皇帝論』
より抜粋
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第百四・五話
バチン!
頬を打つ音がユルグに響き渡る。
打たれたのはレドゥスで、打ったのはラケーラだ。
「誰が、誰の妻になると?」
「……俺がその気になればお前をこの場で犯すことも出来るのだぞ?」
レドゥスはラケーラを睨みつける。
ラケーラも気丈に睨み返す。
「結構です。ですがあなたに犯されるくらいならば私は舌を噛んで死にます。死体はお好きなように犯してください」
エクウス族の医療技術は低い。よって舌を噛めば確実に死ねる。
もっとも、かなり苦しい死になるが。
「……いいさ、俺は君を犯さない。すぐにムツィオの首を持ってきてやるよ。そうすれば操を立てる必要も無くなる」
「あなたにムツィオは殺せません。あなたのような卑怯者には」
ラケーラとレドゥスは暫く睨みあった後、お互い背を向けた。
一先ず第三章完!
と言うところです。第四章は包囲網を抜け出す話です。閑章は申し訳ない程度の一話です。第四章の一話と同時投稿する予定です。包囲網の後には財政難が待ち受けております。
第四章の書き溜めですが、リアルが忙しかったのとスランプ?というか、精神的に苦痛に感じることがあり、あんまり進んでおりません
もしかしたら少しばかり待って貰うかもしれません
私自身、迷走している感があります
完結させる意思もあり、今後の展開も決まってはいますが……
もしかしたら活動報告に愚痴のようなモノを上げるかもしれません。かもしれないというのは、今は予約投稿しているのでその時の感情しだいというわけです。
もし書いていたら相当酷い内容だと思うので、読まないことをお勧めします。じゃあ書くなという話ですね。
少しすっきりしました
お目汚ししました。失敬




