第百三話 暗転
今日は三話更新です
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その凶報は以外なことに、ロサイス王の元に来るよりも先に一般民衆に伝わった。
ロサイス王が噂の出所と真偽を探っているところへバルトロ・マンリウスの書状は届いた。
・敵将はガリアの名将クリュウ
・敵戦力は残り九千弱。ただしロゼル本国からの援軍で増える可能性有り
・こちらの残り戦力は一万一千
・士気の低下が激しいため、籠城している
・少なくとも一か月は持たせる。ただしそれ以上は未知数
・至急援軍を要請する
・敵は毛むくじゃらの化け物を従えているため、爆槍が大量に必要である
以上がバルトロからの手紙に書かれていたことだった。
「さて、豪族会議を開く。今回の議題は……皆も知っていると思う。一体どれくらい援軍を送るかだ」
俺は豪族たちを見回して言う。
講和という選択肢は無い。敵は九千で、現地の兵数でも優っているのだ。
早急に援軍を送りこめば確実に勝てる戦だ。
まず最初に発言したのは元ディベル派の豪族だ。
「敵は九千ほど。現地の兵は一万。ならば数千ほど兵と追加の兵糧・爆槍を送れば問題無いのでは?」
「エクウス族にも援軍を要請して……騎兵戦力を増強すれば間違いなく勝てます!!」
強気な発言だ。
俺もその意見に賛成だ。
「そうだな。援軍は……二千もあれば十分か。俺が直接率いていけば士気も上がるだろうし」
俺はそう言いながら、豪族たちの表情を確認する。異存は無いようだ。
よし、早速決を採るか。
「では、賛成の者は……」
俺がそう言いかけた時だった。
廊下をドタドタと走る音が鳴り響く。
そして勢いよくドアが開き、兵士が大声で叫んだ。
「失礼いたします!! 緊急報告です!! ベルベディル王の軍が我が国の国境を目指し進軍中!! 兵力は五千です!」
心臓が跳ね上がる。
大丈夫だ……落ち着け。
我が国が現在出せるであろう限界ギリギリ一万五千。そのうち三千が工事に、八千がドモルガルに向かっている。
だから常備軍を合わせて四千を動かせる。
援軍は後回しになってしまうが、ベルベディルを討ってからでも遅くはない。
十分対応可能……
そう思った時だった。再び廊下に大きな足音が響く。
汗まみれの兵士が叫ぶ。
「失礼いたします! 急報です!! エビル王の軍が我が国の国境を目指して進軍中! 五千です!!」
くそ……敵兵力が万に増えたか。
だがエクウス族を頼れば良い。大夫足元を見られるが……国が亡ぶよりもマシだ。
「王よ!」
「分かっている。至急エクウス族に使者を出す! 誰か紙を持ってこい!!」
俺が叫ぶと、人が再び廊下を走る音が聞こえる。
誰か分からんが、耳が良いじゃないか。
兵士は許可も取らずにドアを開け放つ。
その手には紙を持っていた……すでに封をしてある。
「失礼いたします!! 緊急報告です!! エクウス族内で内戦が勃発!! レドゥス王子が兵を上げました! エクウス王様及び王太子メチル様は討死! ムツィオ様以下二百が我が国に亡命を希望しておられます!!」
文字通り目の前が真っ暗になった。
俺は首都の城門でムツィオたちを出迎えた。
その姿はまさに満身創痍。服はボロボロで、顔は疲れ切っている。
伝令の兵士は百と言ったが……四百は居るな。そのうち三分の二が女性や子供。
ムツィオが前に進み出る。
いつも愉快に笑っているムツィオとは思えないほど、落ち込んだ表情だ。
ムツィオは俺の前に進み出て、自虐的に笑う。
「なあ、笑ってくれ。友よ……父と兄、家臣や友人たちを殺されて国と妻を奪われた哀れな男を……」
……
俺はムツィオの肩を軽くたたいて言う。
「君たちの亡命を受け入れる。取り敢えず……風呂に入り、飯を食べて、一晩寝ろ」
「ムツィオ、休めたか?」
「……ああ、少し寝たら疲れが取れた」
ムツィオに二時間程仮眠を取らせた後、俺はムツィオを豪族会議に呼び出した。
本当のところは他のエクウス族の連中と同様休ませてやりたいが……もう時間がない。
「まず何が起こったかだが……」
「そっちは良い。他の奴から聞いた」
ムツィオを休ませている間、比較的元気のあるエクウス族の有力者に話は聞いている。
真夜中、レドゥスに奇襲を受けたらしい。
レドゥスの兵力は百でエクウス王とメチル王太子の兵力は千だった。
しかしどういうわけかエクウス王側の馬の四割が体調不良。しかも同時多発的に何人かの将が病に倒れた。
こうしてレドゥスが王と王太子を殺し、族長に就任。
ムツィオは命カラガラ逃げてきたと……そういうことだ。
しかし、偶然の一致だと考えるのは不自然だな。
「我が国がロゼルに敗北した途端、二国が同時に宣戦布告。情報が周るのが早すぎる。それに加えて、同盟国の政変。これが偶然だとするのは少々無理があるな」
つまり、ロゼルが裏で仕組んでいる。
そう考えるのが自然だ。
「なあ、ムツィオ。お前の国にガリア訛りの呪術師は居なかったか?」
「ガリア訛り? つまりロゼル出身者か。結構居たような気がするぞ。我が国は呪術師の実力も数も少ない。だから外国人を登用するのはよくあるんだ。それが一体……いや、まさか……」
否定は出来ない。
呪術師とは医者だ。医者ならば馬の診察をするだとか適当なことを言って、前日に小細工を施すのはそこまで難しいことではない。
病も……あらかじめ入念に準備を重ねれば毒殺も呪殺も可能だ。
「だけどほとんどの奴らは十年前からエクウス王や王太子に仕えてたんだぞ? 十年も前からこのことを計画してたなんて……」
「あの国の目的はアデルニア半島を支配下に治めることだ。ならば……あらかじめ布石を打っておくのは別におかしなことじゃない」
ロゼルは騎兵を多く持つ。つまり騎兵の重要性を理解している国だということ。
ならば長い年月を掛けて、エクウス族を支配下に組み込むための工作をしていてもおかしくない。
あの国には五百年も生きている奴がいる。
そういう気の長い作戦も実行できるはずだ。
俺とムツィオが話していると、ドアが突然開いた。
「失礼いたします!! 緊急です! エクウス王を名乗るレドゥス王子から親書です」
俺は兵士から受け取った手紙を読む。
・まずロサイス王の国との同盟は破棄する。
・ムツィオ以下逃亡者の身柄を要求する。
・以上が受け入れられない場合は我が国は貴国に宣戦布告する。
・期限は三日後まで。
俺は読み終わった後、ムツィオにも読ませてやる。
ムツィオは暫く手紙に目を通した後、手紙を握り締めて、引き千切る。
「ふざけるな!! 奇襲などと卑怯な手段で奪った族長の座についてエクウス族全体を語るな!!」
そしてムツィオは俺を見つめて言う。
「ロサイス王。兵を貸していただきたい。族長の座を奪い返す」
俺は豪族たちを見回す。
ライモンドが手を上げた。
「ロサイス王様。私は反対です。現在、我が国は危機的状況にある。この状況下で敵を増やすわけにはいきません」
尤もだな。二国相手でさえ問題なのに、もう一国をそれに加えるなんて出来ない。
だが……
「我が国はエクウス王と契りを結んだ。同盟に従い、その仇を討たなければ同盟違反になる」
「ですが今のエクウス王はレドゥスです。そして彼は同盟の破棄を通告してきた」
その通り。そういう理屈も通る。
つまりレドゥスとムツィオ、どちらが王の方が我が国にとって都合が良いか。そういう問題になる。
そして現在の情報では、ムツィオが王ではデメリットが大きすぎる。
だから今必要なのはムツィオの提示するメリットだ。
「俺が王に成ったら同盟は維持。今まで以上に貿易を拡大する。それにレドゥスが王に成ればエクウス族はロゼルの傀儡になるということ。それは貴国にとって安全保障上大問題ではないか?」
「問題は我が国がレドゥスを相手に勝てるか否かに尽きる。こちらはタダでさえ二か国を相手にしているんだぞ?」
これがエクウス族単体であったなら悩むまでもなくムツィオを王にしてやるんだがな。
「レドゥスは首都を攻め滅ぼしたに過ぎない。エクウス族は各地に散っている。メチルが死んだ以上、次の族長は強い者だ。未だ多くのエクウス族はそれを計りかねている。だからレドゥスが動かせるのは多くて三千」
「騎兵三千は油断出来ない数ではないか? それに騎兵相手に歩兵で攻めても勝てない」
「俺を殺さん限り、奴はエクウス族をまとめられない。俺が戦場まで顔を出せばあいつは確実に下りてくる。ロサイス王の国に引き込めば、いくら騎兵と言えでも逃げ道は無い」
つまり俺の国を戦場にする必要があるということか。
正直、爆槍が有れば十分勝てると思うし、俺はこいつを支持しても良いと思っている。
だけど……
「ロサイス王様! 他国のために我が国を焦土にするのは賛成しかねます!!」
ライモンドが反対だと叫ぶ。それに同調するように豪族たち……エクウス族との領域に接している豪族たちが大きく頷く。
「ムツィオ。もう一押し必要だ。お前が王になったら国防に必要な最低限の数以外の騎兵を全て雇わせて貰う。無料でな。そして今後、我が国が兵を出すときは必ずそちらにも兵を出して貰う。そしてお前の頭に王冠を乗せるのは俺だ」
「つまり属国になれと?」
「友人に成るだけだ」
俺がそう答えると、ムツィオはニヤっと笑う。
「別に良いぜ。貢物は不必要なんだろ?」
「友人から貢物など貰わない」
俺がそう答えると、ムツィオは心臓に手を当てる。
「分かった。ムツィオ・エクウス・スルピキウスとエクウス族はロサイス王の国の永遠の友人となることを誓う」
これでよし。
俺は豪族たちを見回す。
表情から言って、賛成三割、反対五割、中立二割と言ったところか。
「諸君、確かに我が国がムツィオ殿のために血を流すのはおかしなことかもしれない。だが、レドゥスは卑怯な手段で家長である父とその後継者である兄を殺したのだ。これは許されることか?」
アデルニア半島では家長権が強い。またアデルニア人は家族を大切にする一族だ。
父親殺し、兄殺しほど悪い犯罪は無い。
「我々がレドゥスにムツィオ殿を引き渡すということは、卑怯者に膝を折るということだ。諸君はそれで良いのか? 卑怯者に頭を下げてまで、血を流したくないのか」
まずはアデルニア人の、豪族のプライドを刺激する。
その上で……
「今エクウス族を助ければ、エクウス族は我らを助けてくれる。その騎兵の強さは皆も良く知っていると思う。数千の騎兵だ。ベルベディルやエビルなどいとも容易く撃退できる」
リスクは大きい。だがリターンも大きい。
この包囲網を崩すには大きな賭けが必要だ。
「いいか、これはロゼルの姦計だ。ロゼルは我が国とエクウスの仲を裂くためにこのような手段に訴えたのだ。ロゼルは我が国とエクウスの連携を恐れている。このままムツィオ殿を見捨てればロゼルの思う壺だ。私はこの危機を乗り切るためにはエクウスの力が、ムツィオ殿の力が必要不可欠だと考えている」
俺はそう短く締めくくった。
さて、これ以上言うことは無いか。
「さて、決を採りたいと思う。あらかじめ言っておくが、私はこの決議がどのような結果に終わろうとも、豪族会議の結果を尊重しようと思う」
結果は……
賛成七割、反対三割。
こうしてエクウス族との開戦が決定した。
「問題はエクウスと戦っている間、どうやってエビル、ベルベディルを押しとどめるかだ」
エクウス族は三千。これを歩兵で仕留めるのだから最低でも同数は必要だ。
我が国が今すぐ動かせる兵は四千。エクウス族に三千を当てるとすると千になる。
千で一万を押しとどめるのは無理がある。
だから……
「工事を取りやめる。そして三千人に武器を持たせる。これでベルベディルとエビルに当てられる兵は四千になる」
四千なら一万を暫く押し止めるのは難しくない。
要塞と焦土戦術を組み合わせれば出来る。
それに加えて……
「イアルに連絡しろ。ゾルディアス王と交渉せよと。別にゾルディアスの軍は必要ない。だが交渉している間はエビルは後ろが怖くて下手に動けん。あとベルベディル王だが……レザドに救援を頼む」
高くつきそうだけどな。
はあ……
「王よ。レザドだけでなく、ゲヘナにも救援を頼むべきでは? あそこの僭主はテトラ様の祖父なのでしょう?」
「……そうだな。アブラアム殿にも救援を出そう」
あの糞爺を介入させるのは嫌だけどな。
四の五の言ってられない。
「では早速、使者を出す。紙を持ってこい!」
レザドとゲヘナの両国に援軍の要請を、そしてネメスに中立を願い出る親書を出した後、俺は兵士を集めるように命じた。
迅速に行動しなければエビルとベルベディルとエクウスが来てしまう。
「ロサイス王様、大変です!!」
兵士を集めるように命じたはずの豪族が涙目で叫んだ。
次は何だ……
「工事に従事していた者たちが兵役を拒否しました!!」
「はあああ!?」




