第百二話 鬼対蛇Ⅱ
今日は三話更新です
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「■■■■■■■!!!」
象は唸り声を上げて、連合軍に突進を開始した。
みるみるうちに象はその距離を近づけていく。
そして近づけば近づくほどその巨大さが理解できる。
「すげえ、でけえ……」
「あ、あんなの殺せんのかよ……」
産まれて初めて見る象にアデルニア人たちは圧倒されていく。
戦場の空気を象が支配する。
「狼狽えるな!! 所詮獣! 槍で突きさせば死ぬ!!」
「ですよね、隊長!!」
「流石隊長だ!!」
百人隊長は槍を振り上げ、象に突進していく。
しかしそれは少々無謀と言える。
象は時速四十キロで走ることが出来る。そしてこの象の体重は約十五トン。
その突進は人間が防げるようなものでは無い。
バキバキバキバキバキ
そんな音を立てながら百人隊長は踏みつぶされた。
後に残るのは赤い染み。
「な、何なんだ、この化け物は!!」
「ひいい、助けてくれ!!」
「ママー!!」
一瞬で前線の兵士たちは恐慌状態に陥る。
「死ねえええ」
「ははははは!!」
先程まで押し込まれていた戦闘奴隷たちも息を吹き返したように連合軍の兵士たちに襲い掛かる。
象により陣形が乱れた前線にはそれを止める力は無い。
「ヤバいな、このままだと崩れる……」
バルトロは遥か前方で暴れている化け物……象を見る。
当然バルトロは象など見たこと無いし、聞いたこともない。
当然対処法も分からない。だが……
「トニーノ将軍に連絡。全軍の指示は任せた。俺は前線を支えに行く!!」
バルトロは伝令にそう言うや否や、馬の腹を蹴り象に向かって行く。
そして大声で叫ぶ。
「落ち着け!! 正面から挑むな。側面と背後から攻撃せよ! 弓兵は象の上に乗っている奴らを射落とせ!」
バルトロが前線に出てきたことで、徐々に前線が持ち直し始めていく。
兵士たちは象に正面から挑まず、側面や背後から槍を何度も突き刺していく。
「■■■■■!!!」
一部の象は狂乱状態に陥った。
そして槍の雨から逃れるために、元来た道を引き返そうとする。
だが象使いはそれを許さない。
「潮時だな。許せよ」
象使いは象の急所に取り付けられている釘を鎚で強く叩く。
釘は象の急所に深々と突き刺さり、象は絶命する。
何頭かの象を倒したことで自信を付けた連合軍は再び士気を上げ、他の象へ次々と攻撃を仕掛ける。
再び戦況が連合軍に傾いていく……
「さあ、諸君! ついに出番だ。全軍、突撃開始!!」
クリュウは狗竜の腹を強く蹴る。狗竜は全速力で連合軍中央部に向かっていく。
クリュウ配下のガリア兵たちはその後に続く。
「死ねええええ!! はははははは!!!!」
クリュウは自分の身の丈程の大剣を振り回し、連合軍を吹き飛ばすように切り裂いてく。
ガリア兵たちもその後に続き、連合軍を食い破っていく。
もし、連合軍が健全な状態であったならばクリュウの突撃は失敗していただろう。
だが連合軍は五千の戦闘奴隷で疲弊し、さらに象で陣形を大きく崩された。
如何に巨大で強固な壁でも、ヒビを木槌で叩けば容易に崩れる。
それと同じだ。
クリュウ配下のロゼル軍は連合軍を押し込み、その身を徐々に貫いてく。
……だがそれを大人しくさせるほどバルトロも甘くない。
「第二陣! 出番だ。ロゼル軍を食い止めろ!!」
バルトロから全体の指揮を任されたトニーノ将軍の号令と共に、今まで温存されて居た精鋭部隊が姿を現す。
彼らはロサイス軍、ドモルガル軍双方から武力に長けた者だけを集めて結成された部隊。
対クリュウの切り札だ。
「ほう!! 元気じゃないか。これは厳しそうだ!!」
楽しそうに笑みを浮かべ、大剣を振り回すクリュウ。クリュウが大剣を振り回すと、人が吹き飛び、血の雨が降る。
クリュウはすでに血でずぶ濡れだ。勿論返り血。
とはいえ突出しているのはクリュウだけ。
精鋭一万と言えでも人間離れしている武力を持つのはクリュウだけで、他はタダの人間だ。
例え陣形が崩れた敵とはいえ、ここまで食い破るにも体力を消耗する。
そこへ体力を今まで温存させていた精鋭がぶつかったのだ。
ロゼル軍は一時的とはいえ、その足を止めた。
一度止まれば後は十分。
「さあ、敵は罠に掛かった。左右から押しつぶせ!!」
バルトロは崩れた前線を立て直しながら、ロゼル軍を押しつぶすように指示を送る。
刺し傷を塞ぐべく、周囲の肉が徐々にその穴を埋めていく……
そしてここで連合軍にとっての朗報、ロゼル軍にとっての凶報が届く。
「随分と戦場から離れてしまった……そして戻ってみれば……大ピンチじゃねえか」
連合軍騎兵が戦場に復帰した。
連合軍の騎兵は指示を待つまでもなく、ロゼル軍を背後から急襲する。
こうしてロゼル軍は前後左右を囲まれる形となった。
だが……
「ふふ、そうでなくてはな。さあ、ここからが本番だ。良いか! アデルニア兵を殺した数だけお前たちには土地と女をやる!! 略奪品も全てお前たちの物!! 敵大将カロンを殺した者は諸侯に封じてやる。もっとも、俺も狙っているから早いモノ勝ちだがな!!!」
クリュウは叫びながら大剣を振るう。
殺す、殺す、殺す。
血、血、血。
死、死、死。
クリュウは徐々に自分が作りだした血の匂いに酔い始める。
『狂闘の加護』が牙を剥き始める。
「ははははははは!!! 死ね死ね死ね!!!」
クリュウは狂ったように笑いながら、それでいて冷静な瞳で、連合軍兵士を次々と屠っていく。
少しづつ、連合軍の精鋭が押され始める。
そして狂気は『魅了の加護』を通じてロゼル軍に蔓延する。
「死ね死ね死ね!!」
「ひゃはははは!!」
「敵将の首は!!」
「俺のモノだ!!!」
ロゼル軍はその狂気に当てられ、勢いを一気に増す。
彼らは止まらない。止められない。その狂気は止まらない。
その狂気は彼らの体力を回復させ、剰え身体能力すらも一時的に上昇させる。
それは本当に僅かな上昇だが……一万が集まれば『小』も『大』となる。
ロゼル軍は連合軍の精鋭をついに食い破る。
そして一気にカルロの居る本陣に迫る。
これを見たトニーノは……
「負けだな」
冷静にそう判断した。
だが心の内は平静出ないのはその手を見れば分かる。
仇握り締められた拳。
爪が肉に食い込んで、血が流れている。
「伝令です!! バルトロ将軍より連絡。至急退却を進言する、とのことです」
「そうか、今は俺の方が上に成るんだったな。よし、迅速に撤退する。撤退開始!!」
こうして連合軍は撤退。
ロゼル軍の勝利に終わった。
連合軍の損害は死者三千。負傷者は四千。逃亡兵三千。騎兵の損害は二百。
ロゼル軍歩兵の損害は死者四千。しかし戦闘奴隷が大部分を占める。
虎の子の本隊は死者四百、負傷者五百。死者数の割に負傷者の数が少ないのは、『狂闘の加護』の影響の一つだ。
騎兵は約四百を失ったものの、六百が健在。
戦象は五十頭中、二十頭を失う。
つまり連合軍歩兵一万と騎兵千。合計一万一千。
ロゼル軍歩兵九千百と戦闘奴隷千と騎兵六百。合計一万七百と戦象三十頭。
両軍の損害は死傷者・逃亡者合わせて、一万四千六百。
その数字は合戦の激しさを物語っている……
「凄いです、クリュウ将軍!!」
アナベラは尊敬の瞳をクリュウに向ける。クリュウはガハハと笑ってから答える。
「当然よ。この俺を誰だと思っている? 世界一の名将、クリュウだ!!」
「まあ、こいつも負けたことはあるけどね。演説じゃあ大ぼら吹いて……」
麻里が肩を竦めて言った。
常勝無敗の将軍などそうそう居ない。普通は負けた、勝ったを繰り返して少しづつ名将になっていくものなのだ。
クリュウも同様である。
「ところでお一つ聞いて良いですか? 奴隷部隊は必要だったので? 最初から象さんをぶつければ良かったのでは?」
「ふふ、良い質問だ。ジングルベル君!」
「……アナベラです。というか『ベ』しか合ってませんよ……」
アナベラは眉を潜ませる。
が、そんなアナベラの表情は無視して、クリュウは説明を続ける。
「象には弱点がある。あいつは足が弱いのだ。それに方向転換も効かない。真っ直ぐしか進めない、非常に難点が多い兵器でな。統制が取れた軍と正面から当たれば失敗する恐れがある。生憎代えも効かない。だからまず戦闘奴隷を当てて、敵の陣形を崩したのだ。……敵の司令官は想像以上に優秀だった。初めから当てて居れば返り討ちに合った可能性もある」
実際、二十頭ほどの象を失ったのだ。次は通じないかもしれない。
「いやあ、でも象が敵を踏みつぶしていくのはやはり壮観だな。ガリアで初めてアレと出会った時は随分と度肝を抜いたものだが……」
元々ロゼル王国には象兵という兵科は無い。
あれは北方のガリア人の一部族が使用していた兵科なのだ。
それを打ち破り、支配下に置いたのだ。
ちなみに現在、その部族は象と象使いの供給を条件に高度な自治権を与えられている。
「さて、バルーン殿。お膳立てしてやったんだ。後はあなたの出番だぞ?」
「マーリンよ。了解。まあ、私は特にすることは無いんだけどね」
麻里はそう言いながら大急ぎで飛竜に乗り、空へ飛び立った。
「どうする? もう一度決戦するか」
「……無理だな。兵士が完全に呑まれちまってる。一先ずは籠城するしかあるまい。援軍を待つ。はあ……大口叩いちまってこのザマか」
バルトロはため息をついた。
そして酒を煽る。楽しいときは酒、辛いときも酒だ。酒はバルトロの血液である。
「クリュウの突撃力を見誤った。あと序盤の騎兵の離脱……もう少し早く騎兵が到着していればな」
「あと、爆槍が無かったのも痛いだろうな。あの槍なら毛むくじゃらを殺すのはそこまで大変でも無かっただろう」
バルトロとトニーノは反省会を開く。
人は失敗から学ぶ生き物だ。
今回は仕方が無い。次、必ず勝つために今は反省する。
「というか何だよ、あの毛むくじゃら。反則だろ」
「……それを言ったらあんたらの爆槍も反則だぞ」
戦争に卑怯も何も無いのは分かっているのだが、規格外な兵器を持ちだされると物申したくなるモノだ。
兎にも角にも対策、そして援軍要請。
「取り敢えず……士気を上げるために酒でも飲むか?」
「……それはあんたが飲みたいだけだろ」
トニーノは呆れ顔で言った。
「よし、勝ったぞ!! やった、ヤッター!! ありがとうございます、マーリン殿! クリュウ殿!」
アルドは大喜びで麻里とクリュウの手を握った。
つい前まで命の心配をしていたのが嘘のようだ。
今では後もう少しで一度は逃した王冠が手に入る。
アルドは上機嫌だ。
「良かったですね、アルド様」
アリスもアルドを祝福する。
アルドは上機嫌であるうちはアリスを殴らないから、アリスとしても喜ばしいことなのだ。
しかしアリスの予想とは違い、急にアルドは不機嫌そうな顔をした。
ツカツカとアリスに近づき、アリスの頬を殴り倒す。
アリスは派手に倒れ込む。受け身はバッチリだ。
「ドモルガル王様だろ?」
「はい、すみません。ドモルガル王様」
アリスがそう言い直すとアルドは上機嫌な顔に戻る。
「ではマーリン殿、クリュウ殿。私はこれで」
アルドはそう言って、退室する。
アリスはその後を小走りで付いていくが……
「待って」
麻里に呼び止められた。
「どうしてあんなのに仕えているの?」
「ん? 私は奴隷です。ならば主人に従うのは当然では?」
「でも殴られているでしょ」
「あれは私が悪かったからです。私が大人しくしている限りは殴られません。」
アリスは無表情で答える。麻里は困惑した表情を浮かべた。
今度はクリュウが問いかける。
「もし君にその気があるならば……ロゼルに来ないか? 百人隊長にはしてやれる。それ以降の出生は将としての実力が問われるが……少なくともアレに仕えているよりはマシだぞ」
「そんなことをしたら殴られます。痛いのは嫌です。私は逆らいません」
アリスはきっぱりと断る。
ロゼルに来れば殴られないと言っているのに、殴られるのが怖いからそちらには行けないと返答するアリス……
無茶苦茶だ。
本人はその矛盾に気付いていないことが恐ろしい。
「そう、変なこと聞いてごめんね」
「悪かったな。気が変わったら尋ねてくれ」
麻里とクリュウは口ぐちにそう言った。
アリスは静かに一礼して、その場を去る。
しばらくするとアルドのヒステリックな声が響き渡る。
今度は遅れたことに怒っているようだ。
「どう思う?」
「どうって……いくら強くてもあそこまで壊れたのはね……まあ、本人次第だろ」
麻里とクリュウは顔を見合わせて、深いため息をついた。




