27.呼び出し 2(クラウディオ視点)
「…そうですか。彼女は何と?」
「残念だけど断られてしまったわ」
断ってもらわなければ困る。
思わず安堵の息が漏れた。
「あの子なら王妃も務まると思うんだけど、あなたはどう思う?」
「…ええ。彼女なら、今から教育すれば十分すぎるほどに務まるでしょう」
王妃に薦めたくはないがマリアンナだったら務まると思ってしまう。
「そうでしょう?本当に勿体無いわ。
アレクシスの婚約者は断られてしまったけれど、『精霊の乙女』は国で保護すべきだと思うの」
「…彼女は精霊から祝福され、愛されています。
確かに貴重な人物で、他から害されないよう守るべきだとは思いますが…彼女がそれを望みません」
私の婚約者にと提案したいところだが、王太后様が兄上の婚約者にと考えているなら難しい。
兄上を助けるためとはいえマリアンナの事を王太后様に話したのは失敗だったか。
「あら、望まずとも、彼女は平民なのだから従わせたらいいでしょう?」
にこにこと微笑みながら、なんと傲慢なことを言う。
「…国賓として扱うのでしょう?ただの平民ではありませんよ。
それに彼女はマルグリットの弟子です。彼女がいる限り、守られていますよ」
「あなたもいるし?」
面白そうに笑っているのが気に食わない。
「…ええ。私にとっても可愛い子ですから、彼女が不幸になることは許せませんね」
「ふふふ…、それはどういう意味での『可愛い子』なの?」
「……」
苛つく。
「ふっ…あのねクラウディオ、ひとつ教えてあげる」
「何ですか?」
「彼女をアレクシスの婚約者にしようとしたのは本気ではなかったの」
…は?
「どういう事ですか?」
「マリーちゃんがどういう子なのか確かめたかっただけなのよ。
アレクシスを自分のものにしたい、王妃になりたい、それだけでこの話に飛びついてくるような子じゃないかって」
「…飛びついたらどうするおつもりだったのですか?」
「そうねえ。お飾りの王妃にでもなってもらったかしら」
マリアンナがそんなものになるわけがない。
「ところでクラウディオ」
「はい」
「王族として申し分ないくらいに成長したと思っていたけれど、マリーちゃんのことになるとまだまだね」
「…」
「婚約者のことを伝えただけで悲壮な顔つきになるんだもの。
これ以上揶揄うのが可哀想になってしまったじゃない。
…あら、そういう意味では顔に出るのも有効だったかしら」
「王太后様…」
頭痛がしてきた。
「まあ、そんな呼び方悲しいわ。
おばあさまでしょ?」
「…おばあさま、私を揶揄ったのですか?」
「うふふ、もう少し顔に出さないようにしないと足元を掬われるわよ」
「…気を付けます」
感情を隠せないほどには衝撃を受けたようだ。
「という訳で、マリーちゃんのことは本気なのね?」
「どういう訳ですか」
「あら、ただの妹のように可愛いだけではないんでしょう?」
本当にこの人は…
「アレクシスの婚約者が決まったら、次はあなたの番よ。
だから本気ならさっさとマリーちゃんに気持ちを伝えなさい。
相手は貴族じゃないんだから、突然婚約の申し込みって訳にはいかないんじゃないの?」
「分かっていますが、なかなか『兄さま』の立場から抜け出せないんですよ」
つい悩み相談のようになってしまった。
「そんなの気持ちを伝えて『意識してくれ』って言えばいいのよ」
「…そんなものですか?」
これまで女性と関わってこなかったツケが出ている。
正直に言って女性の感情の機微など分からないのだ。
「嫌いな相手や何とも思っていない相手から突然迫られたら嫌で恐ろしいだけだけど。
あなたはそうではないんでしょう?」
「…少なくとも、兄としては信頼されているし好かれているとは思います」
マリアンナに嫌われたり、怖がられたことは一度もないはずだ。
「だったら頑張りなさい。
失敗したら、失敗した時に考えればいいわ」
優雅に微笑んでいるのに、発言は男前だ。
この方の人となりについては少し誤解していたかもしれない。
「なぜ…なぜ、私の背中を押してくれるんですか?」
ただの『祖母』として接してくれる彼女に、聞いてみたくなった。
「…あなたは、生まれた時から色々な我慢を強いられたでしょう?
そしてこれからも、その金の瞳を持つ限り王族から逃れられない。
愛した女性が兄のものになり、それを生涯傍で見続けなければならない上に自分は別の女性と子を生さねばならないなんて、生き地獄だわ」
…想像しただけで気が狂いそうだ。
「だからね、『おばあちゃん』としては、苦しんできた孫が好きな人と一緒になる幸せくらいは掴んでほしいのよ」
「おばあさま…」
「政略結婚が当たり前とされるわたくしたちだから、大きい声では言えないけれどね」
それはそうだ。
兄上やソフィアは政略結婚を強いられるだろう。
そんな中、私だけというのは角が立つ。
「アレクシスは条件に合うなら誰でもという感じだからいいんだけど…」
兄上には、結局自身が魅了にかかっていたことは伝えていない。
愛した人が失われた喪失感が兄上の中でどう処理されたのかは分からないが、ずっと亡くなった婚約者を想っていたのだ。
彼女でなければもう誰でもいい、となるかもしれない。
「とにかく、誰にも悟られないように行動するのは難しいと思うけれど頑張りなさい。
アレクシスの婚約者が決まるまでしばらく時間がかかりそうだから、少しは余裕があるでしょう」
「…兄上の婚約者の選定は難航しているんですか?」
「そうなの。高学年の目ぼしいお嬢様方は既に婚約者が決まっているのよ。
教育も考えると低学年から選んだほうがいいのでしょうけど、今度は家柄が問題になってね」
私は特別として、兄上は幼い頃に婚約した。
王子の相手が決定してしまったのだから、同年代のご令嬢は別の相手と婚約を結んだのだろう。
そして家柄の良い公爵家や侯爵家のご令嬢は、将来性のない第2王子妃に指名されないように早めに婚約者を決めたに違いない。
「伯爵家で何人か、といったところかしら」
「…少ないですね」
何だか申し訳ないような気分になる。
「そうなの。アレクシスの意向も取り入れるとして、もう少し時間がかかりそうね」
「よろしくお願いします」
兄上の婚約が確定し私の婚約者の選定が始まるまでに、マリアンナに気持ちを伝え説得しなければならない。
最終目標はできるだけ反発なくマリアンナと婚約すること。
王太后様が味方についてくれたのは僥倖だが、油断はならない。
慎重に行動しなければ。




