7.第2王子
今、私は非常に混乱している。
シロに案内されていい感じの癒し空間に来たはず。
なぜ王子に口を塞がれているのか。
しかも驚いて後ろに仰け反ったため、勢いがついて危うく芝生に頭をつくところだった。
混乱すると冷静になろうとするのか、マリアンナは思わず上げた叫び声を一瞬の間に飲み込んでいた。
王子がマリアンナに触れていたのはほんの一瞬で、すごい勢いで飛び退いた。
「す、すまない!咄嗟に触れてしまった。
えーと、怖がらないでくれるといいんだが…」
いい人か!
マリアンナが体を起こすと、王子は手助けしようとしたのか一瞬手を伸ばし、すぐに止まった。
怖がらせていた場合の事を考えているのだろう。
「大丈夫です。
…お休み中のところ申し訳ありません、王子殿下」
マリアンナは内心冷や汗をかいていたのだが、謝罪して即座に退散してしまおうと立ち上がって制服を浄化し淑女の礼をとった。
シロに話しかけていたのを聞かれてしまっただろうか。
傍から見れば独りで会話している変なやつではないか。
「いや…私の方こそ驚かせてしまった。
それより聞きたいことがある。座って」
王子は芝生の上にハンカチを広げ、その前に直に座り込んだ。
「いえ、そのような畏れ多いこと…」
「いいから」
ハンカチを指さされ、マリアンナは渋々そこに座る。
「知っていると思うが、私はこの国の第2王子だ」
「存じております」
「君は1年生か…名前は?」
「マリアンナと申します」
「…私の名は知っているだろうか」
マリアンナは芝生に固定していた目線を黙って見ていたシロに向けた。
…何だっけ??
心の声よ届け、と念じる。
『クラウディオ』
「クラウディオ様…です」
でかしたシロ、と心の中で褒めながら答えた。
「…その動物に聞いたのか?」
クラウディオがシロを指差した。
「えっ!?」
マリアンナは驚愕のあまり顔を上げてクラウディオの目をまじまじと見てしまう。
「で、殿下は……見えてらっしゃるのですか?」
「ああ」
「う、嘘…シロ、殿下は見えてないって言ってたじゃない!」
『何年前の話だ』
「いやいや教えてよ」
『他で見聞きしたことを話すなと言ったのはマリーだ』
「ああああ、そうだった」
「…君は見える上に会話までできるんだな」
「はっ」
『王子は見えるだけで私の言葉は聞こえない』
クラウディオからの訝しげな視線に耐えられず、マリアンナは頭を抱えた。
「殿下…どうかこのことはご内密に」
こうなったらお願いするしかない。
「分かっている。今まで私も自分にしか見えない存在だと思っていた。
他の者は認識できないのだし、誰にも言うつもりはない」
マリアンナはほっと溜息をついた。
「だが、明日も同じ時間にここに来てくれないか。
色々聞きたいことがあるんだが今日は時間がない」
嫌です。
…と言えたらどれだけいいか。
「本来なら、こんなところで女性と2人きりで密会など褒められたものではないが仕方がない。
面倒だが、誰にも見られないように頼む」
『私がいるから2人きりではない』
「いや、シロがいても他の人から見えないから」
マリアンナは思わずシロに突っ込んでしまう。
「何だって?」
「あ、いえ。シロが…この子が自分がいるから2人きりではないと言うので」
「…シロというのはこの子の名前なのか?」
「はい」
「そうか…シロ、すまないがよろしく頼む」
クラウディオがシロの頭をそっと撫でる。
気持ちよさそうに撫でられるシロと、クラウディオの優し気な視線にマリアンナは目を瞬いた。
こんなにシロが馴れているとは思っていなかった。
『この場所にはお前たち以外誰も来られないように結界をはっておいてやろう』
「他の人がここに入れないように結界をはってくれるそうです」
「そんなことが出来るのか」
「では…今日はこれで失礼いたします」
時間がないようだから、さっさと帰ってしまおうとマリアンナは立ち上がる。
「ハンカチありがとうございました」
国の紋章が刺繍されている高そうなハンカチだ。
マリアンナは浄化すると綺麗に折りたたんだ。
「…洗ってお返しした方が」
「いや、そのままでいい」
ではお言葉に甘えて、とマリアンナはハンカチをクラウディオに渡す。
「そうだ。ここで私に会ったこと、話したことは誰にも言わないでもらえるだろうか」
この人は王子なのに、先ほどから全然命令をしない。
とは言っても頼み事でも王子の口から出れば命令みたいなものだが。
「それから…こんなことを言っては何だが、また君に話を聞きたいというのは決して君個人に興味があるからではない。
その…シロについて聞きたいだけだから誤解のないように」
王子というのも大変だ。
きちんと釘を刺しておかないと誤解して舞い上がるご令嬢もいるのだろう。
「もちろん承知しております。ご心配には及びません」
マリアンナはそれでは今度こそ失礼いたします、と礼をしてクラウディオに背を向けた。
そのまま屈んで入ってきた枝の隙間に体を埋めようとする。
背後で「くっ」と何かに耐えるような声が聞こえて振り返ると、クラウディオが口元を押さえていた。
「…?」
「そのような所から出て行かなくても人が通れる道がある」
クラウディオが指さした先を見ると、確かに細い通り道があった。
「シロぉ…!」
『いや、いつもさっと飛んでくるからな…』
「それから、ずっと頭に葉っぱが乗っている」
クラウディオがマリアンナの頭頂部にずっとついていた葉をつまんだ。
あまりの恥ずかしさで、マリアンナの顔がかあっと熱くなる。
「あ、ありがとうございます!失礼いたします!」
居た堪れなくなって、マリアンナは小道に入ると一気に走り去った。
「もう!シロったら教えてよ!」
『それどころじゃなかっただろ』
「頭に葉っぱをつけたまま大真面目に淑女の礼なんて!恥ずかしいいいいい!」
癒されに行ったはずが、どっと疲れた。
後に残ったクラウディオは、完璧な淑女の礼をした少女が屈んで這って出て行こうとした姿に噴き出しそうになるのを必死で堪えていた。
ずっと頭に葉っぱを乗せていたことを恥じて真っ赤になったのも可愛かった。
「……可愛い?何を考えているんだ私は」
自分しか見えないと思っていたあの動物を認識し、言葉まで理解する少女。
今のところどちらかというと警戒対象だ。
しかし今は急いで帰らなければ。
クラウディオは帰りは自室に向かって転移した。




