21.エクヴァル王国
「はい、今日はこの本はどうかしら。前に少しだけ話したことがある建国のお話よ」
基本の文字はマスターし、数字も覚えた。
他の勉強はまだ早いのではないかと結論づけられ、マリアンナは最近子ども向けの物語などを読むようになっていた。
新しい言葉も覚えられて良い。
マルグリットから渡された本は『エクヴァル』という題名だった。
「ありがとうございます」
マリアンナは早速椅子に座って表紙を開いた。
『むかしむかしのお話です。
あるところに、無実の罪で国を追われた青年がおりました。
怪我を負い逃げる途中、深い森に迷い込んでしまいました。
森をさまよっていると、一匹の小さな獣が倒れていました。
心優しい青年が食べ物を与えると、獣はみるみる元気になりました。
獣は言葉を話し、青年にお礼がしたいと言いました。
実は自分は精霊だというのです。
青年は追われた国の王子でした。
王位を争って負けてしまったのです。
城に残してきた部下のことだけが心残りでしたが、王子が国を追われてしまったのでもう無事ではないでしょう。
それを聞いた精霊は、国の様子を見に行きました。
するとなんということでしょう、精霊を危機に追い込んだ悪いものが王をあやつり、国は潰れかけていました。
青年を追い出した兄王子もまたあやつられていたのです。
精霊は、ずっと青年のそばに仕えさせてくれるなら、国を助ける力を与えようと青年に言いました。
国民を見捨てることができなかった青年はそれを受け入れ、精霊の加護を得たのです。
加護の印として金の目を得た青年は、膨大な魔力を手に入れました。
強大な魔法を駆使し、腐りきった王と王子を倒した青年は、その国の歴史を終わらせ、新しい国を興しました。
それがエクヴァル王国のはじまりです。
王となった青年のそばには、小さな獣がいつも付き従っていたと言われています。』
子ども向けの本のためとても簡潔だった。
「エクヴァル…」
「ええ、この国はエクヴァルというのよ」
マリアンナの呟きをマルグリットが拾った。
「そうなんですね」
「私たちが住んでいるのはエクヴァルの王都なの」
「お城もあるんですか?」
絶対に庶民が行くところではないだろうけど、どんな感じなんだろう。
「ええ、もちろん!この辺りからは周りを囲う壁しか見られないけど」
「残念です」
マリアンナは本の内容でもう一つ気になることがあった。
「ねえ先生、精霊っているのですか?」
以前マルグリットの話で聞いた際は、魔法が存在するのだから精霊も普通にいるのだろうと思っていたが、マリアンナはこれまで一度も目にしたことがなかった。
「いいえ、見たことがある人はいないと思うわ」
マリアンナは首を傾げた。
「国ができた時はいたのに、いなくなったんでしょうか」
マリアンナは閉じた本の表紙に目をやった。
錫杖のようなものの両脇にライオンのような動物が向かい合うように座っていて、それを囲うように草が描かれている。
「歴史家によると、当時討たれた王を操っていた悪いものというのは『信仰』だと考えられているの。
王と兄王子を意のままに操り、私腹を肥やしていた神殿が存在していて、弟王子は非常に優秀だったため、彼らの邪魔になり排除された。
『精霊』というのは神殿によって虐げられていた者たちの総称で、弟王子に協力した民衆のことであり、彼らが一丸となって王と神殿を斃した」
「へえ…」
何か色々と血生臭いお話を綺麗に見せるために、誰かがそれらしい話を作ったのだろうか。
精霊がいないと聞いて、少し期待していたマリアンナはがっくりと首を垂れた。
「あ、でも金の目は?精霊の加護なのでは?」
「それも、実は最初から金の目だったと考えられているの。
建国直後は多少なりとも国は荒れるでしょうから、王を特別視させるために精霊の加護を得た者なのだと伝えた」
「それなら、他に金の目の者がいたのでは?王さまや、王妃さまから受け継いでないのでしょうか」
目の色は普通どちらかの親から受け継ぐのだからそうでないとおかしい。
「それが、弟王子の出自がはっきりしないのよね」
「えっ」
「どうも養子らしいのだけど、当時の書物が内戦でほとんど失われているからほとんど分からないのよ」
それは残念だ。
マリアンナは本のページをペラペラと開いて読み返した。
「言葉を話す、小さな獣…」
…?
何かが引っかかる。
何か忘れているような気がするけど、それが何かわからないような、モヤモヤした感じ。
「さ、今日はここまでにしましょう」
「あ、はい」
マリアンナの思考はそこでストップしてしまった。




