18.戸惑い(クラウディオ視点)
「ディオ、午前中エドガーを借りても良いかしら」
朝食後、ドロテーア改めマルグリットに話しかけられた。
彼女の呼び名にまだ慣れないので、自然に呼びかけられないのが少し困る。
「ああ、かまわない」
「では今日は午前中マリオと2人で図書室でお勉強していてもらえるかしら。
疲れたら適当に休憩してね」
マルグリットも最近は私に対しても気安い口調で話すようになった。
「わかった」
「マリオもディオと2人でお留守番お願いね」
「はい」
マルグリットとエドガーは支度をして裏の家の方から出て行った。
マリオはここはどこだと言っていたが、裏の家は国が管理する王立公園内の立ち入り禁止区域にある。
私を世話した報酬に貰ったらしい。
離宮からは離れていると聞いた。どちらも外から入り込もうとしても、許可がないものであれば森を彷徨うことになる。
「兄さま、手紙を書いてもいいですか」
マリオが図書室にレターセットを持ってきた。
「ああ、もちろん。字を書くことも勉強のうちだ」
にこ、と笑ったマリオの頭を撫でる。
初めてマリオに触れてから、こうして気安く手が伸びるようになった。
城で生活していたころは近くに私がいるだけでびくびくと恐れられるものだから、人の温もりなどとうに忘れていたというのに。
ここでの生活に子どもが一人加わると聞いたのはこちらに来てからだ。
聞けば少年であるというし、正直どうでも良かった。どうせ私を恐れて近寄りもしないだろうと思ったからだ。
それなのにどうだろう。マリオはそんな事を気にしていた自分が馬鹿らしくなるほどすぐに懐に入り込んできた。
人の温もりというものを思い出させてくれたこの子がとても可愛い。
ただの『ディオ』を、兄さまと慕ってくれる。気づけば本当の弟のように大切な存在になっていた。
「兄さま、どうですか?うまく書けていますか?」
マリオが書いた手紙を渡してきた。
「読んでもいいのか」
「はい」
視線を手紙に移す。
とうさま、かあさま
おげんきですか。
わたしはまいにちまほうのべんきょうがたのしいです。
すごくじょうずになっているのであんしんしてください。
マリオ
「うん、上手に書けている。字も綺麗だな」
そう評価すると、マリオはすごく嬉しそうに笑った。
マリオはとても勤勉だ。
私も離宮で生活していたから友もなく、やることといえば本を読むか勉強かくらいだったが、3歳の頃にこのように勉強ばかりしていただろうか。
魔法の才能だけでなく、座学のほうも優秀だ。
基本の文字はあっという間に覚えてしまい、本を読みたがるのでこっそり離宮から子ども用の本を持ってきてやった。
それを与えていればいつの間にか読んで次の本を選んで読んでいる。
そのうち話すことも上手になっていた。
「マリオはこんなに熱心に勉強して、将来の目標があるのか?」
「はい!一人で困らないように生きていくために勉強するのです」
思ってもみなかった答えに驚愕した。
「一人で…?」
「はい、家庭を持つつもりはないので」
「何故だ?まだ未来のことは分からないではないか」
まだ3つの子がそのように将来を決めているなど普通ではない。
「えっと、詳しくは言えないのですが、私は子を…作ることができない体なのです」
頭を殴られたような衝撃を受けた。
一体この小さな子に何があったというのだ?
「だから、今から出来るだけ勉強しておきたいのです。
まだ何の仕事につくか決めてはいないので、選べる道を増やしたい」
まっすぐこちらを見る目には力があった。
眩しかった。
「私は…マリオと逆だ」
その目を見ていられなくなって、思わず自分の話をしてしまう。
「逆?」
「私は将来、嫌でも結婚して子をなす事を求められている。
好きでもない女と一緒になり、私のような愛されない子ができるかと思うと反吐がでそうになる」
子を作ることができないというマリオに言うことはできなかったが、少し羨ましいと考えてしまった。
そんな自分にも嫌気がさす。
「兄さまは、女の人が嫌いなのですか?」
「そういう訳ではないが…警戒はする。どこかの貴族が子どものころから慣れさせておこうと近づけている娘かもしれん、とな」
するとマリオは複雑そうな表情になった。
「でも、結婚する方を好きになるかもしれませんよ?」
「どうせ政略結婚だ。可能性としては低い」
「なら好きになった人と結婚すればよいのでは」
「そうもいかん」
「嫌な結婚はするのだから、相手くらい選ばせろと希望を伝えるだけですよ」
絶句してしまった。そんなこと考えたこともなかった。
「そのような希望が通るとは思えない」
「通らなくても良いから言ってみるだけです」
「……」
とても簡単なことのように言うマリオに、何も言えなくなった。




