36.精霊の乙女 2
宰相から箱を受け取り、その上部に刻まれた言葉を実際目にして思わず顔がほころんだ。
シロが前もって宝物庫に忍び込み確認してきた文字を紙に写してもらったのだが、猫が両腕でペンを挟んで書いた文字は何とも表現しがたい字だった。
少し不安だったが、実際の文字を見て安心した。
そこには日本語で『ひらけごま』と書かれていた。
子どもが書いたような乱れた字だ。
『箱に魔力を流しながら合言葉を唱えるんだ』
その言葉に頷き、魔力を流す。
刻まれた文字が金色に光り始めた。
「《ひらけごま!》」
久しぶりに発した日本語に、少し声が上ずる。
次の瞬間、箱の上部4分の1ほどの場所に金色に輝く筋が入った。
オルゴールの蓋が開くように、自然に蓋が持ち上がる。
「わあ」
深紅に金糸が施されたベルベットのようなリボンが入っていた。
その結び目の部分には金色の魔石が飾られている。
はっきりとは分からないがクラウディオの魔力の色のようだった。
500年前の物とは思えないほど状態が良い。
まるでたった今保管したばかりのように見える。
「本当に開いたぞ!素晴らしい!!
アイリス、中を見せてくれ!」
陛下が興奮している。
「はい」
リボンをそっと持ち上げると、後ろは輪っかになっていた。
結び目の裏辺りで留められるようになっている。
「…首輪?のようです」
『昔…飼い慣らされてなるものかと拒否したんだ』
シロの声が沈んでいる。
初代の王を思い出しているのだろうか、リボンを見る瞳が焦がれているようだった。
「陛下、精霊に、シロに着けてあげても構いませんか?」
思わず陛下に進言してしまう。
「精霊が望んでいるんだな?」
「はい」
陛下がクラウディオを見る。
「ええ。声は聞こえませんが、私にも精霊が望んでいるように見えます」
クラウディオは今は姿だけ見える設定だ。
「よし、許可しよう。
できればその箱だけは引き続き保管したいが」
『箱はいらん。勝手にしろ』
さすがにそのまま伝えることができず、マリアンナは箱を宰相に手渡した。
「こちらはどうぞ」
床に降りたシロの前にしゃがみ込む。
令嬢としてはしたないかもしれないが、良い高さの台などない。
さっさと着けろと言わんばかりに首を上げるシロに、リボンの輪っかを回した。
前の留め具を引っかける。
首回りは丁度良かった。
「可愛い。とっても似合うわ!」
「ああ、よく似合っているな」
『ふん、昔は黒かったから今よりもっと似合ってたかもな』
シロが照れているのが分かって思わず笑ってしまった。
「消えてしまった。精霊が身に着けたのか?」
今まで黙って見守っていたアレクシスがマリアンナに問いかけた。
「はい、王太子殿下。
精霊が身に着けたものは他の者の目には映らなくなるようです」
「私にはそこで首輪を着けて嬉しそうにしている精霊が見えます」
『うるさい、嬉しそうになどしていない』
シロが可愛い。
「皆の者!今我々は確かに奇跡をこの目にした」
陛下が一同に向けて声を上げる。
「精霊に愛されたこの娘は国賓に相応しいと考えるが異論はあるか!」
ちょっとした騒ぎになったが、異議を唱える者はいなかった。
「ならばアイリスには『精霊の乙女』の称号を与え国賓とする。
その身は王太后預かりとし、保護のため生活、教育はすべて王宮にて行うこととする。
またこの者について余計な詮索は無用。精霊の恨みを買いたくなければ関わらないのが身のためだ」
『罰を与えるような力はないぞ』
言うだけなら無料というやつだ。
「そして保護を確固たるものとするため、王子クラウディオと『精霊の乙女』アイリスを婚約させる!」
陛下は分かる者には分かる笑みを浮かべた。
このような重要人物は早々に取り込んでおかなければ、と考えているような顔だ。
クラウディオから望んだ婚約という形ではなく、私の命令ということにしようと言ったのは陛下だった。
『若造なのに一国の王になるだけあってなかなかの役者だな、あいつ』
わ、若造!!やめていただきたい。
シロの言葉に反応しそうになるのを俯いて何とか堪える。
陛下の宣言に、謁見の間が歓声に沸いた。
「良いな、クラウディオ、アイリス」
「はい、大変光栄です」
「…よろしくお願いいたします」
何とか笑顔を浮かべたが、少し表情が硬くなってしまったかもしれない。
そんなマリアンナの様子を、アレクシスがじっと見ていた。




