美雪との思い出
家に帰ってからは部屋でさっきのことを思い出していた。
美雪が晴子の正体を疑ってくるとは思わなかった。付き合いが長いだけあって鋭い。
さすが幼馴染だ。
美雪とは長い付き合いになる。初めて知り合ったのは小学生の時だ。
当時の美雪とは最初から仲が良かったわけではない。とあるキッカケがあったのだ。
昔から美雪は静かな性格をしていた。口数も少なく、休み時間では一人で大人しく本を読んでいるような子だった。
そんな性格をしていたからか、イジメの対象になりやすかった。
そんで俺がイジメている連中から守ったことがあった。それがキッカケで美雪とは仲良くなったんだよな。
美雪が俺の事を『はるくん』と呼ぶようになったのはこの頃からだな。
確か俺の名前の読み方が分からなかったらしい。
だからこんな事を言ってきた。
『でくぼ……はるひくん……?』
出久保までは合っていたが、下の『春日』を『はるひ』と読んでしまったのだ。
『いやいや。これは〝かすが〟って読むんだよ』
『そ、そうなの……? あぅ……』
その時に顔を赤くしていった美雪も可愛かった。
しかしかなり恥ずかしかったのか、何故かムキになってきたのだ。
『こ、こんなの分からないもん……』
『まぁはるひでも合ってるんだけどな。俺の名前がかすがって名前になってるだけで……』
『……! やっぱり……合ってるじゃん……!』
『でも俺を呼ぶときは、はるひなんてやめてくれよな? 別人になっちゃうもんな!』
『むぅ……』
美雪は不満そうだったのか、とんでもないこと言い出してきた。
『じゃあ……〝はるくん〟って呼ぶもん!』
『は、はるくん!? なんだそりゃ……』
『だって……かすがなんて読めないし、はるひでもないし、紛らわしいもん! だから……これからは……はるくんって呼ぶ!』
『はるくんって……まさか『春』の部分だけをよんだのか!? そんで『春君』だから『はるくん』なのか!?』
『そうだもん!』
『意味わからん……』
ということがあって以来、俺の事をはるくんと呼ぶようになった。
何で頑なに〝はるくん〟にしたかったのが今でも分からん。まぁ小学生なんてそんなもんだろう。
俺としても別に悪い気はしなかったし、美雪も慣れてきたのかずっとはるくんと呼んでいる。
家も近かったこともあってか、どんどん親しくなっていった。
このまま行けば恋人同士になれるかも……なんて考えていた。
高校にあがる時には……いや、中学になったら告白してみよう。
そんなこと思っていた矢先のことだった。
母さんが入院したのだ。
それからはよく覚えていない。母さんが入院している病院に必死に通い詰めた記憶ぐらいしかない。
そして母さんが帰らぬ人になったその後は……不登校になった。
卒業まであと少しというタイミングで母さんが居なくなったんだ。もう何もかもやる気をなくしていた。学校なんて行くような気分にはなれなかった。
人生に絶望していて死んでしまおうかと思っていた。
そうしたら母さんに会えるかもしれない。そんな馬鹿な事を考えていた。
そんな時だった。
美雪が俺の家にやってきたのだ。
玄関のドアを開けると、そこには美雪が悲しそうな表情で立っていたんだ。
そして美雪はこう言ってきた。
『はるくん……何で学校こないの……?』
本気で心配そうにしていたのを覚えている。
しかし当時の俺はそんなこと気にする余裕が無かった。
だからつい冷たい対応をしてしまった。
『美雪には関係無いだろ……』
『どうして……そんなこと言うの……?』
あの時の美雪は泣きそうなほど悲しそうにしていたっけか。
当時の自分を殴ってやりたい気分だ。
『学校こないと……卒業できないよ……?』
『…………じゃあ要らない』
『え……?』
『卒業とか……要らない。別にしなくてもいいし……』
『……ッ!!』
その時は美雪はかなりショックだっただろうな。だって俺と一緒に卒業式に出るのを楽しみにしていたしな。
だが当時の俺は自暴自棄になっていてどうでもよくなっていた。
『分かったんなら早く帰れよ……。もう来なくていいから……』
『………………』
『……? 美雪? そんな所で立っていたらドアを閉められないんだけど……』
美雪はしばらく黙ったまま玄関で立ち止まっていた。
そして顔を上げてから、珍しく大声でこう言ってきたんだ。
『私と……私と一緒に卒業するって言ったじゃん!』
『それは……そうだけど……』
『何でやめちゃうの!? このままだとずっと小学生のまま……だよ!? 一緒に同じ中学に入ることも決って……嬉しかったんだよ!?』
『もう……どうでもいい……』
『何でそんなこと言うの!? はるくんらしくないよ……!』
ここまで大声を出す美雪はかなり珍しかった。というかほぼ初めてだったような気がする。
それだけ俺の事を心配してくれていたんだろう。
しかし当時の俺はそんなことも気づかずに冷たく接してしまった。
『もう……帰ってくれよ! 美雪には関係ないって言っただろ!』
『だからどうしてそんなこと言うの!? はるくんのお母さんだって楽しみにしていたじゃん! 天国から見守ってくれているかもしれないし――』
『うるせぇな!! その母さんがもう居ねぇんだよ!! 卒業を楽しみにしてくれていた母さんはもうどこにも居ないんだよ!! だからそんな必要も無いんだよ!! もう放っといてくれよ!!』
『……ッ!!』
美雪とここまで言い争ったのは初めてだった。今まで口喧嘩なんてしたことが無かったしな。そもそもそんな声を荒げるような性格じゃないし。
そんな珍しい出来事だったからこの時のことはよく覚えている。
そして美雪が言い放ったこの言葉も――
『だったら……私が……私が代わりになる!』
『……は? どういう……』
『私が……はるくんのお母さんになってあげる!!』
『へ!?』
……今にして思えばとんでもない問題発言である。
だけど当時の美雪は深く考えて居なかったんだろうな。俺を説得するために必死に考えた結果に出た言葉なんだろう。
『だから……学校に行こう? 私がお母さんの代わりになってあげるから……』
『美雪……』
『いつまでも落ち込んでばかりいたら……何もできないよ? お母さんが居なくなってはるくんが……寂しい思いをしてるのは分かるよ……。だったら少しでも寂しくないように……私がお母さんの代わりになる! だから元気出してよ……』
『…………』
冷静に考えたら言ってる事はメチャクチャだけど、当時の俺はそんな美雪の優しさがすごく嬉しかった。
それから美雪に抱きついて大泣きしたっけかな。母さんが死んでしまった時に涙なんて枯れるほど泣いたと思ったけど、この時は同じぐらい泣いたと思う。
これがキッカケとなって学校に行くようになり、無事に卒業することができたんだ。
だから今の俺が居るのは美雪のお陰なんだ。美雪が居てくれたからこそ立ち直ることができた。美雪には本当に感謝している。
そうだ。明日の学校の帰りにでもケーキでも買っていこう。美雪にプレゼントしたら喜ぶはずだ。
駅前にある美味しいケーキ屋があるんだけど、並ぶほどに人気なせいでなかなか買うことができない。
俺は並んでまで食いたいとは思わないが、美雪のためなら何時間でも並んでやるさ。美雪もあのケーキ屋は気に入ってたみたいだしな。
そうと決れば今日は早めに寝る事にしょう。




