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メイン攻略キャラだけど、ヒロインなんていりません!  作者: くもま
一章 向かう所敵なしのお子様、小学生篇
41/42

38.右腕達の憂鬱/瓜生凍一、榊原結、宝城院早子、武田風迦、片桐小十郎

 あけましておめでとうございます!!(七日になってないからセーフ!←)

 本年も作品ともども不肖くもまを宜しくお願い致します!


 そして新年初更新は28771字ですってよ。馬鹿じゃねーの!←

 短編五本ぶっこんだようなもんなので、お時間がある時にどうぞ……(こそこそ)

 瓜生うりゅう凍一とういちにとって“綾小路龍治”とは、「化け物」の一言で説明が終えてしまえる存在だった。

“あんなの”が同じ人間だなどとは到底思えない。アレを人間だと云うのは、酷い冒涜のように思えた。


(どうして、あんなのが生まれるんだ)


 遠目に眺める度に、口に出せない感想を胸中で吐き棄てていた。

 整い過ぎた繊細な美貌も、東洋人には有り得ない髪や目の色も、顔に浮かべられる完璧な微笑も。人形のようだ、などと到底云えない。神自らが丹精込めて仕上げた、“人間以上の何か”にしか見えなかった。

 だから凍一は、気味が悪くて仕方ないのだ。

 あんなモノが、人間に混じって人間のふりして生きているのだから。


(近寄るだけ損をするな、アレは)


 遠目に見てるだけでもじわじわダメージを受けるのだ。側に行くなど、正気の沙汰ではない。アレの側に侍りたい、少しでも近付きたいなどと思う輩は頭がおかしい。

 ――太陽を、裸眼で見続けるようなものだ。

 己の目を痛めるだけで太陽にはなんら変化を与えない、どうしようもない程無意味な行為である。だと云うのに、さらに近づこうと云うのだ。神話のイカロスでもあるまいし。莫迦バカらしいにも程があった。

 そう凍一は思っているのだが、周りの人々はそうではないらしく。率先して近付きたがる奴らばかりで、溜め息が止まらない。

 特に頭が痛いのは、現在もそして将来も右腕となって仕える事を決めている、南九条みなみくじょう葛定かつさだが、その莫迦な輩の一人であると云う事だった。



 葛定と凍一の出会いは、『瑛光学園』初等科へ入学する事が決まった日の事。父親に連れられて行った南九条家本宅の、妙に重苦しい居間である。

 初めて会った時に凍一は「偉そうな奴だな」と思い、葛定は「根暗そうな奴だな」と口に出した。

 厭な初対面である。

 第一印象は最悪であったが、相性はそう悪くはなかったようで。一緒に居るうちに嫌悪感は払拭され、気付けばまぁ友情のようなものも芽生えていた。

 とりあえず凍一は、葛定が悪辣な裏切り行為でもしない限りは、自分も決して裏切るまいと思うくらいには、この癖の強い“上司”を気に入っていた。

 だからこそ、頭が痛い。


(そもそも葛定は、面食いなのが良くない)


 性別関係なく、葛定は顔が整った相手へ好意を持つのだ。流石に生徒会の業務や家の手伝いなどでは能力も重視するが。基本的には顔だ。しかも本人は気付いていない。面食いであると云う自覚が無いのだ。

 一度その事について指摘したら、他意が一切ないきょとん顔を貰ってしまった。ある意味貴重な顔を見れて良かったかも知れないが、自覚無しの面食いとか手に余って仕方ない。

 自覚が無いから、綾小路龍治に対して「ガンガン行こうぜ」の一択になってしまうのだから。


(葛定にしてみれば、最高の遊び相手だ)


 出来の良すぎる年下に対して、お兄ちゃんぶりたいのもあるだろうか。とにかく構いたくて仕方ないのだ、アレに。

 しかしあんな化け物相手に、小動物を構いに行く様な心意気で突撃して欲しくない。「困った顔がいい」とか愉悦感丸出しの顔で云うな。頭を撫で回したいのを我慢でもしてるのか、手をわきわきさせる様は間違いなく不審者なのでよして欲しい。

 その度にぶん殴りたくなるのだが、三回のうち一度で我慢している自分は偉いなと、凍一は自画自賛気味に思うのだ。

 確かに見た目が良い事は認める。否定のしようがない。アレが美しくないと云う人間は、審美眼が狂ってるか、美の概念を母親の腹に置き忘れて来たかのどちらかだ。

 だから面食いの葛定が構いたいと思う事は、まぁ理解出来るのだが。アレは美しいだけの生き物ではないから、止して欲しいのだ。



 そう凍一は一人心配していたのだが、ついに葛定も痛い目に遭ったらしい。


 二月上旬の事であった。

 中等科の副会長めぎつねから、アレと北王子の次男坊が個人的な会談をすると云う情報を得た葛定ばかは、喜び勇んで首を突っ込みに行った。止めたのだが無駄だった。よろこびに目をギラギラさせているのを見て諦めた。あぁなってはもう何を云っても殴っても止まらん、と長年の付き合いで学習済みだったからだ。

 しかし結果から云えば、何をしてでも止めるべきだったかも知れない。

 意気揚々と出て行ったくせに、戻って来た時にはげんなりしていた。そんな萎れた姿で生徒会室に戻って来る生徒会長とか、珍しすぎる。生徒会室にて執務中であった凍一ら役員達は、驚きを持って葛定を迎えたのだった。


「どうした、葛定? 龍治様に会いに行ったのに、随分と萎れて」

「……」


 どこかフラフラした足取りで、執務用の席に着く。それから無言で、黒檀の重厚な机に懐いてしまった。

 何があった、何が。


「……た」

「何だって?」

「俺の龍治がグレたぁ……!」

「……」


 色々突っ込み所の多い言葉であったが、凍一はまず。


「……いつから龍治様はお前の物になったんだ?」


 一番大事な所に訂正を入れておいた。そら恐ろしい事を云わないで欲しい、この阿呆が。


 しょげている葛定から話を聞き出した所。

 アレが北王子雪乃介に、生徒会長の座を奪うと宣戦布告をしたと云う。それだけなら「あの日和見が動き出したか!」と葛定は喜んだはずだ。年齢差故に、決定的なライバルとなりえないのが葛定とアレの関係な訳で。葛定は傍観者的な役割に落ちつける立ち場にあったからだ。

 では何を嘆いているのかと云えば、本人曰く、アレがぐれたからだと。


「あんなドエス丸出しで笑う龍治なんか知らん……!」

「そりゃ四六時中一緒な訳ではなし。いつの間にか成長してるのが子供と云うものだろう?」

「成長の方向性が間違ってるだろぅがよぉ!」

「それこそ知らん」


 むしろ凍一にとっては、アレが今まで穏やかな日和見であった事の方が驚きであり解せない。

 五大財閥と一括りにされている五家ではあるが、総合力で見れば綾小路は頭一つ分以上飛び抜けている。家柄、財力、各界への影響力など各分野であれば肩を並べる事も出来る。しかし云ってしまえば各家一、二分野ぐらいしか対抗出来ないと云う事だ。

 全てにおいて日本トップクラスは綾小路家のみである。弱点らしい弱点も無い。凍一はアレを化け物だと云ったが、綾小路一族がそもそも物の怪のようなものだ。迂闊に近付くのは、人間が百鬼夜行に紛れ込むに等しいだろう。気を抜けば命がない。

 そんな連中と一部とは云え肩を並べてられるのだから、他の四家も充分妖怪じみているけれど。

 まぁ何が云いたいかと云うと。

 そんなとんでもない家の跡取り息子が、横暴に振る舞う事無く、他者の存在を思いやり、衝突を避ける自制心を持っていた事の方が可笑しかろう。有り得無くはないかも知れないが、あそこの両親は揃って我が子溺愛の親馬鹿だ。望めば何でも叶うと云う環境で育っておいて、あの在り方は不自然だと凍一は常々思っていたのだ。

 しかし現実として、その不自然な化け物は、それが当たり前だと云う顔をして生きている。だから気味が悪くて堪らない。


(……ようやく本性を出した、と云われた方が納得行くが)


 これまで大人しくしていたのに、突然の生徒会強奪宣言とは。

 北王子の次男坊がどんな立場に居るか知らぬアレではないだろうから、それすら解った上での事なのだろう。ならば、居眠りこいてだらだらしてたナーガが、ついに目を覚まして牙を剥いたと云う事だ。


(さて。うっかりであれワザとであれ、起こした勇者あほは誰だろうな)


 と、その時までは、凍一にとって他人事であったのだ。

 騒ぎになるのは初等科が中心。中等科もそこそこ荒れるだろう。しかし高等科では、多少浮足立つだろうが、深刻な影響は出ない。出ているのは絶賛へこんでいる高等科会長だけで、普段通り飴と鞭で復活を促せばいい事。

 初等科と高等科の間には、それなりに大きな隔たりがあるのだ。アレが中等科に上がる頃には、こちらも卒業しているのだから。深刻になる必要はない。



(――と、思っていた時期が、俺にもあった)


 若干遠い目をしつつ、凍一は思う。

 今、自分の手が行動を制するように、アレの肩を掴んでいるのだから。どうしようかと。

 手の平にすっぽり収まってしまうくらい、華奢な肩だ。子供だから当然なのだが、それに不自然さを感じてしまう。如何ともしがたい、複雑な感情が心を占めて行く。

 こんな、凍一ですら力を込めてしまえば砕けてしまいそうな肩に、どれほどの重責が乗っていると云うのか。

 しかもその重責を背負った化け物は、いかにも心配そうに葛定と綾小路ようの対立を見つめている。葛定の行動を止めようとでも思ったのか、口元が動いたので咄嗟に塞いでしまった。

 塞いでから、「やっちまった」と内心舌を打つ。


(分かりやすい行動しないでくれ。反応してしまうから)


 例え綾小路が凄まじかろうと、結局凍一は南九条かつさだ味方みうちだ。だから咄嗟の時には、葛定を助ける行動をしてしまう。今は葛定の邪魔をして欲しくないのだ。後が面倒なので。

 どうしようかなコレ、と思っていると、ブレザーの裾をくいくいと引っ張られた。割と強い力で引かれたので何事かとそちらを見ると、敵意――と云うか、警戒心丸出しの茶色の目とかち合った。


「龍治様に失礼な事しないで下さい」


 綾小路龍治の世話役である岡崎柾輝だった。

 ふわふわの栗色の髪の毛、丸っこい目、どこかお人好しな印象を与える顔の作り。何もかも主人とは正反対だが美少年には違いない。そんな子供が下から凍一を睨み上げていた。

 肩を掴み口を塞ぐと云う行為は、確かに失礼に当たると凍一も思う。しかしやってしまったモノは仕方ないと半ば開き直り、これ以上騒がれる前にと柾輝の口も封じる。これ以上騒がれて手間を増やされると手が足りないのだ。

 柾輝がじたばたともがくが、年齢差故に凍一が圧倒的に有利である。何より助かるのは、当の化け物が大人しくしてくれている事だが。

 正直、「放せ」と明確に態度で示されていたら、凍一とて解放しない訳には行かなかった。しかし困ったような顔で見上げてくるばかりで、手を引き剥がそうともしない。

 ――なんとも、気味が悪い事だ。


(行動は分かりやすいのに、内心が読めんな)


 先ほど口を開こうとしたのは、葛定の行動を止める為だろうと予測はつく。しかし“何故”葛定を止めようとしたのかまでは分からない。

 身内を慮ったか、葛定の横槍を厭うたか、それとも他に理由があるのか。善意からなのか悪意からなのかが分かり辛いのだ。


 そうこうしているうちに、葛定VS謡の勝負になっていない勝負は葛定に軍配が上がっていた。相手の立場を完全になくすと云う、中々にえぐいやり口だ。葛定らしいと云えばそれまでだが。

 綾小路龍治が、どこか胡乱な目で葛定を見ている。多分だが、龍治ひとのやり方を容赦ないと云っておきながら、徹底的にトドメを刺した葛定に対して、「場を治めたかったのか謡をフルボッコにしたかったのか、どっちだ」的な事を思っているのではないだろうか。なので一応、「どちらもだと思われる」と云う事を告げておいた。まぁ嘘なのだが。

 しかし云ってから、自分の予想が的外れだったら恥ずかしいなと思ったので、柾輝の頬をむにむにして遊ぶ事で気を紛らわす。敵対心剥き出しの猫のような目をして、じたばた暴れる様は年相応で微笑ましい。後、思ってたより頬が柔らかい。つきたての餅みたいだった。

 そうしてじゃれ合っているうちに、葛定達は話を付けたようだ。ならばこれ以上拘束している必要はなかろうと、彼らを解放する。驚いたようにこちらを見上げたので、精一杯笑みを作りながら頷くと、ホッと安堵したような顔をして伊達宗吾の方へと駆けて行った。


「あ……」


 柾輝が微かな声を出して追いかけようとしたので、襟首をつまんで止めた。ギッと睨み上げて来るのがまた面白くて頬を突いてからかうと、その手を叩き落される。意外と乱暴だった。


「何で邪魔ばかりするんですかっ」

「過保護も大概にしないといけませんと云う、老婆心からだ」

「僕のどこが過保護だと――」


 からかい混じりの真剣な忠告だったのだが、柾輝には上手く伝わらなかったようだ。また牙を剥き始めた柾輝に、さてどうしようかと思った所で。

 人を叩いた時に出る、乾いた音が響き渡った。

 驚いて音の方を見ると、有り得ない光景がそこにあった。――伊達宗吾が、綾小路龍治の頬を叩いていたのだ。

 そこここで悲鳴があがり、柾輝も憤怒に顔を歪めて飛び出そうとしたので、凍一は慌てて自分に比べて小さな体を抱え上げた。それこそ人慣れしてない野良猫のように暴れるものだから、難儀してしまう。


「は、放して下さい!」

「大人しくするならな」

「何でですか! 龍治様が!」

従者ぶかが野暮なマネをするもんじゃない」


 主の喧嘩に命令無く部下が加わるのは、宜しくない。特にアレや葛定のような立場に居る人間は、ただでさえ力が強いのだ。多勢に無勢を勝手に演出されると困る。

 度を越した力は暴力となり、暴力は弱者に傲慢を与える口実になる。だから凍一も、葛定がタイマンを張っている時には必要以上に手を出さないのだ。

 そう云う意味では、柾輝があの二人の間に割って入るのは大変宜しくない。どう足掻いたってアレが勝つのに、そこへさらに援軍が加わるとか最早イジメだろう。なので止めているのだが、当の柾輝はただ単純に「主が殴られた決して許さん」状態なので聞き分けてくれないのだった。


(もうちょい部下の教育しておけ)


 将来苦労するのは龍治だけではない。柾輝の同僚も余計な苦労をする事になる。部下の教育は上司の責任なのだから、今のうちに軌道修正しておいて欲しいものだ。小学生相手に酷な意見かも知れないが、将来綾小路と日本を背負って立つのだからその程度はしておいてくれと、身勝手ながら思うのだった。


(……まぁ。俺には直接関係ない話だけど)


 凍一には直接関係なくとも、影響は出る話だ。何せ自分の主の葛定が、アレを大層気に入っているのだから。

 今回なんて正直な所、場を手早く収めるだとか、謡に一杯喰わせるだとか、そう云う事はぶっちゃけたら建前だ。

 単純に、アレに良い所を見せに来ただけだ。頼りになるお兄ちゃんの印象を植え付けたくて、出るタイミングすら測っていた。物陰に隠れながら様子を窺っている様は、何があろうと他の人間に見せてはならないと凍一が強く思うくらい、情けなかった。あの時の自分は、苦虫を百単位噛み潰したような顔をしていた事だろう。なのに尻を蹴っ飛ばして乱入させなかったのだから、本当に自分は出来た従者ぶかだとまたもや自画自賛する。


 そうして凍一が割とどうでもいい事を考えているうちに、状況は進んで行く。

 伊達宗吾は走り去り、その後を彼の世話役が追って行く。外野は彼の暴挙に憤慨し、雪乃介らがそれを宥める。その隙に、葛定は良いとこ取りをしていた。


(あぁ云うのは、本当に上手いよな)


 隙に付け込むと云うか、油揚げを掻っ攫うと云うか、漁夫から利を得ると云うか。周りを違和感なく蹴り落として自分が高みに上がるのが、本当に上手いのだ。恨みも買うが、その分利益をばっちりと得る。才能の一つだろうかと思えてくるのが恐ろしい。

 現に葛定にとっつかまってるアレは、何やら神妙な顔をして話を聞いている。――あぁ云う所を見ると、年相応に見えなくもない。少しだけ、人間にも見える。


(でも化け物だ。アレは、化け物なんだ)


 目を細めて、思い出すのは。


 ――病床の祖父。

 うわ言の中、繰り返されていた名前。

 “絵画ソレ”があるだけで幸福だと云わんばかりの顔をしていた。


 雪花の亡霊に取り憑かれたあの祖父の姿を、凍一は未だに生々しく覚えている。



亡霊アナスタシアの、孫なのだから)


 祖父の二の舞にはなるまいと心に決めながら、目をそらせない時がある事を自覚して。

 瓜生凍一は、柾輝のふわふわした頭を撫で回したのだった。




 *** ***




 榊原さかきばらむすびは、婚約者である綾小路謡を本当に愛しく思っていた。

 どうもその愛は、上手く伝わらないようだけれど。



「あらまぁ、謡様。どうなさったの? 美味しそうな餌を横取りされた負け犬みたいな顔をしてますわ?」

「お前は本当に僕が嫌いだよな?!」


 心配して声をかけたのだが、返って来たのは涙目の暴言であった。嫌いだなんて、とんでもない誤解であり不名誉だ。こんなに愛していると云うのに。

 困って首を傾げると、謡は鼻から息をふんっと吹いてそっぽを向いてしまった。耳まで真っ赤で本当に可愛らしい。

 それにほんわかした気分になって「うふふ」と笑うと、謡の手が結の顎を掴んだ。文系らしい細くて骨ばった指の感触が気持ちよくて、さらに笑みを深めてしまう。


「謡様ったら大胆」

「もう黙ってろお前はっ!」


 怒鳴りながら結を解放した謡は、肩を怒らせて廊下を進んで行く。ぷりぷり怒る様も愛らしくて、ほう、と甘い溜め息を一つ。


「謡様、お可愛らしいですわ……」


 うっとりと自身の婚約者を見つめ、幸せな吐息を洩らす榊原家のご令嬢に対し。

 彼女と謡の取り巻き達は、「何でこんなにズレてるんだろう……悪い人達じゃないのに……」と心の中で呟くのであった。




 結と謡の婚約は、どこからどう見てもがっちりバッチリ政略的な物であった。

 五大財閥には及ばないものの、伝統も財力もある榊原家の末の娘と、傍系ではあるがその五大の筆頭に当たる綾小路家の子息が同い年であったならば話は早い。

 特に榊原家の現当主――結の父親はそれなりに野心を持っている。傍系でも構わないとばかりに他の家を押しのけて自分の娘を推す姿は、一族の中で結構な語り草であった。娘的には少し恥ずかしい。

 初めて会ったのは八つの頃だが――その時には既に婚約者同士の間柄で、周りの大人たちは「お似合いだ」「素晴らしい縁談だ」とここぞとばかりに持てはやす。結はもうその時、結婚したも同然のような気持ちだった。今目の前に居る見目麗しい少年は、自分の旦那様なのだと理解していた。

 だが、相手はそうではなかったようで。


「云っておくが。僕はお前なんて少しも好きじゃないからな。お祖父さまに云われたから仕方なくケッコンしてやるんだ。少しでもソソウをしたら、すぐリコンしてやるからかくごしておけ!」


 大人達に云われるまま、二人きりで遊ぶべく庭へ出た途端、謡は心底厭そうな顔をしてそう云った。

 その云い方と表情を見れば、いかに結が温室育ちのお嬢様とは云え、好かれてない――いや、いっそ嫌われている事を悟った。


(まだ何もしてないうちから、きらわれてしまいました……)


 しょんぼり項垂れる。そんな結に対して謡は遠慮も容赦もなく扱き下ろして来る。名前が変だとか――これは結構傷付いた。気にしていたのだ――、根暗そうだとか、家柄だけで取り柄がないだとか、まぁそう云う悪口のオンパレードだ。

 そうしてまた哀しい気持ちになってしまったが、ふと気付いた。

 謡は粗相をしたらすぐ離婚だと云った。つまり裏返せば――粗相をしなければ妻として認めてくれると云う事だ。離婚せず、ずっと側に置いてくれると云う事。

 そこに結は、天啓を得た。


(なるほど! これは、謡さまなりのプロポーズなのですね!)


 その時、結の思考回路を読める人が居たならば。その結論に盛大な突っ込みを入れていた事だろう。「んな訳あるか」、と。しかし結はその時謡と二人きりだった上に、そもそも人の心を読める人などいないので。

 ――彼女の思考はそこで固められてしまった。


(気に入らない相手でも、敬愛するおじいさまのご命令であればまっとうする……。しかもその相手に猶予すら与えて下さるだなんて……。すばらしいですわ謡さま! さすがわたくしの旦那さま!)


 そう結論付けてから、彼女は年を追うごとにズレて行った。

 しかも不幸な事に――幸せな事に?――結は中等科に入った際、外部入学の上特待生――いわゆる庶民の友人が出来てしまった。その友人に結は嬉々として謡の事を語ったのだが、結の語る謡の姿と現実の謡の姿には当然大幅なズレがある。首を傾げた友人であったが、その友人は真面目で真っ当だったので「普段私達に見せる姿と、婚約者に見せる姿は違うのかな?」と云う、至極当然の結論に落ち着いてしまい。

 そして、云ってはならない言葉を云ってしまった。


「そうなんだ。綾小路様って、ツンデレなのね」

「……つんでれ?」


 初めて聞く言葉に小首を傾げた結に、友人は軽く笑って云った。


「あ、お嬢様は知らないかー。あのね、本音と裏腹の行動を取るのを世間ではツンデレって云うの。例えると……そうだなぁ、相手の事が好きなのに「べ、別にあんたの事なんか好きじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!」って云ったり」

「まぁ!」


 友人の例え話に、結は口元を両手で隠して大いに驚いた。

 それにそっくりな言葉を、かつて謡に云われた事があるのだ。


 あれは初等科最後の、綾小路家主催のクリスマスパーティーの時。ダンスの相手にと誘われた際の事だ。

 その時謡はむすっと不機嫌な顔をしながらこう云っていた。


「お前が僕の婚約者だから、エスコートしてやるんだ。別にお前が好きな訳じゃないんだからな! 勘違いするなよ!」


 そのままである。驚くくらい、そのままであった。

 それを友人に説明すれば、彼女は感心したように腕を組んで頷いた。


「すごい。綾小路様ったらテンプレじゃない! 本当に居るのねそんな人!」

「そうなのです。謡様はすごい方なのですわ!」


 そう云ってきゃっきゃと喜んだ結であった。

 これぞ二度目の天啓である。


(謡様はつんでれなのですね! だからわたくしに冷たい事ばかり仰るのですわ!)


 重い黒髪は天然パーマが入っているので常にお下げにしているのだが、それを謡は「ださい」と云った。でも本当は気に入ってくれていたのだ。

 読書が常で視力が落ちてしまったので少しお洒落な眼鏡をしているのだが、それを謡はまた「ださい」と云った。しかし本当は気に入っているのだ。

 他にも大人しすぎる格好が厭だとか、丁寧過ぎる所が気に食わないとか、良い子ぶってて癇に障るとか云われたが、それも全て裏返し。良いと褒めていてくれていたのだ!


(わたくしを在りのまま受け入れて下さるだなんて……謡様はなんて素晴らしい方なのでしょう!)


 ――人間と云う生き物は。

 割とと云うか大分大幅に、世界を自分の都合よく捉える生き物だ。自身にとって都合の悪い事実には目が曇ったり、突然耳が遠くなったりする。外界との関税と云う名の脳みそは、そう云った事を至極当然とばかりに行うのだ。それが人間だ。

 つまり彼女は都合の悪い事全てに目と耳を塞ぎ、己にとって都合の良い事のみ夢想する愚か者だろうか――と云われれば、神が居たらこう云っただろう。「否」と。

 どう云う訳か、彼女は目も耳も塞いでいなければ曇ってもいない。

 ただ、ズレてしまっただけなのだ――。



 ――そうして、そのズレを抱えたまま、少女は成長して行く。成長に従って、ズレも大きくなって行く。

 そして、今の榊原結が形成された。


「謡様、お待ちになって。そんなに乱暴に歩いていたら、床が抜けますわ」

「抜ける訳あるか! 意味の分からない事を云うのもいい加減にしろ!」

「あらあらぁ。八つ当たりは宜しくありませんわ、謡様。いくら龍治様に叱られたからって」

「……ッ!」


 それこそ本当に、床を踏み抜かんばかりの足踏みで歩を進めていた謡が、ぴたりと立ち止まる。彼女らの後を戦々恐々と追っていた取り巻き達が、ひぃっと息を飲んだ。それくらい、謡の背中からは不穏な気配が立ちこめている。

 しかしそれすら――感情を分かりやすく見せてくれる事が、結には可愛く思えて仕方がない。



 結は知っている。

 この愛しの婚約者は、年下の後継者はとこが大好きなのだ。


 それについては結も納得していると云うか、異を唱える事の方が難しい。


(見目麗しくて優秀で、周りに優しくて、婚約者も同じ五大財閥の方……非の打ちどころがありません)


 年下相手と云えど、あそこまで突き抜けていると嫉妬心すら湧かないのだろう。謡はただ龍治を敬愛していた。綾小路家に生まれた至宝だと、誇りにすら思っている。

 もう少し年齢が近ければ当主候補のライバルとして嫌っていたかも知れない――が、謡と龍治の年齢差は、その感情へ持って行く事を阻止していた。他の年齢がそこそこ近い親戚一同も似たようなものなのだ。謡だけが特別と云う事ではない。

 結とて、綾小路龍治の存在にはただ圧倒されるばかりなのだ。

 あそこまで行ってしまうと、好き嫌いの問題ではない。自分達より一段以上も上に居る存在なのだから、「そう云う物なのだ」と心に棚を作ってヒョイを上へ押し上げて、それで済ましてしまうしかない。張り合おうとすれば痛い目を見るのは自分だけなのだと、どんな莫迦でも理解出来るだろう。

「あの方は特別」――便利で、うすら寒い言葉だ。

 相手を尊重しているように見せて、褒めて認めているように見えて――孤立へ追い込んでいるのだから。


(でも事実なのだから、怖いのですね、きっと)


 そうしてそれを、謡は分かっているのだ。

 自分と龍治はとことでは“モノ”が違いすぎて隣りに並べない。側へ侍る事も出来ない。ただ血縁だと云う事実に縋って、慈悲を乞うしかないのだと。

 でもそれが怖くて厭なのだ。いつか龍治が一人になってしまった時、「そう云う物だ」と諦めてしまう自分を想像して我慢がならない。「綾小路謡は何があっても綾小路龍治の味方だ」と誇示したくて堪らないのだ。

 それが空回っているだけで。それが結からしたら、可愛らしくも愛おしい。


(いつか龍治様も気付いて下さると宜しいのですが)


 いくら優れていると云っても、相手はまだ小学生。そうした相手の心の機微には疎かろう。

 だから結は、将来、成長した彼らが仲良く綾小路家を盛り立てて行く姿を想像して微笑む。その傍らには、かの東堂院花蓮と自分が居るのだと思うと、幸せな気持ちで満たされるからだ。


(わたくしもまだまだ頑張らねばなりません)


 両親には自慢の娘だと云われ、学校でも才媛だと褒められ、謡の両親どころか祖父からまで認められてはいるけれど。

 当の謡からはまだ、素直な言葉を聞けていないのだから。


(早くつんでれを直して、素直になって下さいましね、謡様)


 そう考えてにっこりと笑い、結は謡の隣りへ並んだのだった。



「謡様、ランチはいかが致しますの?」

「――莫迦! 僕はもう帰る!」

「もう、謡様ったら……」


 顔を真っ赤にして怒鳴る姿は、可愛くて堪らない。

 でもせめて、もう少し素直になってくれてもいいのに、と思いながら、結は溜め息をつくのであった。




 *** ***




 中等科校舎三階の廊下から眼下に広がる中庭を視界に収め、中等科生徒会・会計の宝城院ほうじょういん早子そうこは軽く溜め息をついた。

 それから隣りに居る、幼馴染であり親友でもある西松浦にしまつうら小梅こうめへ視線を送る。


「良かったの? 出て行かなくて」

「あら、私がわざわざ行く必要があって?」


 ふん、と鼻で笑う様に、また早子は溜め息を一つ。素直ではない――と呆れたからではなくて、こうまで己を偽らなくてはならないのかと云う、“同情”から出た溜め息であった。



 早子と小梅の付き合いは長い。長いと云うか、早い。それこそ生まれてすぐと云う頃からだ。

 古い名家ではありがちだが、親の思惑が絡んだ上での“幼馴染”とはそう云うものである。子供ほんにんの意志など関係なく、親が用意するもの。その相手と相性が良ければ運が良かったと思い、悪ければ運も悪かったと諦めるだけだ。

 その点、早子と小梅の相性は良かった。お互いに気が強く衝突する事も多いが、それはお互いを対等だと認め合っているが故の事。将来的に早子は彼女の右腕的存在として地位を確立するのだろうが、一個人となれば対等の気が合う友人となる。

「私達は運がいい」とは小梅の言である。それには早子も同意する。この世界、人を信頼出来ぬばかりに自滅していった人間のなんと多い事か。

 容易く人を信じる事もいただけないが、信じられる他人がいないのもまた宜しくない。最低一人でいい。己の本心を見せられ、甘えられる相手がいるだけで、人とは驚くほど外的要因に対して強くなれるものなのだ。

 そう云う意味では、早子も小梅も運がいい。早々にそう思える相手と出会えて、それが一族公認なのだから。


 そうして尊い友人と理解し合う早子故に、今回の件――綾小路龍治生徒会長立候補事件に関しては、普段軽いだけの溜め息が重くなってしまう。小梅の性格や本性を解っているからだ。


(本当は小梅って、即物的なのよね……)


 小梅の家族すら知らぬ事ではあろうが。尾が九本ありそうな狐を思わせる蠱惑的な容姿と、まさに女狐と囁かれる策士的な頭脳のせいで、みな小梅は自制心が強いと思っている。だが、それはとんだ勘違いなのである。

 早子が知る小梅は、例えるなら――目の前に美味しいご飯を置かれたら、我慢出来ずにすぐ様飛びつくくらいには耐え性がない。そこらの幼稚園児の方がまだ“待て”が出来るかも知れない。大器晩成などごめんだと顔をしかめ、早熟なものが大好きだ。時間をかけてじっくりと、なんて大嫌い。フランス料理のフルコースを食べに行くくらいなら、庶民の好物カップ麺の方がマシだとすら考えている。

 いる、が――そんなもの、五大財閥の一つ西松浦の令嬢にして跡継ぎ候補として“相応しくない”にも程があった。

 だから彼女は偽るのだ。自分すら騙して、「私は優雅にのんびり結果を待つ策士なの」と云う顔をして泰然と構えている。

 付け焼刃――などとは云えないほど、それは徹底されている。血の繋がった親兄弟ですら気付けぬくらいなのだ。早子が断言しよう。そうした小梅の本性を知っているのは、自分だけなのだと。

 それを誇らしく思うと同時に、どうしようもなくもどかしい。小梅が自由気儘に振る舞えない後継者候補と云う立場に、憎しみすら沸いて来る。

 それでも早子が諾々と小梅に従い、彼女を支えているのは、誰であろう小梅自身が激情と云えるほどの情熱を持ってして、西松浦の当主になる事を望んでいるからだった。

“自制”と“我慢”は当主になるために必要な要素なのである。


(でも、こんな時まで徹底しなくたっていいのに……)


 勿論早子とて、些細な事からボロが出ると云うありきたりな話くらい知っている。小梅が徹底して自身を締め上げているのは、些細なミスすら許せないからだと。

 だが、他の五大財閥があれやこれやしている時でさえ、「中等科が首を突っ込むべきではないわ」などと云って自制を優先するのはどうだろう。泰然と構えているがその実、「私も仲間に入りたい!」と思って悶絶している事くらい、早子には手に取る様に分かるのだ。


(まったく、余計な事をしてくれるわ)


 眼下の木々の下に居るであろう“そもそもの原因である”美貌の御曹司を思って、早子はまた重い溜め息をついたのだった。



 早子が初めて龍治と顔を合わせたのは、彼が初等科へ上がる直前の入学祝いパーティーの時であった。

 小梅が立場上早子より早く龍治と会っていたのだが、口を開けば悪口ばかりだったので、会う前から龍治への印象は悪かった。

 小梅曰く「傲岸不遜」「感じ悪い」「顔がいいだけが救い」「他者に無関心」などなど。他にも云われたがキリがないのではぶくが――とにかく、一言で云ってしまえば「厭な子」だったのだそうだ。

 あの小梅にそこまで云わせるなんて、と早子は驚いた。きつい性格ではあるが、不必要な悪態を彼女はつかないのだ。故に警戒しつつ、小梅と共にパーティーへ出向いたのだが。

 そこで驚きの事態と直面する事となった。



「別に……可愛かったから、気になっただけです」



 拗ねたような、声だった。

 その発言に会場中が大きくどよめいたのを、よく覚えている。誰もが驚き途惑い――中には大喜びしていた人達も居たが――、その発言の意味を理解しかねると云う顔をしていた。

 小梅もその一人だった。

 幼い頃から既に、どこへ出しても注目を集める美少女だったと云うのに、彼女は間抜けにも口を開けて目を見開いてその光景を見ていた。

 云われた本人である東堂院花蓮は、今にも湯気を噴いて倒れるのではないかと云うほど顔どころか耳まで真っ赤にしてぷるぷる震えていた。爆弾発言を投下した当の本人――綾小路龍治は、世話役に手を引かれてとっとと退場してしまったが。あの後の会場は大騒ぎだったのだ。

 このパーティーの前に龍治と会った事のある子供達は唖然とした後、「可愛い」と褒められた花蓮へ畏敬と嫉妬、羨望の眼差しを注ぎ負け惜しみを口にして。初めて対面した子供らは事態について行けず茫然とした。

 一番見っとも無かったのは大人達だろう。彼らは“あの”龍治が他人に興味を示したと大騒ぎで、綾小路夫妻や東堂院夫妻へ一体どう云う事か、何が起こったのか、これは仕込みなのかと喚き立てて。


 誰もが焦がれた美貌の御曹司。

 同じ年頃の男児なら側近に、女児なら妻にと、誰もが渇望した。

 その白銀の君を射止めたのは、同じ五大財閥の花咲く乙女。

 ――小梅は、荒れに荒れた。


「何よ、何よ何よ何よ! わ、わたしに会ったときには、何も云わなかったじゃない! 名前だけ云って、きょうみないって顔そらして! いとこの子とばっかり一緒にいて! わ、わた、私には、見むきもしなかったくせに! なんなのよ! なんなのよ! なんだって云うのよ! ば、ばか、ばかにして、ばかにして、ばかにしてぇぇぇえぇぇえッッ!」


 枕やぬいぐるみを殴りながらわぁわぁ泣き喚く小梅の姿に、早子はただ驚いていた。こんな激情を露わにする小梅を初めて見たからだ。

 上流階級の子女たちは、みな大人びている。背伸びをして当然と云うべきか、子供じみた行動は恥だと教え込まれる故に、普通の子供ならばするような行いをする事は滅多にない。大声で喚く、泣き叫ぶ、走り回るなど以ての外。はしたない行為は教育係や乳母どころか、両親からすら叱責されるのだ。「それらの行いはしてはいけない事、恥ずかしい事」と早々に学ばねばいけないと、理解させられる。――中には学ばない者もいるが、早子が見た限りその数は少ない。高みにいる者としての在り方は、幼い頃より教育されて然るべきなのである。

 それこそ小梅は、どこへ出しても恥ずかしくないどころか、西松浦夫妻にとって胸を張って自慢すべき出来た娘だった。叱られた事がない訳ではない。早子も一緒に叱られた事だってある。そうしてえぐえぐ泣きじゃくる早子を慰めてくれたのは、いつだって小梅だったのに。

 その小梅が、両親すら驚き手を出せないほど荒れ狂っていた。

 あの姿は、忘れられそうにない。


 好きだったのだろう。きっと――いや、確実に。でなければ、あんなに嘆くものか。

 あんなに悪態をついていたのに、本音では好きになっていたのだ。そうしてその想いを、早子は痛いくらいに分かってやれる。

 だって――好きにならない方が、おかしい。

 散々悪口を聞かされていた早子でさえ、一目見た瞬間に心を奪われた。

 繊細な銀細工を思わせる美しい容姿、泰然とした態度でありながらどこか儚さを感じさせる立ち居振る舞い、柔和に細められた蒼玉コーンフラワーブルーのような瞳、柔らかそうな唇から零れる優しげな声と言葉。

 寒気がするほどに完璧だった。彼を前に見惚れない者など存在しない。誰もが天上の美に息を飲み、それからほう、と甘い吐息を漏らすしかない。そう云う存在であった。

 あの美しい生き物が、“自分だけに”声をかけてくれたら、微笑みかけてくれたら、優しく触れてくれたら――それはもう、死んでも良いと思えるほどの幸福だろう。

 その幸福を小梅は、横から掻っ攫われたのだ。

 同じ五大財閥の、年下の娘に。


 そうして、好意は憎しみへと転化する。まさに「可愛さ余って憎さ百倍」。その言葉まんまの人間を早子は目撃する事となった。


「見てらっしゃい……! 絶対後悔させてあげるんだから……! あの子以上に綺麗で可憐で完璧な令嬢になって、この私を虚仮にした事、永遠に悔やませてやるわ……! 覚えてらっしゃい、綾小路龍治ぃぃぃぃいいぃぃいいッッ!」


 怖かった。真剣に怖かった。正直な話泣いた。

 慣れ親しんだ大事な幼馴染が、嫉妬に狂って吠え猛る化け物にしか見えなかった。子供大事な奥様ですら、両手で口を押さえて顔を真っ青にしていたのだから相当だっただろう。

 旦那様の方は先ほどまでの動揺とは打って変わり、ぐっと拳を握りしめて「それでこそ西松浦家の娘! お父様全力で応援するぞう!」とか云って喜んでいたのには血を感じたが。



 ――まぁ、そう云う訳である。

 小梅が己本来の性質を抑え込み、当主となるべく鋼の自制心を見に付けたのも。生まれ付き美しかった容姿に磨きをかけ、男を惑わす甘い美貌を手に入れたのも。即物的ではしたない部分を無理矢理矯正し、たおやかで大らかな人格を演出しているのも。様々な策を巡らし、敵対者を潰し、中等科に君臨しているのも。

 全て、綾小路龍治を見返すためなのだ。

 勿論、成長した今はそれだけではなく、そうして手にした武器を元に「当主になって西松浦家を掌握し、さらに強大にする」と云う欲も出てきてくれたのだが。根本はそれなのであった。


(これ以上小梅の心に波風立てないで欲しいものだわ)


 小梅大事で生きている早子としては、龍治の行動には一々ヒヤヒヤさせられる。今まで散々のんびり日和ってた癖に、唐突に生徒会長に立候補するなどと聞いた時には心臓がドカンと跳ねた。それを話してくれた小梅の顔色が悪かったのもある。一体何をどう云う風にして、この件を小梅達に話して聞かせたと云うのか。あの方は。

 現初等科生徒会長の北王子雪乃介が、それなりに小梅と親しい事もあり、余計に心配が胸を煽るのだ。


(龍治様が中等科に上がる時には私達は高等科へ上がるから、小梅の最後の生徒会ゆうしゅうのびを邪魔される事はない……。けど、中等科と高等科は接点が多いのよ! 小梅の被ってる九尾の狐が剥がれたらどうしてくれるの?!)


 適度な距離感があったから、小梅は平然を装っていられたのだ。これからも生徒会と一生徒であれば、小梅は乱される事無く、高等科でもその手腕を持ってして完璧に君臨してくれただろう。

 だと云うのに、龍治が生徒会へ入る。中等科に上がった暁には、必ず一年生の身で生徒会長に立候補するだろう。そんな事になったら――


(だから今のうちに、接点増やして慣れておきなさいってーのに!)


 つい胸中で悪態をついてしまう。自制心だなんだ云ってる場合ではない。鋼で加工されたそれも、あの方を前にしたらガラスの如く砕け散ってしまうかも知れないのだから。徐々に慣らしておけば、その心配も減ると云う物だ。

 しかし何より性質タチが悪いのは、その事について龍治が全く自覚していない事だが。


(もう少しでいいから、自分の影響力について自覚が欲しいわ。貴方はただ立ってるだけで人を乱すんだって!)


 自覚していないから、誰を前にしても、海の如く凪いだ瞳でいられるのだろう。本当に性質が悪くて厭になる。

 さらに厭になるのは、ただでさえ完璧だと云うのに、本人は満足してないのだろうと思わせる点だ。

 幼い頃から天上の美を持っていて、これ以上美しい人はいないだろうと周りから云われていたと云うのに。

 ――年を追う毎に、さらにその美貌が深みを増しているのだ。


(あれ以上綺麗になってどうするのよ! 見ただけで乱されるどころか、殺す気じゃないでしょうね?! ゴルゴン? ゴルゴンなの? いいえ、目が合ったら石にされるだけなんだから、ゴルゴンの方がマシよ!)


 視線を合わせる必要があるゴルゴンと、見ただけで殺しに掛かる龍治。

 ――後者の方がより悪辣だ。


 今後の事を考えて内心唸る早子に、小梅が不思議そうな視線を向ける。


「どうしたの、早子? 難しい顔をして」

「え……あ、ううん。何でも無いわ。それより、早く戻りましょう。お茶の時間がなくなるわ」

「そうね……。渋い玉露が飲みたいわ……」


 なんとなく肩を落として、力が入らないような声で小梅が云う。痛ましい。花の女子中学生だと云うのに、どうして小梅がこんな思いをしなくてはならないのか。


(覚えてらっしゃい。龍治様……!)


 好きにしていられるのも今の内だと、かつての小梅のような事を考えながら、早子は窓の外を見る。そして、窓にうっすら映った自分の姿に顔を顰めた。

 小梅の隣りに居る為に日夜磨いているそれなりの顔が、そこにある。

 二重のぱっちりとした黒い瞳に、長い睫毛。薔薇色の頬。血色の良い唇。卵型の輪郭を縁取る、さらりとしたボブカットの黒髪。『瑛光学園』には多くいる、和を意識した少女。街中を歩いた時の周りの反応から、それなりに優れていると知ってはいるが。

“こんなもの”、龍治の前では容易く霞むのだ。


(ほんっっっとーに、忌々しい!)


 この気持ちすら小梅の繰り返しだと自覚しながら、早子は大事な幼馴染の隣りを歩く。他者から見れば普段と変わりなく、早子から見れば元気を無くしている彼女を奮い立たせるべく、お茶菓子は緑園堂のとっておきを出そうと心に決めて。

 幼い日の恋心に、早子は強固で頑固な蓋をするのだった。




 *** ***




 他人と比べられて嗤われる事は辛い事だ。

 だが、“比べられもしない事”だって充分に辛い事だ――と、初等科生徒会監査に就任している武田たけだ風迦ふうかは知っていた。

 本人に気概も対抗意識もあり、能力も十二分に備わっていれば尚の事。

 他人は軽く云う。

「仕方ないじゃないか。生まれ持った才能モノが違うのだから」

 云われた方の気持ちなど、考えもしない。仕方ないなんて、その程度の言葉で片付けられた気持ちの、やり場もない怒りと哀しみ。どうしようも出来ない虚無感。そんなものに目を向ける事すらない。

 だから風迦は見ている。これからも見続けて行くのだろう。


 北王子雪乃介が傷付いて行く姿を。ずっと。



 風迦と雪乃介の付き合いは、周りが思っている以上に短い。たかだか二年である。しかも同じクラスになったから、と云うまったくもって特別性のない理由からだった。

 武田家は見て分かる通り、血筋を辿ると誰もが知る戦国武将へと繋がる一族だ。一応、家系図を見るに繋がってはいる。血統だけ見れば家格は高い。だがこの学園内に限って云うなら、財力的には中堅所だ。一応兄弟全員初等科から『瑛光学園』に通えているが、財力上位の家々のようにざぶざぶ寄付金を出せる程ではない。学園の顔とも云える五大財閥との繋がりもほどほどだった。

 全く関係ない訳ではないが――それは誰にでも云える事。直接的であれ間接的であれ、五大財閥と関わらずに生きている日本人などいないのだから。

 家同士の繋がりで云うなら、武田家は北王子家より南九条家と縁がある。南九条家も辿れば武家に当たる家系で、江戸時代辺りでは武田家の方が地位が上だったのだ。逆転したのは明治から大正にかけて。資本主義の流れが日本にも押し寄せた頃、南九条家は莫大な財を成した。武田家とて当時で云えば相当な資産家だったのだが、それを超えてしまったのだから恐ろしい。

 逆転したからと云って南九条家が武田家に対して威圧的だったとか蔑ろにしてきたとか、そう云う事はなかったらしいが。曾祖父母や祖父母辺りは忌々しく思っていたようだった。

 だが風迦にはあまり関係がないと云うか、気にしてはいなかった。風迦は南九条家が五大財閥と呼ばれている姿しか知らない。武田家の方が偉かった頃など全く知らず、話に聞いて「そうだったのか」と驚いた程度。いつか見返してやろうなどと云う気も起きず、たまに家ぐるみの行事などで南九条家へ出向いては、そこの嫡男である葛定と適度な会話をするくらいの関係だった。

 葛定は意外と面倒見がよく、今より幼い頃の風迦は結構懐いていたと思う。今はなんと云うか、あの人を食ったような態度が癇に障ると云うか。まぁそう云った理由から、必要最低限の会話しかしなくなってしまったが。


 雪乃介に最初に話しかけられた時も、話題の内容は南九条葛定についてだった。


「武田って葛定さんと幼馴染なんだってェ?」

「家ぐるみの付き合いではあるが、幼馴染と云うほど親しい気はせん。あの人はあぁだしな」


 風迦の抽象的な表現に対し、雪乃介は「確かに」と云ってけらけらと笑った。それから親しい付き合いが始まったので、そこだけは葛定に感謝してもいいと風迦は思う。

 初等科は人数が少ないが、それでも学年全員と顔見知りになれる程でもない。一度も同じクラスになった事がない、会話した事の無い相手だっている。風迦と雪乃介もたまたまそうだった。五年生に上がって同じクラスになって、ようやく口を利いたのだ。

 恐らく、気が合ったのだろう。風迦と雪乃介は急速に親しくなって行った。男気のある雪乃介を風迦は気に入ったし、女とは思えない豪胆な性格の風迦を雪乃介もまた気に入ったのだった。

 四年生の時から既に初等科生徒会長となっていた雪乃介は、前の監査が卒業したからと云って、嬉々として風迦を新たな生徒会監査に指名した。生徒会に関わる気などなかった風迦が驚いて「何故自分を指名したのか」と問うと、雪乃介は云った。


「俺に面と向かって反対意見云えるなァ、“あいつ”を除けば風迦おまえくらいだからなァ」

「そうか……。では、謹んでお受け致す」


 大仰に頷いた風迦に、また雪乃介は笑った。屈託の無い、良い笑顔だった。

 風迦にとって雪乃介とは、そう云う男だった。よく笑い、よく働き、よく喋る。今時珍しいくらい男気に溢れていて、熱血漢の気すらあった。綾小路が一つ下に居ても雪乃介について来る人間が大勢いたのは、彼個人の気概にみな好意を抱いた故だろう。未来の大器を予感させる男だ。そう、風迦は思っていた。

 それすら含めて砂上の楼閣だったなんて、夢にも思っていなかったのだ――




「――笑えるよなァ。ここまでなんてさァ」


 そう云った雪乃介の顔は、今にも泣きそうな程歪んでいた。風迦は言葉も無い。一緒に居た初等科副会長の飛田ひだ佐助さすけも、下唇を噛んで黙り込んでいる。


「……宗吾はやっぱすげェわ。平然としてんだからよォ」

「……あいつはちょっと、考えなしな所があるから」


 搾り出すような佐助の言葉に、雪乃介はようやく笑った。笑ったと云っても、唇の片方が歪に吊りあがっただけだったが。


「考えなしじゃねェよ。考えまくった揚句にあの態度なのさァ。なんもかんも受け入れてさァ、――真似できねェわ」


 放課後の生徒会室。仕事の少ない初等科故に中等科や高等科ほど設備は整っていないが、重厚な執務机や座り心地の良いソファーセット、中身がぎゅうぎゅうに詰まった背の高い本棚、役員の息抜きにと用意されたティーセットなどが揃っている。充分過ぎるほどだ。

 普段なら、ここは明るい雰囲気に包まれている。雪乃介が笑いながら莫迦話をして、それに佐助と宗吾が応えてまた笑い、風迦が突っ込みを入れて、会計の大矢おおや吉継よしつぐがくすくす忍び笑いをする。初等科のうちは回って来る仕事が少ない。忙しいのは体育祭や文化祭などの行事がある時で、普段は雑談に使われている事の方が多いくらいだ。

 その楽しい場所は、今重苦しい空気で充満している。

 ――綾小路龍治が、生徒会長に立候補すると云う事件が起きたが故に。


(順調だった。怖いくらいに)


 後で聞いた話だが。

 龍治が四年生になった時、雪乃介は急いで彼を生徒会へ誘っていたそうだ。

 龍治さえ大人しくしていれば、雪乃介は生徒会長で有り続けられる。だが龍治は、将来財閥の頂点トップになる事が決まっているのだ。自分の経歴に箔を付けるために、生徒会長の座を欲する可能性は高かった。

 だから雪乃介は、わざわざ龍治を誘ったのだ。龍治に無理矢理奪われたのではなく、自分が納得して譲ってやったのだと見せるために。懐の深さを演出するために、わざと自分の首を絞めた。

 けれど龍治は、雪乃介の悲壮な覚悟など知らないのか、あっさり断ってしまった。「他にやりたい事があるんで」と尤もらしい理由を云って、生徒会長の座を蹴っ飛ばした。それに一番安堵したのは誰であろう、雪乃介だったに違いない。

 龍治さえいなければ、雪乃介にとって手強いライバルそう居ない。雪乃介から生徒会長の座を奪おうと虎視眈々と狙っている奴らは居るには居るが、龍治と比べれば雑魚も同然だった。

 だからこそ警戒していた龍治あいて。日和見の平和主義だった事が功を奏して、雪乃介のライバルとならなかった絶対者。

 彼が大人しくしているならば、このまま中等科・高等科も雪乃介率いる生徒会が治めて行くのだろうと、そう信じて疑わなかった。

 それが突然の宣戦布告だ。――その話を聞いた現生徒会は慌てふためいた。何で今更、と。どうして今になって、と。

 何で、上手く行ってたのに、邪魔をするのだと。

 誰が眠れるナーガのしっぽを踏んだのだと、舌を打ったのは佐助だった。余計な事をした莫迦を吊し上げようと、犬歯を剥いて笑ったのは吉継だった。驚いて目を見開いた後、「ふぅん」と呟いて黙り込んだのは宗吾だった。

 風迦は――突然の終わりを心の中で惜しんで、溜め息をついた。


(自分は好きだった。この生徒会が)


 良い面子が集まっていると思っていた。気の置けない仲間だ。雪乃介の元集まった連中と一緒に居るのは楽しかった。もっと早くつるんでいれば良かったと後悔するくらい。

 それも、綾小路龍治の出現で終わってしまう訳だ。

 友達ではいられるだろう。これからも長く。それでも、生徒会役員として一丸となっていた気持ちは終わってしまうのだ。惜しい、なんて、そんなものではない。

 その程度の感情ことばで、終わらせられるものでは、ないのだ。


「――呆気ねェなァ」


 ぽつりと、雪乃介が呟いた。顔を上げると、彼は窓辺に立って外を見ていた。もう夕方だ。後少しで完全に日が沈み暗くなるだろう。

 まるで自分達の心のようだ。


「お前らと一緒に、ずゥっとやってけるって思ってたんだけどさァ」


 雪乃介も同じ気持ちだったようだ。その言葉に佐助はますます俯いた。風迦は顔を上げたまま、雪乃介が見ている窓の外へ目をやる。真っ赤な空。普段は寂しげながらも優しい赤に見えるのに、今は毒々しい血のように感じた。


「……こんなんで、終わっちまうんだなァ……」


 全てを諦めたような声に、ツンと鼻の奥が熱くなった。泣きそうになっている自分に驚いて、風迦は慌てて鼻と口を手で覆う。まさか、自分が泣くなんて。泣きそうになるなんて。


 ――何も知らない他人は云うのだ。きっと、簡単に云うに違いない。

「そんな簡単に諦めるな」「頑張ればきっとなんとかなる」「もっと根性見せろ」「戦う前から弱気でどうする」「情けない事を云うんじゃない」「そんな気持ちで居るから勝てないんだ」――


(糞喰らえだ)


 決して口には出せない、汚い悪態を胸中でつく。そんなありきたりな言葉、なんの救いにも発破にもなりはしない。

 アレはそんな生ぬるい存在じゃないのだと、自分達はよく分かっている。

 どんな頑張りも、努力も、才能すら、アレの――綾小路龍治の前では無意味になる。ただでさえ完璧な存在なのに、慢心も油断もしない。それどころか未だ努力を続けている化け物相手に、どうしろと云うのだ。


(宗吾なら……云うのだろうな。あいつは、強いから)


「勝ってくれ」と無茶を云う雪乃介に、「まぁやれるだけやりますよ」と軽く云ってのけた宗吾の事だ。負けと分かっていても逃げないで、真っ向から立ち向かうのだろう。

 勝てない事を認めながら、努力を止める事をしない。才能を云い訳に逃げを打たない。「やれるだけやるさ」――その言葉通りにやれる人間が、一体どれだけいるのだろう。人間なんて楽な方へ楽な方へ流される生き物で、怖い事や痛い事、辛い事はなるべく経験したくないと、「君子危うきに近寄らず」なんて賢ぶって逃げを選択するのだ。やれる事をやらないで、逃げるばかりで。努力もしないで他者からの牡丹餅を待っている人間の、なんと多い事か。

 宗吾は、それをしない。そんな腑抜けではない。茨の道でも、血の道でも、獣道でも、必要とあれば突き進んで行くのだろう。傷つく事を厭わないで。血を流しながら、それでも笑って足を進める。

 そんな強い奴だから――雪乃介は後継者に選んで、かの綾小路龍治にも気に入られたのだ。


(自分達に、その強さは、無いのだな)


 そんなもの、当の昔に圧し折られた。どうせ無駄だと、何度“云われた事か”。

 一番云われたのは、同じ五大財閥で年齢の近い雪乃介だ。それを自分は極最近理解した。


 期待される事は重いだろう。比べられる事は辛いだろう。頑張れと云われる事は苦しいだろう。

 だが、期待もされず、比べられもせず、頑張れとも云われない。

 仕方ない事だと諦められる事と、どちらがより辛いだろうか。


(雪は、仕方ないと云われる事の方が、辛かった)


 龍治が功績を残す度、龍治に負ける度に周りから云われたのだ。

「綾小路龍治に勝てないのは仕方がない。彼は特別なのだから」――と。

 負けず嫌いな熱血漢の彼は、その言葉に何度傷付いただろうか。「お前には何もないのだから仕方ない」「頑張ってもどうせ無駄だ」「勝てる訳がない。無意味だ」と心無い言葉を云われる度、何度、何度――


(でも云えない。自分とて、云えるものか)


 これ以上雪乃介を傷付けるなんて、出来る訳がない。

 繰り返される諦め、仕方ないと云う言葉、虚無感に炙られるばかりの雪乃介の心。

 長年繰り返されたそこに今風迦が、「頑張ろう。龍治様に勝とう」などと云えば、どうなるか。

 そんなもの、想像するまでもない。


(あの方には分かるまい。分かって、たまるものか)


 美しい姿を思う。完成された神の如き姿と心を思う。穢れも敗北も挫折も知らぬだろう、高潔な魂を想像して、眉間にぐっと皺を寄せた。

 分かりはしまい。分かられてたまるものか。

 雪乃介の心など生涯、あの方に分かってなど欲しくない。理解など要らない。あのまま、何も知らず完璧なまま、頂点に君臨し続けて欲しい。

 それだけが、唯一、雪乃介の心を守るのだから。


(莫迦だ。自分は、莫迦だ)


 もっと早く雪乃介と出会っていればと。葛定経由でどうにかならなかったのかと。そんな、どうにもならない事ばかり思う自分が情けなくて悔しくて。

 幼い頃から側にいられたらもしかしたら――救ってやれたのではないのか、なんて。

 愚かな事ばかり考えて、雪乃介の心を僅かでも救えやしない己の矮小さに、風迦は顔を押さえ声を殺して泣いたのだ。




 *** ***




 片桐かたぎり小十郎こじゅうろうの生涯は、齢二つにして決定していた。代々片桐家が仕えている伊達家の嫡子が、男児であったからだ。


 物語などの主従では異性が組み合わされている事が多いなと、小十郎は思う。美しいお嬢様によく出来た若い執事。我が侭な若君に可愛らしいメイド。なるほど、見ている分には楽しかろう。小十郎もそれは理解出来る。

 しかし小十郎に任せられた嫡子様の世話役と云う仕事を思うと、「男女の主従は不味いだろ」と考えてしまう。

 年齢差があればまだ大丈夫かも知れないが、年齢が近かったら不味い事この上ない。特に十代半ばともなれば、“危ない”にも程がある。

 男女など距離が近ければあっと云う間に恋愛関係に発展してしまうのだ。一昔前であれば、主人が使用人に手を付けた、なんて話はよくある事で済んだかも知れないが、今の時代はそれで済まない事も多い。故に世話役や近しい部下などは同性で固める事が増えているのだ。

 伊達家と片桐家もそうなった。昔はさして気にも留めず男女の主従を組ませていたが、時が流れるにつれ同性である事を求めるようになったのだ。

 だから、小十郎が二歳の時に伊達家に生まれた嫡子――宗吾が男児だったので、小十郎の人生はそこで決まった。宗吾の世話役として一生を全うすると云う人生に。

 ――これで宗吾が女児であったら、五つ上の姉の一生がそうなっていた。そう云う事なのだ。


 不満が一切ないかと云われたら、それは勿論ある。このご時世、なんで他人に自分の人生を決められないといけないのか、理不尽にも程があると叫びたい時だってある。あるが――実際に叫んだ事も文句を云った事もない。

 何故かと云われれば、年下の主が大事だからだ。

 姉ほど盲目ではないにしろ、可愛くて仕方がないのは事実である。あの年齢にして恐ろしく聡く賢く、それでいて勇気があり誇り高い。決めつけられた人生だが、このような主へ導いてくれたと云うなら感謝の一つも二つも十もしよう。


 何度でも云うが。

 小十郎は主の宗吾が大切である。たった二つの年の差だが、小十郎にとって宗吾は守るべき対象で、成長する様を最も近くで見守り慈しむべき存在である。

 だから――こう云う事態は、激しく歓迎出来なかった。




「――宗吾様! 宗吾様っ!」


 名前を呼びながら追いかけるが、中々距離が縮まらない。小十郎の足が遅い訳ではなく、宗吾の足が速いのだ。逃げ足となるとさらに速くなるのはお約束か。本人は認めたがらないだろうか。

 幸いな事に、こちらの息が上がる前に宗吾は速度を緩めてくれた。それは疲れたからでも小十郎を労わったからでもなく、人気ひとけのない所へ来れたからだろう。


(えっと……高等科の弓道場近くか、ここは)


 そろそろ昼休みが終わる為か、周りに人が居ない。昼練習をしていただろう弓道部は、もう撤退済みのようだ。

 宗吾が建物の陰へと飛び込んで行く。あ、と思った小十郎は慌てて追いかけて、再度「宗吾様!」と呼びかけた。

 建物の裏の木陰で、宗吾は立ち止っていた。俯いて右腕で目元を乱暴に拭っている。左手は、痛々しい程に握りしめられていた。


「宗吾様」


 駆け寄って肩に手を添えると、宗吾は弾かれたように振り返った。

 濡れた鋭い眼差しとかち合う。矜持を傷付けられた若武者が、そこに居た。


「――小十郎!」

「はい」

「俺は――俺は悪くないぞ!」

「はい」

「俺は、間違ってなんかない!」

「はい」


 中学一年生の平均より大分大柄な小十郎は、視線を合わせるためにしゃがみ込んだ。普段なら「チビ扱いするな!」と怒る宗吾も、この時ばかりは鼻を啜りながら小十郎を見下ろした。


「分かっています。宗吾様のお気持ち、俺には分かっていますから」


 だから泣くな、とは云わず、懐からハンカチを取り出して涙に濡れた頬を優しく拭ってやる。すると強気だった眼差しがくしゃりと揺らいで、歯を食いしばって耐えていた顔もただの泣き顔になってしまった。

 勢いよくしがみつかれて流石の小十郎の体も揺れたが、なんとか倒れずに踏ん張った。それよりも、耳元でわんわん泣かれる主が可哀想で仕方ない。


 暴力をふるった事は確かに悪い事だ。しかも相手は、あの綾小路龍治である。耐えるべきだったと、人は云うだろう。

 だが宗吾がどんな気持ちで龍治に挑んでいたか知っている小十郎には、口が裂けたって「宗吾が悪い」とは云えなかったのだ。




 宗吾と龍治が真っ向から顔を合わせたのはつい最近の事であるが。当然の事ながら、存在自体は随分前から知っていた。特に宗吾にとっては、龍治は非常に目障りな恋敵だったのだ。

 誇り高い宗吾から理想の乙女と云わしめた東堂院花蓮との出会いは、龍治と彼女の出会いより早い。双方が三つの時だ。娘に美しい字を書けるようになって欲しいと、東堂院家の奥様が伊達家の習字教室へ花蓮の手を引いて訪ねて来たのだ。

 その時小十郎は五歳の幼児であったが、それでも花蓮の事を随分と可愛らしいお嬢さんだと思った。天蓋付きのベッドの上にでもちょこんと座っていたら、それこそ精巧な人形だと思っただろう。ふんわりした髪もフリルのついた服も大層似合っていて、純和風に慣れていた小十郎の目には洋風な彼女が随分と新鮮に映ったものだ。

 それでも、宗吾の受けた衝撃には遠く及ばないだろう。齢三つにして、彼は初恋を経験したのだ。それも同い年の少女相手に。年上への憧れだとか、手の届かない存在への憧憬ではなく、手の届く相手に宗吾ははっきりと恋をしたのだった。

 五歳の時なので細かくは覚えていないが、今にも倒れそうなくらい顔を真っ赤にした宗吾の姿だけはよく覚えている。ついでに姉が「若が初恋をなさった!」と大騒ぎした事も少し。

 相手は五大財閥の東堂院家であったが、伊達家の家格からして決して無理な相手ではない。現に伊達家の奥方様はその当時、かなり乗り気だったそうなのだ。二人が並ぶとお雛様のようだと大層なはしゃぎようで、その言葉に東堂院家の奥様はまんざらでもなさそうだったと。

 恐らく二人の仲が良ければ、双方の奥方の手によって話は進められただろう。遅くても中学生になる頃には決まっていたと思われる。宗吾が五歳になる頃には、いつ花蓮と婚約者になれるか楽しみにしていたくらいなのだ。我が主ながらマセている。だが麗しの君と両家公認の仲になれると云うならば、その気持ちも多少は分かる。


 だからこそ、初等科に入学する直前、綾小路龍治と東堂院花蓮が正式に婚約したと云う話が飛び込んで来た時には――伊達家片桐家は愕然としたのだった。

 東堂院家の奥様自ら、申し訳なさそうな顔で訪ねて来て事情を話してくれたのだが、まさかの事態と云うしかなかった。聞けば他人へ興味の薄い龍治が、花蓮を一目見て気に入ったのだと云う。それからとんとん拍子で話が決まってしまったそうだ。

「夫と治之はるゆき様が大層乗り気で……。花蓮も了承してしまいましたの」と苦しげに奥様は云っていたが、内心は万々歳だったに違いない。

 伊達家と綾小路家のどちらが良いかなど、天秤にかけるまでも無いのだ。誰だって綾小路家を選ぶ。選ばなかったらその人を主役に戯曲の一つでも書きあげていいくらいだ。

 話を理解する事を放棄したのか、蒼い顔で茫然としている宗吾が痛ましくて仕方なかった。だがそれと同時に、「そう云えば花蓮お嬢様は、宗吾様に特別な感情を抱いていなかったな……」と云う目を逸らしていた事実を痛感してもいた。

 確かに親しくはあったし、宗吾は花蓮に恋をしていたが。花蓮の方は宗吾を友達としか見ていなかったのは、傍から見ても充分理解出来た。

 それでも周りが気にしなかったのは、恋愛感情などなくても結婚が成立するのが当たり前だったからである。そこそこ親しければ充分。結婚とは家の為にするもので、親や周りが決めても全くおかしくないのであった。だから花蓮の感情を置き去りにして周りが盛りあがった結果――花蓮の心は白銀の君に奪われた、と云う事なのである。


 奥様きゃくじんや家族の前では頑として泣かなかった宗吾は、自室で小十郎と二人きりになるやいなやギャン泣きした。八つ当たりしなかっただけ立派なものだ。正座した小十郎の膝に縋りついて、びゃーびゃー泣く姿は可哀想なんてものじゃなかった。その姿を前に「この世には神も仏もいないな……」と真剣に思って世界を呪ってしまったくらいである。


 だが、流石は宗吾であった。姉が心酔し、小十郎が敬服する伊達家の若君は只者ではないのだ。

 泣きやむやいなや、ギリギリ歯軋りしながら宗吾は云った。


「あきらめてたまるか……。俺のほうがずっと先に花蓮ちゃんをスキだったんだ……! 横から出てきたポッと出ヤロウにとられて、はいそうですかで終わらせられるかってんだ! あの女男! ぜったいギャフンって云わせてやらぁー!」

「そ、宗吾さま……!」


“あの”綾小路龍治に対してそんな熱意を持てる人間が居た事に驚き、また、その驚きの人間が自分の主であった事に感動した。胸が熱いもので満たされ、じわりと涙が滲む。

 ――今すぐ皆に見せびらかしたい。この片桐小十郎の主は、こんなにも凄まじい方なのだと!


「さすがは宗吾様! この不肖小十郎、どこまでも付いて参ります!」

「とうぜんだコノヤロー! お前がいなくてどうすんだ!」

「そ、宗吾様ー!」

「無論わたくしも居りまする! その意気や天晴れにございますよ若ぁ!」

「あれ、多喜たき?!」

「姉さん! また天井裏で聞き耳立ててましたね?!」

「若あるところに片桐多喜ありよわざわざ云わせんな莫迦愚弟が! 水虫患って悶絶しろ!」

「り、理不尽!」


 天井板をぱかりと外し、そこから颯爽と和装姿で登場した姉は今と変わらず宗吾第一であった。宗吾の素晴らしい思い出と一緒に姉の傍若無人ぶりも思い出されるので、小十郎的には少々しょっぱい気持ちになったりもする。

 強面の自分おとうととは違い可憐な和風美人だと云うのに、姉のあの暴虐さは何なのだろう。外見を裏切るのもいい加減にして欲しい。


 とにもかくにも。

 宗吾は失恋をしたその日に、新たな目標へと突っ走り始めたのである。

「打倒・綾小路龍治」と云う、誰もが正気を疑うような、高すぎる目標へと。




(あれから五年か……。長いのか、短いのか)


 泣き疲れて眠ってしまった宗吾を抱き抱えながら、木陰に座った小十郎は溜め息を一つ。溜め息をつくと幸せが遠ざかると云うが、それでもつかずにはいられない。


 五年。その間、宗吾は研鑽を積んで来た。運動も勉学も手を抜かず、書道を始めとした芸術面とて極めんと懸命だった。あの年齢にして人を惹き付ける力強い字は、血を吐くような努力の賜物なのだ。

 側でずっと見ていた小十郎は、その努力の凄まじさにハラハラして胃を痛めたり、決して折れぬ鋼の意志に感動して涙ぐんだり、一緒に筋肉痛になって悶えたりと、苦楽を共にしてきた。

 手を抜いた事など無い。いつだって本気で、全力で、余力など考えもせず、がむしゃらにやって来た。そうでもしなくては背中すら見えないと分かっていたからだ。一人なら心折れたかも知れない。だが宗吾には小十郎も多喜も居た。花蓮と云う憧れの君がいた。だから終わりの見えない努力の道を、ひたすら突き進む事が出来た。

 出来た、けれど――――それでも、綾小路龍治を超える事は出来なかった。


(あの方はもう、化け物だ。人間なんかにはどうにも出来ない類のモノだ)


 寒気と共に、小十郎はそう思う。あの白銀の御曹司は人間を超えてしまった何かだと、そう思わずにはいられないと。諦めとともに、そう思ってしまう。


 宗吾が四年生に上がった頃、自分達姉弟は揃って涙ぐみながら訴えた事がある。血を吐く努力を続け、それでも勝つ事が出来ない主を見る事が辛くて、「もう諦めましょう」と情けない事を云った。自分達だけは味方だと云っておきながら、足を引っ張ろうとしたのだ。

 それに対して宗吾は激怒した。犬歯を剥いて、獣の如く。情けない従者姉弟を怒鳴り付けた。



「あいつに勝てないからと云って、俺が努力を放棄して安穏と生きて良い理由になんぞなるかッッ!」



 そんな言葉を――まだ云えるのかと。あれほど圧倒的な差を見せつけられ、追い縋れもしない存在に対して、どうしてそんな事が叫べるのかと。小十郎は初めて主が理解出来なくて、茫然とした。

 そうして、思い知った。


 宗吾は、花蓮を恋い慕う分だけ龍治を憎んだ。

 感情の方向性ベクトルは真逆でも、注ぎ込む熱量は同量だったのだ。


 誰もが畏敬の念を込めて「化け物」と呼び、諦めと共に「特別」の枠へ放り込んだ“綾小路龍治”を、宗吾だけはそうだと見なさなかった。

 宗吾だけは、龍治が人間である事を、諦めなかったのだ。

 いつか勝つ、必ず勝つと云って。あいつは同じ人間だと云って、譲らなかった。

 一番怖かったのは宗吾だったろうに。激しい感情を込めて見つめ続ける宗吾が、一番分かっていただろうに。それでも、逃げたりしなかった。負けるなら正面から、潔く、正々堂々と。姑息に逃げ回るなど以ての外だと云って。


(……そんな相手に、あんな事されてしまったら、なぁ……)


 同等どうるいだと見なして必死に追い縋っていた相手に、カッコ悪い所を見られるわ手助けされるわ。果ては花蓮まで連れて来られたとあっては堪らないだろう。堪忍袋の緒も断絶すると云うものだ。相手が悪気一切無しなのがまた辛い。純粋に心配されたからこそ、宗吾の矜持はズタズタになった。


(得意な顔でもされたら、まだなぁ……。でも龍治様だからなぁ……)


 宗吾が云うように、見下していた訳ではないだろう。意識なんてしていない。龍治にとって周りの人間を助けるのは、極当たり前の行動なのだろう。

 そこがまた辛い。それは“意識されていない”事と同義だからだ。

 しかも、花蓮の“あの顔”。


(……。いっそ、怒って下さった方がマシだった……)


 宗吾が龍治の横っ面をブッ叩き、怒りを爆発させた時。

 花蓮は、今にも泣きそうな程哀しげな顔をした。傷付いた、辛くて哀しい、胸が苦しい、そんな表情だ。

 好きな女の子にそんな表情をさせてしまうなんて、男として最大級の失敗だろう。だから宗吾の激情はあそこで冷めて、ズタボロになった心だけが残ってしまった。もうどうにもならなくなってしまったのだ。

 それでも、「地獄に堕ちろ」で済ませたのは偉かった。


(宗吾様口が悪いから。相手が龍治様じゃなかったら、「死ね糞野郎」くらいは云ってたな)


 うん、と一人納得して頷いて、眠る宗吾の頬を親指の腹で擦る。早いところ冷やさないと、明日腫れて酷い事になりそうだ。


(とにかく、暴力をふるったのはこちらなのだから謝罪はしないと。だが宗吾様は絶対に謝らないだろうし……。無理矢理謝らせても禍根が残ってしまうな。どうしたものか……姉さんに相談……いや、危ない、それは下策だろう俺落ち着け。まずは雪乃介様に確認を――)


 そこまで考えた所で、懐に入れておいた携帯が震えた。慌てて取りだせば画面には今まさに考えていた相手――北王子雪乃介の名前が表示されている。

 通話ボタンを押して、小声で「はい、小十郎です」と応えた。


『雪乃介だ。今どこに居んだィ?』

「高等科の弓道場近くです」

『宗吾は?』

「泣き疲れて寝てます」

『そうかァ……』


 はぁ、と疲れ切った溜め息が聞こえた。


「……あの後どうなりました?」

『まァ、なんとかなった。龍治の取り巻き達にゃァ口止めしておいたから、宗吾がやらかした事は広まらねェはずさァ。ただなァ……』

「何かありました?」

『……龍治の奴が、宗吾が謝る必要はねェってよォ』

「それは……」


 参ったな、と口にすると、雪乃介も同意した。

 謝罪は不要と云われても――それでは、けじめが付けられない。

 どうしようか悩んでいた所で解決策を提示されたと云えばそうだが、謝罪無しでなぁなぁは一番よくないだろう。しかも傍から見れば、悪いのは暴力をふるった宗吾なのであるから尚更だ。


『あいつのこったから、何か考えてんのか、それとも考えてねェのか、ちィともわかんねェなァ』

「そうですね……」

『まァ、綾小路が動かねェって事に今は安心しとけ。今日はもう帰んだろォ?』

「この状態で授業なんて受けてられませんよ」

『そりゃァそうだなァ。……明日に備えてお前さんもゆっくり休んどけよォ。オレはもう一度、龍治と話しておくからよォ』

「お手数おかけ致します」

『気にすんな、元はオレが撒いた種さァ。……じゃ、また後でなァ』


 通話が切れる。耳元から携帯を離し、その端末を小十郎はしばし見詰めた。


「……どうしたものか」


 その呟きに応える声はなく、ただ主の寝息が聞こえるばかりで。

 小十郎はもう一度、大きく憂鬱な溜め息をついたのであった。


 龍治しゅじんこうが見てない・見えない部分の人々の物語でしたー。

 こう云う話大好きですいません。性格濃いモブが大好きでごめんなさい。

 またこう云う話書くと思います必要だし好きだから!

 彼らの物語にうんうんと頷く事もあれば、おいちょっと待てと思われる事もあると思いますが、それを楽しんで頂けたらなぁと思います。

 感じる事、考える事は人それぞれなので、彼らなりの人生を見守ってやって下さい。



 とりあえず。

 主従萌え(もしくは燃え)の私が伊達モデルを出しておいて小十郎を出さない訳がありませんでした。←

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― 新着の感想 ―
[一言] こういうお話すごく好きなので更新が止まっていて悲しいです。更新はもうされないのでしょうか…?
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