21.戦闘開始のベルが鳴る
こんばんはー。書く速度が段々早くなってきたような気がします!
こうして調子に乗ってるとまたポカするんで自重したいです!←
物語的には新しい章のスタートです。さぁ、戦闘開始ー!
綾小路龍治は軽い足取りで廊下を進む。自宅、と云う言葉に何故か違和感が生じるほど大きな我が家は、廊下を歩くだけで軽い散歩になってしまうのが凄まじい。母は家に居る事が多いのに健康的に痩せているのは、この広さのお陰ではないかな、と龍治は思う。
龍治の斜め後ろには、いつも通り岡崎柾輝が居る。主人がこれから向かう場所を知っているからか、少しそわそわしているようだった。
「あの……龍治様」
「なんだ?」
「その、龍治様がわざわざ出向かなくとも、伝言でしたら僕が」
「いいんだよ。直接云いたいんだから」
「はい……」
家の主達が行く場所ではないと言外に伝えて来るが、龍治はさっくりと切った。
そうこうしているうちに、目的の場所に着く。そこは屋敷の奥まった場所。家人やお客などの目には触れないようにと意識的に隔離されている場所――生活感あふれる“洗濯室”だ。
かつてイギリスはヴィクトリア朝時代、中流階級と呼ばれる人々ですら使用人を雇えるほどの財を成した頃。使用人の最盛期と呼ばれた頃から、こうした場所はあったそうだ。洗濯専門の使用人は上流階級でも一部に限定されていたようだが。
雇用主達が洗濯物独特のにおいや干される所を見るのが厭で、場合によってはロッジに隔離すらされたそうだが、綾小路家では自宅の奥まった場所にある。それでもやはり、人様に見せるものではないと云う意識から、外に洗濯物が干される事はほとんどなかった。高性能の乾燥機と云う便利なものがあるお陰で、衣類が湿っぽいとか臭うと云う事はないけれど。
(それでも太陽の下で乾いた洗濯物の方がいい……と思うのは、庶民感覚なのかなぁ)
そんな事を考えながらノックをしようとすると、慌てて柾輝が「僕がしますから」と云って代わりに叩いてくれた。そこまで気遣わなくていいと思う。
中から若い女性の声で「はい」と返事があった。
「お仕事中失礼致します。龍治様が責任者の方にお会いしたいと、こちらにいらしてます。お取次願えますか?」
「龍治様がっ?! しょ、少々お待ち下さいましっ」
悲鳴のような声だった。まぁ仕方ないかなと思う。突然雇用主の息子がやってきたら、驚きもする。
少し間をおいて、静かに扉が開いた。出て来たのは、気の良さそうな中年の女性である。ふっくらした体型と柔和な笑顔は見る人に安心感を与えてくれた。
「仕事中に悪いな」
「いいえ、大丈夫ですよ。如何致しました? あたくし共が何か粗相でも……?」
「いいや、違うよ。ちょっと頼みたい事があって」
「まぁ、何で御座いましょう? あたくしに出来る事であれば、なんなりと」
嬉しそうにニコニコ笑う彼女に云うには、少々抵抗があったが。龍治にも止むを得ない事情と云うものがある。ここは心を鬼にして、云わねばなるまい。
「あのな」
「はい」
「……俺の洗濯物、父さんのと一緒に洗わないで欲しいんだ」
「……は、い?」
ぱちくり。目尻に皺が出来始めた丸い目が、ぎこちなく瞬いた。
「父さんと俺の洗濯物、一緒に洗わないで」
ここは綾小路家洗濯室。
勤める者達は、クリーニングのプロばかり。彼女たちの手にかかれば、どんな洗濯物も完璧な仕上がりを見せてくれる。それこそゼンさんが、街のクリーニング屋さんに預けたものと同等――いや、それ以上の美しさを持ってして。
その「主人たちの心地よい生活を支える」一角として誇りすら持つ仕事場にて。
本日、激震が走った。
――ご子息様が、反抗期になった、と。
*** ***
時は少し遡る。
今日も今日とて龍治は、悩みの渦中にいた。
「んー……」
唸りながらシャープペンシルをくるりと指先で回す。視線の先には広げられたノート。オモチャの鍵付きのそれは一応装丁は日記帳なのだが、龍治が書いているのは日記ではない。
『世界の全ては君のモノ』の情報を、自分に分かりやすくまとめているのだ。
昨日、ゼンさんに関して衝撃的な出来事があったが――あの人マジで人格あるのか。何なんだ――、龍治はそれを一時棚上げする事にした。問いかけても答えは当然のようにないし、なんかクスクス笑ってるような気がするし、で。
これはゼンさんに構って時間を浪費するくらいなら、建設的な方――つまり、情報が分かりやすく提示されるようになったのだから、それらをまとめるのに力を入れた方がいいだろうと判断したのだ。
頭の中でまとめ、情報を箇条書きにするなど龍治には簡単な事だが、一度文字にして整理する事にした。いざと云う時、脳みそをひっくり返すより文字で見た方が冷静に成りやすいかなぁ、と云う考えからだ。
しかし、それらの情報は人に見られていいものではない。頭おかしい奴と思われるのは御免だ。
故に、ざっと書き出した登場人物すら本名ではなく、“役職”にしているくらいだ。例えば、「体育会系」だとか「不良系後輩」だとか。万が一見られても誤魔化せるような書き方で。
一番良いのは見られない事なので、オモチャとは云えそれなりに強固な鍵付きの日記帳を選び、保管場所はキチンとした鍵がついた勉強机の引き出しの中だ。ここまで「見ないで欲しい」を主張しているのに見る奴がいたら、妄想野郎と糾弾される前に覗き趣味の変態野郎って罵ってやると心に決めた。
「うーん……」
そうして書き出した情報を眺める。多種多様な連中がいるなと改めて思い、乙女ゲーでは当たり前の事だなと頷く。
伊代子刀自と話した日、龍治は自分の周辺全てを守ると決めた。『ヒロイン』にも『世界』にも負けたくないと、戦う事を選んだ。
そこで龍治は考えた。かつての祖父の教えを思い出して。
祖父・幸治郎は龍治に云った。「何事か成す時には、最善と最悪の両方を想定して行いなさい」、と。
祖父流の帝王学の一部だったのか、それとも単に道理を説いただけなのか。龍治にはそこまで判断出来ないが、祖父のその言葉には「なるほど」と大いに頷いた。
どんな物事であれ、結末は誰にもわからない。決着を付けるまで、その現象が自分にとって最善の物であるのか最悪の物であるのか判じる事は難しい。ならば最初から、その両方を想定しておけばいい。そうすれば、最善にも最悪にもその間にある数多の物事にも対応が出来るのだから。
では今の龍治にとって、最善と最悪は何か。
最善は、「この世界はゲームの世界などではなく、『ヒロイン』も『世界の強制力』も存在していない。全て龍治の勘違いである」と云うもの。
最悪は、「この世界はゲームに近い世界、もしくはゲームそのもの。『ヒロイン』も『世界の強制力』もあって、その呪縛からは逃れられない」である。
正直なところ、最悪の事態であった場合、龍治に太刀打ち出来るかと云われれば可能性は限りなくゼロだろう。
しかし、何もせずにいると云うのは、最悪のさらに上を行く事態を招くのではないかとも思う。
ならば龍治は何をするべきか。
最善にも最悪にも対応出来る事とは何か。
まずは己を磨く事だろう。
相手は美形揃いの乙女ゲームにおいてすら、攻略対象ほぼ全員から一目惚れされるような「魅力」の持ち主だ。そんな『ヒロイン』に対抗するならば、龍治も極限まで自身の魅力を磨かねばなるまい。見た目だけでなく中身も全てだ。そうしなければ、とても対抗出来ないだろう。
次にすべきは人間関係。
今現在龍治の人間関係は非常に良好だ。眞由梨の事すら改善され、付け入る隙はないだろう。しかし今後はわからない。『ヒロイン』登場と共に崩壊する可能性は否定できないのだ。だから、これからも今いる友人達を大事にして行かなくてはいけない。これは『ヒロイン』への対抗だけでなく、龍治自身の望みでもあるけれど。
さらには、攻略キャラ――厭な云い方だが、便宜的に使わせて貰う――とは知り合い次第取り込みたい所だ。唯一無二の親友――にまではならなくてもいいが、親しい友人にはなっておきたい。これは実に切実な望みだ。
何せ龍治はメイン攻略キャラ――ゲームにおいては全てのキャラクターと横の繋がりがあった。しかしそれは好意的なものではない。性格最悪な『綾小路龍治』である。他の攻略キャラからは完全に敵視されていた。元から嫌われていたのに、さらには『ヒロイン』を巡る恋敵にまでなってしまうのだからもう最悪である。
唯一の救いは『禅条寺玲二』。彼はギャグ要素が強いので本当に癒しの清涼剤だな、と思う。それ以外の連中は悲惨だが。特に『柾輝』。泣ける。
勿論仲良くなった所で、『ヒロイン』登場と共に彼らとの関係性も崩壊するかも知れないが。かと云って放置は出来ないししたくない。
『せかきみ』は攻略キャラ達が『ヒロイン』一人を巡って奪い合う逆ハーレム仕様の恋愛争奪ゲーム。
『ヒロイン』に選ばれなかったキャラには悲惨な末路が待っている。唯一回避出来るのは『龍治』の真トゥルーエンドのみだが、そのエンドでさえ『柾輝』と『花蓮』は救われない。
だから龍治は、出来る事なら、みんなに『ヒロイン』を好きにならないで欲しいと思う。好きになったとしても、醜く奪い合うような血みどろの青春を過ごしてなど欲しくない。
故に――自分が防波堤になればよいと思うのだ。
(俺がみんなと仲良くなっておけば、『ヒロイン』に惚れても周りへの遠慮や配慮が生まれるだろうし。俺はそもそも花蓮が好きで『ヒロイン』に恋愛的興味ゼロだから、ライバル認定されないだろうし……)
まぁ断言は出来ない。そうなればいいな、と云う希望程度のものにしかならない。しかし何もしないと云う選択肢はないので、龍治はそうしようと思っている。
――『ヒロイン』より先に、攻略キャラ達を攻略してしまうのだ。
勿論、ゼンさんが喜ぶような腐った意味でなくて。あくまで友情として、だ。恋愛の前に友情は無力だ、と云う人もいるが、恋愛より友情を取る人間だって一定数はいる。なんとかそこに滑り込みたい。
(とにかく、血みどろの争奪戦さえ避けられればいいんだよ。まぁ、『ヒロイン』がどんな感じかでまた変わってくるけど……)
散々警戒してるが、今のところ龍治は『ヒロイン』が本当に居るかどうかすらわからないのだ。
綾小路の情報力を持ってすれば簡単に調べられるだろうが、「何故そんな事を調べるのか」と聞かれたら答えられない。これで『ヒロイン』に恋愛的興味を持ってると思われたら色々なものが終わって龍治の心は圧し折れる。なので、綾小路の力を使うのは本当に最後の手段だ。
だから今のところは、想定くらいしか出来ない。
居なかったら万々歳。居たらどうなるか。前世の記憶にあるような創作物の中において、いわゆる転生物に出て来る乙女ゲー『ヒロイン』は多種多様だった。
周りの誰かに記憶があって、ヒロインには記憶がない場合――普通の子、ゲーム通りの子、よい子、性格改変、百合、友情寄り、悪役。あげれば幾つでもある。
龍治のように前世の記憶があった場合(もしくは憑依、と呼ばれる現象の場合)――普通の子、ゲームの展開を避ける子、己の立場から逃げる子、ゲームの世界に来たとはしゃいで痛い事をやらかす子、調子に乗りまくる子、絶望する子。正直きりがない。
故に龍治がすべき急務の中に、「『ヒロイン』の存在確認」が入って来る。そしてこれは、実は綾小路の力を使わなくても、なんとか分かる方法があるのだ。
故に龍治は悩み、首を捻って――うむ、と頷いた。
「無理だろこれは」
ゼンさんが「おい」と突っ込んで来た気がする。しかし勘違いしないで欲しい。方法としては悪くないし、一石二鳥の部分がある大変都合がよい策――と呼んでいいのか――なのだが。
それを実行するに当たり邪魔なのが綾小路――と云うか、父・治之だった。
龍治は綾小路家嫡男なので、専門の護衛がいる。それについては文句はない、仕方ないと思っている。営利目的や綾小路に害を成すための誘拐もあり得るだろう。伊代子刀自の話を聞いてからは、祖母に似たらしいこの容姿目当ての誘拐すらありそうだと思っているので、護衛邪魔、要らないなんて決して思わない。自分の身は全力で守りたい所存だ。
では何が駄目なのか――護衛を含めた使用人達が、龍治の行動を逐一治之に報告する点である。
龍治が何かしでかす度に報告、ではなくて、行動を随時、だ。何だその監視体制は息苦しいわ、と龍治ですら思う。その報告内容についてあれこれ龍治に口出しして来る訳ではないが、自分の行動が監視されていると云うのは気分の良い物では無い。たまにぽろっと、「どこそこへ行ったらしいけど、何をしていたんだい?」とか云われると、自分でも理解不能の怖気がしたりもするし。
あの父の事だから、純粋に息子を心配しての事だろうが、行き過ぎだと思う。今後の龍治の為にも父の為にも宜しくない。親子関係的な意味で。
何より、心から自由に動き回れないのが一番困る。これから攻略キャラ達と接触して行こうと思っているのに、あれこれ口出しされるのも鬱陶しい。「何でそんな事してるの?」とか一々聞かれるとかうざいにも程がある。
なので――父への報告だけでも断たねばなるまい。
龍治が本当に何事かやらかしたら、その限りではないが。悪い事してないのに報告されるのは勘弁願いたいのだ。
(でも真正面から云ったってやめないだろうしなぁ、あの人……)
変な所で強情と云うか、自分が正しいと思ったら曲げない部分があるので、龍治が正面から「逐一監視とか止めてください」と云っても「お前の為なんだよ」とか斜め上の事云い出しそうだ。
心配してくれるのは一応嬉しいが、監視は信用されていない証明のようにも思えるので本当に勘弁して欲しい。
「仕方ない、か……」
あまりやりたくないが、他の方法を考えるのも面倒だし時間がもったいない。
ゲームにおいて、『ヒロイン』は龍治の一つ下。ゲームの通りになるならば、約六年後に出会う事となる。六年。長いようで、あっと云う間だ。この六年の間に、出来る限り攻略を進めておかなくてはいけないのだ。
先手必勝。『ヒロイン』登場前に、攻略キャラはこちらの陣営に引き入れさせてもらう。卑怯だと云われても構わない。真っ向勝負では勝てる気がしないのだ。
相手は世界の主人公たる『ヒロイン』。龍治はその『ヒロイン』が攻略する為のキャラクターに過ぎないとしたら、準備は早ければ早いほどいい。
故に決意した。
「似非だけど、反抗期始めよう」
うん、と頷いて、龍治は日記帳を模した作戦ノートを閉じた。
ゼンさんが「おとうさまご愁傷様です」と呟いたような気がした。
*** ***
――そうして、至る現在。
龍治の前には、心底困ったような――いや、事実困っているのだろう――顔をした母・竜貴が居る。
場所は龍治の部屋。ティーテーブルに座って向き合っている。龍治付きの使用人が淹れた玉露の香りが、ふんわりと漂っていた。
「龍治さん、一体どうなさったの?」
「どう、とは?」
「突然、その、お父様と同じ場所で食事は厭だとか……洗濯物一緒に洗わないで欲しいとか……加齢臭がうつるから近寄らないで下さいとか……。お父様、泣いてましたよ?」
「へぇ……」
あの父でも泣くのか、と変な方向に感心する龍治である。その心底感心した「へぇ」をどう感じ取ったものか、母が眉を八の字にした。
「お父様が何かしたのかしら? 確かにお父様は、ちょっと、その、鈍感? と云うか、人と感性がずれてる方ですけど、龍治さんを心の底から愛しているんですよ? お可哀想でしょう、そんな事をしたら」
「俺だって好き好んでやってるわけじゃないですよ」
「あら……そうなのですか?」
「前々から、父に対して思う所があったものでしてね」
常に監視・管理下にあるような状況が息苦しく、行動を逐一報告される事が鬱陶しくて堪らない――と云うような事を、少々大袈裟に云ってみる。
さて、母は龍治に過保護だが、夫に対しては従順な妻でもある。この場合、龍治を叱るのか、それとも夫を諌める方向に行くのか、宜しくない好奇心が疼いた。
頬にそっと指先をあて、母は小さく溜め息をつく。
「龍治さんの気持ちはわかりました」
「そうですか。それで、母さんはどうします?」
「……お父様に云っておきましょう。少し距離を置いて下さい、と」
どうやら龍治に味方してくれるようだ。
「俺に味方してくれるんですか?」
「私も……その、治之さんは過干渉気味だとは思っていたのです。私だって龍治さんの事が心配ですから、余り口には出せませんでしたが」
「はぁ……」
「幾らなんでも、行動を随時監視すると云うのは、やりすぎだとは……思っていましたよ? でも私が云ったところで、聞いて下さるかわかりませんでしたから……」
「まぁ、そうですね」
「でも龍治さんがそうと云って行動している以上、私の言葉も聞いて下さるでしょう。護衛や使用人の数は減らせませんが、監視はやめさせます。それで宜しいですか?」
「良いですけど。……でもしばらく、この態度でいますよ」
「まぁ、龍治さん」
「あまりあっさり止めてしまうと、懲りないでしょう、あの人」
「……それは否定しません」
母子から散々な云われ様な父だが、別に憎まれている訳でも嫌われている訳でも無い。家族としてちゃんと愛している。
ただちょっと……と云うか、ものすごく、――うざいだけなのだ。
「いざとなったら、おじい様と幸子伯母様にご相談しましょうね」
「そうしましょう。……ところで、お茶の味は如何ですか母さん。花蓮から貰ったものなんですけど」
「あら、花蓮さんから? 通りで素敵な香りだと思ったわ。お母様にも少し分けて下さいな」
「いいですよー」
そうして和やかに、母子面談は続いて行った。
――その時父が自室で、「竜貴さんも龍治も私を一人にする! 嫌われた!」と秘書の一人に泣きついていた事は、後でその秘書本人から聞いた。
ちなみにその秘書は凛々しい目元が特徴的な男性だ。仕事とは云え泣き喚くおっさんにひっつかれるとか。ご苦労様である。
*** ***
「明後日から新学期だなぁ」
「そうですね。夏休み、あっと云う間でした」
龍治の独り言のような呟きにも、柾輝は律儀に言葉をくれる。
母子面談の翌日、龍治はさっそく街へ繰り出していた。
すぐ側には柾輝がいる。さらには黒いスーツ――ではなく、周りから注目されないよう普段着姿の護衛が計五人、つかず離れずの距離で龍治をひっそり護衛している。そのうち一人は流石に龍治の側に居るが、護衛の中で一番威圧感がない人物なので気が楽だった。
「今日明日はのんびり外で過ごそう。家に居ても色々鬱陶しいしな」
「あはは……」
「龍治様、そのような……」
母と同じく、柾輝にも今の反抗期は似非だと伝えてある。それが故の曖昧な笑いなのだろう。
それを知らされていない護衛は、どこか冷や冷やしているような感じだった。何か云いたそうだったが、龍治が視線を向けると口ごもってしまう。別に何を云われた所で怒ったりしないのだが。
「えーっと、この先の公園だな」
「美味しいクレープ屋さんがあるんですよね?」
「そう。ネットで話題になってたから気になってな」
「野外でクレープをどうやって食べるのでしょう? 公園をテラスのようにしてるのですか?」
「あー、うん。柾輝が想像してるクレープとは全然違うクレープだから大丈夫だ」
「そうなんですか……?」
多分柾輝が想像してるクレープは、クレープ・シュゼットやガレットのような、ナイフとフォークが必要になる類のものだと思われる。
しかし龍治が今から食べに行こうとしているのは、庶民、特に若い世代が好む手で持ち齧りつくタイプの巻いたクレープだ。幸子伯母とも一度食べた事があるのだが、その時美味しかったのでまた自分でも食べに行こうと決めていた。
そのクレープの移動タイプのお店が、この先の公園に三時から夕方五時まで居るとネットで見て食べに来たのだ。
“本来の目的”はもう少し違うが、それは云う必要がない。
着いた公園は思っていたより広かった。しかしあくまで、狭くはない程度。芝生はあるがレジャーにはあまり向かないだろう。精々犬の散歩とか、二人でキャッチボールくらいがいい所か。遊具も少なく、ベンチの方が目立つくらいだ。遊び場、と云うより憩いの場と云う意味での公園のようだ。
その公園の一角に華やかなペイントが施されたワゴン車があった。お目当てのクレープ屋はそこらしい。ワゴンの周りに親子連れやカップルなどが居て、楽しげにクレープを頬張っているのでわかりやすい。
「あれだな」
「あそこですか?」
「龍治様……皆様手づかみで食べてらっしゃるようにお見受けしますが……」
「そう云う風に食べるように出来てるんだよ。佐々木、俺の財布くれ。全員分おごるから」
「いえそう云う訳には!」
「俺の顔を立てろ」
「はい……」
こいこい、と手招きすると、距離を取って見守っていた他の護衛達も集まって来る。みんな少し途惑った表情だが仕方がない。龍治がこう云った庶民向けの食事をする際に同行するのは、みんな初めてなのだ。
これまでは伯母と一緒に出かけた先だったので、同行していたのは伯母の護衛である。だから、彼らにとってはまさに今回が初体験であった。
勿論、護衛の中には庶民出身者もいるが、龍治がこう云った物を食べる、ごちそうしてくれる、と云う事態は初めてなので、やはり途惑いがちであった。
みんながそわそわとメニューの立て看板を見ているのを横目に、龍治は改めて公園をぐるりと見渡した。
夏休み中と云う事もあり、親子連れが多い。ベンチに座り恋人同士で語らってる人達もいる。
明るい顔、楽しげな顔、笑っている多くの人々。ここは明るい場所であった。
その中に一人――龍治は、“見つけてしまった”。
(あーぁ……)
確定してしまったのか。ただの偶然か。判断なんて出来ないから、龍治はがっかりしつつも安堵をすると云う、自分でも大変器用だなと云う感情の動きを見せた。
ゼンさんが「居たねぇ」とのんびり呟いた気がする。そうだね、居たね、と投げやりに同意してみた。それくらいしか、云える事がない。
明るい場所。優しい場所。そんな所で一人――暗い闇を背負っている人がいる。
ベンチに座って、どこか遠い所を見ていた。顔色は宜しくない。髪も無造作に伸びているからだらしがない。服だって適当に選んだのだろう、とても似合わない。眼鏡をかけているが、知的な印象ではなく陰鬱な印象を植え付けて来た。
あぁなんか酷いなぁ、と溜め息を一つ。柾輝に呼ばれたのでそこで意識をそらして、その人の事を一時頭から追い出したフリをする。
(過去回想イベント通りじゃん。本当に居るんじゃないよ、ったく……)
龍治は食べたいクレープを選んだ柾輝に微笑みかけながら、心の中で悪態をつく。自分はベリーベリースペシャルがいいなぁと笑いながら、どうしようもないなと途方に暮れた。
今の龍治の感情を、どう説明すればいいのだろう。
酷く、がっかりしてる。――だってイベント通りにここに居るんだから、最悪に近付いてしまったじゃないか。
酷く、安堵している。――だってイベント通りここに居てくれたから、『ヒロイン』の事がわかる手がかりになるかも知れないじゃないか。
相反する感情がぐっちゃぐっちゃと心をかき乱して、それでも決意は揺るがず、望みは消えないままで。あぁちゃんと選んでる、のろいけれど自分は進んで居るんだなぁと、前向きに考えながら、龍治は糞喰らえと世界に向けて吐き棄てた。
ベンチに座るその人は、会いたくて、会いたくなくて、堪らなかった人。
『ヒロイン』の幼馴染であるはずの攻略キャラ――『久遠椋太郎』が、世界に絶望しきった顔でそこに居たのだ。
この一方的な出会いが、勝利への一歩なのか、それとも絶望への一歩なのか、そんなもの、今の龍治に分かる訳がなかった。
やっと新キャラって云うか、他の攻略キャラ出たー!
な、長い、ここまで何文字かけてんだって話ですよねすみません!
さぁ、今度は新キャラ、久遠椋太郎が中心(?)になって話が進みますよー。
癖のありそうなキャラなので、また龍治が苦労しますねワロスwww(酷い)
蛇足)
龍治の護衛は五人。
「佐々木」「火々池」「土荏田」「小金井」「水野江」です。五行。←
誤用してたので修正しましたー!; 本当にすみません……ご指摘ありがとうございます!




