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147.同類は見抜く

 シグムントが口を開いた。


「白夜殿は、ウツィア殿では不十分とおっしゃりたいか」

「如何にも」

「このシグムント。王に代わり政を努めているが、その全権をウツィア殿に委譲した。これを王はご存知であるはずだが、それでも認めてはもらえないだろうか」


 ……単にヤロスラフ王がウツィアに任せただけではなく、ウツィアの行いに宮廷が黙っているのは、そういうことよね。

 はっきりと確認できたのは喜ばしいけど、どうしてシグムントは王位を捨てるような真似までしてウツィアに任せているのだろう。なんとなく……彼がライナルトに興味を示しているのは妻の勘で気付いているのだけど、動機がまだ見えてこない。

 彼という人を知る材料が少ないから、判断の決め手に欠けるのだ。

 シグムントの問いに、白夜はじっと彼を見つめた後、ゆっくりと首を横に振る。


「現在冠を頂く者とのみ、精霊は協定を結ぶ……いま、この場にいる者を信用していないのではない。ただしく国を導く者と協定を結ぶからこそ、あらぬ口を挟ませる余地を潰せると考える」


 もし何かの間違いでラトリアに政変が起きた場合「協定を結んだのは王ではない」という理由で反故にされる可能性は十分にある。白夜が拘る理由はここだろう。シグムントもわかった上で一度粘ったのだから、白夜への感情はよろしくないだろう。

 不服そうなジグムントへ、白夜は声にほんのりと親しみを含めた。


「精霊は争いを厭う。貴国と仲違いをしたいわけではないのは理解してもらいたい。我としても、最初に同胞を迎え入れてくれた礼は尽くすつもりだ」

「……それは重々承知している。我が国としても、我が国に新しく住まう住人を虐げたくはない」


 白夜がラトリアを気遣っているだけで、オルレンドルの案を呑むつもりなのは明白だ。

 彼女はふ、と息を抜いた。


「こちらに顕現したのも久方ぶりだ。人の世界の変わり様を見たいのだが、一度休息を挟んでもいいだろうか」

 

 どのくらい休憩を挟むのかは不明。というかラトリア側が時間を指定しなかった。

 すっかり場を支配した彼女の一声で、私はライナルトの手を借りて立ち上がる。

 休憩と称した、ヤロスラフ王を呼んでこいという無言の要求。あのやる気のない王様を、ラトリアがどのくらいで連れてくるか気になるところだけど……。


「ライナルト?」

「先に行っててもらえるか?」


 ジェフに私を託し、彼は悠々とした足取りでラトリア側に向かったかと思うと、ヤーシャを呼び止めた。

 オルレンドル皇帝が自ら話しかけたことに、すでに周囲は懐疑的。ヤーシャも忌々し……忌々しい? 嫌がるだけならともかく、どうしようもなく相手すらしたくない相手と対峙するような表情は、以前のヤーシャにはなかったものだ。

 ライナルトはヤーシャに二言だけ声をかけた。

 そして不思議と目を離せない、堂々とした態度で去る背中をヤーシャは恨みがましそうに見送り、やがて踵を返して兄達を追っていった。

 一部始終に私は、戻ってきたライナルトへ、場も忘れてすこし半眼になる。


「なにをしたんです?」

「大したことではない」

「白夜の件といい、私に内緒で行動してましたね」

「行動と言うほどではない。足踏みしている若者の背中を押しただけだから」

「嘘っぽい」


 悪いとも思っていないし、教えてくれるつもりはないらしい。

 彼のこういう悪巧みは知っているつもりではいたけど、秘密にされているのは面白くない。シスは表情からして知っている様子だし、仲間はずれにされた私の頬を、ライナルトの人さし指がさらりと撫でる。


「後でわかる。上手く行ったのならな」

「もー……」


 子供っぽい呟きは、喉から漏れる低い笑いだけで躱される。

 用意された控え室に戻る前に、シスが「席を外す」と言った。


「ちょっと白夜のばあさんに会ってくる」

 

 白夜やヨー連合国と離されているのは、ラトリア的に合間で談合してほしくないという意図なのだろうが、そんなの知ったことではないシスはぼやく。彼から行き先を教えてくれるなんて珍しい、と思っていたら、顔に出ていたようだ。


「黙ってたところでフィーネがバラすだろ」


 彼から白夜に用事、しかも場も気にせず急くなんて珍しい。

 しかしシスは公人として出席しているし、無為にオルレンドルから精霊に接触したと知られるのは好ましくない。そう思ったライナルトが制する前に、彼は「個人的な理由」と言った。

 

「たぶんあのばばあ、僕のばあさんがどうなったか知ってるから、ちょっくら聞いてくるだけさ。ま、荒事にはならないから安心しな」


 …………当たり前すぎて忘れてた。

 そうだ。そういえば、シスは半精霊。聞かれたくなさそうだったから詳しい話を聞いたことはなかった。だからいま初めて知ったのだが、彼の祖母は『大撤収』で精霊郷に引き上げたらしい。

 表面上はそうと見せずとも、こうして急ぐのだから、家族に対する思いが強いのは確かである。

 だがしかし、こういった情緒はライナルトに通じない。

 駄目だ、と言うだろう口を扇子で封じ、シスにはいってらっしゃい、と小さく手を振る。


「見つからないようにしてね」

「任せろ」


 するんと姿を消したところで、扇子はライナルトに受け取ってもらい、用意してもらったカップを持ち上げる。

 何か言いたげな視線をわざと無視して、夫を見ないようにしながら御茶を啜る。


「ラトリアはどう出るかしらね」


 今回ばかりは傍観者にならざるを得ないが、彼らは身内のゴタゴタをどう片付けるか、気になるところだった。

 


♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦


 

 オルレンドル皇帝は、はっきりいって、まったくいけ好かない奴だった。


 ヤーシャは誰からも注目を集めていない。

 ここにいるのは誰も彼も父か兄の配下だ。

 ヤーシャは昔っから武芸がからっきし。

 王子だから、もっといえばシグムントの弟だから「ある程度」は武器を扱えるとなっているが、実は一切戦えない。腰の獲物は「それっぽく」見せて歩けるように、運動がまったくできない自分を同情した赤狼の戦士達が仕込んでくれたものだ。人前で行われる試合なんかは基本的に八百長で、だから市民や女子供はだませても、自分を詳しく知っている人は真実を知っている。

 自分に注目する人は誰もいない。

 母がありのままを褒めてくれたから、父が賢いなと言ってくれたから、兄はヤーシャが非力でも差別してこなかったから、書物を読みあさり、先祖を学び、父の政を行う様を盗み聞きしてきた。

 まるで男らしくない。王族失格。女々しい奴だと言われても、彼はペンを取る方が楽しい。知らないことを知る方が楽しい。

 オルレンドルの連中に悪態を吐きながらも本気で離れなかったのは、自国にはない価値観が楽しかったからだ。

 ヤーシャは羨ましかった。

 見た目は百人中百人は振り返るくらい、すこぶる良いのに言動が貴人らしくない、おかしな皇后。

 噂通りの美丈夫で、美の化身が人間の姿を借りたと思しき皇帝も。

 彼らは義息子に武芸を教えている様子はなかった。

 ラトリアでは信じられない光景だ。特にただの貴族から皇帝の義息子になったのならば、必ず相応の教育が施される。子供だろうが鍛えねば鞭で打たれても仕方ないのに、それでも当たり前に愛し、堂々としていた。それをごく普通に享受している彼らの義息子が、少し、羨ましかった。

 だがヤーシャはヤロスラフ王の息子であり、シグムントの弟だ。

 弱いからこそ『ラトリア』らしさを見せなくてはならない。強気でいなくてはならない。ただでさえ期待されていないのだから、これ以上誰もがっかりされてはならない。

 強気の影に隠れた羨望の目を、もしかしたらあの皇帝は気付いていたかもしれない。

 知った上で黙ってくれていたから、少しだけ感謝し、心の距離は近かった。こんなことを言ってしまったら言語道断かもしれないが、精霊が娘にいるというのも、不自由な自国よりは「そうだろうな」と納得もできた。

 オルレンドルの自治領区案も、ラトリア案より現実的だ。

 父はもはや王位に留まるつもりはなさそうだし、来たる王位継承の日を合わせ、国王交代による国の安寧を踏まえれば、彼的に不安定要素が強い精霊には国にいて欲しくない。ましてウツィアという、とんでもない穴の出現だ。多少勉強はしたようだが、意気込みが強い少女はラトリア王族を暗闇に落としても驚かない。

 ヤーシャはシグムントを見る。

 

 ――兄上は何を考えているのですか。

 

 寡黙だが、亡くなった兄に次いで父の傍にいたのはシグムントだ。

 彼がようやく日の目を浴びたとき、世間はようやく兄に報いてくれたと思ったのに、突如として無知な少女を祭り上げた。いまはまだ、彼女は表に出ていないことと、シグムントの人となりが人々に頭を下げさせているが、これも時間の問題だ。

 兄がウツィアと近しくなってから、ヤーシャは兄がちっとも理解できない。

 あるいは、もしかしたら、一度も兄を理解できたことなどなかったのかもしれないが、ヤーシャは忘れられない。幼い頃からヤーシャの手を握り、引っ張り、弟が苛められれば、必ず助けてくれていた兄の背中を。

 父や母は立場上、ラトリアの男らしくなく、ひ弱なヤーシャを庇いきれない時がある。

 だがシグムントは昔っから、公の場でも弟を公平に扱わせていた。気兼ねなく接することの出来るいまの護衛を選りすぐり、付けてくれたのもシグムントだ。

 今は少し……冷たい言動が目立つけれど、その記憶があるからヤーシャは諦めきれない。

 だが彼の悶々とした思いを、あの男はぶった切った。

 皇帝、否、クソ野郎は、わざわざ夜中にこっそり忍んでラトリアの王子を尋ねると、警戒して毛を逆立てるヤーシャにこう言った。


「あの男は愉快犯だぞ」

「転生令嬢と数奇な人生」の漫画は、カレンとライナルトの邂逅等が出ています。ファルクラム王子の姿も明らかになりました。

しろ46さんの漫画もどんどん上手くなっているのと、無料範囲もあるので、よろしければご覧ください。

ハヤコミにて連載中です!


また、角川文庫からでる「あやかし憑きの許嫁(恋愛)」もよろしくお願いします!恋愛です!

ホラー文庫からもXで宣伝されました(理由はあります)

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― 新着の感想 ―
ゆ、愉快犯...えっ、家族に愉快犯とかもう最悪。 精霊に愉快犯とかという知識あるのかしら。 あ、シスが元愉快犯だった。あれっ、じゃあ白夜にお話って「人間には愉快犯という者が稀におり...」とか?
人でなしだから、愉快犯を嗅ぎ分けた訳ですか。 ラトリアの王様の心が折れた原因もそこら辺なのかな〜? 毎回意表をつかれるので、更新が楽しみです!
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