燃える防塁
防塁を這い上がろうとする北方民。それを防ぐ軍団兵。双方の攻防が絶え間なく続く。
エリック率いる第5軍団所属の第16歩兵中隊は、南門右翼の防衛を担っていた。
絶え間なく飛んでいく矢の雨を防ぎながら這い上がって来る敵兵への対処は、困難を極める。
近距離になると矢を射かけるよりも、石や熱した油や湯を振りまき接近を阻む落下攻撃が効く。そんな戦いの中で特に有効だったのが、一本の丸太の両端に鉄の金具を取り付け、その金具に丈夫な綱を通し、4~6名一組で、防塁の外へと投げ落とすという戦い方である。これには弓の扱いが苦手な兵が配属されていた。
「落とせ」
コモンドの号令の下に丸太が落下し、防塁に取りつく敵が弾き飛ばされる。
丸太は一本が6フェルメ程度の長さなので、一度に複数の敵兵を排除できた。
「綱引け」
兵たちは顔を真っ赤にさせながら両端の綱を引く。投げ落とされた丸太は引き上げ次の攻撃に備える。
この様な隊を5組編成し、兵を交代させながら間断なく投げ落とした。他に仕掛けのないただの丸太ではあったが、その圧倒的な質量により敵兵を空堀へと叩き落とし、戦闘不能にするのだ。
砦側の抵抗に、北方民たちも手をこまねいてはいない。
丸太を操る兵に向かって、巨大な弓カリチュクアから放たれる重い矢、手回しの投石機から放たれた石が甲高い音を立てて飛んでくる。
どちらも当たり所が悪ければ、即死する威力がある。配下からも犠牲者が出ることは避けられない。
そんな激戦の只中、敵陣から何度目かの角笛が鳴り響く。負けじと砦の太鼓が打ち鳴らされた。
「次が来るぞ」
「これで何度目だ。あきらめの悪い奴らだ」
「矢の補充、急げ」
「ガイルスがやられた。誰か右の綱に回れ。速くしろ」
「泣くな。喚くな。泣く暇があったら。弓を構えろ。射返せ」
怒号が飛び交う中、エリックは狭間から外を窺う。
粗末な木製の盾を構えた敵兵たちが、雄たけびを上げながら突っ込んでくるのが見えた。敵はこちらを休ませないためにも、数を活かしての波状攻撃か。お陰で水を口に含む暇もない。
「リリーナ様。そろそろ頼む」
誰に言うでもない独り言ではあったが、エリックの祈りはリリーナに通じたらしい。
敵の突撃線に対して、砦中央部に設置された巨大な投石機から火のついた油壷が放たれた。
油壷は北方民が設置した木製の障害物に照準を定め、落下と同時に飛び散った炎が燃え移った。エリックが予想した通りの展開となる。リリーナは敵が築いた障害物を燃やすことによって、戦いを有利に進める腹積もりだ。
初めは一つ二つと、無視できる程度の損害であったが、油壷は間断なく発射され、次第に視界が炎と煙に包まれていく。
自身の後方に炎と煙の壁が出来た敵の突撃部隊は、明らかに動揺し始める。
よし。効いている。
「伝令。伝令。16中隊、シンクレア百人長はいずこに」
次の矢を弓につがえようとしたとき、足元に伝令役の標を身に纏った兵が駆け込んできた。
「ここだ」
エリックを見つけた伝令は、腹の底から声を出す。
「守将より伝令。16中隊の騎兵は直ちに参集」
ダンボワーズ千人長からの命令に、両の目を見開く。
「騎兵の参集。打って出るという事だな」
「はっ。東の脇門より出撃します。急ぎ支度を」
防塁には敵に見つからぬように、出撃用の脇門が東西に設置されている。そこから騎馬隊を出撃させ、寄せ手の脇腹を狙う作戦か。
「分かった。第16中隊の騎兵は直ちに騎乗せよ。騎兵は直ちに騎乗」
エリックは防塁の上で戦う配下に向かって叫んだ。
そうこなくては。防戦一方だと、心が疲れる。どこかでやり返さないと、士気は保てない。
「しばらく、ここは任せた」
エミールたち、ニースの家臣が次々と防塁を下っていくのを横目で見ながら、身近にいたコモンドの肩を叩く。十人も兵が抜けるのだ。厳しい戦いになるだろう。そんな思いを込めると、歴戦の軍団兵は不敵に微笑む。
「お任せを。隊長殿も御武運を」
「ありがとう。行くぞ」
エリックは直臣たちと共に防塁を下り、兵舎の近くに繋いでいた愛馬に跨った。打って出ることを予想し、騎馬の準備は万端整えている。
攻防戦の熱気に当てられ興奮するアンゼ・ロッタの首筋を叩いて宥めた。
アンゼ・ロッタが落ち着きを取り戻したころ、エリックの眼前に9名の騎兵が整列した。皆の表情は強張っている。
エリックは手綱を引いて声を張り上げた。
「よく聞け。我々にとっては初めての騎馬戦だ。無理に敵を倒そうとしなくていい。だが、落馬はするなよ。落ちたら助からないと思え。お前たちは馬を信じて俺の後にしっかり付いてこい。それだけで敵は怯む。いいか」
「「はっ」」
エリックはロランと相談した上で、配下の者たちには馬上での剣の扱いについて鍛錬していない。代わりに先端に金具を取り付けた棍棒を持たせている。この棍棒で、通り過ぎざまに敵の頭を叩けと教えていた。だが、今回の出撃では、それすらも求めないことにした。
敵が逃げ散れば俺たちの勝ちだ。
「続け」
エリックとその配下は馬蹄を轟かせて、東の脇門へと向かった。
脇門へと至ると、遠くからでも判別できる一際豪華な軍装の騎士がいた。
「リリーナ様。貴方様も出撃なさるのですか」
驚きと共に、深紅の兜を被ったリリーナの傍らに馬を寄せる。
「ここしばらく体を動かしていなかった故な」
場違いなまでの、明るい笑顔が返ってくる。
「お戯れを」
「なに、後ろから偉そうに命令するだけの女と思われるのも癪だ。リリーナ・タナトス・ヘイゼルクロイツの武勇。その目に焼き付けるがよかろう」
なんという男勝り。これは負けてはいられないな。
改めて気合を入れなおすと、茶色の馬を駆るサーシャが馬を寄せてきた。手には鎖の付いた棒を握っている。
「エリック。お嬢が怪我しないように、あんたも協力しとくれよ」
「協力と言われてもな」
これから騎馬で突撃するのだ。誰もが自分の事だけで手一杯だろう。
「あたしとしては、突撃自体をやめてほしいもんさ」
「ああ、それは分かる」
心の底から同意する。
リリーナ様の存在は、この防衛戦の要と言っていい。配下の一人としては、危険なことはせずに防衛の指揮に集中してほしい。包囲された砦で戦っているのだ。誰一人として、安全な位置に隠れていたとは言うまい。
「こら、サーシャ。出過ぎたことを言うでない。エリック。気遣いは無用だ」
「お任せ下さいとまでは申せませんが、出来るだけの事をいたしましょう」
「無用とゆうておろうが」
「本当か。助かる。恩に着るよ」
サーシャが目に見えて安堵する。
「気にするな。リリーナ様が討たれたら俺達も困る」
「そうそう。あたしとしては、困るなんてもんじゃないよ。まったく」
「心中は察する」
「なんじゃ、其の方らわらわの話を聞いておらんのか」
サーシャに話しを合わせて見せると、タナトス家の主従は両極端な表情を浮かべるので、思わず笑いが零れた。
俺が笑うとサーシャも笑う。そんな俺たちの様子を見て、リリーナ様は目を細めて宣った。
「わらわをからかうとは、二人ともよい度胸だな」
気分転換の軽口をたたいている合間に、百ほどの騎兵が集まった。これが砦の全騎兵戦力だ。歩兵はいない。この出撃、速さが全てという事になる。
集まった騎兵に対してリリーナが檄を飛ばした。
「これより、敵の側面を突いて南門から北門へと向かう。難しいことは言わぬ。敵を蹴散らせ」
「「おーっ」」
「開門」
リリーナの号令と共に東の脇門が開かれ、王国の騎兵隊が戦場へと躍り出た。
戦場は炎と煙が立ち込め、北方民たちは進むべきか退くべきか迷っているようだ。そこに百騎ばかりとはいえ、完全武装の騎兵隊が飛び込んでくるのだ。敵の混乱に拍車がかかる。
エリックはリリーナを援護するため、彼女の側面に隊を配して突き進む。通り過ぎさまに敵兵に対して剣を振り下ろすが、手ごたえは軽いものばかりだ。倒すよりも蹴散らすことに専念する。時折飛んでくる弱い流れ矢を叩き落としながら、南門へと至った。
南門では多くの敵兵が砦に向かって弓を放っている。騎馬隊はそこ目掛けて突っ込む。血しぶきと怒号、悲鳴と馬の嘶きの中、懸命に剣を振るい馬を駆けさせる。
隊の先頭はサーシャ。鎖の先端に金属を取り付けた独特の長柄武器で、左右の北方民たちを叩きのめして道を開いていく。傭兵の彼女が一番槍とは恐れ入った。続いて深紅の兜のリリーナが、指揮杖を片手にタナトス家の家臣たちに守られながら駆け抜けた。
敵を蹴散らし、剣を振るう。その合間に後ろに続いている家臣たちに気を配る。
無我夢中で棍棒を振り回す者、馬の背にしがみつくように身体を低くして、とにかく前に進もうとする者。誰もが必死だ。
突撃から程なく、敵の弓隊を粉砕した。炎と煙の中を逃げ惑う敵は無視して突き進んだ。
弓兵の援護を失った敵兵たちは、防塁の上から矢と岩の雨を浴びせられ、次々と倒れていく。門への攻撃の手は目に見えて緩む。この突撃は成功しただろう。
防塁の西面でも同じような戦いを繰り広げ、比較的攻撃の薄い北門から砦内へと帰還する事が出来た。
門を守っていた守備兵たちが、突撃部隊を盛大に歓迎する。
「エミール。俺たちの損害は」
隊列の殿を任せていた腹心に問いかける。
「・・・クルムの奴が、矢を、カリチュクアを受け落馬しました」
「なっ。どこでだ」
項垂れながら報告するエミールに、噛みつくように問いかけた。
「南門を過ぎたあたりです。捕まえようとしましたが、間に合わず」
「くそ」
怒りと嘆きを込めて吐き捨てる。
主をなくした空馬が視界に入ると、胸の奥に短刀でえぐられたかのような痛みが走った。
あの乱戦での落馬。それもカリチュクアで射られたとなると、恐らくクルムは生きてはいまい。覚悟はしていたが、ついに家臣の中から犠牲者を出してしまった。
「申し訳ありません」
「お前のせいではない」
エミールの謝罪を遮り、直臣たちに向き直る。
「みんなも聞いてくれ。クルムの死は、俺の・・・主である俺だけの責任だ。いいな」
落ち込む家臣たちに向けて、腹の底から言葉を絞り出した。
「・・・はい」
才走ったところはなかったが、実直で信頼できる男だった。沢山の妹弟を食わせるために、家臣にしてくれと頼みこんできたのを思い出す。
クルムに限らず、ニースから連れてきた家臣たちは、生まれてからこの歳まで共に暮らしていた村の仲間である。その仲間の一人が帰らぬ者となった。
「天空の神々よ。クルムの魂に安らぎと祝福を与えたまへ」
天を仰ぎ、祈りの言葉をつぶやく事しかできない。
百人長とは、騎士とは、このような痛みに耐えねばならないのか。
武勲とは、忠誠とは、血の義務とは何なのか。勝利とは死とは。かつて百人長を務めた父も、このような痛みと戦っていたのだろうか。
突撃の成功を称える守備兵達の歓声の中で、エリックの心に暗い影が落ちた。
続く
誤字報告、ありがとうございます。助かります。
木材を落として敵を薙ぎ払う攻撃方法は、自分で考えたのですが、私が考える程度の事は昔の人も思いつくらしく、もっと洗練された方式で丸太攻撃をしていました。
具体的には二手に分かれた紐を途中で一本にして、少ない人数でも扱えるようにしてました。
( ̄▽ ̄)//うーん。合理的。




