グレンタールの戦い 後編
エリックたちが立て籠もる慰霊碑の砦は、狭い窪地の中央に東西500フェルメ、南北400フェルメの長方形の形を成していた。
これは典型的な王国軍の駐屯地の形式であり、南北に一か所ずつ門がある。門扉は防塁から10フェルメほど内側に引き込まれた形で建てられており、その両側には高さ20フェルメの木製の塔がそびえ立つ。そこから20フェルメ程度の間隔を空けて同規模の塔が砦の全周を囲い、その外側には幅10フェルメ、深さ2フェルメの空堀が開削されている。更にその外側には、防塁への接近を阻む障害物が点在していた。防塁の内側には壁にへばりつく様に、屋根が付けられただけの簡素な兵舎が並んでいる。
兵舎から50フェルメ内側に向かって坂を上ると、第二の防塁が立ちはだかる。防塁は円形に張り巡らされており、兵糧などの戦略物資が集積されていた。
江梨香が上空からこの砦を俯瞰すれば、『日の丸みたい』と、評したであろう形状である。
第二の防塁への門は東西に設けられており、南北に設置された外側の門が突破されたとしても、敵は東西の門を目指し、王国軍に側面を晒しながら進まなければならない。
その第二の防塁上には、大小さまざまな投石機が設置されており、大型の物は360度回転できる台座にすえつけられ、小型のものには車輪が取り付けられ、戦術的機動性を確保していた。むろん第二の防塁にも壁に取りついた敵を、側面から排除するための塔が立ち並ぶ。
砦を陥落させるには、この二重の防御施設を突破せねばならない。木と土で構成されている砦ではあったが、見かけ以上に防御性能は高いであろう。
砦を包囲しようとする敵に対し、砦から容赦のない石の雨が降り注ぐ。
北方民たちは盾を構え投石を防ごうと試みるが、小石ならともかく、大型の投石機から投射される巨石には成す術がないように見える。しかしながらその程度では北方民の勇猛さを鈍らせることは出来ない。彼らは前列に盾を並べ体を張って投石を防ぎ、後列から矢を猛烈な勢いで放つ。手練れの射手は、僅かな合間に何本もの矢を放ち、砦の防壁に突き刺さる。放たれる矢の中には可燃物を染み込ませた火矢も含まれており、木製の塔を焼こうと試みている。
特に恐ろしいものが、カリチュクアと呼ばれる巨大な弓から放たれる矢であった。頑健な北方民の中でも、特に巨漢の者たちから放たれるそれは、平凡な弓の倍近い射程を誇り、なによりもその矢じりの大きさと重さで、軍団兵の盾を貫通する勢いであった。
砦からの攻撃を受けながらも、北方民は砦を包囲する態勢を整える。兵の多さから見て南門が主攻撃面であろう。ひときわ甲高い音色の角笛が敵陣から鳴り響き、北方民たちの突撃が開始された。
敵兵は砦から放たれる石や矢の雨をかいくぐり、空堀を越えて防壁へと迫る。
幾人かの兵は鉤爪の付いた縄紐を振り回し防塁へとひっかけ、それを足場に砦内への侵入を試みるのだ。むろん、守備兵が縄を切って回るのだが、それを狙って矢が飛び交う。運悪く砦の外へと転落した兵の運命は明白であろう。
門扉に向かっては、丸太を切っただけの破城槌が突っ込んできた。それに対して守備兵は十分に熱した油の入った壺を投げ落とし、破城槌を操る北方民を焼き殺すのであった。
朝から昼にかけての敵の第一次攻撃は、戦法こそ簡素なものではあるが、その熾烈さにおいては侮りがたい勢いがあった。
砦の一部には火の手が上がり、空堀には北方民の死体が折り重なると、流れ出す血が川となる。両軍の兵達が上げる喊声は大森林に鳴り響き、大地すら震動する勢いであった。
エリック率いる第16歩兵中隊は、予備戦力として温存されていたが、だからといって手持無沙汰なわけではなかった。彼らに与えられた任務を一言で表すのであれば雑用である。
負傷した兵や戦死した兵を担架に乗せ、第二の防塁内に設置された救護所や遺体置き場へ搬送。砦内に打ち込まれる多数の火矢が、燃え広がらないように砂や水をかける消火活動。同じく降り注ぐ矢の雨から使えそうな矢を回収して、味方の弓箭兵へと手渡す補給作業。戦闘以外の全ての任務をこなさねばならなかった。
日が傾きかけた頃、北方民たちが砦から離れ始め、今日の攻撃は終わりを迎えると、エリックは大きく息を吐いた。
「我が隊の損害は」
父の兜を脱いで、エミールに声をかける。秋の空に熱気が湯気となって立ち上った。
「負傷6名、いずれも軽症。死者はいません」
「よし」
何よりの結果だ。怪我をした兵たちには労いの言葉を掛けよう。
「我々の損害は軽微ですが、南門はかなりの被害が出たようです」
「あの猛攻では、さもありなん。明日は俺たちが配備されるかもな」
「はい。そうなると、今日の様にはいきませんね」
「・・・・・・そうだな」
部下から死者が出ることは避けられない。俺がくたばるか、村から連れてきた家臣がやられるか、歩兵隊の誰かが倒れるか、いずれにせよ、その事実が肩に重くのしかかる。
「夕食の配給はけちるなよ」
「はい」
気分を変えるためにも、意図的に明るい声を上げる。
「特に温食のスープの肉は上等なものを使え。近衛兵団用の良い肉があったはずだ。あれを使おう」
「・・・よろしいのですか」
エミールが困ったような反応を返す。
戦いで気が立っているのか、エリックが堂々と銀蠅の宣言をしたからだ。
「構うものか。食った後でダンボワーズ卿に報告しておく。問題になればリリーナ様にもお口添え願おう。ビスケットの件があるから、否とは仰せになるまい」
「了解です。兵たちも喜ぶでしょう」
「ああ」
籠城戦においては、兎にも角にも士気が大事だ。兵たちに負け戦を予感させてはいけない。食事が貧相になると、兵たちが不安がると父も言っていた。
夜襲に備えるためにも、今の内に戦力を整えよう。
夜襲は無かった。
翌日。日が昇るとエリックの予想通り、第16歩兵中隊は南門の守備に回された。
防塁の上で、トランスと呼ばれる短槍を振って身体の調子を確かめる。手ごたえは良い。
朝もやが晴れると砦の周囲の状況が判明する。砦を囲むように、丸太を組み合わせた、様々な形状の障害物が並んでいた。あれらは投石を防ぐ為の盾なのだろう。いかに勇猛果敢な北方民と言えども、昨日の石礫の雨には閉口したらしい。
「よっ、エリック。調子はどうだい」
昨日と同じようにサーシャがやって来た。
「万全だ。サーシャはどうだ」
「上々だね」
「なによりだ」
「エリック。あれは何だ」
サーシャが北方民たちが築いた障害物を指さす。
「石と矢を防ぐ盾だろう」
「へぇ」
サーシャは小馬鹿にしたように笑った。
「あんなもので、お嬢の鉄槌から逃れられると思ってるのかね」
「どうだかな」
肩をすくめて見せる。
無いよりかは遥かにましではあるだろうが。
「さて、距離は、っと」
サーシャが懐から金属の器具を取り出して、障害物との距離を測り出した。
「リリーナ様は、あれを攻撃するおつもりなのか」
「当然。昨日は挨拶みたいなもんさ。今日が本番かもよ」
「それは頼もしい」
丸太の障害物を薙ぎ払うのか。リリーナ様が何を考えているのか、少し分かった気がする。
見た目通りの苛烈なお方の様だ。
サーシャが立ち去ると、敵陣からご挨拶とばかりに角笛が鳴り響いた。来るなら来いと睨みつける。
部下たちと共に防塁の狭間に潜み、矢の雨を耐え忍ぶ。甲高い風切り音と、運の悪い犠牲者の悲鳴が鳴り渡る。
隙間から外を窺うと、盾を構えた敵が確実に距離を詰めていた。そこにリリーナ様の石礫が降り注ぎ、運の悪い者がなぎ倒される。
敵兵はじきに防塁へと取りつく。そうなると隠れてばかりもいられない。どこかで反撃の為に身を晒さねばならない。兵たちもそれは分かっている。皆、守りの品を握りしめ、何かに祈っていた。
自分も祈るべきかと考えるが、何も思いつかない。
運命の神アトスに祈るべきなのか、戦いの神セントラ・ルファイユに願うべきなのか。しかし、降りかかる運命に蹴りを入れてやると決めた身の上だ。今更アトスに泣きつくのは情けない。戦いの神は倒れた戦士の魂を、鉄の鍬で回収して自分の館に連れていくともいう。それもご免だ。
俺が祈るべきは・・・
無意識に通信の魔道具を握りしめた。
これは、仲間との繋がりが具現化したものだ。
本隊に居るセシリーやコルネリア。アマヌの一族の下に居るであろうエリカたちとの。
「頼むぞ。俺たちがくたばる前に来てくれよ」
金の模様が施された緑の宝石に向かって話しかけると、スッと恐怖が消え去り、熱い戦意が湧き上がって来た。覚悟を決めて腹に力を入れる。
よし。いける。
そう確信した。
「第16中隊。弓構え」
自身の弓に矢をつがえ号令を掛ける。
「弓構え」
「構え」
エミールやコモンド達が復唱する。
弓を手にした兵たちが、天に向かって構えた。
「放て」
号令と共に狭間からその身を晒し、目についた敵兵に向かって矢を放った。そして、すぐさま物陰へと身を隠す。当たったとは思うが、戦果を確認する暇はない。
矢筒から新たに矢を引き抜きつがえた。
兵たちはエリックと同じように狙いをつけて放つものや、天に向かって放物線を描くものなど様々だ。兵たちの技量はそれぞれ。放ち方は各自に任せるしかない。
「怯むな。撃ち続けろ」
部下への命令でもあり、自分に言い聞かせる為でもあった。
続く
注釈 銀蠅←兵隊用語で食料のネコババの事。帝国海軍のスラングです。陸軍でも使うかは知らん。まぁ、エリックは真面目ですから上官に事後報告するんですけどね。




