フィナーレ 海からの凱旋
エリカが騎士団長と何を話し合っていたのか分からないが、塔から帰った後も元気のない様子だった。
それは、裁判の実質的な勝利を祝った宴会でも変わらない。
宴会でのエリカは、協力してくれた学生一人一人に礼を述べ、報酬として金貨を一枚づつ配って回る。
金貨を手にした学生たちは大喜びで、机に並んだ料理や酒を詰め込んでいた。
最大の功労者であったロジェ先生にも、報酬とは別に、金貨十枚が追加で支払われた。
そんな様子を少し離れた場所で酒を片手に眺めていると、アラン卿が声を掛けてきた。
「エリック。一つ頼みがあるのだが、いいだろうか」
「頼み? なんでしょう」
アラン卿が俺に頼みとは珍しい。
「言いにくいのだが・・・貴様の領地で、あの男を預かってくれまいか」
アラン卿の視線の先にはロジェ先生がいた。
「預かるって。ロジェ先生をですか」
「そうだ。頼まれてくれ」
「理由を伺っても」
「無論だ、今回の件であの男はやりすぎた。これは、奴をエリカ様に推薦した私の責任でもあるが、ともかく、やりすぎた。ペリューニュ子爵家を筆頭に、多くの貴族たちの恨みを一身に買った。このまま王都にとどまるのは危険だ。しばらくはここを離れ、事のほとぼりを冷まさせたい」
アランの言葉に大きく頷く。
ロジェ先生の連座制の拡大解釈は、多くの者の恨みを買っているだろう。
なにせ、怖いもの知らずのエリカですら恐れを抱いた作戦だ。このまま王都にとどまることは危険か。
ならば断る理由は無いな。
「お任せを。ロジェ先生の助力が無ければ、マリエンヌ嬢は助からなかったでしょうからね。お安い御用ですよ」
「すまん。恩に着る」
アランはエリックに向かって、正式な騎士の作法で礼を述べた。
その丁重さに驚く。
「出来れば、一年ほど面倒を見てやって欲しい。奴の生活費は私が出そう」
「アラン卿がですか」
「ああ」
どうしてアラン卿がそこまでするのだろう。何か理由が・・・
「もしかして、若殿からの命令ですか」
「違う。私個人の頼みだ」
予想に反した明確な否定。
ますますわからないな。ロジェ先生はセンプローズ一門というわけでもないし、保護する責務もないはずだが。
そんな思いが顔に出たのだろう。
アラン卿の口から驚くべき事実が飛び出した。
「あまり言いたくはないが、貴様には打ち明けよう・・・あの男、ロジェスト・アンバーは私の腹違いの兄なのだ」
「ロジェ先生がアラン卿の兄上」
思わずエリックは、アランとロジェストの顔を見比べてしまう。
不思議なもので兄弟と言われると、なんだか似ているような気分になる。
「ああ、内密に頼む。本来であれば当家の所領、トリエステに連れて行くべきなのだが、あの馬鹿はトリエステは嫌だと駄々をこねるのだ」
本気で腹を立てているようで、語気が鋭い。
「自領が嫌なのですか」
「随分と嫌な思いをしたから、気持ちはわかるのだが・・・とは言え自分の命が危ういとのに、贅沢を言える立場ではあるまい・・・」
アランがため息をつく。
なんだかんだ言っても、兄弟の事が心配なのだろう。
「そのような事情があるのであれば断れません。一年でも二年でも構いませんよ。ニースで暮らすだけならお金もかかりませんしね」
「そうはいかない。当家の者が迷惑をかけるのだ。しっかりと支払わせてもらう。もしも奴が貴様の言うことを聞かないのであれば、殴ってくれて構わない。遠慮はいらない」
「殴るなんてとんでもない。エリカが世話になったのです。客人として丁重にもてなしますよ。お任せを」
「感謝する。エリック・シンクレア」
色よい返事を受け取ったアランの表情は、目に見えてよくなった。
詮索する気はないが、アラン卿の家も色々あるみたいだ。
俺もレイナを預けなければならなくなったら、同じようなことをするだろう。
こうしてロジェ先生をニースで預かることになった。
ニースに帰ったら、マリエンヌ嬢とロジェ先生の滞在先を考えないといけないな。
三日後。
遂に王都を離れる日がやってきた。
今回の王都滞在は、本当に大変だった。
エリカの同胞を探すのが目的だったのに、それとはまったく関係のない事件に首を突っ込んで、王都の貴族相手に大立ち回り。
拾った謀反人の娘を助ける為に全財産をつぎ込むわ、無理やり巻き込んだ貴族に恨まれて命を狙われるわ、教皇様と談判して祭りを開くわ。
ニースへの土産話には事欠かない。
お陰で俺も、見も知らぬメルキアの山奥で金策に走り回ることとなった。
エリカにはもう少し、喧嘩を売る相手を考えて欲しいところだが、そんな相手を敵に回して勝ったのだから文句も言えない。
本当にあいつは恐れ知らずだ。
恐れ知らずなだけでなく、貴族相手に勝ってしまうところが真にエリカの怖いところだな。ほかの誰に真似が出来よう。
帰りは将軍閣下の船に、便乗させていただけることになった。
将軍閣下の船は大きい。いや、巨大だった。
どれほどかと言えば、巨大すぎて桟橋に接舷することができず、沖に停泊しているほどだ。
ニースの貧弱な桟橋ではない。王都エンデュミオンの、石組みの巨大桟橋をもってしても接舷できないとは。
どれだけ大きいんだ。
そんな黒光りする圧倒的な木材の塊が、俺たちの前に浮かんでいる。
将軍閣下のこの船は、最近になって完成した真新しいものだそうだ。
この船を作るには、一体何本の木が必要なのだろうか。山一つ、禿山になるに違いない。
帆柱は三本もたっており、その先端には王国の旗と、一門の旗、もう一つ、水色の下地に羽の生えた獅子を模った旗が翻っていた。
船べりには沢山の櫂が付きだしており、異様な印象を与えている。
これは軍船だ。
話によると、三百人近い人が乗れるらしい。
こんな立派な船に同乗させてもらえるのか。光栄なことだ。
王都を脱出するマリエンヌ嬢は、昨夜のうちに秘かに乗り込んでいるらしい。乗船したエリカも、マリエンヌ嬢が滞在する船室へと姿を消す。
俺はセシリアに最後の別れを告げ、将軍閣下の後に続き甲板の一番上に足を運んだ。
そこには立派な身なりの男が、真っ黒に日焼けした海の男たちに指示を出している。
この方が船長なのだろう。いや、艦長か。
「閣下。出航準備整いました。いつでもどうぞ」
艦長の報告に将軍閣下が頷く。
「よろしい。出航せよ」
「アイサー。艦隊旗艦ペルセギウス、出航。櫂走用意」
「櫂走用意」
「櫂走用意」
艦長の号令に乗組員たちが次々と復唱する。
船の中から太鼓の音が鳴り響くと、船べりに並んでいた櫂が一斉に動き出した。
大型の軍船が、艦長の号令一つで命を吹き込まれたかのように動き出す。
こうしてエリックと江梨香の二人は、多くの仲間と共に王都エンデュミオンを後にしたのであった。
艦隊旗艦ペルセギウスは、その巨体に似つかわしくない速度で進み、エンデュミオン出航の二日後には、フレジュスの港町に到着した。
風にも恵まれたとはいえ、普通の船とは桁違いの速さにエリックは舌を巻く。
三本の帆柱いっぱいに風を受けて走るさまは壮観で、巨大な生き物を思わせる存在感があった。
ここからは、ニースに向かう船を手配しなければならない。そう考えていたエリックに、将軍は意外な言葉をかけた。
「エリックよ。儂はここで降りるが、其の方はこのままニースへ向うといい」
「このまま・・・この船のままでありますか」
「そうだ。不服か」
将軍はニヤリと微笑む。
「とんでもありません。光栄です」
「よろしい。艦長。このままニースへ向え」
「アイサー。ニースへ向います」
艦長から、打てば響くとはこの事かという返答が返ってきた。
「エリックよ。マリエンヌ嬢の処遇については、追って沙汰を出す。それまでは其の方に任せた」
「最善を尽くします」
将軍は満足そうに頷くと、前触れなくとんでもないことを言い出した。
「うむ・・・そうだな。フレジュスからニースまではエリック。貴様にこの艦の指揮権を与えよう。存分に行え」
「し、指揮権ですか・・・それは」
突然渡された大きな権限に、エリックは混乱する。
こんな大きな船の指揮なんてできるわけがない。そもそも、艦長は千人長と同格とのこと、百人長でしかない俺が、指揮できるわけがないじゃないか。
いったい何をお考えなのか・・・
そんなエリックの動揺を、将軍は笑い飛ばす。
「案ずるな。その方は出航の合図をすればいいだけだ。後は全て艦長に任せればよい。良いな」
力いっぱいに両肩を叩かれた。
「はっ、はい」
「うむ。ブレグの息子。エリック・シンクレア・センプローズよ。エリカ共々、此度の働き、実に見事であった。これはその褒美だ。この艦で、故郷の者たちを驚かせてやるがよかろう。儂からの餞である。辞退は許さん」
そう言い残し、将軍は側近を引き連れて船を降りて行ってしまった。
「シンクレア卿。ご命令をどうぞ」
エリックの前に立った艦長が、両手を後ろに回し背筋を伸ばして命令を待つ。
戸惑いつつも、何とか言葉をひねり出す。
「出航してください」
エリックの弱弱しい口調に、周りにいた船員たちが一斉に笑い声をあげた。
「笑うな。貴様ら」
艦長が一喝すると、直ぐに笑いは収まる。
部下を鎮めた艦長は、羞恥心で顔面を真っ赤にしたエリックに向かって重々しく告げる。
「シンクレア卿。部下たちの非礼は詫びよう。だが、子供のお願いで船は動かない。分かるか」
艦長の鋭い視線がエリックに突き刺さる。
そうだ。この船は軍船なのだ。
命をやり取りする武器だ。今まで乗ってきた船とは全くの別物。
動かすためにはお願いではなく、指揮官による命令が必要なのだ。
「すまない。私が間違っていた」
エリックは艦長の言葉に頷き、大きく深呼吸した後に声を張り上げ命令を下す。
「艦長。ニースに向けて出航せよ」
今度は誰一人笑わなかった。
艦長は船乗り独特の敬礼をし、部下たちに号令をかける。
「アイサー。艦隊旗艦ペルセギウス、出航。進路ニース。櫂走用意」
「進路ニース。櫂走用意」
エリックの号令で船員たちが一斉に動き出した。ほどなくして巨大な船も動く。
この経験は、エリックの心の奥に深く刻み込まれるのだった。
ペルセギウスはエリックの命令通り、ニースへと舵を切る。
あいにく風は弱いが問題ない。風に恵まれなくとも、櫂走で進むこの船は偉大だ。
あっという間に、ニースの岬の先端が見えてきた。
それまで船室にこもっていたエリカも上甲板に上がってきた。マリエンヌ嬢やコルネリア様、ユリアも一緒だ。
ニースの岬を確認したエリカが歓声を上げた。
「帰ってきたー。やっと帰ってこれたよ。一時はどうなるかと思ったからね」
「そうだな。本当にいろいろあったな。今回は」
「ううっ、ごめんなさい」
何気なく言った一言に、エリカが謝罪したので慌てる。
「違う。責めてるわけじゃない。マリエンヌ様もお助けできたのだから、首尾は上々だろう」
「そうよね。うん。首尾は上々よ」
「だったら胸を張って帰ればいいんだ」
「ありがとう」
「ただ・・・」
「ただ。なに? 」
「二月近くの間、ニースを留守にしたからな。村はともかく、ギルドがどうなっているか心配だ」
エリックの指摘に、二人は同時に眉を顰める。
「仕事・・・溜まっているわよね」
「溜まっているだろうな。エリカの仕事は四か月分、俺の仕事も一月分以上か。それを思うと頭が痛くなる」
「私がニースを出たのが春の初め頃、今は夏の終わり・・・ううっ、わかった。私頑張る。頑張るよ。エリック」
「頼む」
「任せて。私はまた一文無しになっちゃったからね。いっぱい働いて貯金しないと」
エリカの宣言に、ユリアやマリエンヌ嬢までが声を上げた。
「エリック様。私も頑張ります。取り急ぎ、オルレアーノの店の状況を確認いたします」
「領主様。私にできることがあれば何なりとお申し付けください。どんな仕事でも致しましょう」
「ユリア。マリエンヌ様まで」
「よーし。みんなで頑張ろう。エイ、エイ、オー」
エリカの謎の号令に、コルネリアが一言。
「エリカが一番頑張りなさい」
「はーい」
そんな二人の掛け合いを見ながら、皆で笑う。
煌びやかなエンデュミオンも捨てがたいが、やはり故郷のニースが一番だな。
エリックに留守を任されたバルテンは、ギルド本部でロランと共にモンテューニュ騎士領のジルを相手に、魚と鉄製品の交換比率について話し合っていた。
長年に渡り、代官職を務めてきたバルテンにとっては、手慣れた交渉事である。
そんな会合のさなか、数人の村人たちが本部に駆け込んできた。
「旦那。大変だ。見たこともない船が入り江に」
ロランと顔を見合わせたバルテンは、先頭にいた男に尋ねる。
「どんな船だ」
「とんでもなく大きな船だ。黒くて長くて大きくて、見たことがない。とにかく来てくれ」
村人の話では大きな船が到着したことしか分からない。
不測の事態に備えてロランには兵を集めることを命じ、自身は確認のため海辺に向かって走る。
これが海賊船であれば一大事だ。
入り江には村人の話通りに、巨大な船が侵入していた。
多くの村人が集まり、沖を指さし騒いでいる。
バルテンは船の所属を確認しようと、帆柱に翻っている旗を遠望するが、歳のせいか視力が落ちていてよく見えない。
「どこの船だ。旗は見えるか。模様を教えてくれ」
バルテンは共に付いてきたジルに、旗の模様の確認を頼む。
ジルの報告の結果、巨大な船はロンダー王国の、しかもセンプローズ一門の船であることが判明した。
安心して気が緩んだバルテンに、ジルは三つ目の旗の模様を口にする。
それは、思いもよらぬ模様であった。
「青地に羽の生えた獣の紋章だと・・・まさか"シエル・ド・ラファール"・・・艦隊旗艦の紋章ではないか。そうなると将軍閣下の御成りか」
バルテンは現役を引退していたためセンプローズ一門の新鋭艦、ペルセギウスの存在を知らなかったが、旗印を忘れるほど耄碌はしていない。
大型船からは小舟が下ろされ、乗船していた人々が、ニースに上陸しようとしているのが見て取れた。
あの中に将軍閣下がおられるのだろう。
ロランが兵を集めて浜辺に到着すると、バルテンは将軍を迎えるために兵を砂浜に整列させる。自然とその周りに村人たちも集まってきた。
結果としてだが、緊張して待ち構えていたバルテンたちは、大いなる肩透かしを食らうことになる。
小舟に乗っていたのは、エリックを筆頭に、エリカやコルネリアにユリアなど、ニースでもお馴染みの面々であったからだ。
「おかえりなさい。若」
上陸したエリックにロランが駆け寄る。
「ただいま戻った。長い間留守にしてすまなかった」
「ご領主。これは・・・将軍閣下は」
バルテンも同じように駆け寄る。
「驚かせて済まない。閣下はおられない。私たちだけだ」
「しかし、旗印が・・・"シエル・ド・ラファール"は艦隊旗艦の旗印のはずですが・・・」
「ああ、あれは、私のために掲げてくれたのだ」
ご領主は振り返り、帆柱に掲げられた旗を仰ぎ見る。
「ご領主のために・・・」
「そうだ。閣下からの餞だそうだ」
呆然と佇むバルテンをよそに、エリックと江梨香は、村人からかけられる親しげな呼びかけに答えながら、一歩一歩ニースの砂浜を進んでいくのであった。
季節は秋に移ろうとしている。
「異世界チート知識で領地経営しましょう」第二章
終わり
\( ̄▽ ̄)/はぁー----。終わっちゃー。
ようやっと終わりましたよ。第二章。
長かった。マジで長かった。
予想の三倍長くなりましたよ全く。
皆様。ここまでのお付き合い、誠にありがとうございました。<m(_ _)m>
約86万文字の長旅、本当にお疲れさまでした。
(。´・ω・)?単行本にしたら何冊分なのだろう。数えたくねぇー。
登録、評価、いいね、誤字報告、ご感想、作品レビューの数々、誠にありがとうございました。
感謝の念に堪えません。
この期に及んで、本作品を未評価の方がいらっしゃるとは思いませんが、もしよろしければ、登録、評価などしてくださいますようお願い申し上げます。☆一つでも狂喜乱舞でございます。
第三章に関しましては、完全無欠の未定でございます。
( ̄▽ ̄)//書けたら書く。そんな感じでございます。
次回は第二章の振り返りをやってみようかなと思います。しかしながら様式は未定です。前回のように本編にくっつけるか。エッセイの形で出すか。別枠で書くか。
何かしら、書くことだけは決定しております。
それでは最後になりますが、ここまでのお付き合い、誠にありがとうございました。
皆様は私にとって読者というよりも、「戦友」に近い感じがいたします。
「また会おう。友よ」(`・ω・´)ゞ
2022年 11月 20日




