準備
連日のように賑わいを見せる、王都の酒場や芝居小屋では、一つの噂話が関心を集めはじめた。
それは、酒場の店主から吟遊詩人へ、芝居小屋から役者、そして客たちへと徐々に広がっていく。
その客たちの会話。
「おい。あの話は本当なのかな。お前どう思うよ」
「酔っぱらいめ。順序立てて話せ。あの話って、どの話だ」
二人の酔っぱらいが、炒り豆を肴に酒を酌み交わす。
「ほら、誰かの詩を作ったら金貨百枚って話だよ」
「ああ、あれな。本当らしいぞ。あいつらの間じゃ、ちょっとした騒動だ」
酔っぱらいたちの視線の先には、楽器を奏でる吟遊詩人がいた。
「へぇ。本当だったのか。しっかし、詩一つに金貨百枚とは、金持ちの考えることはわからんね。そんな道楽に使う金があるんだったら、俺らに一杯おごってくれよ」
「それだけじゃねぇ。金貨百枚ってのは一等賞の賞金だ。二等賞は金貨三十枚、三等賞にもいくらかの賞金が出るって話だ」
「うひゃあ。豪儀だねぇ。誰がそんな金を出してくれるんだ。教皇様か。今の教皇様は音楽が好きって話だしな」
「いいや。教皇様じゃねぇみたいだ。どこかの商会って話だ」
「商会? なんでまた」
「そこまでは知らねぇよ。俺が聞いた話では、その商会は、王都中の吟遊詩人や役者連中を集めて、どでかい祭りを開くらしい。その祭りで一番になった奴が、金貨百枚を手にする訳だ。一生酒代には困らねぇ」
「祭りか。奴らそこでしこたま、儲けるつもりなんだな」
「違いない。どんな祭りになるのやら」
突如、支援を申し出たドーリア商会のお陰で、江梨香の作戦は急激な進捗を見せる。
ジュリオはすぐさま王都中の、名のある芝居小屋や楽団、詩人たちのギルドの間を精力的にめぐり、協力を仰いでゆく。
その活動を裏打ちするのが、江梨香が確保した多額の資金であった。
江梨香はロジェストをはじめとした首脳陣たちと相談した上で、フィリオーネ金貨一千枚をこの作戦に投入することを決定した。
これにより、賞金をはじめ、宣伝、運営、設備等々への支払い準備は万端である。
音楽祭の名称も「監獄の詩」とし、マリエンヌの悲劇を前面に出し、委員会に挑戦する気満々であった。
江梨香が特に力を入れたのは宣伝である。
開催日時と場所が決定する前に、王都中の酒場に宣伝ポスターを張り出す。
そこには音楽祭の名称と、マリエンヌの身に降りかかった悲劇、その悲劇を題材とした詩の募集要項、そして、与えられる賞金が、大きく載せられていた。
ポスターには、委員会を批判するような文言は一切載せず、楽しいお祭り騒ぎであることを前面に押し出す。
更に、問い合わせ等の窓口を、ドーリア商会に一括管理してもらうことにより、大幅な業務削減にも成功した。
こうして、多数の宣伝広告としっかりとした窓口、多額の賞金金額のインパクトも相まって、短期間に王都の話題となることに成功したのだった。
しかし、これだけでは終わらない。
肝心の開催場所については、案が二転三転する。
当初はジュリオが提案した、城壁近くの野外劇場、イルシオン劇場を予定していたのだが、肝心の収容人数が二千名程度であった。
これでは少ない。
数日にわたる猛烈なプロモーション活動が功を奏し、多くの参加者が見込めるようになったため、更なる大きな施設が求められていた。
「誰か、いいところ知らない」
作戦会議で江梨香は首脳部を見渡すと、ユリアが手を上げる
「はい。ユリアさん」
「沢山の人を集めるのであれば、メッカローナの広場が一番です」
ユリアが提示したのは、王都中心部の巨大な広場である。
「ええっと、メッカローナ広場って、教皇様が住んでいる教会前の広場だったわよね」
「はい。神殿教会を正面に据えた、王国一美しい広場です」
「いや、きれいなのは異存ありませんが・・・」
「駄目でしょうか」
口を濁すと、ユリアが悲しそうな瞳でこっちを見る。
折角、発言してくれたのに、否定するのも心苦しいわね。確かにあの広さなら、一万人ぐらいの人を楽に集めることができそうだけど。
「駄目って言うか、あの広場は教皇様が説教をするところじゃない。使用の許可が下りないわよ」
「それについては私にお任せください。王都に来てからエリカ様の名代として、幾人かの高位の聖職者様にお目にかかりました。その中にはマリエンヌ様に同情なさっている方もいらっしゃいます。その方にお願いしてみます」
なるほど、ユリアなりの勝算があるのね。でもなぁ。
「申し出はうれしいんだけど、あの場所で音楽祭を催すのは不謹慎かな」
「そうでしょうか。無実の方を助けるための尊い催しです。不謹慎とは申せないのではないでしょうか」
いや、まぁ。そう言っていただけるのは有難いのだけど、善意のチャリティーコンサートと違って、策略込みの音楽フェスだから、後ろめたいのよね。なんとなく。
考え込んでいると、コルネリアが口をはさむ。
「メッカローナ広場で良いではないか。あの場所は普段から、多くの人が集まる。皆も、気軽に足を運ぶでしょう」
うっ、気軽に行けるのはポイント高い。お客さんがたくさん来てくれないと、フェスを開く意味がないからね。
「使えるものは何でも使うのがエリカでしょう。教会でも何でも使えばよい。何を遠慮しているのです」
そう言われると弱い。今はえり好みをしている場合ではないのだから。
「分かった。ユリア、お願いね。いや、この場合は私がお願いに行くのが筋か」
「駄目です。エリカ様はお屋敷でお待ちください。その辺りも含めてお話いたします」
「うん。ユリアに任せる。だけど、許可が下りなかった場合に備えて、それとは別にもう一つぐらい場所を確保したいわね」
江梨香の言葉に、今度はジュリオが手を上げる。
「多くの観客が収容できる、クロープの競馬場を借りれないか交渉いたします。敷地に関しましてはメッカローナ広場の数倍の規模になりますので、場所に困ることはありません」
「おお、競馬場で音楽祭か。斬新ね。その競馬場の場所はどこですか」
「城外になります。タクゼス門を抜け、北に向かうと見えてまいります」
「完全に郊外型野外フェスね。競馬場なら王都の人も場所を知っているか」
「はい。秋になりますと国王陛下の主催で、競馬大会が開かれます。近隣の街からの来訪者も合わせ、数万人の観客が訪れるほどです」
「それは凄い。是非お願いします」
「お任せを」
私としては競馬場の方がいいけど、流石に広すぎるかな。
そんなに人が集まるわけないし。
「開催場所はこれでいいっか。次は開催日時ね」
江梨香は矢継ぎ早に決断を下し、多くの人々が走り回るのだった。
会議から二日後。
ユリアが朗報をもって来た。
「エリカ様。やりました。メッカローナ広場の使用許可が下りました」
「うっそ。本当に」
「はい。こちらが、祭礼儀典長様からのお手紙です」
ユリアは得意げに書簡を手渡した。
仰々しい装飾のついた巻物を広げると、懐かしい文字が視界に飛び込んできた。
「わー。日本語だー」
故国の言葉なのに、反応が棒読み口調になってしまう。
教会の人って、特に偉い人は、何かにつけて日本語で手紙を書くのよね。
日本人としては嬉しいのだけど、同時に迷惑なのよ。
なぜって。
ほぼ全文が、カタカナで表記されているからよ。漢字もあるんだけど意味が変質しているし、文法や文節、カタカナの形までも、結構変化しているから、逆に読みにくいのである。
江梨香は軍資金の金貨を山積みにした机の上で、日本語もどきと格闘した。
「えっと、なになに。教皇様が説教する日と、祭礼の儀式がある日以外ならいつでもいいですよ、と。・・・えらく簡単に貸してくれるわね」
「恐れながら、簡単ではありません」
無意識に口走った感想に、ユリアが応える。
「ごめんなさい。別にユリアの頑張りを軽んじているわけではないのよ」
「そうではございません。お手紙には書かれておりませんが、儀典長様より、教会への寄進についてお話がございました」
「寄進? ああ、広場の使用料についてね」
「はい」
私だってタダで借してくれというほど、厚かましくはない。使わせてもらうんだから、それなりのお支払いをしなくっちゃ。
「それで、幾ら」
「あの、申し上げにくいのですが、フィリオーネ金貨五百枚との内示を頂きました」
「ひゃー」
妙に甲高い声が出てしまう。
広場の使用料が、一日で金貨五百枚か。ヤクザもびっくりの、ぼったくり料金やわ。
「如何いたしましょうか。一度に全額を寄進しなくてもよい、との仰せでしたが、流石に高すぎる気がいたします」
「そうよね。競馬場が一日金貨三十枚で借りれるって話だから、二十倍近い金額だわ。予算にはまだ余裕があるけど、どうしたものかな」
江梨香は、机の上の金貨の枚数を数えながら考え込む。
エリックのお陰様で、金貨五百枚ですら、一撃で払えるっちゃ払えるんだけど、それにしたって高すぎるわよ。
座っているだけで金貨五百枚を稼ぐんだから、坊主丸儲けとはよく言ったものね。ディアマンテルが無かったら、鼻で笑って終わってた。
いや待てよ。
江梨香は発想の転換を試みる。
短気は損気。もう一度、考えよう。
メッカローナ広場と言えば、都心の超一等地、日本で言えば丸の内界隈だから、これでも安いのかもしれない。いや、普通は貸してすらくれないだろうから、もしかしたらだけど、破格の待遇なのかもしれないわね。
私はその気はないけど、形式上は教会の人間だから、優遇してもらっているのかも。
教会とは無関係の人が借りに行っても、門前払いだったろう。
それに、教会の許可の下で音楽祭を開いたのなら、委員会から怒られる心配が激減するんじゃないかな。
金貨五百枚で、教会の後ろ盾を得られるのであれば、高い買い物とは言えないわね。
それを見越しての金額なのかな。
うーん。流石にこれは深読みが過ぎるか。
しかし、悪くない買い物と言える。
江梨香はフィリオーネ金貨五百枚を、数え終わると決断を下した。
よし。みんなの同意を得られたら、メッカローナ広場にしよう。
その儀典長様とやらに、金貨五百枚を叩きつけてやろうじゃない。
だけど、向こうの言い値ではでは払わないわよ。値切りは無理そうだから、追加のオプションを要求しよう。何がいいかな。
江梨香は金貨を前に腕組みをするのだった。
続く
先日、銀行に行ったんですけど、私の手続きを担当してくれた女性行員さんのお名前が、まさかのエリカさんでした。漢字は違ったんですけど、一気に親近感が増しましたね。
その行員さんはテキパキと仕事をなさって、できる女って感じだったんですけど、素早い動きのあまり、勢い余って机に手を打ち付けました。
その時に「あ痛っ」て、声を上げたときは、二度見してしまいましたね。
優秀だけどおっちょこちょい。
もしかして、私はこの人を主人公に小説を書いているのかと思ったほどです。
( ̄▽ ̄)//いやぁー。リアル江梨香さんに遭遇するとは。




