エリックが持ってきたもの
「エリック。少しいい」
ひとしきり怒りをぶちまけたエリックが沈静化したのを見計らって、セシリアはエリックを部屋から連れ出す。
部屋を出てすぐの回廊の柱の陰。
人目に付きにくい場所で、セシリアは口を開く。
「あまりエリカのことを責めないであげて。気丈に振舞ってはいるけど、命を狙われたのよ。今も、とても怖いはず」
「それは・・・そうだな。少し言い過ぎたか」
セシリアの言葉に冷静さを取り戻す。
「エリックから謝ってくれますか」
「俺から謝るのか」
それでも、不服な思いが顔に出る。
「うん。エリックから謝ってあげて欲しいの。今のエリカは意固地になっているから、自分からは謝れないと思います。だから・・・」
セシリアはエリックの袖を引いて俯く。その表情は窺えない。
「わかったよ。セシリーがそういうのなら俺から謝ろう」
確かに命を狙われた者に、追い打ちをするような話し方になってしまっていた。
エリカの言い分もしっかりとは聞いていない。エリカとしても不本意であったのだろう。
「本当ですか」
「ああ、今から謝るよ」
「ありがとうございます」
「セシリーが礼をいう事でもないだろう」
「いいえ。願いを聞いてくれて嬉しいです」
「大げさだな」
「エリック」
突然、セシリアが抱き付いてきたので、エリックは全身で受け止める。
「無事に戻ってきてくれました。わたくしの祈りは神々に届いたのですね」
「どうしたんだ。セシリー」
抱きとめたはよいが、自分の腕をどう動かすべきか悩んだエリックは、微妙な姿勢で固まってしまった。
「討伐軍がメルキア領内へ侵入したと聞いたときは、生きた心地がしませんでした。行っていたのでしょう。メルキアに」
「行っていたが・・・そうだったのか。王軍はメルキアに入ったのか」
「はい」
出発が遅れたら、メルキアを訪れることは困難だったな。我ながら良い判断だった。
エリックは自画自賛したが、セシリアの思いとは食い違う。
「わたくし、とても心配致しました。とてもです」
「いや、その前にメルキアを出ていたから、危なくはなかっ」
「そういう話でなく」
セシリアが抱き付く力を強めたので、エリックの選択肢は一つしか残されていなかった。
「ごめん。心配をかけた」
セシリアの頭をなでながら謝る。
「はい。反省して下さい。戦になるところに自ら向かうなんて。それは勇敢とは言いませんからね」
「分かったよ。だから許してくれ」
「もうしないと約束してくれますか」
「約束する。わざわざ危険な場所にはいかないよ」
「言いましたね。覚えましたからね。たがえたら許しません」
「剣にかけて誓う」
しかし、セシリアは納得しない。
腕の力をさらに強めた。
「剣ではなく、わたくしに誓いなさい」
その必死な面持ちに、愛しさがあふれ出す。
「君に誓う」
「その誓い、確かに受け取りました」
エリックの誓いの言葉に、ようやくセシリアは腕の力を緩めて微笑んだ。
「それで、成果はどうだったのですか」
「成果?」
一瞬、何の話か分からなかった。
「お金を集めにメルキアまで行かれていたのでしょう。集まりましたか」
「ああ、そうだった。すっかり忘れていた。これもエリカが襲われたなんて話を聞いたからだ。あいつめ」
「だから、許してあげてって言ったでしょ」
「周りを心配させたことに違いはない。セシリーだってそうだろう」
セシリアもさすがに弁護できないようで、目が泳ぐ。
「・・・それはそうですね・・・襲われたと聞いたときは、わたくしも眩暈を起こしそうになりました」
「とにかく。エリカにメルキアでの成果を見せてやるよ。俺が言うのもなんだが、かなり頑張ったからな」
エリックが満面の笑みを浮かべると、セシリアが目を細める。
「・・・そうですか・・・かなり頑張ったのですか・・・かなり」
「ああ、これ以上の成果はないぞ。閣下にも褒めて頂いたんだ」
得意満面で胸を叩くエリックは、セシリアの冷たい視線に気が付くこともなく、再びエリカの部屋へと戻った。
「エリカ・・・」
「エリック。ごめんなさい」
扉を開けると同時に、待ち構えていたのか、エリカが深々と頭を下げる。
機先を制されたエリックは返答にまごついた。
「あ、ああ」
「ギルドをほったらかしにして王都まで来たのに、日本人も探さず、関係ないことに首を突っ込んでごめんなさい。実はその・・・騎士団長様にも会ってないの。どうしよう」
どうしようといわれても困るが、それどころでもなかったのだろう。
「俺も言い過ぎた。すまない。エリカが襲われたと聞いたのが、ついさっきだったから混乱したんだ」
「ううん。エリックは悪くない。私が悪いの。本当にごめんなさい」
「分かったから、もう気にしなくていい。ギルドも順調だ。バルテンとモリーニの二人もよくやってくれている」
「ううっ、帰ったらお二人にも謝らないと。でも分かって、私はこの裁判から逃げるわけにはいかないの。これはお金とか日本人とか関係なく、私の戦いなの。私自身の戦い」
エリカから意外な言葉が出てきた。
「エリカの戦い・・・」
「うん。私は絶対にマリエンヌを、無実の罪で捕まっている人を助けるの。それだけは分かってほしいです」
そのまっすぐな瞳には、明確な意志の力が宿っていた。
「分かったよ。自分の戦いと言われたら、俺もことさら口をはさむ気はない。エリカの好きにすればいいさ。ただし周りのことも考えてくれよ」
「ありがとう。エリック。この埋め合わせは必ず」
「だから気にするな。無事でいてくれたらそれでいい」
「エリック・・・」
感極まって泣きそうになるエリカを押しとどめるように、セシリアが二人の間に割って入った。
「はい。これで仲直りです。よかったですね。それよりもエリカ。喜んでください。エリックがしっかりとお金を集めてくれたそうですよ。これでマリエンヌ様の裁判で、お金に困ることはありません」
「えっ、本当に」
エリカが両目と口を大きく開ける。
「ああ、メルキアを巡って、資金を出してくれる家や修道院に話を付けてきた。何件か手ごたえがあったから、全て合わせればそれなりの金額になるだろう」
「迷惑かけた上にお金まで・・・ううっ、必ず、必ず返すから。利子もつけるから」
「気にするな。金を出したのは俺じゃない。まだ届いていないか」
「うん。特には届いていないかな」
「そうか、メルキアは騒然としていたから、届くまで時間がかかるのかもな」
「うん。ありがとう」
「金貨ではないが、俺も宝石を預かってきている。出してくれたのはマリエンヌ殿の祖母に当たる方だ。その方が裁判の費えに充てろと出して下さった」
首からかけた小袋を取り出す。
「これだ」
皆の視線が机の上に集まる中、エリックは小さな布でくるまれた石を取り出し、次々と机の上に並べて見せた。
数個の白く透明な石が、光を受けて輝く。その中の三つは、大きな豆ほどの大きさがあった。
「わぁ。きれいな石ね」
「なんでしょうか、これは。見たことがありません」
ユリアが首を傾げたところ、意外な人物が机に駆け寄った。
「これは、まさか・・・ディアマンテル・・・なのか」
いつもは冷静沈着なコルネリアが両膝をつき、机と同じ高さに目線を下げ、ディアマンテルを凝視した。
セシリアもつられて覗き込む。
「ディアマンテル。言われてみればそうですね。これほどの大きさのものは、お母さまでもお持ちかどうか」
「ディアマンテルって何? 高いの?」
「エリック卿。手に取らせてもらってもよろしいか」
エリカの言葉を遮るように、コルネリアは目を光らせてエリックを見上げる。
その剣幕に驚いた。
「ど、どうぞ」
「では」
唾を飲み込んだコルネリアは、ゆっくりとディアマンテルに向かって手を伸ばす。
その指先はかすかに震えていた。
震えたまま、一番大きなディアマンテルをつまみ上げ、日の光にかざして見せる。
「うむ・・・間違いありません。この輝き、この波動。確かにディアマンテルだ。信じられぬ。これほどの大きさと透明具合。魔道具の核となれば、どれほどの力を発揮する事か」
「へぇー。これって魔道具になるんだ。凄いのね」
隣で眺めていたエリカも一つ手に取ってみる。
状態を念入りに確認したコルネリアは、ゆっくりとディアマンテルを元の位置に戻すと、今度はこれまで聞いたことが無い速度で、ディアマンテルについて語りだした。
「ええ、凄いものです。ディアマンテルは遥か西の国で、わずかに産出される貴重な宝石だ。伝え聞くに、万年雪を頂く聖なる山より湧き出だした清らかな川の水底に、ごくまれに見つかるとか。また、加工がとても難しく、土のエレメントを持つ魔法使いのみが、この宝石を扱うことができる。それも長年の研鑽の末のことですから、更に貴重なものとなる。ディアマンテルはその美しさだけではなく、魔力を保持し増幅させる力が強い。それは他の石の追随を許さないほどだ。その力の強さは、大きさと透明具合によっても変化する。簡単に述べれば、大きければ大きいほど多くの魔力を保持することができ、欠けや割れ、ひびなどが少なければ少ないほど、より力は増幅します。私のような魔道具を研究している者からすれば、この大きさと透明具合、ひび割れも少ないディアマンテルは垂涎の逸品だ。流石は名門貴族のヘシオドス家。これほどの品をただの宝飾品として扱うとは、許しがたい暴挙です」
怒涛の能書きと熱量に、皆が圧倒される。
「ゆ、許しがたいんだ」
圧倒されつつも、エリカが空白を嫌うように相槌を打つと、コルネリアは我を取り戻した。
「すまない。言葉が過ぎました。しかし、この大きさと透き通るような仕上がりは、石本来の力だけではなく、手練れの魔法使いによる研磨の結果です。間違いない。ある魔法使いの話によると、ディアマンテルは、この世で最も硬い宝石だそうです。故に加工も困難を極める。並みの魔法使いでは、ここまでの仕上がりは無理でしょう」
「ふーん。この世で最も硬い宝石なのね・・・ん? 最も硬い? 」
首をひねったかと思うと、コルネリアの興奮がエリカにも乗り移った。
「って・・・これってダイヤモンドなわけ・・・噓でしょ。大きすぎるわよ。見たことないわよ、こんなの。ちょっと変わったトパーズかと思った」
エリカがびっくりした瞬間、手にしたディアマンテルを弾き飛ばしそうになって皆が慌てる。
「この石の凄さが分かりましたか」
粗忽なエリカからディアマンテルを奪い取ったコルネリアは、丁寧に机の上に戻す。
「うん。ちょっと凄すぎて、いったい幾らになるか見当もつかない。エリック。どうやってこんな凄いもの手に入れたの。教えて」
「教えてと言われてもな。あっ」
エリックはその時になって初めて、マリウス以下、連れてきた者たちを置き去りにしてきたことを思い出したのだった。
続く
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誤字報告も助かります。
おかげさまで、第二章も佳境に入りました。




