ロジェ先生の恐るべきロジック
ヘシオドス家の初公判は、裁判長の木槌の音と共に閉廷した。
燦燦と輝いていた日の光が、徐々に水平線へと沈んでゆくと、円卓に集まっていた人々も、三々五々に家路へとつく。
敷物の上に座り込んで、顔を真っ赤にして傍聴していた江莉香も、背伸びをしながら立ち上がった。
マリエンヌに声を掛けたいが、警備の兵士がヘシオドス家の人々をぐるりと取り囲み、近づけそうにない。遺憾ながら接触を断念し、ロジェストと二言三言声を交わした後、江莉香はマールたち学生に声を掛けた。
「お疲れ様。大変だったでしょう。裁判の速記なんて」
「いえいえ、僕らには手馴れたものです」
両手を墨で真っ黒にしたマールが、笑顔で手を振る。
学生たちは何枚もの薄板の順番を確認しながら、紐掛けの作業を行っていた。
「結構な枚数になったね」
積み重ねられた板の厚さは、膝上の高さを越えていた。これが三セットもある。
「ええ、予想通りの長丁場でしたね。ですが大変なのは、次の作業です。これに時間が掛かります」
マールは紐掛けされた板の束を叩いて見せた。
この薄板には、初公判での一言一句が記載されている。
ロジェストは手伝いをしているマールたち学生に、裁判での会話文全ての速記を命じていた。
公判中、学生たちはペンを片手に、裁判でのやり取りを全て板に書き写した。
この板を館に持ち帰り、流し文字で書いた公判記録を清書するのだ。
マールの言うとおり時間のかかる作業になるだろう。これが判決が下るまで延々と続く予定である。
裁判を少しでも有利に進めるには、相手とこちらが何を発言したか、正確に記録する必要があった。
ボイスレコーダーが存在しない世界では、言った言わないの水掛け論を防ぐためにも、全ての会話文の記録は必須であった。
一応、裁判でのやり取りは、十人委員会の書記によって記述されるが、いつでも誰でも好きに閲覧できるわけではない。閲覧するには煩雑な手続きと、幾ばくかの資金が必要となる。
そもそも王立図書館で一般に公開されるのは、判決が下ってからである。
それでは遅すぎるのだ。
いつでもどこでもタイムリーに確認でき、問題点を検証してこそ、次の公判の役に立つというもの。記録には手間は掛かるが、その有効性は計り知れない。
この板の集合体は裁判を戦う上で、この上ない強力な武器の一つとなるだろう。
まとめられた板は、三人の学生によって滞在先の館へと運び込まれた。
館に戻り夕食を済ませると、マールたちは初公判全文を清書する作業に移り、江莉香はロジェストと反省会を開いた。
「初日としては、まずまずでしょう。マリエンヌ殿と陰謀は無関係であることを、しっかりと表明できたので、争点は絞られる」
ロジェ先生は疲れの色も見せず、勢いよく葡萄酒を飲み干す。
「委員会も、陰謀との関係性を証明する品を提出できませんでした。伯爵とマリエンヌ嬢を、分けて考える様に仕向けるだけでも大きな前進です」
「分けて考えてくれるでしょうか」
今日の印象では、伯爵と一緒くたにされる未来しか見えない。先生の仰る通り、別々に捜査してくれるのかな。私は少し懐疑的だ。
「我々は伯爵の裁判には口を挟みませんでしたからね。彼らも自然と分けて考えるようになる」
「なるほど」
専門家に断言されると、こちらとしても頷くほかない。
「ただ、あちらはあくまでも、連座制を適用させようとするはず、その流れを断ち切れる切り札が無いのも確かだ」
「ですよね」
「あったとしても、陪審員を納得させられなければ意味は無し。先は長い」
「次はどうしますか」
「私の予測通りに進むのであれば、次は話を出来る限り大きくしましょう」
「大きくですか」
ロジェ先生の言葉に首を傾げる。
今でも充分、大きいように思えるんですけど。
「このまま順当に裁判が進むと、娘も陰謀によって利益を得られる。故に有罪、という結論に、彼らは持って行こうとするはずです。これまでの判例から言えばだが」
「ン? どういう意味ですか」
親父と兄貴が他家を乗っ取ったからって、マリエンヌにどんな利益があるのだろう。わかんない。
「つまり、陰謀に無関係であったとしても、その成果を受益する立場であったとこじつけるのです。ヘシオドス家の威勢が増せば、マリエンヌ嬢の立場も自然と強化される」
「それって、本当にこじ付けじゃないですか」
なにその、風が吹けば桶屋が儲かる理論。
そんなので儲かるなら苦労はしないわよ。私がいったいどれほど苦労して金貨を稼いだと思ってんのよ。
・・・いや、あんまり苦労はしてへんかな。知識の大半は魔導士の書が教えてくれるし、苦労の半分はエリックが背負ってくれる。
うん。あんまり苦労はしてない。むしろ甘えてる気がする。
「連座制とは、そもそもがこじ付けですからね。好ましくない連中をまとめて処理することが目的です」
江莉香の心中を知らないロジェストは、何をいまさらと肩をすくめた。
「そう言えばそうでした」
「我々は、これを拡大解釈いたしましょう」
「どんな風にですか」
論点をずらすと言ってたけど、実際にどんな風にずらしていくかまで聞いていない。
「マリエンヌ嬢が、この秋に婚姻を控えておられた事は伝えましたよね」
ロジェ先生が少し声を潜めると、その瞳が妖しく光った気がした。
何か嫌な予感がするんですけど。
「はい、伺いました・・・・・・って、待ってください。拡大解釈ってマリエンヌの婚姻先も巻き込むって事ですか」
「ご明察。エリカ殿にはディクタトーレの素質がある」
嘘でしょと思ったけど、ロジェ先生はよくぞ正解したと、私に向かって人差し指を向けた。
先生の作戦の一端が見えた気がする。
「調べたところによりますと、ペリューニュ子爵のご子息との婚姻です。これを利用させていただく」
「そのペリューニュ子爵も、陰謀の受益者に仕立てるって事ですね。娘婿も連座の対象であると」
「困るでしょうな。子爵家は」
ロジェ先生は楽しそうに笑う。
「困るなんてもんじゃないです。完全にとばっちりですよ。もらい事故ですよ」
「子爵家は陰謀とは無関係と言いたいが、婚家として何かしらの利益を得る立場にあったと強弁されると言葉に詰まる。どう言い訳しても、婚約者の実家である事実は動かない」
「強弁するって、もしかして・・・」
「そうです。我々が強弁するのです。貴族たちは血のつながりで権力を維持いたします。今回はそれを逆手に取りましょう。マリエンヌ嬢が有罪であれば、婚約者も同罪なのではないかと」
うわぁ。本当に話が大きくなっていく。大丈夫かな。収拾がつかなくなったりしない。かなり心配なんですけど。
「これぐらい思い切った手を打たないと、この裁判、勝てませんぞ。エリカ殿」
こちらの弱気を見透かしたように、ロジェ先生が距離を詰める。
「ううっ。でもそんなことしたら、子爵家から恨まれるんじゃないですか。私達」
「恨まれるでしょうな」
「そんなあっさり」
ロジェ先生が手酌で葡萄酒を注ごうとするので、瓶を取り上げて代りに注いでやる。
「ありがとう。しかし、このままですと子爵家は無関係を決め込むでしょう。私の調べではペリューニュ子爵家が、マリエンヌ嬢に対して救いの手を差し伸べている形跡はない。部外者が言うのもなんだが、婚約者としてはいかがなものか」
「確かに。むしろ積極的に弁護すべき立場ですよね」
瓶を持ったまま同意を表す。
未来の妻に何もしない旦那なんて、旦那としての資格が無いわよ。
わが身可愛さとはいえども、助ける努力ぐらいはするべきでしょうが。
私が表立って弁護していることは、ちょっと調べればすぐにでも分かるはず。匿名でいいから資金援助ぐらいはやりなさいよね。
今まで、そんな出どころ不明の謎の資金援助、届いたことはないわよ。私が全額、自腹で支払っているんだから。
「その通り。マリエンヌ嬢の無罪を勝ち取れたのであれば、子爵家もお咎め無しです。子爵家にはその事をご理解いただく。フッフフッ」
鼻息荒く笑うと、ロジェ先生は葡萄酒を一気に飲み干した。
その姿に若干引いたが、事態を動かす可能性は感じた。
裁判の進め方に引っかかるところはあるけど、一度信用してお願いしたんだから、今更後には引けない。
毒を食らわば皿までよ。
やれることは全部やる。これまでだってそうしてきたんだから、ここで躊躇する理由はない。
江莉香も自身の器に注がれた葡萄酒を飲み干した。
続く
本作が第10回ネット小説大賞の一次選考を通過致しました。
これも、偏にお付き合い頂いている読者の皆さまのお陰でございます。
改めて感謝申し上げます。
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