ディアマンテル
「狙いがあるとは思えません」
「私の言葉が通じなかったのか」
エリックは力一杯に言いきると、イスマイルが目を細める。
「そのお言葉、そっくり返させていただく。エリカの狙いですって? そんな物があれば苦労はしない。ある日手紙が来て、無実の罪で捕縛された子女を救うために、自分の財産を全て王都に送ってくれと言われたのだ。マリエンヌ様を救うための弁護費用に充てるからと。だから私は彼女の全財産を王都に送った。しかし、それでも足りないと予想されたから、資金を出してくれそうなあなた方の間を回っているのだ。いわれのない扱いを受けながらね。さぁ、全て話しました。エリカの狙いは何ですか。分かるのであれば、お教え願いたい」
話している内に、声が大きくなっていくのを止められなかった。
俺にも分からないのに、あなた方にわかる訳がないだろうが。
分かることがあるとすれば一つだけ。
狙いなんてない。
「いい争うでない。子供たち」
熱くなったエリックをご隠居が嗜める。
「・・・申し訳ございません」
「アルカディーナは、神々の祝福を受けし娘に授けられる称号。其の方もむやみに蔑むでない」
「ご無礼、お許しを」
二人が口をつぐむと室内には沈黙が訪れ、開かれた窓からは小鳥のさえずりが聞こえた。
「裁判で身の潔白を争うのは無駄であろう。捕縛されたとき、既に判決は出ておる。貴族が受ける裁判は、市井の者が受ける裁判とは違う」
「どのように違うのです」
「市井の者であれば、身の証が立てられれば、縄目も解かれよう」
「はい。当然です」
「しかし、我等は違う。謀反が事実であるかは些末なことよ」
「些末・・・」
「そう、些末である。貴族への裁きは裁きではない。政よ。謀反であると決められれば、それは謀反なのだ。証拠など幾らでも作れる。まして、現当主が策謀を巡らせることは、今に始まった事でもない。証拠も作りやすかろう。いや、作る必要もないかも知れぬ。あの馬鹿者め」
ご隠居の声がどんどん小さくなっていく。
その話が事実であれば、何のために裁判をするんだ。本当に形式なのか。
「しかしながら、それではマリエンヌ様があまりに・・・」
「哀れか」
「はい」
「貴族といえども、世の理不尽から自由ではない。市井の者とは違う理不尽が押し寄せる」
「理不尽とは戦うべきです」
「理不尽と戦うは若者の特権よ。年老いたこの身には出来ぬこと」
「私は戦います」
またもや声が大きくなる。
政だか何だか知らないが、座して死を受け入れるなど、敗北者以下の輩だ。そんなものに若いも年寄りもない。たとえ剣が折れたとしても、命ある限り必死に戦うべきだ。
俺は戦っている。
エリックの言葉を受けたご隠居は、しばらく沈黙した後にゆっくりと頷いた。
「よかろう。ならば存分におこなえ」
「言われるまでもありません。突然押しかけ、御隠居様の御心を乱しました。お許しください。失礼いたします」
長居は無用と立ち上がる。
資金調達には失敗したが、この件に関わることが他人事ではなく、我が事となった瞬間でもあった。
「座るがよい。慌て者」
戸口に向かおうとしたエリックに、強い言葉が飛んできた。
「なにか」
「戦いには武器が必要であろう。それをつかわす」
ご隠居が女中に耳打ちすると、頷いた女中が部屋を出ていった。
次に部屋に戻ってきた時には、老僕に大きな箱を運ばせてきた。老僕がご隠居の前に恭しく箱を置く。
「裁判には費えがいくらあっても足りぬ。アルカディーナ殿はいくら用立てた」
「フィリオーネ金貨で五十枚ほど、私がメルキアで十枚ほど集めました。後は聖アンジュ修道院がいくばくか」
「足りぬ」
「はっ」
「本気で罪を贖うつもりであれば、一万フィリオーネでも足りぬ」
「一万・・・」
そんな金額、誰が出せるというのか。
「あいにく、隠居の身にそのような蓄えがあるはずもない」
ご隠居は箱の中から一つの袋を机の上に置いた。
「開けてみよ」
言われるがままに袋を開くと、中から豆粒ぐらいの小さな石が数個出て来た。白っぽい透き通った石だ。外からの日差しを受け、不思議な色合いで輝いている。
「水晶ですか」
「ディアマンテルだ」
「ディアマンテルですと」
ご隠居の返答に、イスマイルが声を裏返らせた。
「お、お待ちください。ご隠居様。センプローズにこのようなものを授けるのは危険です」
「どういう意味ですか」
「黙れシンクレア。どうかお考え直しを」
イスマイル卿が、顔を真っ赤にして抗議する。
ディアマンテルが何かは分からないが、恐らく貴重な宝石なのだろう。
「構わぬ。墓まで持ってもいけまい。この身が天の国に旅立った時に、あの子に譲ろうと思っていたものだ。先渡しになったに過ぎぬ」
「しっ、しかし。マリエンヌ様をお助けする話も真実とは」
「貴方もしつこいな」
「その時はユスティニアヌス殿に責任を取っていただこう」
「望むところです」
「センプローズの騎士殿。これを持って王都のド・ヴェール商会を訪れよ。ディアマンテルを扱っている商会である。そこで換金し、費えに充てよ。この身からの手紙も添えよう」
「はっ。お預かりいたします」
エリックはディアマンテルを袋に入れ、後ろで控えていたマリウスに手渡そうと振り返ると、マリウスが呆然と青ざめていた。
「どうした。しっかりお預かりしろ」
「は、はい」
差し出された手が微かに震えている。
どうしたんだ、いったい。
ディアマンテルは、そんなに貴重な宝石なのか。それならば金貨百枚にはなるかもしれない。目標達成だな。
なおも納得がいかないイスマイルが、ご隠居に食い下がっていると、思いがけない言葉が飛び出した。
「さように心配であるのであれば、其の方も王都まで付いていくがよい。ならば安心であろうが」
「付いて行くとは、この男にですか」
「他に誰がおる。ここまで付いてきたのであれば、問題なかろう」
「いや、しかし、私にはお役目が・・・」
「役目とは」
「それは・・・」
イスマイルが口ごもったので、先ほどのお返しをすることにした。
「イスマイル卿のお役目は、私を捕らえる事です」
意味が分からなかったようで、ご隠居は眉をひそめる。
「イスマイル卿は、マリエンヌ様の為に金策をしていた私を、センプローズ一門の間諜とお考えなのです。ここへの道中、私共を捕らえようと襲い掛かり、あえなく返り討ちとなりました。今は私の虜です」
「シンクレア。貴様」
「事実でございます。縄で縛りあげておらぬのは、せめてもの情けからです」
「表に出ろシンクレア。叩き斬ってくれるわ」
激情を発するイスマイルをよそに、室内に笑い声が響いた。
「ホッホッホ。面白い。我が一門の騎士が、アスティー家の虜となったか」
「ご隠居様」
「憤るな。戯れである。そうよな。戯れついでに、この者を同道させてくれ。騎士殿」
「同道ですか」
イスマイル卿はここで解放するつもりなんだが。
「お待ちください。本当に私が王都まで行くのですか」
「さよう。王都に行けば、センプローズの騎士殿の話の真偽が分かる。嘘であれば其の方がディアマンテルを回収すればよい。真実であった場合は、すまぬが騎士殿、我が一門の騎士を解放してほしい」
イスマイル卿に付きまとわれるのは、少々迷惑ではあるが、高価な宝石を預かるのも心配だ。見張り役はいた方が良いのかもしれない。
「承りました」
「承るな。ご隠居様。私には近く襲来する討伐軍と戦う役目もございます。バルザック様よりの命でございます」
「あの子にはこの身から手紙を書く。それで良かろう」
「いや・・・しかし」
「センプローズにディアマンテルを預けるのは危険なのであろう。言い出したのは其の方である。其の方の他に守れるものがいるのか」
「私が持ち逃げするかもしれませんしね」
エリックがからかうと、イスマイルは目を白黒させた。
「それを防ぐのが、新たなる役目である。そう心得よ。ヘルガ・ヘシオドス・クールラントが命じる」
ご隠居の名乗りに、イスマイルは魂が抜けたような顔をする。
「・・・ぎょ、御意」
「頼む」
彼女、ヘルガ・ヘシオドス・クールラントは、マリエンヌの祖母であり、現当主の母であった。イスマイルに拒否する力はなかったのだ。
続く
いつも誤字報告ありがとうございます。
メタい話になりますが、ディアマンテルはディアマンテ、ダイヤモンドの事です。この響きが好きなんで、そのまま使いました。( ̄▽ ̄)//エヘ。
豆粒ぐらいだから3カラットから4カラットぐらいですかね。
どんなに安くても数百万円。品質によっては数千万円の値が付くこともザラです。
なんてもんを渡すんだ。Σ( ̄□ ̄|||)
エリックは見たことも、聞いたこともありません。雲の上のお話です。




