再訪
ガーター騎士団長の我儘のような命令を受け、エリカを招待する使者として選ばれたコルネリアは、レキテーヌ地方の海側の玄関口、フレジュスの港町に降り立った。
ここから、ニースまで船を出してくれそうな漁師を探さなくてはならない。
暇で気のいい漁師が居ればいいのだが、コルネリアはこの手の交渉が苦手だった。
そうは言っても、ここから陸路で進むとなると、一度オルレアーノの近くまで出なくてはならなず、何日も余分にかかってしまう。
意を決して、暇そうな人物を探すのだった。
「それなら訳ねぇ。丁度ニースに向かう船があるから紹介してやるよ」
「ありがとう」
若干気重になったコルネリアの憂慮は、ふ頭で最初に声を掛けた男からの頼もしい言葉に、強い海風と共に吹き去った。
「ここ最近だと、二日に一回はニース行の船が出ている。姉さんは運がいい。今日も船が出る。まだ、出港していないはずだ」
男はずんずん歩いていき、一艘の船の前に立つと、こっちに来いと手招きをした。
紹介された船は、小型ながら立派な帆柱を持った運搬船であった。
「立派な船ですね」
予想を上回る良い船に驚く。
「ああ、なにせ運ぶ荷が多くてな。日に日に大きな船が雇われているのさ」
船には、籠に入れられたノルトビーンや、箱詰めされた荷物が積み上げられ、コルネリアと同じ立場であろうか、船乗りではなさそうな同乗者の姿も見えた。
男は、船の長らしき男と交渉してコルネリアの席を取ってくれた。
「ありがとう。これは礼です」
「こいつはありがてぇ」
コルネリアは世話をしてくれた男に、銅貨を四枚手渡した。
「姉さんは何しにニースへ行くんだい。見た所、教会の人じゃなさそうだし、商人なら、ニースで砂糖の買い付けをするつもりなら、行っても無駄だと忠告するんだが、そうにも見えねぇ」
報酬に気を良くしたのか、男の口は軽くなる。
「ニースには友人がいる」
「へぇ。ニースに友達がねぇ。そいつは羨ましい」
「羨ましい? なぜ」
御愛想ではなく、本当にそう思っている様な反応が返ってきたので、思わず眉をひそめる。
男はコルネリアが気を悪くしたと勘違いし、慌てて手を振った。
「ああ、違うんだ。気を悪くせんでくれ。昔はニースの村なんて、ここでも知っている奴は限られていたんだが。今じゃ、目端の利く連中は何とかニースの村に伝手を求めようと必死なんだ。新しい領主様になってからは、ニースじゃ景気のいい話があちこちに転がっているらしいからな。ニース行きの荷が日に日に増えるところを見ると、あながちほら話とは思えなくてな」
「そうだったのですか」
コルネリアは男の意図を理解した。
「だから、ニースに友達がいる姉さんは、色々な連中から羨ましがられるぜ。本当だぜ。もしかして、そのお友達はニースのギルドの人なのかい」
「ギルド・・・」
「ハハッ、冗談だよ。最近はそんな人の伝手を求める連中が沢山いるんだよ。ここには」
「なるほど・・・勉強になりました」
この男に、自分がギルドの相談役だと告げればどんな顔をするだろうかと、一瞬だけ興味がわいたが、厄介事が増えるだけと思い直し、礼を言って船に乗り込む。
しばらくいない間に、寂れた漁村は有名になったようだ。
初めてニースに赴いたときは、渋る漁師に銀貨を握らせて舟を出させたものですが。
コルネリアは船長に船賃を支払うと、邪魔にならない様に船首に座り、頭からかぶり物をして大人しく出港を待つのだった。
フレジュスの港を出港した船は、風を捕まえると勢いよく西に向かう。
陸路と違い、風向きが良ければニースまでは半日の距離だ。
運よく、良い風に恵まれ、コルネリアを乗せた船は、お昼過ぎにはニースの浜辺にたどり着いたのだった。
「これは・・・」
ニースの砂浜に降り立ったコルネリアは、活気に満ちた砂浜に戸惑う。
再建された小さな桟橋には、コルネリアが乗船したものと同じような船がもう一艘横付けされ、船乗りが忙しそうに動き回り、漁師たちが荷下ろしの手伝いをしていた。
「おおっ、コルネリア様。お帰りなさい」
顔見知りの漁師が声を掛ける。
ニースの村の者でコルネリアの顔を知らない者はいなかった。
「ええ、戻りました」
村人たちに応えながら、村の中心である広場に向かって登って行くと、前方に赤みががった何かが立っている。
目を凝らしてみると、それは、薄紅色の巨大な壁であった。
高さは六フェルメは優に超えようかという壁だ。いや、壁と呼ぶには立派過ぎる。まるで城壁だ。
これまで、こんなものは無かった。
表情にこそ出さなかったが、戸惑いながら更に道を進み、村の広場に入るとコルネリアは完全に声を失う。
そこは、彼女の知っているニースではなかった。
どこの村にでもあった粗末な教会には足場が組まれ、門前には薄紅色の石材が山と積まれている。多くの職人と修道士、そして村人たちが働き、建て替えの真っ最中であることが分かった。
ざっと見た所、元の教会の倍以上の大きさになるのではないだろうか。
教会の両向かいには、見覚えのない建物が二棟そびえ建ち、多くの人々が出入りをしている。
以前と変わらないのは、代官所だったシンクレア家だけだ。
シンクレア家が無ければ、場所を間違えたと思ったであろう。
無意識のうちに足を止め、辺りを見渡してしまう。
たった数か月の間に、何があったというのか。
「あら、コルネリア様。いつお戻りに」
無表情で困惑しているコルネリアに、背後から聞き覚えのある声が掛かった。
呼びかけに視線を動かすと、エリックの母であるアリシアが近づいてきた。
「アリシア殿。今、到着したばかりです」
「おかえりなさい」
アリシアが優しく迎え入れてくれた。彼女はとても親切な人だ。
「ありがとう・・・アリシア殿。これはいったい」
コルネリアは二階建ての薄紅色の建物を見上げる。
「びっくりしたでしょう。これはね、酒場と宿屋なのよ。一階が酒場で、二階が宿なの。あの子がこれからのニースに必要だって言って、強引に建てちゃったの」
「エリック卿が・・・」
何がどうなったら、ニースに酒場と宿屋が必要という結論にたどり着くのか、コルネリアには理解が及ばなかった。
新しいことも有るが、宿屋の大きさでは、王都の宿にも負けない立派な造りである。
「そうなの。それにね、私がここの女将を任されているのよ」
「アリシア殿が、女将? 」
「おかしいでしょう。でも、昔やっていたから意外と平気なのよ」
戸惑うコルネリアをよそに、アリシアはコロコロと笑った。
「あの建物は何ですか。今までは無かった」
広場を挟んで対角線上にある、同じ様な造りの建物を指さす。
「ああ、あれはね。ギルドの本部よ。あれもあの子が、家が手狭になったからって建てたのよ。今ではお仕事は全部、あの建物の中で行っているの。お陰で家が少し寂しくなってしまったわ」
「立派なものです。相当、財をつぎ込んだのでしょう」
建物全体が大きな石を積み上げて造られている。コルネリアが知っている商会にも負けない豪勢な建物だ。
「そうなのよね。立派過ぎるわ。あの子達にはもう少し、お金を蓄えることも覚えてほしいわ。あったらあった分だけ使ってしまうのよ。困ったものだわ」
「なるほど。エリック卿はともかく、エリカはお金の使い方は確かに荒いですからね」
普段は質素な生活をしているが、何かあった時に躊躇いなく大金を使うのがエリカだ。
蒐に着ていく戦装束を整えるときも、セシリアを助けに戦に赴く時もそうであった。使うと決めたら、財布の底が抜けたかのようにお金を使う。コルネリアには真似の出来ない所業と言える。
「そうなのよ・・・あら、エリカは騎士様になってしまったから、こんな事を言うのは失礼だったかしら」
「大丈夫ですよ。私からも注意しておきましょう」
「お願いしますね。ああ、コルネリア様の使っていた離れは掃除してあるから、直ぐに使えるわよ。足りない物があったら言ってちょうだい」
「ありがとうございます。アリシア殿。エリカはあの建物ですか」
ギルド本部を指さすと、アリシアは頷いた。
「ええ、折角、騎士様になったというのに、もう毎日毎日、相も変わらず、ひなを育てる親鳥の様に飛び回って働いているわ。あの子、いつ休んでいるのかしら」
「エリカらしい」
アリシアの語るエリカの姿が容易に想像できて、笑みがこぼれる。
ようやくニースに戻ってきた実感がわいてきた。
コルネリアは広場を横断し、ギルド本部とやらに足を踏み入れる。内部も大きな石を組み合わせた立派な造りだ。
一階の部屋をのぞくと、何故か村の子供たちが集まりシスターユリアの話を聞いている。ギルドの本部という話のはずなのだが、まるで学び舎のようだ。
手の空いている知り合いを求めて二階に上がると、聞きなれた叫び声が聞こえた。
「えっー。なんでそんなことになってるのよ。そんなの言いがかりよ。因縁よ。因縁。バシッと断って」
「しかし、エリカ様」
「しかしも、かかしもないわよ。そんなもの一切支払う気はないからね。なんなら、エリックにお伺いを立ててみる? 無駄だと思うけど。この手の話は私よりもエリックのほうが嫌いだと思う」
階段を上った右手の大部屋から、エリカが何かを捲し立てている声が漏れ出ている。
相変わらず元気のいい事です。
開け放たれた扉から中を窺うと、エリカが見慣れない男相手に、身振り手振りで叫んでいた。
取り込み中のようだ。後に出直そうとした瞬間、エリカと目が合った。
「コ、コルネリアー」
エリカが文字通り飛び上がる。
騎士になったというのに、以前と変わらない女中の恰好のエリカが走り寄って抱き着く。
「帰って来た。帰ってきてくれたんだー。もう来てくれないのかと冷や冷やしてたよ」
「今、戻りましたよ」
コルネリアは優しくエリカの背中を叩いた。
「寂しかった。本当に寂しかったよ」
「子供みたいですよ。エリカ」
「そんなこと言われたって、寂しいのは寂しいもん」
「なにか取り込み中だったようだ。邪魔しましたね」
「全然。ああ、そっか。それじゃ。今言った線でお願いします。どうしても、相手さんがごねたら、もう一度、お話をしましょう」
エリカは真顔に戻ると、男に向かって言い放つ。
「承りました」
男は小走りで部屋を出て行った。
「良かったのですか」
「大丈夫よ。付け届けの話なんてエリックが聞いたら、たぶん怒る」
「なるほど」
経緯は全く分からなかったが、問題ではないのであれば、それで良し。
何より、再訪を喜ばれたことが嬉しかった。
続く
プロットが完成していたとしても、お話が降りとこないと一歩も前に進めないのが小説です。
(;゜Д゜)ヌォーー。
私の場合は、登場人物が会話してくれないと駄目です。




