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解放

 進撃速度が速すぎるアマヌの一族に置いて行かれた江莉香が、砦の見える場所にたどり着いたころには、包囲軍を臨む丘に立派な陣営地が作られていた。

 よろよろと、羽黒から降りるとアランが出迎えてくれる。


 「エリカ様。お疲れ様です」


 手馴れた動作で羽黒の轡を取る。


 「あれ、アラン様。川向うに行ったんじゃ」


 長時間の乗馬で朦朧とする意識で訊ねた。


 「ええ、つい先ほど戻りました」

 「早い」

 「アラン卿。フリードリヒ殿は何と」


 江莉香と共に進んでいたコルネリアも馬から降りた。江莉香と違い、まだ余力があるのが見て取れた。


 「直ちに軍を動かすとのことです。フリードリヒ様自らがこちらに来られます」

 「ほう。河を渡るのか」

 「はい。幸い渡河の準備は整っておりますので、先遣隊は既に到着しております」

 

 アランが指し示した先では、王国の軍団兵たちが慌ただしく動き回っていた。


 「頃合いを見計らって、本隊も到着いたします。合図があり次第、一斉に突入する手はずです」

 「ええっ、もう。セシリアは見つかったんですか」

 

 予想より早い展開に驚く。

 作戦ではエリックが敵の陣地に潜入してセシリアを探し出し、安全を確保してから突撃のはず。

 

 「まだですが、既にエリックとジュリエット様が包囲軍に潜入しておられます」

 「なになに、どういうことですか。もう、潜入してるの? ジュリエットも一緒なの」

 「はい。ジュリエット様が援軍の振りをして正面から堂々と入り込まれました。エリックは予定通り捕虜の態ですが」

 「はぁー。仲間の振りですか。思い切りがいいですね。凄いな」


 感心していると、南から丘を登って来る一団が視界に入る。その数は千人は下らない数だ。


 「噂をすれば、本隊が到着いたしましたよ。思ったより早かったですね。フリードリヒ様もこの策が戦いの趨勢を握っていると確信しておられます」


 展開の速さについていけないエリカは目を白黒させた。

 自分がもたもたしている間に、状況は加速しているようだった。

 ともかく、やって来るフリードリヒを出迎えた。


 「エリカ。コルネリア殿。良くやってくれた。これで、勝利は約束された」


 軽やかに黒い馬から飛び降りたフリードリヒが二人に駆け寄る。


 「とんでもありません。エリックとアラン様の功績です。私はただ付いて行っただけです」

 「お気になさらず。騎士の責務なれば」


 二人二様の返答にフリードリヒはほほ笑む。


 「勝利の暁には二人に十分に報いることを約束する。アランとエリックも同様にな」

 「ありがたき幸せ」


 アランが右手を胸に当ててお辞儀したので、取りあえず真似してお辞儀した。


 「ありがとうございます」

 「ハハッ、早々と騎士に叙勲されるかもしれんな。エリカ」

 「ええっ、私ですか」

 「ああ、期待していろ。コルネリア殿には望みの褒章をお約束する」

 「光栄です」


 珍しくコルネリアもお辞儀をした。

 これは、エリックが騎士に叙勲されるのも現実的になってきたんじゃないかな。


 「フリードリヒ様。アマヌの一族を統率されている。トリスタン殿をご紹介いたしたく」

 「トリスタン? その者が族長だったか? 違う名を聞いた気がするが、違ったか」

 「はい。トリスタン殿は氏長の名代です」

 「族長殿には会えないのか」


 フリードリヒが僅かに眉をひそめた。自分を軽く扱っていると感じたのかもしれない。


 「それが、氏長たるジュリエット様は、ただいま包囲軍に潜入いたしておられます」

 「なんだと。包囲軍にか・・・・・・確か族長は、女だったな」


 フリードリヒの困惑がさらに深まった。


 「はい。しかし、ただの女と侮ってはいけません。並みの器量の方ではありません」


 アランの口調はフリードリヒの先入観を嗜める色が強くなり、フリードリヒは敏感にそれを感じ取った。


 「ほう。それは、会うのが楽しみだ。分かった。代理の者が指揮しているという事だな」

 「はい。トリスタン殿は代理と申すよりかは執政のような御立場の方です。この場の全権を握っておられます」

 「では実際にはその者が族長と言う訳だな。ならば、そのトリスタン殿とやらと戦の手はずを話し合おう」

 

 江莉香はアランに先導されてフリードリヒが陣営地の奥に向かっていくのを見送った。


 「はぁ、なんか勢いについていけない」


 羽黒をクロードウィグに任せると、江莉香は適当な岩の上に腰を下ろした。隣にコルネリアも腰掛ける。


 「エリカはこれが初陣です。戦の空気になれないのも無理ない」

 「初陣? 」


 コルネリアの言葉に自分でもびっくりな大声が出た。

 そんな台詞、大河ドラマでしか聞いたことない。


 「そうだ。初陣がこのような大戦(おおいくさ)であることは稀だが、誰しも一度は通る道です」

 「いやいや、誰もは通らないでしょ」

 「何を言っている、エリカは魔法使いなのですよ。嫌でも戦は付いて回る」

 「それはそうだけど。なんだかなぁ」


 沈みゆく夕日を眺めながら、暫くコルネリアと話していると、軍団と同じく河を渡ってきたロランとエミールが食事を持ってきてくれた。

 ニースの者たちと集まって、それを食べながら、続々と到着する王国軍を眺める。

 ざっと見まわしただけでも、包囲軍より僅かに少ない程度の数だ。

 これなら、勝てなくても大負けすることはないと思う。後は夢のお告げ通りに包囲軍にセシリアがいてエリックが助け出すのを待つだけだ。


 「コルネリア。私はどうしたらいいの」

 「どうとは」


 コルネリアがビスケットを口にしながら答える。


 「ほら、戦いが始まったら何をすればいいのかな。また、風の魔法を使う? 」

 「無用でしょうね」

 「あれ、そうなんだ」

 「後は、フリードリヒ殿の指示に従えばよい。おそらくは何も言ってこないでしょう」

 「ふーん。ならよかった・・・・・・・あれ? あれ何かな。なんか上がってる」


 江莉香は包囲軍から立ち上る細い糸のような物を見つけ指さした。つられるようにコルネリアも視線を動かした。


 「黄色い煙か。変わった色だ。まるで狼煙のような・・・・・・・」


 唐突にコルネリアは立ち上がる。まるで、自身の言葉に驚いたように。

 膝上のビスケットが地面に転がった。


 「立ちなさい。エリカ。合図かも知れない」

 「えっ、合図って」

 「エミール。私とエリカの馬を持て」

 「はい」


 状況のつかめないエリカを置き去りにしてエミールは走りだす。

 ほぼ同時に角笛の音が陣営地に鳴り響いた。



 ライオネットに組み伏せられたセシリアの周辺を男たちが囲んだ。

 手にした短刀は奪われ、強い力で頬をはたかれる。口の中に鉄の味が広がる。

 睨みつけるセシリアにライオネットは引きつった笑顔を見せて凄む。


 「大人しくして頂こうか。すぐには殺しは致しませんよ。ランドリッツェの砦を落としたら、御父上の隣に並べて差し上げます」

 「ライオネット。どういうことだ。これは」

 

 ライオネットの仲間と思しき男が困惑の声を上げる。


 「馬鹿。まだ分からないのか。この女はセシリア・アスティーだ。敗走してからこの陣に隠れていたんだ」

 「セシリア・アスティーだと」


 顎を掴まれ無理やりに顔を上げさせられる。


 「言われてみれば。しかし、他人の空似ではないのか」

 「ご本人に聞くと言い」

 「・・・・・・」


 騒ぎを聞きつけた北方民たちが騒ぐ中、何も答えないセシリアをライオネットは引きずっていく。

 事態を飲み込めない男たちも、セシリアを逃がさないことだけは同意したようだ。

 

 「どうするのだ」

 「さあな。取りあえず監禁するしかないだろう」


 相談し合う男たちに一人の北方民が声を掛けた。


 「待て、ライオネット。ジュリエット殿がこの女を連れてこいとの仰せだ」

 「何を言っている。我々の問題だぞ」


 思わず立ち止まるライオネットを仲間が宥める。


 「そうだが、今は彼らの機嫌を損ねたくはない。連れて行くぞ」

 「くそ、いつまで蛮族共の機嫌を取らねばならんのだ」

 

 悪態をつきながらも、ライオネットは仲間の言葉には逆えなかった。

 セシリアは後ろ手に縛られ、宴の席に引き出された。


 上座には、赤毛の女族長が楽しげに笑っている。

 この女が裏切者たちが話していたジュリエットなのだろう。エリックを捕らえた女だ。

 これが運命ならば、先ほど豚を切り分けた時に斬りかかればよかった。

 せめて一太刀をと、殺意を込めた眼差しをジュリエットに送る。


 「娘。名を名乗れ」


 ジュリエットの口から王国の言葉が飛び出し、殺意が一瞬、消し飛んだ。


 「どうした。言葉をなくしたか」

 「セシリア・・・・・・・セシリア・アスティー・センプローズ」


 顔を俯き吐き捨てる様に言い放つ。


 「やはり、お前がセシリアか。聞いていた話とは随分違う。良い目だ」


 ジュリエットの言葉に、反射的に表が上がる。 


 「聞いていた。誰から」

 「無論。この身が捕らえた男からよ。エリックとか申したかな」

 

 ジュリエットの口からエリックの名が出たとたんに感情が爆発した。


 「お前。エリックに何かあったら殺す。必ず殺す」


 押さえつけられるのを振りほどこうと激しく身をよじり、ジュリエットににじり寄ろうとするが、ライオネットに再び抑え込まれる。


 「何かとは何だ」


 笑いを交えジュリエットは立ち上がると、腰から剣を抜き放った。

 その姿に一切の恐怖を感じはしなかった。

 ただ、悔しい。

 無力な。わたくしが。

 魔法使いとして尊重されようが、貴族の子女として優遇されようが、使用人として暮らしていたあの頃と同じ、愚かで無力な自分が。しかし、最後の瞬間までこの女を睨みつけてやる。


 「気に入ったぞ。セシリア。川向うのただの小娘かと思っていたが、まるで北の狼だ。エリックには惜しい女よな」


 ジュリエットは剣を地面に突き立てる。柄の金細工が妖しく光った。

 

 「やれ。エリック。遠慮はいらぬ」


 言葉が終わらぬうちにジュリエットの背後から人影が飛び出した。

 その人影は地面に突き立てられた剣を握ると、セシリアに向かって一閃した。


 「ぐぁ・・・」

 

 セシリアを背後で押さえつけていたライオネットが倒れ込んだ。


 「セシリー。伏せろ」

 「エリック」


 呆然とエリックの姿を見上げる。

 夢でも見ているのかしら。それとも頭が変になったのかしら。

 捕まっていたはずのエリックが、わたくしを助けに来てくれた。そんな、夢物語を。


 「ジュリエット様。全員は殺さないでくれ。何人かは生きたまま」

 「分かっておるわ。ミナノモノ、ユケ」


 王国の裏切り者たちにジュリエットの側近たちが一斉に斬りかかり、宴は一変、血しぶきの乱舞となった。

 裏切者たちは瞬く間に取り囲まれ、剣を抜く間もなくなぎ倒されていく。


 「お前たちは何者だ」


 右肩から血を流しながらライオネットは立ち上がり、左手で剣を構える。


 「セシリーが世話になったな」


 エリックがつまらなさそうに吐き捨てる。


 「センプローズの犬か」

 「喜べ。お前だけはこの手で殺してやる。調べも拷問も全て無しだ」

 「ぬかせ、小僧が」 

 

 ライオネットが剣を突き出したままエリックに突進し、エリックとすれ違った。


 「エリック」


 セシリアの叫び声と同じくしてライオネットは地面に伏した。


 「セシリー。無事か」

 

 振り向いたエリックがセシリアの戒めを解く。


 「エリック。エリック」


 片膝をついたエリックに縋りついた。 


 「すまん。助けに来るのが遅れた。辛い思いをさせてごめん」

 

 泣き叫ぶセシリアをエリックはしっかりと抱きしめた。

 エリックの腕の中でセシリアは、これが夢でも構わないと思った。

 ただただ、嬉しかった。 

 


                 続く

やったー。救出までたどり着いたぞ。\( ^ o ^ )/ばんざーい

ジュリエットの意地悪な感じ我ながら良く出せた気がいたします。

あと、ジュリエットが剣を地面に突き刺し、それをエリックが振るうシーンも我ながら良く思いついた。偉いぞ。

最初は剣を投げようかと思いましたけど、不自然だもんね。地面に突き刺す方がリアリティーがある気がいたします。

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[一言] お約束。だがそれが良い。
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