招集
地平線から姿を現した朝日が、アマヌの岩壁を照らし出す頃。
エリックが滞在している城塞の塔から赤と青の狼煙が挙げられた。
赤と青の二種類の煙は、混じり合う事もなく登っていく。
エリックは青空に上っていく煙を眺める。
ジュリエットの一族は、この城塞以外にも幾つかの集落を構えているらしく、その者たちを呼び寄せるための狼煙らしい。
「エリック様。大丈夫なのでしょうか」
「何がだ」
同じように狼煙を見上げていたエミールが、辺りを憚るように囁いた。
「その・・・ここの者たちを信用しても。仲間を集めて我々を捕らえるのでは」
ジュリエット達の裏切りを心配しているようだ。
エミールにしてみれば、初めて関わり合う北方民たちだ。見た目も、言葉も、生活も違う彼らを、信用できないのも無理はなかった。
「何の心配をしているかと思えば。今更そのような事を気に病んでも仕方ないだろう。その時はその時だ」
「どうするのですか」
「全員で血路を開く。それ以外に何か手立てがあるか」
「・・・そうですね。弱音を申しました」
エミールは小さく笑った。
「いや、俺も不安はある。この部族の説得には成功したが、まだ兵は足りない。ここの戦士を全員連れて行っても、千にも届かないだろう。最低でも二千の兵を集めたいからな。後どれだけの部族を回らねばならないのか見当もつかないよ。出会った部族の全てが、ここのように話が分かるわけでもないしな。砦が陥落する前に何としても援軍を揃えなくてはいけない。砦が落ちたらお嬢様を助けるのも難しい。時間があればいいが」
「確かにそうですね」
「それでだ。お前に頼みがあるんだ」
「何でしょう」
「ジュリエット様やトリスタン殿の話を合わせて聞いてみると、どうやら北方民を手引きしている王国の者がいるらしい。この事をフリードリヒ様にお伝えしてくれ。書状はアラン卿が書いてくれている。お前とロランはその書状を持って一足先に陣営に戻ってくれ」
「今からですか」
「ああ、頼めるか」
「しかし」
エミールは視線を動かして戸惑う。
ここで、立ち去るのを潔しとしていないのだろう。
「すまないが頼む。お前たちしか頼める者がいないんだ。クロードウィグはこれからの交渉に必要だし、村の者たちは、北方民に襲われたら抵抗できないだろう」
「それはそうですが」
村から連れて来た人夫達に乗馬が得意な者はいない。敵対する北方民に追いかけられたら逃げ切れないだろう。
「騎士団の方々に頼むのも筋違いだ。あの方々はエリカの護衛であって、俺やアラン卿の命令に従う義務はないからな。どうしても必要になったらお願いするつもりだが、まずは身内のお前が行ってくれないか」
「分かりました」
「ありがとう」
エリックはエミールの肩を叩いた。
アランの書いた報告書を懐に抱いてエミールとロランは城塞を後にする。
それを見送ったエリックは、再び城塞の本丸で、アランと共にトリスタンとの折衝に入った。
最初にジュリエットと謁見した板の間でトリスタンと向き合う。
「トリスタン殿、あなた方はどれ程の兵を集めることが出来るのでしょうか」
「集まった兵を、お前たちが数えるがいいだろう」
エリックの最大の懸念はトリスタンの失笑で報われた。
「お気を悪くしないでいただきたい。あなた方の力を軽んじているわけではない。しかし、我等は一兵でも多くの兵を必要としている。兵の数が少なければ他の氏も訪ねなくてはならないのです」
「無用だ」
アランの助け舟も冷たく払いのけられ、エリックは内心でため息をついた。
エリカの魔法とジュリエットの決断で、何とか味方に引き入れることが出来たが、実力者のトリスタンの機嫌を損ねると、同盟の話も反故になりかねない。
エリックとしてはここで集められる兵の数と、これから回るであろう周辺の部族との繋ぎ。そして、どんな人々なのか、話を聞かせてほしい。
「そのような心配より、忘れてはおらんであろうな」
昨夜出された条件の話だろう。
「勿論です。エリカとコルネリア様の了承は得ております」
もう一度、光の魔法を使えとの条件は、エリカからは二つ返事で了承を貰っているし、もう一人のコルネリア様は眉をひそめ「魔法を見世物か何かと勘違いされては困る」と仰ったが、最後は納得して下さった。
トリスタンの出した条件には文句はない。むしろそんな事で良いのかというのが、率直な感想だ。
「ならよい」
話は終わったとばかりに、トリスタンは息を吐く。エリックがアランに目を向けると彼は小さく頷いた。
今はこれ以上押しても無駄だろう。ここは機嫌を損ねないことが肝要だ。
エリックは頭を下げて折衝を切り上げた。
この時のエリックとアランは、トリスタンの言葉を正確に聞き取ってはいなかった。
トリスタンの王国の言葉が拙かったのではない。彼らにはトリスタンの言葉が信じられなかっただけであったのだ。そのことが分かり始めたのは、狼煙が上がり昼を過ぎた頃であったろう。
城塞へと向かう道に、ぽつぽつと人影が現れ、近くに住んでいるジュリエットの部族の者たちが集まり始めた。
エリックはどれだけの兵が集まるかを、本気で数えるために城門前に陣取っていた。
初めの内は道に現れる人影を、一人二人と石を使って勘定していたが、すぐに無理だと気が付いた。
時がたつにつれ、人影は塊になり、日が傾くころには列となっていた。
「いったい何人いるんだ」
千を超えた辺りで数えるのを諦めたエリックの前を、北方民たちが不審そうな眼差しを投げかけながら通り過ぎていく。当然こんな数の人が城塞に入りきれるはずもなく、城塞は北方民たちが起こした焚火に囲まれていた。
集まったのは男だけではなく女や子供も含まれていたが、その数は砦を囲んでいる北方民と遜色ないように思える。
城塞の倉が開かれ、集まってきた北方民たちに食べ物が振舞われた。
立派な馬を引き連れた男たちが、出迎えたジュリエットに向かってお辞儀をし、献上品を捧げているのを見て、この部族が想像以上に大きな力を持っていることを思い知った。
朝の折衝でトリスタンが「無用」と言っていたのは、そういう事だったのか。
確かに数えるのも、他の部族を訪ねるのも無用だろう。
この場に居る全ての男たちが戦士でなくても、予定の二千は楽に集められる。明日になればさらに増えるだろうから、いったい何人の兵を集められたのか数えるのは困難だ。
大軍としか言いようがない。
いざとなったら血路を切り開くと、エミールに大見得を切ってみせたが、とてもではないが無理だな。
翌日になると城塞の周りは人で埋め尽くされていた。
「よう集まった。よう集まった。のう、トリスタン」
ジュリエットが本丸から下を眺めて上機嫌で笑う。
「おひい様。儀式は今夜行います」
「わかっておるわ。心配いたすな」
「はっ。メイガリオーネ・エリカもよろしいか」
トリスタンは板の間に畏まる江莉香に声を掛けた。
「はい。任せてください。最高のショーをご覧に入れます」
江莉香は右手を挙げて答える。
「?・・・・頼みますぞ」
昨日の内にトリスタンさんから何をすればいいのかは聞いている。コルネリアとも相談したけど、とても簡単なお仕事だった。こんなことでいいのかな。
でも、考えてみたら私とコルネリアが、光の魔法が使えるから簡単なのであって、使えない人には不可能な芸当よね。ただでさえ魔法使いって少ないのにその中でも光の魔法が使える人ってさらに少ないらしいから、トリスタンさんが飛びつくのも無理ないか。
それにしても、人が集まること集まること。
たった二日で一万人以上の人と、同数かそれ以上の馬や羊たちで、お城の周りは濛々と土埃が立っている。
ジュリエット様って本当にお姫様だったのね。田舎のじゃじゃ馬娘かと思っていたけど、違ったのね。謝ります。
どうやらジュリエット様は、あの白い岩壁をご神体とする部族の宗教的指導者というか、昔の日本で言うのなら卑弥呼に近い存在みたい。だから、正確にはお姫様というよりは巫女様なのかもしれない。
そりゃ、そんな人が招集したら、部族の人たちは飛んでくるわよね。
でも、彼女には悪いけどイメージと違うといいますか、巫女ってもっと神聖で神秘的存在じゃないのかな。
少なくとも贈り物の葡萄酒をガブガブ飲んでひっくり返り、二人がかりで寝所に運ばれるような存在だと神秘性が損なわれる気がする。
大丈夫なんやろか。
まぁ、いいか。私としても、お姫様然としてお高く留まっている女の子より、一緒にお酒飲んで騒げるジュリエット様の方が好きかな。
ともかく儀式に協力すれば援軍を出してくれるのは間違いないし、今いる人たちが協力してくれるのだったら、砦を囲んでいる北方の人たちも退散するんじゃないかな。
セシリアの救助もすんなりといくかもしれない。
儀式は夕方から行われるらしい。失敗しないようにしなくちゃね。
続く
終わんない。終わんないよぉ~。(ノ Д`)・゜・。
どぎゃんすれば、いんじやろね。
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