16.エピローグ
R15の残酷描写が含まれる場合がありますのでご注意ください。
王城の最上階の玉座の間。ギデオンの「完璧な世界」は音を立てて崩れようとしていた。
マチルダの絶叫が聞こえなくなると、ギデオンの表情に初めて「焦り」に似た色が浮かぶ。
「......なぜだ。なぜ私の王都中から集めた魔力が、貴様のような泥臭い男の魔力に上書きされるのだ!」
ギデオンは魔力を含んでいる筈の剣を狂ったように振り下ろす。王都全域から強引に吸い上げた膨大な魔力が、剣から迸る。だが、その一撃は、レイには届かない。届く直前で消えてしまう。
「馬鹿な......数万人分の魔力を注ぎ込んでいるんだぞ!」
「ギデオン! 何をしている! 早く、早く奴を殺せ!」
国王が叫ぶ。
「......ギデオン。あなたはまだ気づいていない」
レイの声は、どこまでも穏やかだった。
「あなたが握っているその力は、ただ『寄せ集められただけ』のものだ。土から生えたのではなく、土の上に置かれただけの植物は、どれほど背が高くても嵐には耐えられない。そういうことだ」
ギデオンの魔力のなくなった鎧が、自身の魔力の重圧に耐えかねて軋み、火花を散らす。
「俺は、俺は最初は真面目に努力していただけだったんだ!それなのに......貴様は俺より努力してないのに絶対に追いつかせてくれなかった。俺は負けるわけにはいかなかったんだ。貴様が......貴様がすべてを狂わせたんだ! レイ・アカツキィィッ!!」
「何を言っているギデオン!!そんなこと言ってないで早く奴を殺せ!」
国王が急かすがギデオンは聞いていない。
ギデオンがついに最後の一滴まで魔力を振り絞り、神速の突きを放つ。かつてレイと競い合った、あの日の御前試合のように。
「俺の剣を受けてみろ! 俺は逃げて土いじりなんかせずに、ひたすら剣技を磨いてきたんだぞ!」
「それは剣技を磨いてきたというのか! 多くの魔力を集めようとしてきただけじゃないか」
「貴様にわかるか! 俺の気持ちが!」
「ギデオン! お前の気持ちなんかどうでもよい! 早く奴をを倒せ!」
相変わらず国王は喚き散らしている。
レイは、自分は動こうとしない国王を感情のない目でちらりと見ると、スッと腰を落とし空を掴むように手を伸ばす。
(......土を耕す時と同じだ。固い地層を砕き、命が通る道を作る)
「大地に還れ」
レイの指先が、ギデオンの豪華な剣の刀身を掴む。 次の瞬間、轟音と共に王城が揺れた。
ギデオンが独占し、歪めていた王都の魔力は、レイを通して城の地下へと吸い込まれていった。
「......何をした......!? 俺の......俺の力......!」
「......土に還したんですよ、ギデオン。すべての魔力をね」
次の瞬間、レイの手のひらから放たれた、優しくも抗いがたい衝撃が、ギデオンの胸元を撃ち抜いた。レイの放った魔力砲は魔力をなくした白銀の鎧を粉々に砕き、ギデオンの身体を吹っ飛ばした。
玉座にいたカストール国王は護衛騎士に向かって叫ぶ。
「おまえら、余を守れ!」
護衛騎士たちは国王を守るように立つ。レイとの間にいたギデオンは部屋の隅でこと切れている。
国王は作戦を変えた。護衛騎士の奥から話しかける。
「なあ、レイ・アカツキ。久しぶりだな。ここにいる護衛騎士たちを差し出そう。どうだ。こいつらを好きにしていいぞ。その代り、私だけは見逃がせ」
差し出そうと言われた護衛騎士たちは困惑している。
「何を訳の分からないことを言っているんです。そんな護衛騎士など差し出されても困ります。彼らをどうこうするのが目的じゃないんですから、はぁ、こちらが本命の雑草だったか」
「わ、私は何も知らなかったんだ......すべてギデオンが」
「国王が何も知らないで済むわけないでしょう」
「いや知らなかった。見逃せ」
国王は独自の理論を以ってレイを説得する。ふいにレイの周りの空気がかわる。
「この護衛騎士たちを好きにしていいと言いましたね」
「ああ言った。そうか、見逃してくれるのか」
「では、護衛騎士たちに聞く。本当に国王は何も知らなかったのか?」
「?.......それはどういう意味ですか?」
「あなたたちは私に差し出された。もうすでに私の部下になった。国王を守る義務はない、本当のことを」
「なっ」
国王はどう反論したらいいかわからず目を白黒させる。
「......いえ、すべてご存知でした」
「おまえら! 裏切るのか!」
「聞いたな。国王を捕まえるぞ」
レイはカストール国王を縛り上げ、混乱している騎士団に引き渡した。
「上官として命令します。後継者選びは任せます。騎士団に自浄作用があることを望みますよ」
国王に「差し出された」騎士たちは、レイに敬礼をした。
いつのまにか王都には夜明けが訪れていた。
クリスティーヌがレイの元へ駆け寄る。 「……終わったのね、レイ」
「ええ。……朝日がまぶしいです」
二人が王城のバルコニーから見下ろすと、地平線の彼方から、眩いばかりの太陽が姿を現していた。 朝日を浴びた王都の街並みは、昨夜までの戒厳令が嘘であるかのように、キラキラと輝き始めている。
ギデオンが独占していた魔力は、レイによって大地へと還り、やがて街の隅々へと穏やかに循環を始めた。魔道具たちが一斉に動き出し、人々の生活は戻りつつあった。魔導士たち、市民たちは、魔力が奪われていたことを知り、日常が戻ってきたことを実感していた。
「……レイ。あなたはこの国を救ってしまったわね」
クリスティーヌは微笑む。だが、レイはいつものように頭を掻いて、少し困ったような顔をした。
「救っただなんて。……私はただ、手に負えなくなった雑草を引き抜いただけですよ。あとは、皆さんが自分で自分の畑を耕せばいい」
レイの視線は、自分の小さな村の方へと向けられていた。 そこには、自分が蒔いた種が、今も土の中で春を待っているはずだ。
「……さあ、帰りましょう、クリスティーヌ。あんまり遅くなると、冬越しの準備が間に合わなくなる」
「……ふふ、そうね。次は、私の魔法で、最高に甘いカボチャを育ててみせるわ」
「水魔法、楽しみです」
二人は、朝日を背に受けながら王城を後にした。
*
王都の騒乱から数ヶ月。 季節は巡り、ナギ村は命の芽吹きで溢れていた。
戦いから戻り、村の入り口にある小高い丘に立った時、レイは思わず足を止めた。 不在の間、荒れ果てているだろうと覚悟していた彼の畑は、驚くほど美しく整えられていた。
「おーい、レイさん! 帰ったか!」
鍬を手にした村人たちが、次々と嬉しそうに顔を出す。彼らはレイがいない間、交代で彼の畑に水を撒き、雑草を抜き、世話を続けていたのだ。
「……みんな、ありがとう」
「気にするなよ。あんたが命懸けで国を救いに行ったんだ、これくらい当然だ。さあ、見ろよ。あんたの種は、ちゃんと芽吹いてるぞ」
「あんたの植えたほうれん草はもう少ししたら食べごろだ。霜にあたればぐんと甘くなる」
「間引きもしといたよ。間引きした野菜はもう美味しく頂いちまったけど」
村人たちは笑う。泥のついたその顔は王都のどの貴族よりも輝いて見えた。レイはそっと土に触れ、その温かさに目を細めた。
(この人たちは、自分が何者か、何をしてきたのか知らない。だがそれでいいんだ)
その一方で、村の生活に馴染もうと奮闘している「新米農婦」が一人。 クリスティーヌは、畑に立っていた。
「ちょっとレイ! またやっちゃったわ!」
レイが駆けつけると、クリスティーヌの目の前にあるはずの苗が、不自然なほど巨大な「氷の彫刻」に変わっていた。
「......クリスティーヌ、これは何?」
「違うのよ! ほんの少しだけ地表の温度を下げて、霜対策をしようとしただけなのに......魔力の微調整が全然計算通りにいかないの!」
村の女たちが寄ってくる。
「クリスティーヌさん、意外と不器用で親近感あるね」
「お高く留まってるよりずっといいよ。すぐ慣れるよ」
「はは..そんな精密な魔法を使わなくても、藁を被せてあげればいいんだよ、クリスティーヌ先生」
「藁!? 」
有能な宮廷魔導士だった彼女も、自然相手には無知だった。水やりをすれば土を抉るほどの噴水になり、害虫を追い払おうとすれば畑ごと刈り取ってしまうほどの威圧を放ってしまう。農業においては今のところ連戦連敗だった。
そんな二人の様子を、土手の上から愉快そうに眺める影が突然出現した。
「相変わらずだねぇ、あんたたちは」 煙管をくゆらせながら現れたのは、ウルスラだった。
ウルスラは得意の転移魔法でやってきたのだった。
「......ウルスラ先生! なぜこんな辺境に?」 驚くクリスティーヌを余所に、ウルスラはひょいと畑に降り立ち、やっと食べられるようになったアスパラガスを一つ引き抜いて齧った。
「新しい王様から伝言があってね。王家の使いなんてあの店始まって以来だよ......ほう、こいつはいい。レイ、こんなおいしい野菜は王都じゃ食べられないよ」ウルスラは満足げに目を細めた。
「クリスティーヌ、あんたも嘆くことはない。だんだん慣れていけばいい。土の声を聞き、風の機嫌を伺う.......きっとレイだって最初からできたわけじゃない」
夕食の時間になり、三人は、レイの家の居間で、村人から差し入れられたばかりのほかほかの蒸し野菜の乗った魔道具のコンロを囲んでいた。
「サイラス第二王子が、新しい王様になったよ。以前から真面目で賢いって言われてた王子さ。その新しい王様から伝言だ。」
とサイラス国王からの手紙をレイに渡す。クリスティーヌが横からのぞき込んで読み上げた。
「あなたは王冠ではなく国を守ってくださった。感謝します。是非一度お会いしたいと思っています。これからは実り豊かな国にしていきます。」
「ま、あの国王ならギデオンのような雑草が生えてくることもないだろうね。そして今、魔導士と剣士が協力して街を立て直している。ギデオンの支配が終わって、みんなが自分の手で自分の未来を『耕し』始めている」
ウルスラが満足げに言う。
「……それは良かった。みんなが自分の畑を大切にできれば、もうあんな大きな雑草は生えてきませんよ」
レイは穏やかに笑った。
かつて神速と呼ばれた剣士は、剣を鎌に持ち替え、豊かな大地を切り拓いている。 天才と呼ばれた魔導士は、今は戦うためでなく命を育むためにここにいる。
「……さあ、明日は早起きだぞ。クリスティーヌ、次は『適切な追肥』の魔法を覚えてもらうからね」
「……ええ、頑張るわ。今度こそ、氷漬けにはしません!」
笑い声が、春の夜に溶けていく。
ウルスラによれば、ギデオンの敗北と、レイの魔法によって王都の魔力が大地へと還った瞬間、街に押し寄せていた魔物たちにも劇的な変化が訪れた。王都を襲っていた魔物はやはりギデオンたちのたくらみだったのか、ギデオンの消滅とともに我に返ったように、自分たちの住処へと戻っていった。
ギデオンたちの魔力の影響が強く、残った一部の凶暴な個体に対しては、それまで激しく反目し合っていた「騎士団」と「魔導士」たちが、初めて対等に共闘して立ち向かった。 騎士が盾となり、魔導士が背後からとどめを刺す。レイとクリスティーヌを模範とするように、彼らは協力して残党を片付けていった。戦い方の新しい標準となりそうだった。
剣士の中で才能のありそうなものは積極的に魔導士に転身し、剣士の理論と融合させることで新しい戦い方もできるようになった。王都にも新しい風が吹いているようだった。
野菜を食べながらウルスラがレイに尋ねる。
「魔物どもがいなくなったと聞いてどうだ」
レイは平然とこう答えた。
「魔物自体が悪かったわけではありません。彼らも、不味い肥料(汚れた魔力)を無理やり食べさせられて、お腹を壊して暴れていただけです。雑草を引っこ抜き、環境を整えてあげれば、彼らは彼らの居場所へ帰っていくんですよ」
ナギ村の夜は、王都のそれとは比べものにならないほど深い。コンロの火がなければまだちょっと寒い居間の窓から、冷めてしまったお茶を飲みながら、レイは遠くの山並みを眺めていた。隣では、慣れない農作業で疲れ果てたクリスティーヌが、杖を抱えたまま船を漕いでいる。
かつて国を揺るがした騒乱は、今や過去のことになりつつある。だが、平和が訪れたはずのこの大地の下で、何かが静かにその時を待っているのを、レイの感覚は感じ取っていた。
翌朝、レイは村外れの荒れ地を一人で耕していたが、 昨日、ウルスラがふかした新じゃがを齧りながら、去り際にボソリと残した言葉が胸につかえていた。
「レイ。あんたが王都の魔力を大地に還したのは正解だった。だがね、豊富な魔力に惹かれて『招かれざる客』がまた来てる気がするよ」
「......レイ? また土を味見しているんじゃないでしょうね?」
いつの間にか起きてきたクリスティーヌが、欠伸をしながら近づいてくる。レイは、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「いや。少し、根の張りが強い雑草があったんだ」
「ふーん。……ねえ、さっき村の入り口に、妙な旅人がいたわよ」
クリスティーヌの話によれば、その旅人はレイの姿を気にする様子だったという。彼は村の中には入らず、レイの畑を眺めた後、黙って去っていった。
レイは、村の入り口の方を見つめた。 「雑草」の処理は、この広大な世界の「一区画の手入れ」に過ぎなかったのかもしれない。
「......クリスティーヌ。明日から、少し修行の強度を上げようか」
「えっ!? 追肥の練習だけで手一杯なのに、これ以上何をさせる気?」
「何、簡単なことさ。どんな嵐が来ても、自分の庭だけは守れるように」
かつて剣聖と呼ばれた男は知っている。 仕事には終わりなどない。 一つの収穫が終われば、それは次の、より困難で、より豊かな実りへの始まりでしかないのだ。
男はまた鍬を構えた。
レイの口調はいつ変わったんでしょうね。
これにて第一部は終了です。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
次は番外編になります。今週土曜日の同じ時間に更新します。
第2部まで少々お時間をいただきますが、ぜひお待ちいただけると嬉しいです。




