15.対決
R15の残酷描写が含まれる場合がありますのでご注意ください。
爆発以来、ギデオンによって王都の魔力は使いつくされ、街灯は消え魔導具も動きを止め、民衆の不満は極限まで溜まっていた。そんな中ある日、王城にあるバルコニーに一つの光が灯った。
ギデオンが魔力を溜めた剣を持って立っていた。その隣にはカストール国王もいる。その剣のせいで街が闇夜になったとも知らず、民衆の目には暗闇を救うただ一つのありがたい光のように演出されている。
「市民諸君! 見るがいい!この明かりも消えた街の姿を!」
ギデオンの声は、魔導具による増幅で王都の隅々にまで響き渡った。
「かつての裏切り者レイ・アカツキと、魔導士どもが結託し、この王都の生命線である魔力供給網マナ・ラインを破壊した。北倉庫の爆発は、奴らの仕業だ。筆頭魔導師のトビーも奴らの攻撃の犠牲となった。奴らは、我らが作ってきた日常を、汚い魔法で破壊しようとしている!」
民衆の間から、どよめきと怒号が上がる。暗闇は不安をあおるという性質があるのかギデオンは世論を味方につけていく。
「奴らにとっての誤算は、相手がこの私であるということだ。魔導士ごときには絶対に負けない!街を守るのは、私だ。我らの平和を取り戻すぞ!」
民衆は真実を知らず熱狂していた。彼こそが自分たちの魔力を奪った張本人だというのに。魔力供給網マナ・ラインがさも壊れたように装って街への魔力の供給を止めているのはギデオンなのに。
ギデオンは「うまくいった」とばかりに冷笑を浮かべ、城の奥へと消えた。
一方、王城の地下、トビーの爆発の前に抜け目なく転移していて無事だったマチルダといえば、その時に失った魔力を補充するための新しい実験室に移り、そこは異様な熱気に包まれていた。 相棒であったトビーを失い、レイにも予定を狂わされたマチルダは異常なまでに魔力を欲し、もはや人間の形を保つことさえ忘れ「実験体」の魔力をむさぼっていた。そしてもはやその実験体も孤児院から引き取るのではなく、自分の部下から選んでいた。
「……トビーの計算なんて、あてにならないわ。結局計算通りになんていかなかったもの。……所詮魔法は割り切れないものなのよ」
彼女の目の前には、十数人の若者たちが寝かされている。マチルダは、彼らから吸い上げる生命力を、限界を超えて自らに注ぎ込んでいた。
「ああ……熱い。熱いわ……! ギデオン様、見ていてください。今お役に立てるように、魔力を吸っていますから……!」
彼女の肌は不自然なほどに透き通り、背中からは吸収しきれない魔力が線となり溢れ蠢いている。トビーという制御役を失い、その暴走はとどまることを知らない。
「レイ、クリスティーヌ……。あなたたちの魔力を吸うのが待ちきれないわ。たっぷりでさぞ美味しいんでしょうね」
マチルダはうっとりする。もう正気は残っていなかった。
ウルスラの隠れ家で、レイは立ち上がろうとしていた。
「……空気が重いですね。これは、激しい雨が降る前の匂いだ」
クリスティーヌは、カーティスの形見である杖を拭いた。
「ギデオンは嘘で民衆を扇動しているようね。……これ以上は.......」
「ええ。……そろそろ収穫祭です」
レイの周りの空気は、以前の温厚なそれとは違っていた。民衆を騙し、自分の利益のためにすべてを犠牲にするものは、淘汰されなければいけない。雑草は引きぬかなければ。
暗闇の中、レイたちは王城を目指して動き出した。
*
静寂を切り裂き、地下水道から這い出した魔導士たちの攻撃が始まった。 魔法の火矢が城門を焼き、辺りはまるで真昼のように明るくなる。魔導士たちはそれを合図に一斉に陽動を開始する。民衆は何が起こったのかと集まり、たちまち人だかりができる。危ないと民衆を誘導する魔導士たちもいた。すべて打ち合わせ通りだ。
王城の警備に当たる下級の兵士たちには魔力供給網からの魔力は供給されていないようだった。
彼らは自分の魔力以上の魔力に守られていなかったので、魔力量の多いレイとクリスティーヌからすれば、彼らを倒すのはなんでもないことだった。
警備網をくぐりぬけ、混乱の隙をついてレイとクリスティーヌはうまいこと玉座の間へと進んでいた。
「……来たな、レイ」
玉座の前で、ギデオンがレイを待っていた。後ろには国王もいて、その周囲には、街中の魔力を使い、極限まで圧縮した防御結界が展開されている。
(そんなことに魔力を使っていたのか......!)
「この空間は、私の魔力以外は何を唱えても無駄だ。……強力な結界を張ってあるからな」
ギデオンが指を鳴らすと、背後の壁から無数の魔力剣が突き出し、レイたちを閉じ込めた。
「どうだ、狭くてどうにもならないだろう。そんな狭いところで魔力砲を打てば味方に当たるぞ!」
ギデオンは勝ちを確信して言った。
「俺の勝ちだ」
そのとき、素っ頓狂な声がした。
「あは、あはははは! ギデオン様、見つけたわぁっ!!」
レイの背後の壁が、吹っ飛んだ。 現れたのは、もはや正気を留めていないマチルダだった。彼女の身体からは、吸い上げすぎた他者の生命力が無数の魔力線となりもごもごと動き続けていた
「マチルダ!? 何しにきた……!」 ギデオンは慌てて結界を維持しようとする。しかし、正気ではないマチルダは、ギデオンの言葉を理解できない。
「ギデオン様のために。ギデオン様のために!!」
マチルダから生えた魔力線が、魔力をたっぷり含んだギデオンの結界にも、レイにも伸びていく。
「やめろ!マチルダ、やめるんだ!」
彼女はもはや敵も味方も区別できない。その異常な魔力吸収に対する執念が、皮肉にも結果としてレイを自由にすることになった。
ギデオンはマチルダの暴走を抑えるために、正面のレイへ向けていた意識を逸らさざるを得ず、集中が切れる。
ギデオンが振り向いた時。
「今だ!クリスティーヌ」
嵐が起こる。ギデオンの結界も何もかもなかったことにしたように風が吹き荒れる。
レイは激しい魔力が渦巻く中に、すっと手を差し入れた。
レイを中心に、穏やかな静寂が広がった。 マチルダの魔力線はレイに届く直前でその勢いを失い、ギデオンの剣の光も、レイの周囲ではただの柔らかな陽光へと変質した。
「なっ……貴様何をしたのだ!?」
「……ギデオン。あなたは魔力を自分を守るためだけに使った。……私は、魔力を信じることを、土から教わった」
レイは一歩、また一歩と、ギデオンへと近づく。 もはや敵味方の区別もないマチルダの暴走が、ギデオンを追い詰め、レイを助ける。
最後の最後に、ギデオンは自らが蔑んでいた「魔法」に頼り、「魔法」に裏切られたのだ。
「自業自得っていうんですよ、こういうの」
レイの指先が、ギデオンの重すぎる鎧に触れる。
「……終わらせましょう、ギデオン。これ以上、この国を荒らさせはしません」
ドドドドドド
レイの指先を通じてギデオンの鎧の魔法が大地に帰っていく。
背後ではクリスティーヌが、マチルダを止めるための術式を宙に書き始めていた。カーティスの無念のための。自分たちの未来のための。
クリスティーヌの前にはもはや何者かもわからないマチルダが立ち塞がっていた。
すでに吸収できていないのか、かつての美貌は見る影もなく、背中からは犠牲となった若者たちの生命力がのたうつ魔力線となって蠢いている。
「見てよ、クリスティーヌ……! ほら、わたし綺麗でしょう。若いでしょう!ギデオン様にふさわしいでしょう!」
マチルダが自己陶酔して絶叫すると、無数の魔力線が広間を覆う。それはマチルダを醜く飾り、苦しむ魔力提供者の叫びのようでもあった。
クリスティーヌは冷静にカーティスの形見の杖を掲げ、障壁を展開する。
「……醜いわ、マチルダ。ちっとも綺麗でも若くもないわ。あなたは目をそむけたくなるくらい醜いのよ。わからないの?」
醜いと言われてもわからないマチルダは魔力線から力任せの攻撃をやみくもに打ち続ける。もはや魔法でも何でもない。ただの魔力だった。
クリスティーヌたちには何の影響もない。
(……レイが言っていた。『嵐のなかでは、風の抜ける道を探せ』と)
クリスティーヌは、かつてカーティスが得意としていた「風」の魔術を、自らの氷の魔術に融合させた。
クリスティーヌが杖を突き出すと、広間に猛烈な冷気が吹き荒れた。しかし、それはマチルダを直接傷つけるためのものではなかった。マチルダの背中の魔力線の隙間の魔力の供給路を局所的に凍らせて、その動きを止めていく。
「なっ、何するのよ!?ギデオン様のために若くいないと!」
「……まだそんなことを言っているの? あなたの力は借り物でしかない。信じられないけど……マチルダ、あなたが飲み込んだ人達の「痛み」や「苦しみ」が、「無念の気持ち」が、あなたを滅ぼそうとしてるのよ。私にはそうとしか思えないわ!」
クリスティーヌの杖が、マチルダの胸元でピタリと止まった。
「これは私の怒りじゃない。……あなたが踏みにじってきた魔導士たちの、そして、カーティスの無念よ」
クリスティーヌは全身の魔力を一点に集中させた。
「消えなさい、魔女。……魔法は、あなたの欲望を満たす道具じゃない。」
浄化の光が、淀んでいた広間を隅々まで清めていく。マチルダの身体を構成していたどす黒い魔力は、浄化の光に触れたそばから白い粒子へと分解され、天へと昇っていく雪のように美しく舞った。
「ああ……ああああ……っ!」
マチルダの身体から生えていた魔法線は消え、彼女の身体は急速に年を取る。他者から魔力を奪い、無理やり繋ぎ止めていた「美」と「若さ」が剥がれ落ちていく。
「ああ、やめて、やめて!」
マチルダは泣き叫んだが、クリスティーヌはやめなかった。
浄化が収まった後、そこには豪奢な法衣をまとった、年相応の女が力なく横たわっていた。
「私は……きれい?……若さは……? 返して……まだ、私は……」
マチルダは、錯乱して意味の分からないことを言っていた。もう戦闘能力はなかった。
「……マチルダ。あなたは最初から、何も持っていなかったのよ」
肩で息をするクリスティーヌは、杖を支えに立ちながら静かに見下ろした。 「魔法は奪うものじゃないわ、育むものよ。魔法の扱い方を間違えなければ、あなたはこんなに惨めな姿にならずに済んだはずだったのに」
マチルダの胸元から、最後に淡い青色の光がふわりと浮かび上がった。 それは、彼女がトビーと共にカーティスから奪い、自身に取り込んでいた「風の魔力」
その光の粒が、暖かな風と共にクリスティーヌの周りを一周した。 赦してくれたのだ。そして次に進めと言っているのだ。言葉はなくてもクリスティーヌにはそれがわかった。それは、五年もの間、何度も彼女を苛んだ「悪夢」からようやく解放された瞬間だった。
「……カーティス。あなたの風は、ちゃんと取り戻したわ」
クリスティーヌは杖を強く握り直し、涙を拭くと空を見上げ微笑んだ。
「さあ、もう少しね。雑草を抜くわよ」
「……無事か、クリスティーヌ」
静かな声がした。 振り返ると、そこには今まさにギデオンと対決しようとしているレイの背中があった。
彼のまわりだけ、穏やかな、暖かな空気に満ちている。 かつての彼女なら、その「根本的に魔法の使い方がおかしい」戦い方に苛立ちを感じたかもしれない。だが今はわかる。レイの戦い方は、剣士の間合いに魔法を混ぜ込み、自然の摂理に落とし込んでいるだけなのだ。
「ええ……。私の仕事は終わったわ、レイ」
クリスティーヌは、自嘲気味ではない、心からの信頼を込めた微笑みを浮かべた。
「あとは、あの巨大な雑草ギデオンを引き抜くだけね。……力を貸すわ」
クリスティーヌが放った渾身の浄化の光は、王城を覆っていたギデオンの結界にも亀裂を入れていた。魔導士たちが少しずつ魔力供給網マナ・ラインに混ぜた魔力不純物も効き始める。
「こんな筈ではない。レイ貴様何をした!」
レイは無言で一歩を踏み出した。
いよいよ雑草を引き抜く準備はいいですか?




