14.クリスティーヌの涙と作戦名「大地の呼吸」
R15の残酷描写が含まれる場合がありますのでご注意ください。
ある日の修行の合間、冷えた石床に座り込み、クリスティーヌは毎日手入れを欠かさない自分の杖を、壊れ物を扱うような手つきで拭いていた。
その横顔にはいつもの気の強さも溌剌さもなく、何か考え事をしているような遠い目をしていた。レイは彼女の前に、温かいお茶を置いた。
「……あ。ありがとう。いい香りね。......レイ、あのね......」
クリスティーヌが、我に返ったように礼を言い、次の言葉を少し言い淀む。
レイはクリスティーヌが話し始めるまで急かすことも促すこともせず、黙って待っていた。
「……昔ね、私にも一緒に戦った仲間がいたの。カーティスっていう、風の魔術を使わせたら誰にも負けない、天才肌の魔導士だった。天才な上に彼の努力は私も尊敬できるほどだった」
クリスティーヌはぽつりぽつりと話し始めた。
レイの行方が知れなくなったころ、王都で魔導士の弾圧が始まった。 若き日のクリスティーヌとカーティスは魔導士の地位向上を目指して動いていた。カーティスは正義感が強く、曲がったことが大嫌いな男だった。だからこそ、ギデオンと、彼に従い始めたトビーの怪しい動きを見過ごせなかった。
今考えればそのやり方も若気の至りだったのかも知れない。もっとうまいやり方があったのかもしれない。深追いし過ぎてしまったカーティスは狡猾なトビーの罠にはまり、捕らえられてしまった。
「……あいつは、カーティスをただ殺すんじゃなく、『実験体』にしたのよ」
トビーが開発した「魔力分解」の術式。それは、生きたまま魔導士の魔力を逆流させ、魔導士が崩壊する過程を観測するという、悪魔の実験だった。あろうことかカーティスはクリスティーヌの目の前で、自身の風の魔法に攻撃され、魔力を奪われた。
「カーティスは廃人同様になって投げ捨てられたの。投げながらトビーは笑っていたわ。『君の風は、実に耽美な旋律を奏でるね』って。……私は物陰から、ただそれを見ていることしかできなかった。カーティスの思いを考えると私まで捕まってしまう訳には行かなかったのよ。結局私はカーティスを見捨ててしまったのよ」
話しながらクリスティーヌは手で顔を覆う。
クリスティーヌは投げ捨てられたカーティスを連れてなんとか隠れ家に戻ったものの、数日後、彼女の必死の看病の甲斐なく帰らぬ人となった。最後に家族を案内し、泣き叫ぶ両親や幼い妹を生死をさまよう彼に会わせるのが精一杯だった。
懸命にただ「生きろ」と震える指先で宙に書いたのがカーティスの最期の言葉となった。
「だから、私がトビーやギデオンを許さないのは、正義のためじゃない。……ただの、私怨。彼らをどうしても表舞台から引きずり下ろしたかった。だから……あなたの『農夫としての平和』をうらやましいと思う反面、それを守り抜こうとするあなたの姿に、後ろめたさを感じることもあるわ」
話を聞き終えたレイは、大きな手をクリスティーヌのどこか頼りなげな肩にそっと置いた。 その手は暖かく、自分だけ生き残ってしまった自己嫌悪に苛まれるクリスティーヌの心をじんわりと溶かしてくれるようだった。
「……クリスティーヌ。復讐のためでも、私怨のためでもかまいません。あなたがこれまで一人で抱えてきたその「思い」を、これからは私も共有しましょう」
「……レイ」
「カーティスは、あなたの命をつないでくれた。自分の身を呈してあなたを守り抜いてくれた。彼の願いでもあったはずだ。そのことに感謝しましょう。そしてそのことは決して私は無駄にはしません。……トビーの計算には、致命的に人の『想い』が起こすものへの配慮が足りなかった。それが彼にとって、最大の敗因になったはずです」
レイの言葉に、クリスティーヌは強く目を閉じ、それから静かに頷いた。 彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。それは今まで誰にも見せることがなかった涙だった。
「……バカね。農夫のくせに、格好いいことばっかり言って」
彼女は無理やり笑ってみせたが、杖を握る表情はどこか晴れ晴れしていた。
かつての同志であり恋人でもあった彼への鎮魂。それが目的でもいいのだ。
*
大聖堂の跡には、だいぶ人数は減ってしまったが、数十人の魔導士たちがまだ身を潜めていた。彼らはみな、トビーの実験の犠牲者や、迫害によって杖を折られた人たちだ。
だが、その中心に立つレイは、彼らを『手折られた草」ではなく、正しく育てればいずれ豊かな実りをもたらす「種」として扱っている。
王都開墾作戦:作戦名「大地の呼吸」
レイは地面に、王都の地図を大雑把に描いた。
「いいかい。今の王都は、ギデオンという醜い雑草がすべての栄養を吸い上げている状態だ。彼が握るあの装飾過多の悪趣味な剣は、王都を流れる魔力供給網から直接魔力をもらっている。これを力ずくで引き抜こうとすれば、王都そのものが枯れてしまうかもしれない」
レイは地図の数箇所に石を置いた。
作戦の第一段階は、魔導士たちによる一斉攪乱だ。今は誰が管理しているのかわからないがかつてトビーが管理していた魔力集積所は王都に四箇所ある。一般には解放されていないが、トビーがいなくなっても運用が続いているということは、今も誰かが管理してると思われる。
その一方、王都の魔道具が稼働していないということは、魔力を逆流させたままという事だ。魔導士たちはこれを破壊するのではなく、忍び込んでさらにその魔力を不安定にさせる魔力を少しだけ流し込む。 「倒す必要はない。ただ、あいつらが吸い上げている魔力に、少しだけ『不純物』を混ぜてやるだけでいい。そうすれば、ギデオンの剣の出力は不安定になる。肥料も合わないものをあげれば返って枯らしてしまう事になるからな」
別動隊の魔導士の精鋭チームは、あえて正面から王城の門を叩く。 マチルダは、別動隊が引き付けてなるべくギデオンとの合流を阻止する。
そして、本命はレイとクリスティーヌ。 クリスティーヌはレイを補佐し、彼が少しでも早く魔力供給路の「根元」である王城の心臓部に潜入できるようにあらゆることに対処する。
「そして、私とクリスティーヌが、不安定になったギデオンの剣と鎧の魔力を、隙をついて大地に返す。
あいつの剣が王都を縛っているなら、私はその足元から、別のルールを上書きする」
ウルスラの修行がようやく日の目を見るのだ。レイの魔力は、もはや「放つ」だけではなく、周囲の法則を強制的に『自分の空間』に書き換えることもできるようになっていた。
決戦前夜。
「……レイ。この作戦が成功したら、あなたはもう『二流の魔導士』としては扱われないわ。歴史に名を残す『英雄』に戻ってしまうわね」
準備を終えたクリスティーヌが不安げに問いかけた。
レイは、あっけらかんと答えた。 「英雄はもうこりごりです。……私はただ、この戦いが終わったら、村に帰って冬越しの準備をしたいだけですよ。カボチャの種も、まだ選別しきれていないしね」
その言葉に、周囲の魔導士たちが小さく笑った。 かつての「伝説の剣士」が、今は自分たちと同じように、あるいはそれ以上に泥臭い「生活」を愛している。彼らは、なんでもない日常のような、気負いのないレイの姿に決戦前夜という緊張がほどけていくのを感じていた。
「クリスティーヌ。……雑草を抜き終わったら、僕と一緒に村へ来ませんか。あそこの土なら、あなたの綺麗な魔法も、もっと有意義に使える」
クリスティーヌは一瞬目を見開き、何かを考えながら答えた。
「……作戦の後に、まだ私が生きていたら、ね。……さあ、準備はいい? 『雑草』を根こそぎ引き抜くわよ」
「確か、水魔法も使えましたよね」
レイは片目を瞑って見せた。
クリスティーヌにも今まで言えずにいた大きな理由がありました。
ついに作戦が始動します。レイが言った『不純物』。これがギデオンの最強の鎧にどう作用するのか、ご注目ください!




