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剣を奪われた「剣聖」、「農夫魔導士」になる~農夫なので王都の支配者を雑草として間引きします~  作者: 赤木典子


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11.トビーの算術教室(前)

R15の残酷描写が含まれる場合がありますのでご注意ください。

 倉庫内は、静まり返っていた。「私も先に行く」と言ってきかなかったクリスティーヌと数名の魔導士がレイに同行する。「ほら、私がいてよかったでしょう。……奥よ。子供たちの微かな魔力の波長を感じるわ」


 だが、中央の広場に足を踏み入れた瞬間、背後で巨大な鉄扉がひとりでに閉まった。




「――ようこそ、算術教室へ」




 倉庫に、トビーの楽し気な声が響き渡る。 同時に、倉庫内の空間全体が、青白い幾何学模様の光に包まれた。壁、床、天井、すべてが格子状に見える。


「……クリスティーヌ、君は大変優秀なようだ。もう火矢を放とうとしているが、その軌道、予測できてるかな? おそらく、君の右耳を掠めて、君自身の背中を焼くことになると思うよ」


 トビーは笑い転げた。


「なっ……!?」


 クリスティーヌは怯むと同時に猛烈な吐き気に襲われた。 視覚と平衡感覚が一致しない。まっすぐ立っているつもりなのに、景色が右斜め上へと絶えず流れ続けている。


「う、うわぁぁっ!」 同行していた若い魔導士が、たまらず一歩踏み出した。 だが、その足が床に着いた瞬間、彼はすごい勢いで天井に向かって「落下」していった。




「重力加速度のベクトルを反転させてもらった。……楽しいね。君たちの法則は、どこへ行ったんだろうねぇ」

トビーは二階の張り出しで、自分の策に酔いしれている。



「さて、レイ・アカツキ。君の番だ」


トビーが指をパチンと鳴らす。 レイの周囲の地面がカチャカチャと組み替わり始めた。右に進もうとすれば身体は左へ、踏み込もうとすれば体が浮遊してしまう。


(う、動けない)


レイは立つことも進むこともできずにいた。



「楽しいねぇ、レイ・アカツキ。君がクリスティーヌから教わった魔法は、どうせアカデミーの初等課程、わずか一か月分の基礎くらいのものだろう?君の魔力の使い方は、単なる『剣の動作の置換え』に過ぎないことはわかった。私が何日も計算に費やした複雑な術式の干渉や、多次元的なベクトル演算をした魔術には対抗できないと思うよ」


 トビーが指先で数式を書くと、レイを縛る重力がさらに複雑になった。


「君がどれほど剣士として優れていたとしても、この数式のなかでは、普通には動けない。読み書きもできない赤子と同じなのだよ」

トビーは熱に浮かされたように続ける。


「君の筋肉の動き、神経の動き……すべてデータとして吸い上げさせてもらっているよ。……マチルダ、待たせたね。その男に、好きなように仕返ししたまえ」


 目をギラギラさせたマチルダは、トビーの結界で「動けている」私兵魔導士たちを引き連れて現れた。




「お待たせ、農夫さん。 あの時私をコケにしたのを忘れたわけじゃないわよねぇ?あのときの威勢はどうしたのかしら。 動けないの?まあ可哀相に。ところでこんなのはお好きかしら?」


マチルダの放った雷撃が、前回ほどの威力はないものの、レイ目掛けて飛んでいく。とっさに躱そうと体を捻ったが肩に命中する。


「素敵よ、農夫さん。素人でも、こんな魔法ができちゃうのよ。わ・か・る?」


高笑いをしているマチルダの前で、クリスティーヌは動けず、仲間たちも四方に飛ばされ、レイも一歩も踏み出せない。


トビーの「計算通り」に事は運んでいた。


レイは、焼ける肩の痛みを感じながら、いびつな世界を感じようと全身を研ぎ澄ます。


(何か、何か策はないのか)


昼間のウルスラの言葉をふと思い出した。


(地に足を着けるな、か……確かにここでは、常識は通用しない)




トビーは高みの見物を決め込んだ。彼はレイが動けなくなればもう十分だった。


(俺の勝ちだ)


だから、レイの指先が、微かに、拍子を刻み始めていたことに気づかなかった。




(……確かに、あんたの言う通りだ。私は魔法については、一か月分しか知らない。 その予測能力には感心するよ)


「レイ! 逃げて! 私たちはいいから!」


クリスティーヌが叫ぶが、すぐにマチルダに捕らえられ、魔力の刃を突きつけられる。


「逃がさないわよ。トビーの最高傑作を、特等席で見せてあげる」


地面がありえない方向に動き、空間が捩れる。トビーの計算上、ここでのレイの勝率は「零」だった。




「トビーさん。あなたは計算が専門のようですが、農夫ってのはね……計算通りにいかない『自然』と、毎日向き合っているんです。雨が降りすぎれば土は崩れ、風が吹けば作物は倒れる。そこに『計算』なんて通用しません。できるのはただ、荒れ狂う自然を受け入れ、その隙間に身を滑り込ませることだけです」


 レイは静かに目を閉じ、視覚を遮断した。そして ウルスラの言葉を反芻する。




「地に足を着けるな」




「あはは! さあ、次はどこの骨を折ってほしい? 農夫さん!」 マチルダが狂ったように笑って


魔力の礫つぶてを放つ。トビーの数式に守られたその軌道は、物理法則を無視してレイを狙う。


だが、レイは動かなかった。 いや、動くのを止めた。呼吸のみに全意識を集中させた。




「……計算、完了だ。死ね、レイ・アカツキ!」 トビーが最後の手順を完了させようと指を動かした瞬間。




 レイが、消えた。




「なっ……!? なぜ計算から外れた動きができる!」


「――『隙間』に入った」


低く、静かな声。 トビーの眼前に、マメだらけの拳が迫る。


「バ、バカな! ……計算上は、ありえない!……!」


「嵐のなかで、風の動きを計算する農夫はいない。……ただ、風の抜ける道を肌で感じるだけだ」


レイの手のひらから魔力が打ち出され、トビーの算術結界を打ち抜いた。 倉庫内の空間が猛烈な勢いで正常な物理法則へと引き戻される。


「ぎゃぁぁぁぁっ!」結界が消滅したのかマチルダとトビーが、床に叩きつけられた。不規則な重力に縫い留められていたクリスティーヌや仲間たちも投げ出される。




「……やった。……勝ったの?」 クリスティーヌが言った、その時だった。





理系の友人の助けをお借りしました。なるべく難しい感じにしたくて。

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