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大人のレンアイってなんですか?  作者: 花澤 凛


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理性より感情ー4



 


 佐野とは後日お茶する約束をした。

 ゆっくりと気持ちを育みたい、という佐野の気持ちはわかるしそれが嬉しいとも思う。それに今更焦る必要はない。必要はないけどなんだかもやっとした。


 「で、どうして呼び出されないといけないんだ」


 飲み会は予定時刻を少し過ぎて終了した。二次会に行く人は個人的に行けということだったが、千佳子は倫子と悦子から逃げるようにその場から退散した。根掘り葉掘り聞かれるのが見えていたし、今の千佳子の心境を多分彼女たちは否定するだろう。いや、否定までもいかなくても共感はしてもらえないかもしれない。


 「暇だったんでしょ」

 「映画観てたっつーの」


 千佳子は飲み会が終わる頃に槇に連絡をした。

 「忙しい」という槇に「じゃあ家に行く」と言えば渋々出てきたのだ。

 一度槇の自宅に伺ったのでなんとなく場所は覚えている。マンション名を調べればタクシーで乗りつければいい話だった。


 「で?今日合コンだったんだろ?」

 「そうだけど」

 「不発だったのか」

 「そんなことないわ。どちらかとういうとあたりだったかも」


 千佳子は佐野の話を槇にした。槇はふーんと耳を傾けながらビールをちびちび飲んでいたが不意に思いついたように千佳子に助言する。


 「そいつ、下手だわ」

 「……そんなのわからないでしょ」

 「少なくとも、千佳子にとって物足りなくは感じるだろうな。優しいんだろ?そいつ」

 「…夜は分からないじゃない」

 「まあ、虐めたくてドSの血が騒ぐならいいかもしれねえけど。善がってる時イイカオして痛ぁッ」

 

 千佳子は思わず槇の足を蹴った。ヒールが槇の脛を蹴り上げる。


 「そんな話、こんなとこでするな、馬鹿!」

 「生まれた時から馬鹿だからいんだよ」

 「何その開き直り!子どもか」

 「一人で楽しんでいた時間を壊されたんだからそれぐらい言ってもいいだろ」


 本当に子どもみたいなことを言う槇に千佳子は呆れる。少なくとも佐野ならこんなこと言わないだろう。


 「お酒奢ってるじゃない」

 「ビールね」

 「何飲みたかったのよ」

 「竹鶴25年」


 既に終売しているジャパニーズウイスキーだ。

 槇は好きな酒を収集する癖があるらしく自宅で一人こっそり飲むらしい。

 ネットで調べれば一本30万ほどの値がついている。

 千佳子は頬を引き攣らせながら思わず「馬鹿なの?」と言い返した。


 「さっきまで飲んでたんだよ。ったく、呼び出されて渋々くればなんか不満そうだし。聞けば良いやつだっていうなら別にいいだろうが。ってか今の時点でそこまで気にしなくても良くない?第一まだ付き合ってもねえんだろ?なんも始まってないのにらしくねえな」


 確かにそうだ。千佳子にとってこれまでずっと攻めの姿勢で色んな相手と会ってきた。今日のように一人でも良さげな人がいれば良い方だ。ハズレの日もザラにあるのだから。


 「…そうよね。まあ駄目だったら駄目だった時よね」

 「そうそう。なんならもう押し倒してくればいいんじゃねーの?」

 「だからそういうことを言うなって」


 ツキンの胸のあたりが僅かに痛んだのは気のせいだろうか。

 千佳子は槇を小突きながら何も気づかないふりをして悪態をつく。


 「セクハラで訴えるわよ」

 「もう色んなところ見てるからセクハラにはならねーよ」

 「そう言う発言がセクハラだって言ってんの」


 かかか、と笑う槇がほんのりと瞳の色を濃くして千佳子を見た。

 その色はどこか熱っぽく、嗜虐的な色をしている。


 


 玄関の扉が閉まると同時に背中が扉にぶつかった。楽しい時間を邪魔されたのだから楽しい時間を作ってくれと槇が要求したせいだ。


 「何を馬鹿な」と初めは断ったものの、もしかすると佐野と進展があれば今後こういうことはなくなるだろうと考えた。


 それならもう少し、彼との熱を楽しんでもいいかもしれない。


  「っ、あぅ、…んんっ」


  顎を掬われて口内の奥まで嬲られる。

  息ができないほど荒々しくむしゃぶる槇の肩を押し返した。

  だが、その手は次第に弱々しくなる。


  「千佳」


 槇が千佳子をそう呼ぶのはベッドの中での時だ。そして千佳子はその呼ばれ方が嫌いじゃない。


 「千佳」


 槇の声はどこか甘えるようだった。

 ぞわりと腰に痺れが走る。

 既に何度か抱かれてしまったせいで身体が既に期待し始めていた。

 腹部が切なくなり、キスの余韻で頭が朦朧とする。


  「ふ、お前かわいいな」


 槇が目を細めて笑う。槇が千佳子に「かわいい」だなんて初めての発言だった。どういう意味だとぼんやりとする頭で槇を見つめ返す。


 「佐野だっけ?そいつと付き合えばこの関係も終わりって寂しくなったか?」


 図星を指されカァアと頬が熱くなる。そんなにわかりやすかったか、と千佳子は思わず店でのことを思い返していた。


 「わかってると思うけど、俺とお前じゃ“結婚”と言う意味では合わない。俺は気の利いた男じゃねえし我儘で気分やだ。千佳が望む癒しにはならないし、家事も料理も好きじゃない。今は最低限しないといけないからやるけどできれば家のことは押し付けたい。子どももいらないし結婚すらそもそもしたいと思わない」


 槇は可愛がっていた後輩の姿を見て「あいつができたら俺も」なんて柄にもなく思った。だけどよくよく考えれば、その男は嫁が大好きで自分の時間は全て嫁に捧げている。子どもたちも可愛がり、理不尽に泣いたり怒ったりする話の通じない子どもたちと真摯に向き合っていた。親戚のおじさんぐらいでちょうどいいと槇は思ったのだ。そして千佳子は結婚したい人だ。遊びとして付き合うなら楽しいが本気なら面倒臭い。それは互いに思っていることだった。


 「まあ、付き合うまでは楽しませてもらうぜ。千佳から言い出したことなんだからな。俺は遠慮しない主義なんで」

 

 悪く思うなよ、とまるで悪人のような台詞を吐くと、槇は千佳子のトップスをめくり上げた。


 

 

 

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