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大人のレンアイってなんですか?  作者: 花澤 凛


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20/27

大人のレンアイってなんですか?ー2



  「すみません、こういうのスマートにできなくて」


 店から出て佐野はまず千佳子に頭を下げた。

 「ホテルどこにします?」と聞かれて混乱して取り乱したのだ。


 「慣れですよ、慣れ。でもそれがいいかどうかは人によりますし。慣れていない男性の方が好感は高いと思います」


 千佳子が苦笑する。そして世間一般的には慣れていない方がいいらしい。

 それでも佐野はスマートにエスコートしたかった。顔も知らない千佳子の想い人はきっとスマートにエスコートするのだろう、と思うとなんとなく負けたくなかった。


 「土曜ですし、混んでるかもしれませんね」

 「はい。その希望はありますか?この時間だと宿泊の方がいいのでしょうか?」


 佐野は携帯片手に千佳子に訊ねた。なんでも素直に聞いてくる佐野に千佳子はついお節介を焼いてしまう。ちょっと可愛いなあ、なんて思いながら、千佳子はおすすめの宿サイトを教えた。


 「この時間だから気になったところから電話するのがいいわ」

 「そ、そうなんですね。近い方がいいですよね」

 「場所もどこでも。タクシー捕まえればいいしね」


 佐野はとりあえず清潔そうで気になったホテルに電話をかけた。

 「宿泊でよろしいですか?」と聞かれて咄嗟に「はい」と言ってしまったがいいだろう。最悪ひとりで泊まれば。


 「とれました」

 「そう。場所はどこ?」

 「赤坂です」

 「近いわね。歩きながらタクシーが通れば捕まえましょうか」


 千佳子が佐野の携帯を覗き込む。その時にふわっと髪の毛の香りがして全身に鳥肌がたった。


 (やばい、やばい、やばい……!!!)


 これからこの人を堪能できるのかと思うと佐野の下半身に一気に熱が集まった。バレないようにこくりと生唾を飲み込む。



 


 「結構綺麗ね。というかラブホって全然分からないわ」


 たまたま近くを通ったタクシーを拾い、予定より早く目的地付近についた。

 さすがに前で下ろしてもらうことは躊躇った佐野だが、千佳子は不思議そうな顔をしていた。ここも経験値の差か、と落ち込んだのは仕方ない。


 「そ、そうですね。こんなところにこんな場所があるなんて」


 外から見れば料亭か何かと間違うぐらいシックな門構えだった。二人は扉を開けて中に入る。フロントで要件を伝え、案内された部屋は和風モダンな客室に広めの浴場と大きなベッドのある普通の旅館のような部屋だった。ただ浴場は全面ガラス張り。それを見た佐野が石像のように固まっている。


 一方千佳子は

 ラブホあるあるだなーーーーなんて全く臆してしない。


 佐野はもう心臓が飛び出るぐらい緊張していた。

 勢いで「ヤりたい」なんて言ってしまった。

 本心で願望だった。千佳子のような綺麗な女性とセックスできるなんて、きっと佐野の人生で一番の幸運じゃないだろうか、と思う。

 そして今、夢に見た現実が始まろうとしていた。


 「とりあえずシャワー浴びる?」

 「そ、そうですね。先行きます?」

 「そう?あ、じゃあ何か飲み物でも飲んでて?多分冷蔵庫の中にあるし。テレビ見てくつろいでくれていいから」


 千佳子は本当にただ家に遊びにきたように佐野に振る舞うとベッドに置かれていたバスタオルと浴衣を一枚持ち風呂場に向かった。脱衣所は見えないが、浴室は丸見えだ。佐野は見たい気持ちと見ては失礼だと自分を諌める気持ちで背中を向ける。千佳子に言われた通りミニ冷蔵庫からビール缶を取り出してプルタブを開けた。だけど緊張して全く味が分からない。


 「お待たせしました」


 10分もしないうちに千佳子は出てきた。シャワーを浴びるのに邪魔だったので髪をひとつに結んでいる。さらされた頸が丸見えでとても色っぽい。


 佐野は千佳子の悩ましい浴衣姿にしばし見惚れてハッとして「では」と風呂場に向かった。


 「…っ!!」


 脱衣所の扉を開ければ、千佳子の使った後の香りがまだ充満していた。

 たったそれだけでもう下半身が激ってくる。

 

 「……鬼だ」


 佐野は赤面しながら徐に服を脱いで浴室に向かった。

 シャワーを浴びながらつい視線を下にやる。

 股間から自分を見上げている息子と目があってそっと目を逸らした。


 緊張しすぎて頭からシャワーを浴びたことに気づいたのは風呂から出て千佳子に笑われてからだった。

 千佳子はしっかりと佐野のシャワーを浴びる様子も状態も確認しており、久々に自分のペースで遊べそうだと口角を上げた。


 

 結局最後まで佐野は千佳子の翻弄されっぱなしだった。

 これが経験値の差か、とガックリする一方、千佳子と付き合えたらこんなふうに相手をしてもらえるのかもしれないという期待もある。さすがエンジニアというべきか、凝り性というべきなのか。佐野は新たな分野に目覚めそうな勢いだった。


 「…すみません、不甲斐なくて」

 「ええ?どうして?」

 「…どうしてって、千佳子さん満足してないでしょ?」


 千佳子は苦笑する。確かに物足りなさはあった。それは最近は槇との時間に慣れてしまっているせいもあるかもしれない。いつの間に自分はエムっけが増えたんだと笑わざるを得ないのだが。


 「十分気持ちよかったわよ」

 「本当ですか?」

 「ええ」


 千佳子はしゅんと落ち込む佐野を宥めながら笑いかけた。佐野はそれでも納得のいかない様子だ。


 「俺はもう、骨抜きになりました」

 「あら、嬉しい」

 「でも悔しいです」


 いつの間にか一人称が僕から俺に変わっていることを佐野は気づいていない。そんな彼の変化に千佳子は小さく笑うと「シャワー浴びてくる?」と尋ねる。


 「ええ、でも先に千佳子さんどうぞ」

 「あら、じゃあゆっくり入ろうかな」

 「……一緒に入っていいですか?」

 

 千佳子は「聞かなくても」と苦笑しながら佐野を振り返った。

 佐野は子犬のように嬉しそうに後ろからついてくる。


 脱衣所の扉を開けたままにしておくと後ろから抱きしめられた。


 「好きです、千佳子さん」

 「そんなによかった?」

 「違います。あなたとの将来をイメージできました。きっとこんなふうに俺をリードしてくれるのだと」

 「勘違いしちゃダメよ」 


 千佳子は一蹴する。

 

 「身体の相性は大事よ。でもそれだけで決めるのは時期尚早」

 「勢いも大切です。あなたが他の男性に気持ちを傾けていることも理解しています。でも、日常は穏やかであってもいいと思いませんか?」


 槇との時間は確かに穏やかではない。ただ、楽しいとは思う。

 心地がいいのは信頼できるから。槇が気遣わなのと同じく、千佳子だって気遣わない。すべてがフィフティーフィフィーだ。


 「…そうね。考えるわ」

 「できたら前向きに是非」

 「佐野さんも他の女性と比べてみてね」


 佐野がピクっと反応する。

 「それは…」と言いかけて何かを飲み込んだ。


 「…そうですね。千佳子さんのおっしゃる通りです。たださせてもらえるかはわかりませんが」

 「あなたが魅力的なら少なからず乗ってくる人はいるわよ。女だって性欲あるんだから」


 千佳子は湯船に足をつけながら「ふぅ」と息をつく。

 佐野はそんな千佳子を後ろから抱き締めると甘えるように髪に顔を埋めた。



 その日から佐野とは定期的に会うようになった。

 会えば体も重ねる。佐野は千佳子にいつも骨抜きにされて「情けない」と言いながらも喜んでいた。


 「千佳子さん」

 

 それはあれから何度目かのこと。もう慣れたように事後は一緒にお風呂に入る。その時決まって佐野は千佳子を後ろから抱きしめて甘えてくる。

 こう言うところは可愛い、と思う。誰かさんと大違いだ。


 「そろそろ俺とのこと真剣に考えてくれません?」

 「…え?」

 「恋人だと自信持って言いたいんですけどいいですか?」


 佐野は千佳子の耳にキスをしながら許しを乞う。

 今の二人の関係は曖昧だった。でも千佳子はちゃんと気づいていた。

 佐野の確かな好意を。勢いで身体を重ねたけど、きっとそれが分岐点だったんだろうけど、佐野は日に日に千佳子に対する表情を変えていった。


 「……それは」

 「わかってますよ。千佳子さんがどこか寂しそうにしているのも、きっと以前に言ってた彼が関係しているんですよね?」


 千佳子は曖昧にうなづいた。

 あれから一度も槇に会っていない。一度だけメッセージをしたけど無視された。


 「…そうね。でも彼は」

 「利用していいから。俺をみてほしい」


 顎を掬われて佐野の顔が千佳子の肩越しで傾いた。

 もうこの感触にも慣れてしまった。千佳子は味わうように丁寧なキスに身を委ねながら佐野と視線を合わせる。


 「千佳子さんを、そんな風に乱す彼が羨ましいですよ。でも、手を離したのなら遠慮しない。ただあなたが頑な状態では俺だってどうすればいいかわからない」


 頬が両手で挟まれる。佐野の腕からぴちゃぴちゃとお湯が伝って波紋が広がった。千佳子はただ否定することもなくされるがままに受け入れる。ぶっちゃけ自分だってどうしたいのかわからないのが本音だ。


 「俺だけを見てください。彼と同じことはできないけど、彼よりは誠実だと思います」

 「…ふふ。それはそうかもしれない」


 力なく笑うと佐野はどこかホッとしたように眉を下げた。

 それでもそれ以上千佳子は佐野の言葉に対して答えは出さなかった。

 肯定とも否定とも取れるまま、その夜は過ぎていった。


 

 

 

 


 

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