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大人のレンアイってなんですか?  作者: 花澤 凛


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19/27

大人のレンアイってなんですか?ー1



 

 槇と喧嘩して二週間後のこと。

 千佳子は佐野と二人で都内の居酒屋で食事をしていた。

 

 店は佐野が予約してくれていたクラフトビール専門店。ビールに合う肉料理を出すカジュアルなダイニングレストランで、カウンター、テーブル席、個室も完備されていた。その個室、と言っても仕切りとスライド式の扉の箱のひとつで二人は向き合ってグラスを傾けた。


 「「乾杯」」


 佐野はまたひとつ納品が終わり、晴れ晴れとした表情でビールを一気に喉に流し込んだ。ビールは喉で飲むものだと言われたときは意味がわからなかったけど、その意味が本当の意味で理解できたのはずいぶん大人になってからだろう。佐野は口髭のように白い泡を蓄えるといい笑顔で小さく息をついた。


 「うまいですね」


 佐野はサラダを持ってきた店員にもう一杯ビールを頼んだ。

 今度は違う種類のビールだ。千佳子はその様子を眺めながらバーニャカウダの皿からキュウリを摘む。マヨネーズと味噌で作られたタレのようなものにつけて口に含むとパリポリと小気味良い音が鳴った。


 「ここの野菜美味しいわ」

 「農家には拘ってるみたいです」

 「素人でもわかるほど美味しい」


 千佳子は目を輝かせながら人参、大根と手を伸ばす。

 そんな千佳子の様子に佐野はようやくホッと胸を撫で下ろした。 


 「真面目な話なんですけど」


 佐野が徐に切り出した。神妙な顔つきに千佳子はキョトンと首を傾げる。


 「今、他に同時進行している方はいらっしゃいますか?あ、別にいてもいいんです。まだお付き合いしているわけではないですし。それにマッチングアプリや婚活はそういうものだと理解しています」


 千佳子は手に持った残りわずかになった大根を口の中に入れてもしゃもしゃと噛み飲み込んだ。ビールで口の中を潤すと探るように伺う佐野に正直に伝える。


 「……いますね」

 「何人ですか?」

 「ひとり」


 槇を数に入れていいのかは分からない。少なくともあの日から連絡はとっていない。ただずっと千佳子の中で靄ついている。それを佐野に黙っているのは後々良くないと思い素直に白状した。


 「佐野さんは?」

 「…2人です」

 「あら。どんな方ですか?」

 

 意外だ。真面目な感じに見えて意外とちゃっかりしているのだろうか。

 結構もたもたするタイプかと思えば強かだったことに千佳子は驚いた。


 「あ、その2人とは多分合わないので仮に彼方から申し込まれてもお断りするつもりなんですけど」


 つまり、自分から告白するつもりはないとのことだ。

 仮に告白されても断るという。こういうことを言う男は大概他の女性にも同じことを言っていると思っている。だけど佐野に至ってはわからない。千佳子は佐野のようなジャンルの男性と付き合うのが初めてだからだ。

 

 「一人はワインが好きな方でなぜかビールよりワインの方が上ってマウント取るんですよ。それまではとても楽しくお話しできたんですけどね。別にこちらはビールが上だとも下だとも思ってないくて、ただ自分がビールが好きでビール検定とっただけですし」


 


 簡単に言えば、佐野は突然意味不明なマウントを取り始めた女性に引いた。そしてそれ以降彼女が言うこと全てが上からに聞こえるという。


 「もうひとりは、できれば家庭に入りたい方で今派遣社員として働かれています。僕の仕事上食いっぱぐれはないとは思いますけどどうなるかわかりません。なのでできれば仕事はしていてほしいです」


 穏やかで優しい人だが物静かで口数が少ない人らしい。

 一応先日ビール工場にも一緒に行ったが、あまり興味なさそうで誘われたのでただついてきたという感じだったようだ。


 「春日井さんは割とはっきりおっしゃいますし、食事は美味しそうに召し上がってくれますし、仕事はしっかりされて。あと社会経験も豊富で」

 「社会経験って5年ほどしか変わらないですよ。それにずっと雇われてますし」

 「そういうのは関係ないです。それに麻雀や競馬など自分には別次元の世界の経験をたくさんされていますし」

 

 まあそういうタイプじゃなさそうだよね、と言う言葉を千佳子は心の中に仕舞い込む。聞けば佐野は両親ともに公務員だったようだ。父親が市役所勤め、母親は教員。


 「……素直に尊敬できると思いました」

 「………私の恋愛遍歴聞きます?碌な男と付き合ってないですよ?」

 「それは結果論ですよね。当時の春日井さんにとっては素敵な人に見えたんじゃないですか?」

 「それはもちろんそうですが」

 「いろんな方と恋愛して、いろんな人と出逢ったからこそ今の春日井さんが作り上げられたわけですよね」


 まあ、そうですね、と千佳子は苦笑する。


 「僕は自分の人生に後悔しているつもりはないです。でもフリーランスで働くようになって色んな人とお話しするようになって特に痛感するんです。自分はつまらない人間だなって。性格上、賭け事とか興味がないのでやるつもりはなかったんですけどこの間僕が競馬の話を振った時に『経験としてやったことはある』とおっしゃってましたよね。それもまた営業活動に繋がると。目から鱗だったんですよね。僕にはそういう発想がなかった。『どうせ当たらないし』と思ってルールすら知らないので話題の引き出しがないんです」



 仕事とはやはり人と人が行うものだ。

 この人と仕事をしたい、この人から商品を買いたい。

 そして、商談の場が盛り上がるのは意外となんでもない話だったりする。

 そんな些細なきっかけから為人がわかりその人から商品が買われる。その人に相談がいく。最高の営業マンとは、その人に顧客がつくことだ。つまり、同業他社に転職した場合、こぞって客もサービスを切り替えるような信者を作る。


 ただそれには本当に多くの引き出し、ボキャブラリーが必要である。信頼は為人から信用は知見から築き上げられる、と昔の上司の言葉を千佳子は思い出した。


 


 「率直にいいます」


 佐野は改まって姿勢を正した。千佳子もなんとなく姿勢を正す。


 (告白?え?ここで?いや、でもそれほど)


 「女性として好ましく思います。ただ、それが恋愛感情かと言われると正直まだわかりません。会うのも3回目ですからきっとお互い知らないことも多いと思います」

 「…はあ」

 「それを含めて僕は真剣に、あなたとこの先を望みます」


 千佳子はポーカーンとした。

 その先って何?というのがまず率直な意見だ。


 「えーっと、それは?」

 「それは、結婚を前提にお付き合いしたいということです」

 「…お付き合い」

 「……ダメですか?」


 佐野が背中を丸めて上目遣いに伺った。

 千佳子は一瞬「うん」と言いそうになってハクと口を閉じる。


 「まだそれほど佐野さんのこと知らないし。他にも女性はいますよ?」

 「はい。でもきっと千佳子さん以上に面白い方はいないと思います」

 「…いやいやいますよ!絶対いる!この間の飲み会でもいましたよね!?」


 佐野は腕を組んで「うーん」と唸る。


 「ほら、婚活は自立した女性が多いから楽しいって」

 「ああ、言いましたね」

 「なら」

 「多分まだ数は少ないと思いますが少なくともこの半年、週一でパーティーに顔を出せるようにしてきましたが、千佳子さんほど面白い方いないですよ」

 「それは猫かぶってるだけで」

 「それはあるかもしれませんね」


 千佳子だって会場では全力で猫を被った。それはもう二匹どころか五匹六匹いても変じゃない。


 「…春日井さんの気になる人はどんな人ですか?」

 「……どんな人、とは?仕事ですか?」

 「いえ、為人を」


 ヒトトナリ。


 そう言われて千佳子の頭の中に出てきた槇は裸だった。というか槇と会ってる時裸が多いのはきっとセックスばかりしているからだろう。今更ながらまともにデートとかしたことないかもしれない。食事以外は。

 

 「……酒飲み、かな。あ、あまり拘りはないの。ウイスキーが好きで集めてはいるけど、ビールも焼酎もなんでも飲む」

 「あとは?」

 「……究極の面倒臭がりで結構失礼な奴」


 でもなぜか憎めない。それは千佳子が沼ってしまったせいか。天然ひとタラシのせいか。でも計算ではない気はする。あの男が緻密な計算ができるとは思えない。(空気は読めるようだが)


 「……そんな失礼な人なのになぜ?」


 ここ、しわがよってますよ。

 佐野が苦笑しながら自分の眉間を指差した。

 千佳子はハッとして意識して笑顔を作る。


 「うーん。楽なんですよね。彼の言葉に真偽を問うのがバカらしくなるぐらい彼の言葉が本音だと思えるんですよ。仕事以外の付き合いで『建前とか面倒くせー』っていう人なんで。どちらかというと私もそういうタイプの人間ですし。だから多分世間一般的には言葉が粗野だったりぶっきらぼうというか雑に見えるところもあるんですけど、それが私には結構心地よかったり」


 「裏表がない、ということですか?」


 「ええ。婚活してると腹の探り合いじゃないですか。愛想笑いに嘘っぽいエピソードばかりで疲れたんですよね」


 それは本音だった。槇はいつも正直だ。

 嘘をつけないわけではなくつかないのだ。嘘をついた後の辻褄あわせが面倒くさい、と。ただそれだけだと思う。


  「答えにくいことを聞きますが、その、彼とは…男女の関係ですか?」

 

 佐野が顔色を伺うように千佳子を窺った。千佳子は一瞬否定しようか悩んだが、素直に認めることにした。付き合っているわけじゃないのだから非難される筋合いはない。


 「……そうですか」

 「軽蔑しました?」

 「…いえ。ただ、ちょっと羨ましい、というか」

 「…え?」


 意外な返答に千佳子は眉間に皺を寄せた。槇との曖昧な関係が羨ましいとはどういうことだろうか、と。


 「……誤解のないように言いますけど、そういう関係を望んでいるわけではないですよ。性格上無理なのはわかってるんで」

 「はあ」

 「ただ、もし可能なら、僕もお相手願いたいと」

 「………は?」


____________言ったら案外ヤラしてくれるんじゃねえの?


 いつか槇に言われた言葉が木霊する。

 その後「襲ってこい」とも言われた。身体の相性を知るのは大切だ。

 なんたって一生連れ添うのだから。

 

 「……聞き間違いですかね?」

 「いえ、本心です」

 

 佐野は耳を真っ赤にしながらそれでも目を逸らすことなくしっかりと千佳子を見つめた。千佳子は佐野の真意を図る。これでただのヤリモクだったら、なんて考えてそれでも別にいいか、と考えるのをやめた。

 この二週間ずっと槇にモヤモヤしていた。その八つ当たりというか当てつけではないが、タイミングよく誘ってくる男がいた。

 恋人じゃないし槇に筋を通す必要はない。一瞬あの憎たらしい顔を思い浮かべたもののすぐに脳内で蹴り飛ばした。

 荷物を持って立ち上がる。そんな千佳子に佐野は慌てた。


 「す、すみません。やっぱりーーー」 


 やっぱり気分を悪くさせてしまっただろうか、と佐野は後悔した。

 初めて会った時から性的な意味で興味はあった。メリハリのあるスタイルというわけではない。どちらかといえばスレンダーなタイプだ。

 だが、とても色気を感じた。大人の女性というフェロモンに佐野は「もしそういう機会があれば」なんて夢見てしまった。


 だが、佐野はこれまで恋人はいたものの、そういう方面に自信がない。だからこそ千佳子なら色々と教えてくれるかもしれない。その手解きを受けたいと思った。健全な男だ。そういう目で見て何が悪い、と開き直る。


「え?やめる?」

「え?は?」

「ん?ホテル、行くんでしょ?」


 キョトンと首を傾げる千佳子に嫌悪感はなかった。

 佐野は逆に驚いて目を丸める。


 「え?行かない?」

 「え?その、え?本気、ですか?」


 言った後に思わず口元を押さえた。

 千佳子が行っていいと言ってくれるなら素直に「行く」と言えばいいのに。

 でもその言葉がどこまで本気なのかイマイチ信用できないところもあった。

 油断させて帰る、なんて言われたらどうしよう、と。


 「からかったの?」

 「あ、いえ!まさか、その……うけてもらえると思ってなくて…」


 こんなにも簡単にホテルに行こう、なんて。佐野の人生で初めての経験だ。

 もっと自分を大切にしてほしい、とか誘った自分が言うのもどうかと思うが。


 「じゃあ行く、でいい?お会計してくるけど」

 「あ、それは自分が」

 「じゃ、次よろしく」


 千佳子はクスッと笑うと颯爽とレシートを持って会計に向かった。

 その表情は「ちょっとコンビニ行ってくるね」というような気軽なものだった。佐野はそんな千佳子の後ろ姿をただぼぉっと見つめる。「かっこいいな」というのが素直な感想だった。


 


 

 

 

 


 

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