表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大人のレンアイってなんですか?  作者: 花澤 凛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/27

分かってるけどわかりたくないー6



 


 その週末、千佳子は佐野と約束通りビール工場の見学に来た。

 新宿から電車とバスを乗り継ぎ約1時間。何度も来たことがあるという割に目を輝かせる佐野に千佳子は苦笑した。


 「そんなに好きなんですか」

 「ええ。もう。ここに住みたいぐらいには」


 見た目からは想像がつかないぐらい酒飲みだという佐野。

 ただ普段は仕事に集中したいがために節制しているらしい。


 「昔はガバガバ飲んでましたけどね。今はちょっとずつこう味わいながら飲むのが美味しくて」

 「年齢を重ねると量より質っていいますしね」

 「ええ。そうですね」


 まるで社会科見学に遠足に来た小学生のようだ。

 佐野はワクワクと尻尾を振っている。

 

 「そういえば競馬とかされるんですか?来る時気になっていたようなので」


 ビール工場の最寄駅に競馬場がある。

 残念ながら今日はレースがないようだった。


「したことはありますよ。まあ一つの人生経験って感じですね」


 嘘だ。

 ガッツリやっていたことがある。昔の恋人の影響で。


 「確かに人生経験と考えれば悪くないか」

 「したことないんですか」

 「ええ。勝てると思っていないので」

 「パチンコや麻雀も?」

 「そうですね。将棋やチェスはしたことはあります」

 

 うわー、ぼっちゃんだ。と思ったことは内緒にしておこう。

 ただ、裏を返せば自分が教えてあげられる。望まれれば。


 「千佳子さんは?麻雀とかするんですか」

 「したことはありますよ。パチンコというかスロットですけどね」

 「すごいなあ。そんな勇気がないですね」

 「営業してると意外と需要あるんです。接待時もその話で盛り上がれますし、それで気に入ってもらって契約とったりもしますよ」


 実際千佳子は、元彼の遊びだとはいえ、麻雀やダーツは接待では非常に役に立った。なんたって会話が弾むのだ。もちろんゴルフも一時期回っていた。

 女性にしては飛距離があると誉められたし、筋もいいとコーチにも絶賛されていた。


 「…すごいなあ。バイタリティーが僕とは全然違う」

 「ただの好奇心の塊ですよ。人生いつ死ぬかわからないので楽しいこといっぱいしないと損ですよ」


 千佳子は苦笑する。ただ、そのマインドのせいで今は嫁き遅れ(こんなふうに)なっているが。


 

 工場見学は大人の社会科見学と同じだった。ビールができるまでの工程について説明を聞く。原料の産地にもこだわっていることや原料が違えばどう変わるかなど少々マニアックな話も繰り広げられていた。

 時々佐野を伺えば、佐野は真剣な顔で聞いている。千佳子は初心者でそれほど興味はなかったけど、最後まで飽きずに聴けたのは隣で真剣に耳を傾けている佐野に感化されたせいだろうか。


 「何か買っていきますか?」

 

 動画やスライドを交えて説明を聴いた後、工場内を歩いた。実際にどんな機械でどのように作られているのか観れたことは千佳子にとっても一つのネタになった。見学ツアーが終わると同じ施設内にお土産売り場があり、そこでビールなどが買えるという。

 

 「配送もしてくれますよ」

 「なるほど」


 配送か。うーんと悩む。

 自宅に一箱あっても良いが槇の家にあってもいいかもしれない。

 ただ槇はウイスキー派だ。それに今他の男といるときに槇の自宅に送る用を買うのもどうかと思う。


 「佐野さんは何か買いますか?」

 「ええ。ここに来るといつもビールを買います」


 佐野はそう言って自宅用にビールを箱で買った。

 確かに腐るものではないし。と思う。

 ただ邪魔だ。ぶっちゃけ邪魔になる。


 「兄貴んところに送るか」

 「あれ?お兄さんいらっしゃるんですか」

 「ええ。3つ上に。姪っ子が20歳で。一緒に飲めるだろうからと」


 ただ、姪が兄と一緒に飲みたいと思うかどうかは別問題だが、それは敢えて口にしないでおくことにした。


 結局千佳子は実家に一箱、兄の家に一箱送った。

 自分用には500mlの6本入り。これも自宅に配送した。


 時間を見れば午後3時を回ったところだ。このまま解散か少し早い夕食で解散かな〜と思っていると、佐野から意外な提案をされる。


 「この後って何か予定ありますか?」

 「いえ、特には」

 「なら、家来ません?」


 ん?と千佳子は自分の耳を疑った。


 「あ、えとその。やましい気持ちはなくて」


 ないんかい。


 「その、このビールで、ご飯を食べれたらと。もちろん僕が作ります!舌が合うか合わないかでやはり今後のその、お付き合い的に」


 モニョモニョと言う佐野の耳は真っ赤だった。

 千佳子は久しぶりにこんな初心な獲物を見つけた気がして内心でほくそ笑んだ。


 

 佐野の自宅はビール工場からそれほど遠くなく、むしろ近い方だった。

 一時期は千佳子も住むことに憧れた住みたい街ランキングにも入った駅だ。


 「長いんですか、吉祥寺」

 「そうですね。5年ほどですね」


 実家は千葉だという佐野は独立した5年前からこの街に住んでいるという。

 それまでは実家で暮らしていたのは職場が大手町だったのもあり、なかなか一人暮らしには踏み切れなかったらしい。


 「お陰で5年前までは何一つできなかったんですけど」

 「それなのに今は料理するんですね」

 「無になれるんですよ。玉ねぎ切ってる時とか、意外と楽しくて」


 キャベツの千切りも得意らしい。


 「千佳子さんも全くしないというわけではないですよね?」

 「しないわけではないけどしたいわけでもない」

 「なんですか、それ」

 「必要に迫られればやります」


 千佳子の言う必要に迫られればと言うのは恋人に「作って」と言われた時だ。「女のくせに飯も作れねえのか!」と時代錯誤も良いところなセリフを吐いた元彼を見返すためにやり始めた。ちなみにその元彼には「男のくせに虫も触れないの?」と本物のように動きくおもちゃのゴキブリでやり返してやった。余談だが、千佳子は虫が苦手ではない。「気持ち悪い」と思うがゴキブリも蜘蛛もなんでもコイだ。全て殺虫剤を吹きまくるだけだが。


 「お邪魔します」

 「どうぞ、何もないところですが」


 春日井千佳子、40歳。

 2回目のデート(1回目はお茶)で自宅に誘われました。

 この初心な彼をどう調理してやろうか、今は頭の中がそれでいっぱい。


 「めちゃくちゃ綺麗ですね」

 「そんなことないですよ。その、一応昨日必死に片付けただけで」


 とはいえ、物が綺麗に整えられている。

 脱ぎっぱなしの服があるわけでもないし、放置しっぱなしのグラスや皿もない。ゴミ箱はなんかシステマチックで手をかざすと蓋が開く。匂いが漏れにくいらしく佐野は「このゴミ箱は画期的なんです!」と力説していた。


 


 「まずは枝豆でどうぞ。ちゃっと作ってきますので少し待っててください」


 佐野は千佳子の前に枝豆を出した。

 出すなり立ち上がり、キッチンに向かう。

 だが千佳子もそこまで節操なしではない。さすがに作ってくれた人を待たずに食べるのも気が引けるので、家の中を見渡しながら携帯のメッセージを確認した。


 【槇:今日夜何してんの】


 兄と両親へビールを送ったことを伝えた後、槇にメッセージを返した。

 今日佐野と会うことは先日伝えたはずだ。


 (…伝えたよね、多分)


 千佳子はさらっと「外出中」と返す。

 それで理解してくれるか、と期待したが槇はわかっていなかったらしい。


 【槇:また飲み会?まあいいや。終わったら寄ってくれ】


 なによもう。

 都合のいい時だけ呼ぶのね。ってでもそういう関係を提案したのは自分か。

 

 【槇:メガネ持参】

 

 あーはいはい。つまりはソレの誘いってわけか。


 千佳子は遠い目になっていると良い匂いをさせた皿を持った佐野がやってきた。良い焼き具合の餃子に千佳子の腹の虫が鳴く。


 「お待たせしました」

 「佐野さんも一緒に食べましょう」

 「あ、はい」


 佐野はじゃあというと対面に座った。

 少し照れくさそうにしている仕草がなんだか可愛い。


 「あ、ふっ。おいひい、シャキシャキしてる」

 「玉ねぎです。珍しいでしょ?」

 

 うん、と頷きながら熱くて涙目になる。千佳子は口の中を冷やすようにビールを流し込んだ。


 「美味しい!でも熱い!」

 「はははははっ」

 「料理上手ですね」

 「ありがとうございます」


 佐野は千佳子の反応に満足したのかようやく自身も箸を持った。

 一口食べて「うん、うまい」と自画自賛している。


 「タレも色々あるんです」

 「凝り性ですか」

 「ええ。エンジニアなので」

 「それ関係あります?」

 「突き詰めてしまうのはきっとそういうタチだからでしょうね」

 「なるほど」


 土曜の午後。夕食には少し早い時間だが、穏やかに笑う佐野との時間は千佳子にとって案外「悪くない」と思えた。


 (こういう男性って初めてかも)


 クラスにはひとりはいるだろう、隠キャ。

 大人しく、いつも教室の片隅で本を読むタイプ。

 聞けば佐野もそうで「運動もからっきし駄目なんです」と恥ずかしそうに頬を掻いた。今までの千佳子ならまず選ばないタイプだろう。

 

 (結婚するならこういう人の方がいいんだろうな)


 もちろん、生活してみないとわからない。

 付き合ったら豹変する人もいるし、まだ2回目なのでなんとも言えない。

 でも千佳子の中で「アリ」な気がした。槇といるのは楽しい。気を使わなくてすむしきっと波長が合うのだろう。だけどこんな穏やかな時間はあるだろうか。


 (いやないな)


 メガネ持ってこい、つまり泊まりの準備をしてこい=セックスしよ、だ。

 自宅に人を招くだけでこんな初心な反応をする佐野の爪の垢を煎じて飲ませてあげたいぐらいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ