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大人のレンアイってなんですか?  作者: 花澤 凛


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13/27

分かってるけどわかりたくないー3


 「それでどうなの?」

 「どうってどうもないけど」

 「感触的には?」

 「いや、面接じゃないから」


 数日後の夜。千佳子は倫子に呼び出されて仕事終わりに食事に来ていた。もちろんその場には悦子もいる。この二人は千佳子をだしにして佐野のことを聞きたいらしい。家族構成、住まい、年齢など結構な個人情報まで喋らそうとした二人に千佳子はさすがに黙り込んだ。


 「ってか、気になるなら自分で話せばいいじゃない」

 「私たちはそもそもの条件でアウトですから」

 「会えばそんなの偏見ってわかるでしょうよ、きっと」


 千佳子はグビっとビールを飲む。そういえば佐野から「今度ビール工場へ行きませんか」とデートの誘いがきた。ぶっちゃけあまり興味はないが、せっかく誘ってくれたので行くことにはする。


 「じゃあ紹介しなさいよ」

 「さかもっちゃんに言えばいいじゃない」

 「ちーちゃんの方が早いでしょ」


 倫子が目を釣り上げる。


 「え。どうしたの?みっちゃんそんなタイプだった?」

 「違うのよ。ちょっと先週のパーティーで嫌な奴と会ったのよ。ね?」

 「そうなの!!」

 

 よくぞ聞いてくれました!と倫子が目を輝かせる。

 つまり、千佳子に構って欲しくて佐野をだしにしたらしい。

 千佳子の考えの斜め上をいく事実にゲンナリする。それなら初めからそう言ってくれればいいのにと言いかけた言葉を飲み込んだ。


 「初対面でいきなり身体の相性の話する?!あり得なくない?!」


 その男は一応独身だが結婚する気はないらしい。倫子たちが参加したパーティーは出会いを目的とした場だったこともあり、仕事のパートナー探しとして利用する人も多いようだった。ただ参加者の目的が判るように印はつけ、話がしやすいようにしていたという。


 「倫子の地雷w」

 「本当にそれ」

 

 倫子は前の旦那とセックスレスだった。付き合って三年。結婚して五年だった。


 彼とは大学で知り合った。二つ年上の先輩だったこともあり、在学中はそれほど親しくなかった。だが、倫子が卒業後、入社した会社の取引先の営業マンがたまたま元旦那だった。

 再会した時はお互い驚いた。でも距離が縮まるのにそう時間はかからなかった。


 ひとりしか知らなかった。彼以外に要らないと思った。何もかも初めてで全てを捧げたひと。

 三年付き合って結婚した。幸せだった。結婚して二年は身体を重ねることもあった。でもいつからかなくなっていた。子どもが欲しかった倫子とセックスしてくれない元旦那。必然的に別れは訪れた。


 「でもヤれば判るよね。ヤらなきゃわかんない」


 千佳子は頬杖をついて持論を述べた。悦子は苦笑だけに止めたが倫子は「そんなことない」と否定する。


 

 千佳子と倫子は気は合うものの、唯一その点だけは相容れなかった。

 性に奔放という訳ではないがある程度柔軟な考えを持ち且つそのように生きていた千佳子に対し、倫子はその考えに真っ向から否定だ。ワンナイトなんてあり得ない、と憎たらしい敵を睨むように拒絶をする。

 

 お互いいい大人なのでその考えを強要するわけではなく持論を述べるだけだが、それでもこの話題が出るたびに空気がピリつくため悦子は呆れていた。


 「はいはい。その話は終わり。ちーちゃんはちーちゃんの考え方があるし、みっちゃんはみっちゃんの考え方でしょ?」

 「そうだけど」

 「ちーちゃんだって別にみっちゃんを否定してる訳じゃないし」

 「そうよ。それはそれでいいと思うわ」

 「………。」


 倫子は頷かなかった。それはきっと倫子自身千佳子の言うことも一理あるとどこかで思っているのだろう。ただ理解の部分と気持ちは比例しない。あくまで千佳子の考えであるが、食事の好みが合わなければ付き合うのが難しいのと同じで、三大欲求のひとつに挙げられている性欲が合わなければ関係は破綻する。それなしで付き合えるのは60前後の第二の人生を考え始めた頃じゃないだろうか。少なくとも性欲が有り余っている年代には理解し難い部分はある。それ抜きでお付き合いするなんて今どき中学生でもない。


 「……ちーちゃんはどんな時にシテもいいと思うの?」


 しくしくと涙声になりながら机に突っ伏した倫子はその男に言われたことが結構ショックだったらしい。何を言われたのか言ってこないため聞かないが悦子も匙を投げている。


 「シテもいいと思うの?……うーん?勢いかな?」


 そんなのあまり考えたことはない。ぶっちゃけ腹が減ったら食事をするのと同じで誘われたからシタ。まあ強いて言えばそういうぐらいだ。


 「……勢い」


 千佳子は二人から降り注がれるちょっとだけ冷たくて鋭い視線に肩を落とす。箱入りとは言わないが彼女たちの人生で千佳子のような人間は非常にイレギュラーというか珍獣だろう。それは自分でも自覚している。


 「綾乃なんか『手っ取り早く住んじゃえば?』って言ったわよ」


 ふたりにはリアルで会わせていないものの、「綾乃」という友人がいることを伝えていた。

 綾乃がモテ道まっしぐらで結局初恋の王子様と結婚したことも知っている。結婚式の写真も見せた。二人は綾乃の旦那を見て「どこの芸能人?」と顔を顰めていた。もちろん綾乃も綺麗だと褒めていた。


 「せっかちだからそれぐらいでいいじゃないって」

 「確かに千佳子はせっかちだもんね」

 「もう少しこうじっくりとね」

 

 それが楽しいのよね〜!っと悦子と倫子が顔を見合わせて笑う。

 ふたりは少女漫画でも読みすぎなんじゃないだろうか。


 「はいはい。じゃあその理想の男とやらを頑張って探して」


 ちなみに千佳子は超現実主義なため、大人になって以降少女漫画は読まなくなった。こんな男たちが世にいるわけがないし、理想を固めすぎたら現実が見れなくなる。

 

 

 程よくいい時間になったので二人と店の前で別れた。だがなんとなく千佳子はモヤ付いたままだ。もう一軒ひとりでフラッと立ち寄ろうかと考えていると、ここがいつも槇と食事をする居酒屋の近くであることに気づいた。

 いつもとは違う方面から歩いていたため気づきにくかったが、周りを見上げて「ああそうだ」と思った。


 (平日のこんな時間にいるわけないわよね)


 千佳子は携帯の画面に表示された時間を見てため息を付いた。

 どうしてこんな時になんとなく顔を見たくなるのか。

 千佳子はその気持ちをなんと呼ぶのか知っている。


 でも認めたくないし認めれば終わりだ。

 槇は千佳子とそういう関係を望んでいないと知っている。


 (自分から提案したのになんてザマ…)


 そもそもあの男のどこが良かったんだろうか。

 気遣いはできないし雑だし。いいところはちょっとだけイケメンなのと気を遣わずに居られること。声もいい。つまり外見的な要素しかない。

 結婚の「け」の字も考えていないなら槇と千佳子に未来はない。

 ただ、もしも。籍を入れることなく「事実婚」とするならば。

 

 (夫婦の形はそれぞれだしね)


 なんて一人納得しても意味がない。それに槇はそんなこと受け入れないだろう。「めんどくせー」と言って「もう会わない」と言われそうだ。

 事実槇はこれまで付き合ってきた女性たちと別れた後に会うことはしないという。後腐れない関係の場合もあまり長く束縛はしないと言っていた。

 それはどうしても相手側が期待するから。槇との未来を想像して「もしかすると」という淡い期待を持ってしまうかららしい。


 (なんとなくわかるのよね、その気持ち)


 特段優しいわけじゃない。自分勝手で気ままだ。

 子どもみたいに楽しいことに首を突っ込んでいくし、欲求に素直。

 「ヤリたい」から「ヤル」し、「飲みたい」から「飲む」たまたま今は千佳子という都合のいい友人がいるため槇は存分に楽しんでいる状態だ。

 でもそれは千佳子にも言えることだった。

 

 偶々居酒屋で出逢った婚活とは無縁の人。

 独身だけど「結婚なんて」と自分を生きている人だった。

 千佳子が変なプライドで「私が選ばれないなんて」と腹の奥底で考えていることをちっぽけだと笑い飛ばすような常識なんて糞食らえのような人。


 だけどそれが心地よかった。

 飾らなくて良かった。いい旦那とは言えないけれどその物差しは人によって違う。だけど槇と家族になる未来は想像つかない。それはどう頑張っても家庭におさまるような人だと思えないからだった。


 

 

 


 

 


 




 

 


 


 


 

 

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