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大人のレンアイってなんですか?  作者: 花澤 凛


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11/27

分かってるけどわかりたくないー1



 初夏を感じさせる新緑の頃。千佳子は久しぶりに友人の綾乃と食事をしていた。綾乃が先月から職場復帰をし、育児と並行して仕事に勤しんでいる。

 だが、綾乃の旦那は役員並みに給料をもらっている。

 稼ぎはあるが、彼女自身働きたいとのことで社会復帰をした。

 さすがにフルタイムは難しいが、週に三回半日から始めるらしい。

 旦那も綾乃がしたいならと背中を押す姿勢を見せており、綾乃が出社日は綾乃が帰宅するまで自宅で子守をしながら仕事をするんだそうだ。


 そんな近況を聞きながら、独身時代とさほど変わらない綾乃を見て改めて感心していた。元々スタイルもいいし体型は維持できていた。だが、出産で太った体重がなかなか戻らないとつい先日まで嘆いていたはずなのに。

 外に出る、要は社会復帰する目処が立った途端、猛烈に筋トレに励んだという。食事も制限し、昔着ていたパンツもスカート履けるようにと必死だったらしい。おかげで同じ年なのに綾乃の方が若々しく見えるのは気のせいだろうか。聞けば、社会復帰したことで少し女性の心を取り戻したらしい綾乃は、旦那との夜のコミュニケーションも復活し幸せいっぱいという惚気を聞かされた。


 「あの人たち別れたのね」

 「ん?あー意外と早かったわね」

 「確かに。千佳子別れるって言ってたよね」

 

 ぽこん、と携帯にお知らせが届いた。

 綾乃は子供に何かあったのかと気になるらしく旦那ではないことにホッとしながらもお知らせを開いた。そこに某アイドルと某俳優のできちゃった婚をした夫婦が離婚したとのことだった。

 二人が結婚したのはちょうど二人で婚活をしている時だった。もっとも嫌がる綾乃を無理矢理同じ土俵に立たそうとしていた千佳子の一人相撲だったが。

 

 


 「なんで別れたの?」

 「性格の不一致だって。まあデキ婚なら正直ちゃんとお互いのことなんて知らないわよね」


 綾乃は手元の携帯を眺めながら読んでいる記事から離婚理由を拾った。

 「ふーん」と千佳子は興味のない返事を返す。彼女はきっと普通に人間性の不一致だと思っているが、千佳子はそう思わない。

 大体性格の不一致って大雑把すぎるが要は夜が合わなかったのだろうと千佳子は考えている。もちろんすべての人間がそうであるとは言い切れないが俳優の男はまだ30歳。つまり。


 (まだヤリたい盛りだったんだろうなー)


 千佳子は賢く口を閉じながらカフェラテを啜る。

 綾乃たち夫婦ですら出産後はなかなかそのようなコミュニケーションが取れなかったと言っていた。そもそも綾乃に全くヤル気が起きない。

 旦那も落ち着いた年齢ということもあり、それほど求められなかったらしいけど、でもやっぱり本音は違うだろうけどね。

 

 (あれほど仲良くて友達みたいな恋人みたいな夫婦でもこれだものね)


 「そういう千佳子はどうなの?」

 「ん?」

 「なんか艶々してるし」


 ニマニマと笑う綾乃は「次は千佳子のターン」と言わんばかりに「さあ吐け」と迫る。ちなみに艶々しているのは昨夜も槇と会ったからだ。もちろんしつこいぐらいに、本当に40過ぎかと言いたいぐらい運動量が半端なかった。


 「…まあ、遊ぶ人はいる」

 「あれ?またそういうの復活したの?」


 綾乃は真面目に付き合うと意気込んでいた千佳子をこの10年ほど見てきた。もちろん真っ白なクリーンかと言われればそうじゃないかもしれないが、元々そういう遊び方はしない女性だ。


 

 「うーん。なんだろう。流れで」

 「ながれ」

 「まあ、婚活の息抜きになるし」


 実際槇と出逢って以降、急激にパーティーに参加しなくなった。

 素でいられることに心地よくて繕わずにいられる場所を見つけてしまったからだ。とは言え、槇を旦那にするとかありえない。

 基本人に気遣うということを仕事以外ではしない槇はどこまでいっても千佳子にドライだった。ただそれがよかった。気を遣われることもやはり疲れる。つまりは、主夫をしてほしいと理想を語っていたけれど、ご飯を作り洗濯してもらうことに申し訳なさと罪悪感がある。男女平等を謳っているが、まだまだ実際は女性の方が家の中のことをする人が多い。千佳子はうちはうち、外は外と割り切るものの、どうしても心の隅に隠した罪悪感が拭えなかった。

 というのも千佳子の母は専業主婦だった。それが悪いとは思わない。だけどそれを反面教師にした千佳子にとって、主夫を任せるということに罪悪感がないわけではなかった。


 「ただ、今よくわからないのよね。結婚、もういいかなって思うぐらいにはどうでもよくなってきた」

 「え?そうなの??」

 「うん。人に合わせるの疲れるし」


 千佳子ははぁあ、と溜息をつく。これまで何事も卒なくやっきた。

 そしてそれは「結婚」というライフステージでも当然だと考えてきた。


 千佳子の人生プランでは20代の後半に付き合った恋人と30歳ぐらいに結婚。それが無理でも35歳までには結婚できると思っていた。


 だけど蓋を開ければどうだろう。

 婚活は惨敗続き。『外資系』『中間管理職』と言えばほとんどの男が目を逸らす。自分より稼ぎのある女はお呼びではないということだ。そんな中でもめげずに活動を続けてきたが、最近は自分より15も若い女の子と同じパーティーに出るのが恥ずかしくてたまらなかった。


 だから少し年齢層が高い、アダルトなパーティーに出るようにすれば、バツイチ、バツニ、子持ちが多い。上は60代だ。その年でもう一度結婚しようと考えるエネルギーがすごい。


 さすがに子持ちは難しいが離婚歴が悪いとは言わない。

 だが、年上の男性たちは彼らの生まれ育った時代が時代。やはりそれなりに仕事に責任を持ち、出世欲もあり仕事で認められることで自分を満たしている。


 つまりどちらかと言えば、千佳子と同類だ。酒飲み仲間なら気が合うだろう。

 だが、嫁には家のことを任せたいし自分は外で働きたい、と考えている男性が多く、気遣って話をするならば槇とダラダラと喋って欲望のままに過ごす休日の方が楽だ。

 

 こんなことしてると一生結婚できないわーと考えていたけど、そもそもどうして結婚したいんだっけ、って考えた。


 親を安心させたい。ひとりで死にたくない。

 

 そんな答えが出てきて唖然とする。


 老人ホームに入ればきっと一人で死ぬことはないだろう。心は淋しいかもしれないが、結婚したからといって必ず幸せかどうかはわからない。


 「もう若くないから、だからこそ楽に生きたい。無理に合わすの疲れたの」

 「その気持ちはわかるわ。だから婚活って乗り気にならなかったのよね」


 綾乃がうんうんとうなづいている。とはいえ、当時の彼女はモテまくっていたが。


 「ひとり、まあ、一応候補?的な子はいるんだけど」


 千佳子の携帯にぽこんとメッセージが届いた。

 佐野だ。明日佐野とお茶をする。お茶って中学生かよと笑ってしまいそうになるが、誠実で真面目そうな人だった。きっとこちらのことを気遣ってくれているんだろうと思う。


 「いいじゃない」

 「でも会うのが面倒くさくて」


 というより疲れた、というのが本音だ。


 佐野とは一度会っているし、フィーリングは悪くなかった。

 ただ、あまり突っ込んだ話はしていない。

 のんびり付き合って結婚したいという彼のリクエストに応えられるだろうか、と千佳子は肩を落とす。


 それに佐野と付き合うことになれば槇とは会えなくなる。

 食事ぐらいならまだ許せることかもしれないが、身体の関係を持った異性と食事なんて普通は嫌だろう。自分なら嫌だ。だから槇とは会わない。


 「なーんだ。じゃあもうやめちゃえば?千佳子答え出てるじゃん」

 「でも向こうだっていつかそういう人が出てくるかもしれないじゃない。男は若い子を選べるけど女は選べない。だったら先に選んで決めないと」


 結婚したい理由なんてなかった。

 さっきも言った通り、親を安心させたいことと孤独死を避けたい。

 それに尽きる。

 

 だけど本当は違った。ただのプライドだった。

 結婚できない自分、誰も選んでくれない自分になることが嫌だった。

 あの子は選ばれたのに、自分は誰も選ばれない、なんて許せなかった。

 真面目に婚活すればきっと結婚できるだろうと思っていた。でもいざ始めてみると全然うまくいかない。それを五年ほど続けてきた。本腰を入れたのは35を過ぎて。というか綾乃がうまくいったことがとても悔しかったらしい。決して本人を前には言えないし墓場まで持っていくつもりだけど。


 「だったらお試し同棲してみれば?」

 「は?」

 

 思わず素の言葉が飛び出してしまったが綾乃は笑うだけ。


 「だって、千佳子、恋する乙女みたいになってるよ」

 「…え?」

 「だって、捨てられたくない、捨てられる前に捨ててやる。でもしがみつきたい、みたいな」

 「……………」

 「その明日会う人はまあ明日会ってみて決めればいいし?意外と良い人かもしれないでしょ?《《結婚するなら》》」


 確かに、と千佳子は唇を丸めた。

 フルリモートでエンジニア。食いっぱぐれはない。

 家事は好き、結婚式に夢はない。見た目は悪くない。


 「手っ取り早く二人とも暮らしてみれば良いじゃない。1ヶ月ぐらい」

 「………付き合ってもないのに?」

 「暮らすならリハーサルが必要でしょ?私の場合、引っ越しも迫ってたのもあったけど、付き合って二週間ぐらいで一緒に住み始めたから」

 「綾乃んとこと同じにしないでよ」


 そもそも前提が違いすぎる。二人は長年の友人歴があるからこそできたことだ。私たちにはどちらともそれがない。


 「でも住んでみないと分からないことってあるのよ。ほんとに」


 綾乃は井戸端会議に参戦しているおばちゃんのように「ほんとなのよ」と笑いながら手首のスナップを効かせた。 



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