80話 予感
ゼノンにそっくりな獣人に、ゼノンについて尋ねられた。
ライオン獣人のエリートであるライオネルのゼノンが何人も居るとは思えず、俺が知っているゼノンについて尋ねられているのは間違いないだろうが、俺にはこの獣人がゼノンを心配しているのか、それともゼノンが生きていることを快く思っていないのか判断できず言い淀んでしまう。
「それは……」
『ふむ、その様子だと彼奴の過去を知っておるのか。そうなると聞き方が不味かったか…………ゼノンは元気にしておるか?』
俺が言い淀んだ理由を察してか獣人が言葉を変える。どうやらゼノンを心配しているようだが、その真意はまだわからない。
「……それを知ってどうする」
『むっ、随分と警戒させてしまったか……ふむ、ならば少し場所を変えて話さぬか?その前に、ワシの方からゼノンに今更関わる気はないとだけ言っておこう』
「……分かった」
幸いにも現在地は【冒険の街】へ続く橋が見える距離の場所だ。あの橋まで行けば敵も寄り付かなくなる為、安全に話を聞くことが出来る。
トーン、トーンと軽やかに飛んで移動する獣人を追いかけ橋に辿りつくと、橋の出入口の脇に獣人はドカッと腰を下ろす。
『ワシは"牙獣戦団"という傭兵団の副団長、サーヴェスという。ゼノンの父や母の旧友だ』
「俺は異界の冒険者ゼルだ。ゼノンとは旅の途中で先日知り合った」
牙獣戦団はライオネル16名で構成された傭兵団で、この傭兵団がライオネルの群れに該当するそうだ。
そんな傭兵団の副団長サーヴェスが自己紹介のあと、ゼノンにまつわる過去について語り始めた。
ゼノンにも聞いた話と同じだが、ライオン獣人のエリートであるライオネルは、傭兵として決まった拠点を持たず各地を巡り高い実績を残してきた。エリートで有り続けるため子孫の繁殖を無闇に行わず、純血種のみで繁殖を行い強い者を選別してきたそうだ。
そのためライオネルは少数精鋭であり、視覚にハンデを負い体の小さなゼノンは追放されたとのこと。
「ゼノンにも聞いたけど、追放なんていうのは気分のいい話じゃないな」
『お主達にとってはそうだろう。しかし追放はゼノンを想ってのことだ。ワシらの事を知らぬ人間に理解してもらおうとは思っておらん』
「…………」
ライオネル達にとっての選別とは生まれてくるかどうかなのだそうだ。戦いに身を置き、少数で形成された群れでは身篭っている者も動ける内は容赦なく戦闘に駆り出される。戦いで母子共に死んでしまう事も多く、出産と同時に死んでしまう子供も多い種族なのだそうだ。
そんなライオネルにとって子育ては一大事であり、未来を担う子供のため傭兵稼業を止めてまで群れ全体で子供を世話をするそうだ。
「そんな慈しむ心を持った奴らがどうして追放なんか……」
『言っただろう、お主達とは考え方が違うのだ……ワシらは戦いでしか生きていけぬ。そんな中ゼノンは目が見えず、体もワシらが子供の頃と比べて随分小さかった。しかしゼノンはワシなどとは比べものにならん程の類稀なる才能があり、そしてそれがゼノンにとって仇となったのだ』
サーヴェス曰く、ゼノンは自身の才能を遺憾無く発揮し、子供の頃から目に頼らず戦えていたそうだ。しかしそれでも劣等感を感じ、払拭しようと無茶を続けるゼノンをサーヴェス達は次第に見ていられなくなったそうだ。
『ゼノン自身も才能がなければ諦めもついただろうが……せっかく授かった命を無駄に散らす必要はないのだ』
サーヴェスのその言葉に納得がいった。俺はまだ短い付き合いたが、ゼノンは文字通り死にかけるほど無茶をする。
我が身1つならいざ知らず、群れの中で常に劣等感を感じながら過ごせば、周囲に認めてもらおうとゼノンは取り返しのつかない無茶をしていずれ命を落とす。そうなればゼノンは勿論、群れの仲間達にも危険が及ぶ。
それならばいっその事、追放という形にでもして戦いから遠ざけてしまおうとサーヴェス達は考えた訳だ……
『反骨心、復讐心、理由は何でもよい。それらがゼノンの生きる活力となれば、彼奴には才能がある。自然界を生き抜くだけなら目が見えずともなんら問題はないのだ』
「はぁ……なんと言うか、不器用な奴らだなぁ」
追放という単語を聞いて、ゼノンを害そうとしていると奴らだと俺も勘違いしていたが、ライオネルとは群れを大事にし、とても優しい心を持つ者達だった。しかし他にやり方はあったはずだ……まぁ種族間の文化の違いがあり、俺が口出し出来る問題ではないのだが……
ゼノンを追放した後、ゼノンの両親は子育てのために稼ぎを捨ててまでゼノンを育て、使い捨てることなく生きる希望を繋いでくれた仲間達のために、我先にと無茶をして両親共に命を落としたそうだ。
ゲーム内の設定だと分かっていても切ない気持ちが込み上げてくる。感受性豊かなプレイヤーならトラウマものだ。
『それで……ゼノンは元気にしておるか?』
「死にかけるくらい無茶はしてるけど元気だぞ。それにかなり強いしな!」
『そうか……ならば安心だ。時にゼルよ、時間があるようならワシらの拠点に来んか?今は街の近くにある森に仮拠点を構えているのでな』
「冒険の森か……時間もあるし、そっちが良いなら行ってみたいな」
『うむ。思うにゼノンと知り合ったのも彼奴の命を救った事がきっかけであろう。一族の者を、亡き友人達の息子を助けてくれた礼をせねばならん』
「礼はいい。拠点に連れて行ってもらえるだけで俺は有難いからな!」
『むぅ……しかしまずは拠点に案内しよう。各地を巡り手に入れた珍しい物やライオネル独自の道具もある。お主が見たこともない物も多いはずだ』
「そりゃ楽しみだ。案内頼むよ」
ライオネルは戦いに身を置くからか、随分と慈しむ心を持っているようだ。未だにゼノンを想い、助けたと言っただけの俺に拠点まで見せてくれるのだ。
ライオネルの拠点で固有の素材や武器なんかが買えると思うとイベントの報酬としては十分過ぎる。
サーヴェスと共に【冒険の森】にあるライオネルの拠点へと向かう道中、俺はライドに乗って向かっているのだが、サーヴェスは走って先導してくれる。
俺のライドはかなり速い部類のはずなのだが、その前を走るサーヴェスはやはり相当の実力者なのだろう。
完全に日が落ちてから森に入ったが、サーヴェスが雄叫びを上げると出くわすモンスター達は一目散に逃げていく。そんな調子でしばらく森を進むと、【月光の湖】に程近い場所にライオネル達の拠点が新しく出来ていた。簡易なテントが建ち並ぶ、まさに仮拠点といった感じだ。
16名中6名が女性で、女性ライオネルの見た目は男性とは違い、黒髪ストレートロングで服装も肌の露出が少ない所謂清楚系だ。
急な訪問であるにもかかわらず、ライオネルの女性達は親身になって俺を持て成してくれた。そして少々値は張ったが【獣王】と名のつく大剣、片手剣、槍、大戦斧、盾、大盾、鎧、軽鎧、アクセサリーなど、ここでしか買えないものを可能な限り纏めて買っておいた。
ここで手に入れた殆どの武具を今後使うことはないだろうが、ライオネル達はまたすぐに別の場所に移ると言っていた。そうなると再度ライオネル達の拠点を訪れる事が出来なくなり、武具などを入手出来なくなるのではないかと思ったのだ。
「パズ達に感謝だな……おかげでいっぱい買えた。今度差し入れ持って行ってやらないと」
買い物に夢中ですっかり遅い時間になってしまったが、ライオネル達も今日や明日、新たな地へ出発する訳では無い。
明るくなったら軽く手合わせしようと誘われ、俺はお礼も兼ねて鉱石や魔導具などを安く譲る約束をして、ログアウト時間が近いためこの日はライオネル達の拠点を後にした。
さらにその帰り道のことだ。
ライオネル達はどんな鉱石や魔導具が欲しいだろうかと頭の片隅で考えながら【冒険の街】に向かっていると、平原で偶然にもゼノンと出くわした。
「っ!?…………ゼノン!!」
『……アンタか、よく会うな』
「はは、ホントだな……あー、実はな__」
ここでサーヴェス達の事をゼノンに教えるべきかほんの少し迷ったが、サーヴェス達の真意は隠して近くに来ているとだけ教えてみる。
『……だろうな、匂いで分かる。アンタはさっきまで群れにいたんだろ?』
「やっぱ分かるよな……まぁ余計なお世話だとは思うけど、会いに行ってみたらどうだ?」
『本当に余計なお世話だ…………俺を捨てた奴らに今更会ってどうしろってんだ』
「お前、前に会った時そこまで過去に拘ってないって言ってたろ?だったら強くなった今のお前の力を自慢してやれよ」
『ふんっ……気が向いたらな』
そう言ってゼノンは去っていった。
だがゼノンが去り際、若干口角が上がっていたのを俺は見逃さなかったぞ!
「くぅー、これは明日のログインが楽しみだ」
サーヴェスと殴り合って和解するような熱血展開になったりするかもしれない。ハッピーエンドの予感がしてきた!
ログアウト後そんな期待を胸にリアルで仕事を頑張り、再びログインしたあとすぐにライオネル達の拠点に向かうべく動き出す。
ライオネル達からすれば俺は数時間後の再訪問になるが、昨日ゼノンに出会った事で、ゼノンとライオネル達の関係がどんな風に展開されるのか凄まじく気になって仕方ない。
お土産になりそうな物も沢山用意し【冒険の街】へ転移、そのままライドに乗って森に向かう。森を進みライオネルの拠点が近くなった時のことだ。
なにやら森の様子がおかしい……
「やけに明るいな……まさか火事か?そんなこと有り得るのか?」
敵は一切出てこず、俺が向かっているライオネル達の拠点がある方角の空が夜だというのにやけに明るい。嫌な予感がしてさらにペースを上げてライオネル達の拠点へ向かう。
__があ"あ"あ"あ"あああああ__
謎の咆哮と同時にライオネル達の拠点に辿り着き、そこで俺が見た光景は……惨劇だった。
読んで頂きありがとうございます。




