12.まとめ 無駄なことはやめて、無理せず効率的に動きましょう
単発版が長くなりすぎたので、分割改稿するものです。
内容は大筋では変わりません。
とりあえず、後半は分割しただけです。徐々に改稿します。
■まとめ
どうでしょうか。仕組み自体は簡単ですね。
全ての人が幸せに暮らせる社会に!ってのは無理です。
相反する要素があるので、すべてを満たすことはできません。
効率面から言って、外れ者に対応しないのはある程度仕方ないと思います。
救ってくれとは言いません、と言うか、中途半端なことはやめてほしいです。
せめて、周囲の人が役目を果たすための犠牲者にするのは辞めて欲しいのです。
周りの人が悪い人だから辛いのではないのです。
単に、社会は平均に合わせて作ってあって、平均に合わせる義務が発生して、その結果不幸になっていくのです。
皆正しいことをしているのに、どんどん酷い目に遭うわけです。
どうでしょうか。仕組みはとっても簡単なのです。
結局、この仕組みのせいで、人生の最初の20年は捨てになります。
20年間は親の義務に縛られるからです。
そこでやっと自由になっても時既に遅し。
どうやって挽回します?人によっては二次障害まで付与されちゃってます。
誰かの義務にならないところで生きた方が楽なのですが、だいたい普通の人が考える障害者の救済策は、誰かの義務を増やすことであり、その義務が障害を増やしていきます。
普通の人にしようと頑張ってくれますが、それが無理だから困ってるのです。
頑張っても無理だから困ってるのですが、さらに頑張れ頑張れ言ってくるわけです。
結果が出ないと努力が足りないと言います。
親切でやってくれるのですが、それは鬱病患者に頑張れ頑張れ言ってるのと大差ありません。
コスト度外視で網羅して完全対応できるのなら救済という視点からは良い結果が出るかもしれませんが、予算や効率の面から言って無理なので、中途半端なものになります。中途半端に増えてしまうと、結果として、無駄な義務を負う人が増えて、その無駄な義務の犠牲者が増える。
以上が発達障害と社会の関係、発達障害で苦しむ理由の説明でした。
親の義務に縛られてる期間に関しては、無理なら無理でなるべく速やかに競争から脱落しなさい。と言うのが、私の個人的な見解です。
もちろん脱落しない方が良いですよ。でも無理ならさっさと脱落した方が良い。
小学校、中学校は義務教育です。無理やり敷かれたレールの上を走らされます。良い高校に行って良い大学に。そして良い就職先に入る。そうやって繋がったレールの上を走れる人は、それをすれば良い。
でも、無理ならさっさと諦めて無理せず行けるところに行けば良いです。
脱落してどうやって生きていくんだよ、と思うかもしれませんが、レールに乗れない人は、それに合わせて行動した方が良いのです。
レールに乗ればどれだけ楽か考えても意味無いです。
そもそもレールに乗れないのですから。
脱落すると学歴が酷いことになります。絶望ですね。
でも心配する必要はありません。
元から絶望的なので、たいした問題ではありません。
気にする必要が無いのです。しても意味が無いからです。
ただ、案外絶望でも無いのです。
学歴は無くても、仕事ができれば入れてくれる会社はけっこうあるのです。
まず、そもそも、企業は直接学力を求めてるわけではありません。
そこを理解する必要があります。
学力を必要としていない。だからこそ、学歴に意味が有るのです。
学力が重要なら学歴とか面接とか関係無く入社テストを学力テストにして、その結果で決めれば良いのです。
でも、会社は学力テストで採用を決めません。
別に学力は重要では無いからです。
じゃあ学歴で選んでるかというとそれも違います。高学歴でも落ちる人が居ます。
学歴が目的なら、学歴で決めれば良いのです。面接なんか必要ありません。
既卒でも構いません。既卒だからと言って学歴は減りません。
でも既卒だと、就職の難易度が一気に上がります。
学歴フィルタは採用の効率化の手段です。
平均値で見る限りは、学歴と社員としての能力の高さはだいたい比例します。
個人個人で見るとそうでない場合もありますが、期待値としてはある程度比例するのです。
書類選考で期待値の高い集団を優先して通し、面接等で不要な人材を選別して落とす。
学歴が目的ではなく、選別の手段の一つです。採用の効率化です。
何が言いたいかと言うと、学歴無くても入れるのです。
企業が求めているのは学力でも学歴でもないからです。
新卒には職歴がないから、学歴で代用してるのです。
既卒の難易度が上がるのはそのためです。
学歴が職歴の代用になるのは新卒時の特例措置だからです。
なので、職歴、職歴の代わりになるもの、或いは能力を証明する別のものであっても構わないのです。
学歴無いなら、学歴のかわりに、何かしらの実績を作る必要があります。
学校行けないのに働けるか!と思うかもしれませんが、学校行くより働く方が楽な場合も多いのです。
学校ではやることが決められていますが、仕事には幅があります。
悪いことしない限り、結果さえ出せば良い。
発達障害者にとっては学校行くより楽な場合も多いのです。
皆が学歴を作ってる時間を使って、何か他の実績を作るのです。
そのためには、早めに動きださないと駄目です。
名前書ければ入れる学校でも行って、とにかく使える時間を稼ぎます。
追加で勉強せずに卒業できる学校に行けば、勉強する時間を別のことに使えます。
その時間を使って何かしらの成果を上げる。
私がライターをやりはじめたのは学校を卒業するよりずっと前です。
そして、その時既に、実力を証明できる成果物を持っていました。だからライターになれたのです。
学歴は小学校から中学校へ、高校へ、大学へと繋がっています。
実績も繋いでいくことで、より大きな効果も持つようになります。
早めに、そして、効果的に行動する必要があります。
発達障害は、能力の凹凸が大きいと言われます。
べつに凹凸なんてありませんが、普通の人を丸と定義すると、普通の人から見て凹凸があるように見えるわけです。
その出っ張りの部分が使えて、凹んだ部分をあまり使わずに済む仕事を見つけて、そこに向かって全力で進むのです。
凸凹が大きいと言われる人であれば凸の部分は、それなり優れているはずです。
レールに乗ろうとすること、乗せようとすることが間違っています。
誰かの義務が存在するから苦しんでるのです。
さらに誰かの義務を増やすことで救済しようと言うのは間違っています。
そのあたりを知っておいてほしいと思ってます。
もちろん、この話が役に立たない人も多いでしょう。でも、役に立たないなりに、部分的にでも、何かしらの参考にでもなれば、嬉しいです。
私は大変ひねくれたおっさんですが、一応根底には、無駄な絶望感は感じずに済むならその方が良いと考えています。中身はそんなに悪人ではないと思ってます。単に捻くれてるだけです。
最後に一言
”ご自分にとっての最善を尽くしてください”




