質問にて
人の記憶は、言葉一つで簡単に有耶無耶に出来るのである。
そう言ったのは、誰だったか。
私が雄一郎さんに発言の意図を聞いてから、早十数秒。
雄一郎さんは、まるで豆鉄砲に撃たれた鳩のような表情で
「変な事?」
と言ったのである。
私は、その瞬間に、察した。
ああ。
恐らく雄一郎さんは、私が何を言っているのか、一切理解していないのだな、という事を。
だから、私は少し語気を強めて、
「そうだよ。遂に、とか、成長、とか色々言ってただろう?」
と、告げたのである。
いや。
確かに、こんな面倒な言い方を私も悪いだろうが、それ以上に、これは察しの悪い雄一郎さんが悪いだろう。
ああ。そうだ。
忘れたとは、決して言わせない。
言わせては、ならないのである。
なにせ、これは数秒前の出来事なのだ。
そう。
もし、この言葉を言われた人物が私であれば、忘れているかもしれない。
だが、今回その言葉を言われた相手は、雄一郎さんなのである。
雄一郎さんなら、忘れてる事はないだろう。
「ああ。言いましたね」
ほら。
その証拠に、雄一郎さんは何事もなかったかのように一切悪びれず、笑いながらこう言ったのだ。
まあ。
とりあえず、忘却していなかったようで、何よりである。
なにせ、これから私が雄一郎さんに、先程の言葉の真意を問う事が出来るからだ。
さあ。
私よ。今こそ、怖気ずく事無く、雄一郎さんに先程の言葉の意味を聞く時である。
そんな事を考えて、自分を鼓舞する事で、私は意を決して
「なんで?」
と、雄一郎さんに問いかける事が出来たのだ。
だが、私がこんな事を考えているとは、何も解っていない雄一郎さんは、またしても首をかしげて
「はい?」
と言ってきたのである。
なぜ。
伝わらない?
「なんで、あんな事を言ったの?」
だから、私はもう一度、同じ質問をした。
だって、気にならない理由がないのである。
なにせ、私はただ寒いという言葉を口にしただけなのだ。
それなのに雄一郎さんは、なぜか成長云々の話をしたのである。
そう。
私には、その意味が解らなかったのだ。
その時だった。
雄一郎さんは私の疑問に対して、こう言ったのである。
「なぜとは、貴方が良く解っている筈でしょう?」
「え?」
私が、良く知って?
一体、雄一郎さんは何を。
「もしや、自覚がなかったのですか?」
「は?」
雄一郎さんは、一体、何の話をしているのだろう?
いや。
私は今、本当に日本語を話しているのだろうか?
思わず、そう思ってしまった。
「何を、困惑しているのです。貴方も、右腕が疼くお年頃になったという事でしょう?」
「え?違うよ」
それは、あれの事か?
思春期の時に突如として舞い降りてくる、あれの事なのか?
「おや。違うので?」
違うが?
いや。
これは、何から反応すれば良いのだろう。
「えっと、ね。違うよ」
第一、私は厨二病ではない。
これは、雄一郎さんに何としてでも伝えなければならない事だろう。
なにせ、私は思考が一線を越えた訳でも、新しい力に目覚めた訳でも、異世界転生に夢を見ている訳でもないからである。
いや。
少しくらい夢に描いたが、それは過去の事、今は違うのだ。
なぜなら私は、あの多感な時期を終業しているからである。
そう。
それだけは、確信を持って言えるのだ。
その理由は、私の黒歴史と化している、その一幕が異世界転生から始まり、現実逆行に終わりを迎えたからである。
そう。
そして、今ではそんな事を考える事はないのだから、これは卒業していると言っても過言ではないだろう。
しかし、なぜ雄一郎さんが厨二病の事を知っていたのだろうか。
可笑しい。
雄一郎さんは、このような俗世の事には疎い筈なのである。
それなのに、一体なぜ。
いや。
一体誰が、雄一郎さんに、このような情報を?
だが、そんな事を考えるよりも先に行うべき事があるだろう。
ああ。
私の現状に対する誤解の解消である。
いや、違う。
そんな事よりも重要な事があるではないか。
そう、
今まで華麗に、完璧に流されていたが、私の先程の発言
「寒い」
と言った理由が、未だに説明出来ていないのである。
この事実に、私は少し、悲しくなった。
段々と、話が見知らぬ方向に迷子になってしまったからである。
よし。
こんな事を考えているから、話が脱線するのだ。
さっさと、本題に入ろう。
「えっと、私がさっき寒いって言った事覚えてる?」
「ああ。はい。覚えていますよ」
「そっか。それなら、良かった」
未だ、話の軌道修正が出来ると、そう考えたからである。
では。
なぜ、私が寒いと言ったのか。
その理由は。
「あのね。室温とかは、寒くなかったんだけどね」
「おや。それでは、なぜ寒いと?」
「心が、寒かったんだよ」
これだ。
これが、理由だ。そして、この言葉は、決して厨二病ではない。
選んだ言葉が、随分と詩的になってしまっただけの事である。
そしてこの言葉は、概ね、私の現状を示すのに的を射た発言でもあったのだ。
なにせ数十分前の私は、独りで空しく待ち人を待つ忠犬のように、駅で雄一郎さんの事を待っていたのである。
これで、寂しさを感じないのは、さすがに薄情というものだ。
無論。
体も冷えた。
その証拠に、雄一郎さんが駅に着いた時の私は、錆びて壊れた機械のように、聞くに堪えない騒音を口から響かせていたのである。
ああ。
雪のような純白な色の歯も、これだけ震えていると美しさの欠片もない。
そして、このような出来事が起こった結果、十分に体が温まった今でも、両足のつま先は痛いのである。
しかし、これは仕方がないだろう。
なにせ、極寒の中で行われた突発的な長時間の待ちぼうけだ。
これで寒さを感じないのは、近所の元気な小学生くらいである。
彼らは、本当に素晴らしい。
最高気温が一桁代の時でも、薄着で元気に公園を走り回っているのだ。
いや。
本当は
「たのしい」
という感情に感化されているだけなのだろうが、それでも凄いのだ。
なにせ、成長していくにつれて、その感情に感化される事が少なくなっていくからである。
ああ。
尊敬に値する。
だが、私は残念ながら大学生なのだ。
もう、一つの感情に感化されて現実が見られなくなる程、純粋ではないのである。
そう。
寒さを、感じてしまうのだ。
だから私は、そんな寒さの中で遊ぶ事はない。
最高気温が一桁代の時には、家の中で炬燵に入って眠りにつくのだ。
ああ。
怠惰の極みである。
そして、雄一郎さんの反応がない事が気になり、私は通算何度目になるのか解らない
「心が、寒かったのさ」
という言葉を吐いたのだ。
お読みくださり、ありがとうございます
それでは、次回作にご期待ください




